主人公はあくまで一子なんで。
その頃、吉原遊郭。
「一子の奴、大丈夫なんだろうな」
音柱の命令で
伊之助としては鬼がいるなら一子と派手に暴れたかったのだが、そんなマネをしようものなら民間人も大勢巻き添えを喰らうハメになり、鬼から人を護る鬼殺隊としての面目丸潰れだという宇髄の一言で切り捨てられ、彼の言葉に従うことにしたのだ。
「……あー! もう、ムシャクシャしても仕方ねェ! まずは鬼だ!」
そう、
先日、潜入した善逸がいなくなったように、いつどこで何が起こるかわからない。
そんな
「猪突猛進! 猪突猛進!!」
襖を蹴破って、伊之助は勘を働かせて動く。
しかし、傍に一子がいないとどうも寂しさを覚えてしまう。
(こんなところで足止め食らってるようじゃ、一子に顔向けられねぇじゃねぇか!)
ムキーッ! と地団太を踏む伊之助。
一子は子分であると同時に、伊之助の絶対的な味方という地位を確立させている。
いつでも如何なる時でも基準は常に伊之助である一子を放置して任務に来た以上、必ずや鬼の頸を取って凱旋せねばならない。
「クソがぁ! こうなったら親分の意地、見せてやらぁ!!」
己を鼓舞し、伊之助は遊郭に巣食う大物を狩に動いたのだった。
*
時同じくして、一子は猗窩座と壮絶な第三戦を繰り広げていた。
「〝全集中〟!」
「っ!?」
「〝
ガガガガガガッ!!
一子は棍棒に雷撃を纏わせてると、大きく振るって前方広範囲に無数の雷撃を放った。射程範囲が扇状のため遠ければ遠い程回避が困難になる大技に、猗窩座は雷撃に何度も撃ち抜かれた。
まさに、災害。全集中の呼吸で強化された一子は、無限列車の時とは比べ物にならない強さを発揮した。
しかし猗窩座も、やられっぱなしではない。
「〝嘴平神楽・霹靂神〟!!」
「〝破壊殺・脚式
雷撃を纏わせた棍棒を相手の頭頂部に振り下ろす一子に目掛け、連続横蹴りで相殺。続けざまに〝脚式
が、一子はそれを耐え、〝万雷太鼓〟で一閃した。
ドゴォン!!
「グゥッ……!」
「っ……!!」
強烈な威力に堪える両者。
鬼の中でも群を抜く高速再生能力を持つ男と、鬼の中でも群を抜く耐久性を持つ女……互いの全力の死闘は、手持ちの技を出し切る手前まで続いた。
そして、勝負はついに大詰めとなる。
「名残惜しいが、これで終いとしよう」
「ああ……最後の一手を打たせてもらうぞ」
ズンッ!!
刹那、互いの闘気が一気に解放され、大気が震えた。
凄まじい圧迫感と、一分の隙もない構え。
それは互いに必殺の大技を放つ兆しだ。
「これで終わりだ!! 猗窩座ァァァ!!」
腹の底から敵の名を叫ぶと、一子は限界まで棍棒に雷撃を纏わせ飛び上がった。
「〝全集中 奥義〟!!」
棍棒を頭上で旋回させながら、バリバリと稲妻を迸らせる一子。
その姿は、まさしく伝説や神話に出てくる〝雷神〟だ。
「来いィ!! 嘴平一子ォォォォ!!」
最後の一撃をぶつけに急降下する一子を、猗窩座は拳を構えて歓迎した。
「〝
「〝破壊殺・滅式〟!!!」
振り下ろされるは、むさぼり・怒り・無知の三毒を抑え鎮める明王の名を冠する一子の最後の一撃。
迎え撃つは、かつて一子を真っ向から打ち破った猗窩座渾身の絶技。
両者の最高にして最後の一撃は、触れた瞬間に大爆発を起こし、解放された稲妻が周囲を破壊しつくした。
*
「ケホッ、ケホッ……!」
「ハァ……ハァ……勝負あったな、嘴平一子」
最大の衝突の結果は、またしても猗窩座に軍配が上がった。
今の一子は、激突の影響で体力も気力も底を尽きかけた血塗れの満身創痍で、棍棒を杖にして立っているのがやっとだ。しかし、さすがの猗窩座も無傷で打ち破ることは不可能だったようで、足を除いた身体の左半身が消滅しており、再生もかなり遅い。
それほどの衝突だったのだ。互いにまだ原形をとどめているのが不思議なくらいの、打撃と打撃の衝突。
(ここで殺さねば、後の憂いになる)
猗窩座は残った右手で拳を作る。
これが外れれば、さすがの猗窩座も身の危険が迫る。この状態で鬼殺隊、それも柱が一人でも来れば命の保証はないからだ。
「……いい勝負だった」
「……卑怯や理不尽だとは言わない。覚悟ある強者はそんな女々しい言葉は使わない」
一子は表情を緩めることなく、怯まずに目の前の釣り目を睨む。
――命乞いはしない。
「殊勝な心掛けだな」
せめてもの情けにと、残った力全てを使って頭を破壊しようと拳を振るった。
その時だった。
――もうやめて!
