ここから遊郭大戦争が始まります。
「親分、どこ行ったんだろう……」
蝶屋敷にて、一子は気落ちしていた。
自分が昼寝をしている間に、伊之助がいなくなっていたからだ。
伊之助の失踪の真相を知るのは、蝶屋敷に従事する者達だけだ。
(……遊郭に連れて行かれたなんて、とてもじゃないけど言えない……)
神崎アオイは、思わず目を背ける。
伊之助はいついなくなったのか。それは今から、数時間前の出来事だった。
数時間前。
蝶屋敷の門前で、炭治郎達は音柱の宇髄と揉めていた。
きっかけは、独断でアオイを諜報員として鬼が潜んでいる遊郭へと連れ込もうとしていたこと。
蝶屋敷の主であるしのぶの断りもなく勝手に連行しようとする宇髄に、炭治郎は代わりに自分達が行くと申し出たのだが――
「何で一子はダメなんだよ! 筋肉達磨!!」
「ダメなもんはダメだ!!」
伊之助と宇髄は言い争っていた。
伊之助が鬼を退治するのだから一子を連れて行くと言い出したことに、どういうわけか宇髄は猛反対したのだ。
親分が子分を放っていいわけないだろうというのが伊之助の言い分なのだが、それを宇髄は
「戦闘力は申し分なくても、周囲の被害が派手にヤベェだろうがっ!!」
宇髄のやり方は、潜入捜査だ。
だが一子は潜入捜査に到底向いているとは思えないし、何より血鬼術の破壊力と射程範囲が凄まじすぎる。雷を操る一子をこれから向かう任務先で暴れさせたら、
鬼を滅してこその鬼殺隊ではあるが、たとえ上弦の鬼であろうと民間人の生活域一帯を焦土と化してまで戦うは如何なものか――要はそういうことなのだろう。
「で、でも! 一子さんは伊之助以外を認めませんよ!?」
「手紙でも書いて説得すりゃいいだろうが!!」
「俺は字が書けねぇんだよ!! 手紙なんて意味ねぇよ!!」
「偉そうに言ってんじゃねえ!!!」
宇髄は思わず頭を抱えた。
一子は伊之助に従順である一方、他の人間の命令や指図は一切受け付けない。一子の中で伊之助は絶対的な主君という地位が確立してしまっているからだ。
たとえ柱の命令だろうと、お館様の勅命だろうと、一子は「自分の主君は伊之助」であるために無視を決め込むのは明白。ましてや鎹鴉は伊之助が何度も食べそうになったため、伝令役として使えない。
(要は直接説得しろってか? 冗談じゃねぇ!)
宇髄はどうしようか考えあぐねた。
相手は鬼なので、別に説得する義理はない。だが伊之助は一子の主君であり、彼を自分の任務先に連れてく以上は一子に関する責任問題が生じる。もし伊之助を探しに一子が独断行動しようものなら、何が起こるかわからないのも事実なので、万が一の事態もあり得る。
もしそれで死人が出たら、取り返しがつかない。
「……おい、胡蝶んトコのガキども!」
「!」
「
「アンタなに言ってんの!? そうやって女騙してんの!?」
善逸の非難に、宇髄は拳で返答。
腹に一発叩き込むと、そいつ抱えて付いて来いと言って姿を消した。
「……ちっ! あとで謝っておかねぇとな」
「伊之助……」
「オラ行くぞ、紋次郎! お前ら、一子頼んだかんな!」
――というわけで、アオイ達は一子に「急に緊急の任務が入った」というあながち間違いではない嘘で一子を説得。
緊急事態ならば仕方ないと納得はしてくれたが、やはり落ち着かない様子だ。
(親分の身が心配だ……)
「一子さん……」
「何だか辛そう……」
ソワソワする一子に、三人娘は複雑な表情で陰から見守る。
宇髄との騒動に巻き込まれた蟲柱の継子・栗花落カナヲも神妙な表情で見つめている。
するとそこへ、窓から紫色の飾り紐をマフラーのように巻いた鎹鴉が降り立った。
「一子さん」
「っ!」
項垂れていた一子は、目にも止まらぬ速さで距離を取って棍棒を構えた。
――が、数秒経ってから鎹鴉と理解し、脅かすなと言わんばかりに溜め息を吐いた。
