今回はちょっと短めです。
無限列車での任務、及び上弦の参との遭遇から二週間後。
傷が完治した当事者の杏寿郎は、緊急の柱合会議において全てを話した。
「……煉獄さんでも、上弦には及ばなかったのですか」
「ああ。あの時、一子従者が来てくれなかったら死んでいたのかもしれん」
「あの猪の餓鬼にべったりな鬼がかァ?」
実弥は怪訝な表情で杏寿郎を見据えた。
「彼女の実力は、俺の想像を遥かに超えていた。俺と戦ってる時の上弦の参は余裕を見せていたが、一子従者に替わった途端に顔色を変えたからな」
一子と猗窩座の戦いは、壮絶なものだった。
武人らしい真っ向勝負と、鬼らしい狂暴で技術的な肉弾戦。その場にいた炭治郎達どころか、満身創痍とはいえ柱である杏寿郎ですら助太刀できない戦場。
並べられた言葉に、他の柱達は目を瞠った。
「ありがとう、杏寿郎。……これで一子と禰豆子が鬼殺隊の一員として戦えることが証明できた。彼女達はこれから、多くの命を救ってくれるはずだ」
耀哉は確信を得たように微笑んだ。
一子も禰豆子も鬼としては極めて稀有な存在。特に一子は忠誠心と戦闘力の高さから、何らかの事情で柱が戦えなくなった場合の
これは貴重な戦力になる、と耀哉は明言する。
「ところで、炭治郎たちはどうしてるのかな? しのぶ」
「お館様、それが……」
同時刻、蝶屋敷。
「修行だゴラーーーー!!」
「はいーーー!!」
蝶屋敷の庭を土煙を立てながら、岩を担いで爆走する嘴平一家。
凄まじい剣幕で猛進するその様は、まさに暴れ狂う猪のそれだった。
上弦の参・猗窩座との死闘以来、伊之助は一念発起して修行に明け暮れた。
一子の大事な角をへし折ったあの裸足鬼をぶった斬るため、岩を担いでの走り込みから木刀の素振り、果ては一子との組手まで、それはそれは鍛え抜こうとしていた。
一子も一子で、猗窩座に伊之助を侮辱されたことが今でも根に持ってるようで、必ず討ち取ってやるという気概を露わに伊之助に付き合った。
その気合の入りっぷりは、周りの人間からもドン引きされる程だった。
「い、伊之助さんと一子さん、大丈夫でしょうか……」
「あんなに体を酷使するのは……」
「しのぶ様に怒られそう……」
蝶屋敷の三人娘の呟きに、炭治郎と善逸は何とも言えない表情を浮かべる。
二人の修行は、第三者にとっては迷惑極まりないのだ。特に組手に至っては一子も伊之助も本気でドツキ合うため、昼間から一子が発した雷撃の巻き添えを食らって感電する隊士も現れるようになる始末。治療を受けに来たのに、療養先で血鬼術を食らうという可哀想な隊士が増え、しのぶを悩ませている。
なお、一子が発した雷撃のほとんどはどういうわけか善逸に当たる。
「っしゃああ!! 次は
「はいっ!!」
担いだ岩を放り投げ、得物を構える両者。
それを見た炭治郎と善逸は、そそくさと三人娘を連れて退散した。
「〝万雷太鼓〟!」
目にも止まらぬ速さで、一子は容赦なく殴りかかる。
伊之助は持ち前の柔軟さで大きく仰け反って回避。さらに棍棒を振り下ろしてくる一子から距離を取ると、〝壱ノ牙 穿ち抜き〟で突き飛ばした。
「うりゃあああああああ!!」
起き上がった一子に特攻し、乱撃を見舞う伊之助。
反撃の隙が無いのか、一子は耐えるしかない。
「どうした一子ぉ! しっかりしろぉぉ!!」
「言われなくても!!」
一子は鼻息を荒くして頭突きを見舞い、伊之助を弾き飛ばした。
受け身を取りながら態勢を整えるが、前方が明るくなったことに気づき、顔色を変えて逃げた。
ドドドドドドッ!