「!?」
突如として、頭の中に女性の声が響いた。
一子の声ではない。別の誰かだが、懐かしさを感じる声だ。
その声に意識を持ってかれ、猗窩座の拳は一子の顔面から逸れて地面に深々と減り込んだ。
「……!?」
「……ふざけるな」
バキィ!!
『!?』
一子は鬼の形相で猗窩座を殴った。
女に
「ふざけるなぁ!! なぜ外したっ!! まだ俺を愚弄するのかっ!! 勝てる相手だからか? いつでも殺せそうだからか? ――まさか
「っ!!」
激昂する一子は、猗窩座の胸倉を掴んだ。
その表情は怒りに満ちていた。
「お前の価値観には反吐が出る! 女は弱くて当然? 人間は弱くて当然? そんなことはどこの馬鹿が決めつけた!?」
「……!!」
「男でも弱い者は弱い!! 女でも強い者は強い!! 強さは人を裏切らない!! 裏切るのは強さではなく己の心だろうっ!!!」
今までになく感情を露にする一子。
そのまま怒りに満ちた血走った目で、猗窩座を睨みつけて叫んだ。
「お前には
――ドクンッ
「あ……ああ……うあああああっ!!」
突如、絶叫と共に猗窩座が頭を抱えて蹲った。
今までにない反応に、さすがの一子もギョッとした。
「うぐ、あ……がっ、くうっ……!! あ、頭が……割れるっ……!!」
「な、何だ……大丈夫か!?」
まさかの異常事態に、思わず声をかける一子。
しかし猗窩座はその手を振り払い、「そんな目で俺を見るなぁっ……!」だの「こ、こゆ……!」だのと意味不明な言葉を並べ、フラフラとした足取りで逃げるように去っていった。
「……がはっ!」
猗窩座が去ると、一子は口から血を盛大に吐いて倒れた。
激しい戦いで蓄積されたダメージが、一子の耐久性の限界を超えたのだ。
「お、やぶ……」
ドサッ……と、うつ伏せに一子は倒れ伏した。
その直後だった。
「……あれ? あそこに倒れてるのは……あの時の鬼のお姉さん!?」
倒れ伏している一子の下へ駆けつける、一人の女性。
緑の毛先を持つ桜色の二つ分けの三つ編み、胸元を大きく開けた隊服、ミニスカとニーソックス――鬼殺隊最高位隊士・柱の一角である「恋柱」の甘露寺蜜璃だ。
どうやら任務の帰りに、たまたま姿を現したようだ。
「……って、ええっ!? 何この光景!? とんでもないことになってるわ! ――あ、そんなところじゃないわ! 大丈夫!?」
竜巻や台風が通り過ぎた後のような惨状に驚愕しつつも、一子の生存確認をする。
息はあるが、かなり重傷だ。適切な処置をしなければ命にかかわる。
「と、とりあえず止血はしたから、早くしのぶちゃんのところに行かないと!! もう少しの辛抱だからね!!」
女性ながらも宇髄に並ぶ巨躯である一子を背負い、さらに転がり落ちていた
「まっふぇふぇ、ひひほはん!!」
全速力で蝶屋敷へまっしぐらな捌倍娘に背負われる一子だった。
その頃、吉原遊郭では。
「そうか。
蛇柱の伊黒小芭内は、天元達を見下しながらネチネチ言っていた。
そう、音柱の宇髄天元がついに上弦の鬼の一角を討ち取ったのだ。百年以上変わらなかった戦局が動いたのだ。
「左目と左手を失ってどうするつもりだ? たかが上弦の陸との戦いで復帰までどれだけかかる? その間の穴埋めは誰がするんだ?」
そう質問する伊黒に、天元は答えた。
「悪いが俺は柱を引退する。さすがにもう柱として戦えねぇ。お館様も許して下さるだろう」
「ふざけるな俺は許さない。ただでさえ若手が育たず死んでいるんだ。お前が抜けたら空席が出る。お前程度でもいないよりはマシだ、死ぬまで戦え」
「手厳しいこって……まあ地味に今思うと、あの鬼を連れてきた方が楽に戦えたかもな」
「嘴平一子が、か?」
伊黒は目を細めた。
嘴平一子は、先の無限列車の任務にて上弦の参を相手に大立ち回りを演じた実力者。親分と慕っている平隊士の伊之助にしか従わないため、柱の一部からは野犬のように見られていた。
ただ、伊之助は途中からちゃんと連携を取ってくれたので、周囲への被害が甚大だが天元引退という事態を避けることはできたかもしれない。
「それに若手は育ってるぜ。
「――まさか、生き残ったのか? この戦いで。竈門炭治郎が」
ハッと見れば、視線の先では炭治郎が同期の仲間と妹と勝利を分かち合い、涙を流していた。
「……成程、少しはできるようだな。少しは」
「ああ」
次代の鬼狩りは確かに育っていると感じた時、その報せは届いた。
――「嘴平一子、戦闘不能」という報せが。
今思ったんですけど、猗窩座って鬼になってから炭治郎以外にグーで殴られたことは案外ないんじゃないかと思います。女性だったらなおのこと。
というわけで、今回は原作より早く殴られてもらいました。