「どこの回し者だ」
「吾輩は産屋敷耀哉の使いの者です」
『!?』
「……「お上」が何の用だ」
棍棒を下ろしながらも、警戒はそのままに鎹鴉を見据える。
一子は産屋敷家のことを「お上」と呼ぶ。
自分にとっての主君……すなわち親分は伊之助であり、彼の上司に当たる人物への忠誠心は薄いため、便宜上そう呼んでいる。
伊之助の子分という括りで、一子は竈門兄妹と善逸には姉貴分として寛大に接するが、他の鬼殺隊関係者は上下関係などお構いなしに塩対応も平然と行う。多くの鬼殺隊士から頭を垂れる存在である産屋敷も、一子にとっては一種のビジネスパートナーに過ぎず、頭を下げるほどの相手ではないという認識なのだ。
それは産屋敷側も承知なのか、一子の尊大な態度など意に介さず話を進める。
「嘴平一子さん、実は折り入って頼みがあります」
「……断ると言ったらどうする?」
「断るなら断るで構いませんよ」
淡々と述べる鴉に、一子は目を細めた。
今の自分の立場を考えると、産屋敷は自分を戦力としていいように使いたいはずだ。いくら鬼と言えど、柱を葬ってきた上弦の鬼と
一子にとって、伊之助が絶対的存在。同時に伊之助が最優先でもあり、鬼と人間という明確な違いが生じる以上は彼の負担は和らげたい。
少し目を閉じて考え、一子は結論を出した。
「……わかった。ただし親分と炭治郎達への手出しはするな」
「ありがとう。では産屋敷からの依頼についてですが――」
*
翌晩、某所。
「〝万雷太鼓〟!」
雷鳴と共に一子は眼前の鬼達を棍棒で一閃。
鬼達はあっという間に全滅し、一子は「親分ならガッカリするな」とボヤいた。
産屋敷からの依頼とは、単騎での鬼狩りだ。
当然、任務先の案内も兼ねて鎹鴉の監視は付けられるが、昨今の鬼殺隊士の質の低下を補完するという意味合いでは合理的ではある。
一子にとっても、伊之助不在時の「縄張り」の監視・己自身の鍛錬・八つ当たりにも適してると判断したのか、意外にも積極的に行っている。
もっとも、伊之助以外の命令を受けたことに不服なのか、苦い顔を隠せないでいるのだが。
「まるで尻拭いをさせられてる気分だ……」
一子は棍棒で肩を叩きながら、不満気に呟いた。
その時、自身の背後から轟音が響き、地面が揺れた。
この感覚は、知っている。確か四ヶ月程前……。
「……あの時の鬼かっ!」
一子は振り返ると棍棒を構え、自身の周囲に雷を迸らせて威嚇した。
もうもうと立ち込める砂煙が晴れると、そこにいたのはやはり上弦の参――猗窩座だった。
「見つけたぞ、女……! 貴様を抹殺する時を楽しみにしてたぞ……!」
遠くから見てもわかるくらい嬉しそうに青筋を浮かべる猗窩座。
一子は眉間にしわを寄せながらも、口を開いた。
「……復讐戦か」
「杏寿郎との戦いを邪魔した挙句、コケにしてくれた。――これが理由だ」
「……逆恨み、とは言わないさ」
左側の折られた角に手を添え、一子は闘気を高める。
今から日が昇るまで、かなりの時間が掛かる。それまでに一騎打ちで討ち取るのは、一子とて至難の業だ。しかしここで引くのは嘴平の名折れ……敵に背を向けるなど以ての外だ。
ならば、一子が取る選択肢は一つだけ。
「……いいだろう、受けて立つ」
一子は猗窩座の復讐戦に、真っ向から迎撃することにした。
その意を汲み取ったのか、狂気の笑みを浮かべて右足を強く踏み込んだ。
「〝術式展開〟」
猗窩座は血鬼術を発動。
腰を深く落として片腕を前に出して構えると、足元に雪の結晶を模した陣が出現した。
「〝破壊殺・羅針〟」
猗窩座はニヤリと嗤い、まるでどこからでもかかって来いと言わんばかりに目を細めた。
それは一子としても初見の技。ゆえにどこから攻めれば有効的か考えあぐねた。
よって一子が出した答えは――
(わからないなら、真っ向からぶつかるまで!)