「うをおおおおお!!」
伊之助の後を追うように、一子の口から放たれた雷撃状の光線が襲う。
一子の血鬼術の強力さは、伊之助が身を持って理解している。ゆえに迂闊に近寄れず、焦らされた。
「クソが、あの雷どうにかしねぇと……」
その時、ふと足がもつれてしまい、伊之助は盛大に転倒。
そのまま一子の雷撃をモロに受けてしまった。
「ギャアアアアアアアッ!!」
「お、親分っ!?」
「わーーーーっ!! 伊之助ーーーーーーっ!!」
「伊之助、大丈夫か!?」
断末魔の叫びに、一子は顔を真っ青にし、遠くから眺めていた炭治郎と善逸は慌てて駆けつけた。
さすがにやり過ぎたかと不安になり、恐る恐ると言った様子でちょっと焦げた伊之助を見つめるが……。
「ハハハ……」
「?」
「グワハハハハ!! いい気つけになったぜ!! ゲホッ」
(瘦せ我慢してる!!)
黒い煙を吐きながら己を鼓舞する伊之助。
しかし雷撃のダメージは間違いなく効いており、一子はこのまま続行すべきか悩んだ。
が、その迷いは一瞬でかき消された。
「猪突猛進んんん!!」
「ぐはっ!」
伊之助が猛烈な速さで突進。
渾身の頭突きを鳩尾に食らった一子は、くの字に吹っ飛んで池に落ちた。
「グワハハハハ!! 一本取った!! 一本取ったかんな!!」
「っ――!!」
高笑いする伊之助に対し、一子は池から這い出ながらムスッとした顔で睨んだ。
「親分、さすがの俺も怒りますよ……!」
「ハッ! 俺様を倒そうなんざ百万日
「いや、中途半端だな。そこ百万年じゃね?」
妙にズレた伊之助の言葉に、善逸はツッコまずにはいられなかったのだった。
*
鬼舞辻無惨の本拠地、無限城。
上下左右や重力の概念、物理法則をガン無視した異空間にて、猗窩座は盛大に荒れまくっていた。
「ハァ……ハァ……!」
「何を焦る……猗窩座……」
膝を突いて息を荒げながらも、鬼の形相を浮かべる猗窩座。
上弦の鬼の頂点である異貌の侍・
「……お前が会った……雷の女の鬼……余程、気に食わぬか……」
「っ!!」
(禁句……だったか……?)
いつになく狂暴な気配の猗窩座に、黒死牟は目を細める。
下弦の壱が鬼殺隊に滅せられてから数日後、上弦の鬼が招集され、猗窩座は無惨から凄まじい程の叱責を受けた。
猗窩座は無惨に命ぜられ、柱と耳飾りの鬼狩りを殺しに行ったのだが、その最中に鬼殺隊に与する謎の鬼女が乱入したという。どうも逃れ者らしく、その鬼女は猗窩座の手刀が通じないほどに頑丈な肉体を有し、雷を操る血鬼術の使い手であったとのこと。聞いた限りでは上弦に匹敵する個体であり、確かに脅威ではあるし猗窩座が仕留めきれなかったのも納得がいく。
問題なのは、彼女を討ち取れなかったことではない。猗窩座が鬼殺隊を削ることを忘れ、鬼女を殺すことに注力してしまったことだ。そもそも鬼同士の殺し合いは不毛であり、優先順位としては間違いなく鬼狩りたちなのに、猗窩座は鬼女を舐め切って戦いしっぺ返しを食らったのだ。
結果的に柱どころか遥かに弱い三人の鬼狩りも殺せず撤退。目的も果たせず手の内を晒しただけという結末に、いくらお気に入りの鬼といえど無惨はその醜態ぶりに怒り心頭。呼び出されて制裁を受け、他の上弦――特に上弦の弐である
ただ、怒りのあまり本気で無惨が猗窩座を処刑しようとしたので、「猗窩座を処刑したら産屋敷が狂喜する」と黒死牟は必死に説得。事実、猗窩座とタメを張れる鬼女を鬼殺隊は戦力として迎えており、冷静に考えると状況はよろしくないと
なお、その後も煽って来た童磨は痛い目に遭わせた。
「お前が……苦戦を強いられるほどの技量……手合わせしたいものだ……」
黒死牟は鬼女との死合いに期待しつつ、今もなお荒れる猗窩座の攻撃を捌くのだった。