一子は呼吸を整え、両手持ちで棍棒を構える。
全集中の呼吸で身体能力を底上げし、雷を迸らせ……!
「〝全集中〟……!!」
「――っ!!」
ドォン!
「〝
一子は万雷太鼓の強化版と言えるフルスイングで、猗窩座の顔面を狙った。
が、すんでのところで回避されたため、せいぜいこめかみを掠った程度。
「ぐっ……前の時よりも速いな」
(
初見殺しの一撃が躱され、一子は驚きを隠せない。
というのも、破壊殺・羅針は「闘気を感知して他者の動きを読み取る術」であり、相手の攻撃を探知して攻防を行う能力だ。羅針が一子の迫り来る膨大な闘気に反応したため、人の域を超えた身体能力で捌いたという絡繰りだ。
だが、一子の火雷天神は猗窩座の想像を遥かに超える〝速さ〟を有していた。一子は雷を操る鬼であり、言い方を変えれば「生身で雷と戦っている」ようなもの。雷を彷彿させる高速移動は、羅針の感知に僅かな〝誤差〟が生じてしまっており、それによって猗窩座は完璧に躱すことはできなかった。
「前に戦った時よりもいい動きだ」
「まだだ」
一子はそのまま棍棒に雷を纏って、殴りにかかった。
猗窩座は真っ向から迎え撃ち、衝撃をぶつけ合った。
拳と棍棒が触れる度に衝撃が周囲に走り、互いの身体にビリビリと伝わる。
「〝破壊殺・乱式〟!」
「〝嘴平神楽・雷神不動〟!」
「〝脚式 飛遊星千輪〟!」
「〝万雷太鼓〟!」
強力な打撃技をぶつけ合うが、威力は五分五分。
互いに距離を取り、感覚を研ぎ澄まして構え直した。
「……女、やはり強いな」
「少しは意識が変わったか?」
「ああ、至高の領域には
「それは、褒め言葉と受け取ろう」
見下したような発言ではあるが、一子にとって至高の領域などどうでもいい話だ。
親分を護れれば、それで事足りるのだから。
「……俺としては、お前が親分の下に付くのならこの角のことも水に流すが」
「弱者の下に付けと?」
「肉体だけの強さに囚われるようじゃ、お前は未熟だ。護りたいものがないなら尚更だ」
「……っ!?」
一子の言葉を耳にした途端、猗窩座はバッと真後ろを振り返った。
視線の先には、誰もいない。
傍から見れば、見えない存在に見られているかのようにも思えた。
「……どうした」
「……うるさい」
地を這うような低い声と共に、なぜか虚空を手で払う。
そして一子へ向き直ると、殺意を膨らませて構えた。
「宴の時間だ。殺し合おう」
「……嘴平一子、参る!」
二人は同時に駆けた。
棍棒と拳がぶつかった瞬間、凄まじい衝撃波が発生した。
次回、吉原遊郭が大変なことに!
宇髄と炭治郎たち、そして上弦兄妹(!?)の運命は……?
乞うご期待。