我が名、嘴平伊之助が子分・嘴平一子!   作:悪魔さん

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本作は一子と伊之助中心なので、結構テンポ早く進みます。
多分、刀鍛冶の里は端折ります。


第十六話 気高い修羅

 伊之助は同期と音柱と共に、上弦の陸を討伐。

 一子は上弦の参と交戦し、上弦の参を撤退に追い込んだ。

 今までにない風が吹いていると確信した産屋敷家は、緊急の柱合会議を開いた。

「天元たちのおかげで、上弦の陸を討伐できた……百年間動かなかった戦局が、ついに動いた」

「うむ! さすがだ、竈門少年たちもよくやった!」

「そうだね、天元一人じゃ倒せなかったろう……炭治郎達も凄い剣士(こども)達だ」

 床に伏せつつも、耀哉は蝶屋敷で傷を癒す件の音柱一行を称える。

 柱を含めた数多の鬼狩りを葬り、その血肉を喰らって闇夜に君臨した上弦の鬼。その一角が先日討伐されたのは、鬼殺隊の士気を上げるにはもってこいだ。

 約一名は「陸だがな」とネチネチ言ったが、上弦と下弦とでは実力の差は格どころか異次元だ。生身の人間である鬼殺隊士がそれを討ち取ることが、どれほどの意味と影響を持つか、想像に難くない。

 だが、上弦への勝利に士気が上がる柱たちに対し……。

「親分は倒したのに、俺は……」

「い、いや! 気に病むことではないぞ!? 上弦の参は俺でも倒せなかった相手だ、君も大概よくやったと俺は思うぞ!!」

 ズーン……とどんよりとした空気を纏って落ち込む一子に、杏寿郎がすかさず声をかける。

 一子は先日、上弦の参・猗窩座と()()()()になった。本人は二度目の敗北だと引きずっていたが、鬼殺隊士としてみれば上弦と一騎打ちになって一命を取り留めてる時点で、普通はありえない戦果である。

 上弦の鬼とは、そういう存在なのだ。

「しかし、君の報告では一つ不自然な点があったね……」

「その点に関しては、俺も皆目見当もつかない」

 耀哉と一子の会話に、宇髄を除いた全ての柱達が注目する。

 一子と猗窩座は壮絶な一騎打ちを繰り広げたが、人喰いの有無か、はたまた地力の差か、一子が絶体絶命の窮地に立たされた。問題なのはそこから先で、猗窩座が一子に止めを刺そうとした際、どういうわけか猗窩座の拳は一子の顔面から逸れたという。

 このことに一子は、侮辱されたと激昂して掴みかかって怒号を上げたが、その後に猗窩座は絶叫と共に頭を抱えて蹲り、意味不明な言葉を呟いて逃げていったのだ。

 一子の怒声で鼓膜が破れ、脳を揺らされた……というのは、まずない。そうすると、殺す気で放った拳が逸れたことへの説明がつかないし、そもそも鼓膜が再生できない鬼がいるものかという話だ。

 ともすれば、考えられるのは……。

「記憶を取り戻したのでしょうか……?」

 甘露寺の言葉に、周囲は唸る。

 鬼は総じて、人間性や人間だった頃の記憶・人格は失っている。稀に人間時代の記憶や人格をそのままはっきりと保っている者もいるが、いずれにしろ人格が破綻しているのは変わりない。

 しかし、何らかのきっかけで自我が戻ったりすると、人間だった頃の記憶を取り戻すという場合もある。そういうのはほとんどが頸を斬られて消滅する寸前なのだが……。

「――あの鬼は、俺には見えないナニかを見たり聞いたりしたのかもしれない」

 幻覚かもしれないが、と一子は口を開いた。

 荒唐無稽な話だが、耀哉はその可能性もあると擁護した。

「一子も然り、禰豆子も然り……この大正の世で、本来ならありえなかったことが次々と起こっている。鬼殺隊には、人を襲わない鬼がいて、この場には人に忠誠を誓う鬼がいる。ならば、何らかのきっかけで記憶を取り戻す鬼がいても、何ら不思議はない」

「……絶対にありえない、という事態がなくなりつつあるのでしょうか?」

「善良な鬼がいるように、改心する鬼が出てきたとしてもおかしくない……私たちはそういう()()()に直面しているかもしれない」

「お館様、それは……」

 悲鳴嶼の言おうとした言葉を察したのか、耀哉は無言で頷いた。

 何らかの形で改心した鬼がもしも現れたら、無惨に気づかれる前に()()()()()()……耀哉はそう言いたいのだ。

 鬼殺隊と鬼が、手を組んで鬼舞辻無惨を倒す――千年間一度としてない、鬼狩りとしてなら禁じ手とも言える方針。鬼殺隊は、この大正の世で重大な選択を迫られているのだ。

「……一子は、どう思ってるのかな」

 その言葉に、一同の視線が一子に集中した。

 当事者は、このやり取りをどう思っているだろうか。

「千年間、鬼殺隊は鬼を滅してきたが、一度たりとも鬼と共闘しなかった。御陀仏無惨も、おそらくそう認識しているはず」

「うん、だから鬼舞辻ね」

「いいだろう、近い内に御陀仏させるのだろう?」

 思わず笑ってしまいそうになる会話を交わすと、一子は真っ直ぐな眼差しで口を開いた。

「戦いというモノは、意外な部分が噛みあって意外な形で戦局を変える。今まで自分の目論見通りに事を進めることはできたか? 情報が少ないのなら、行き当たりばったりが関の山じゃないのか?」

『っ……!』

「それは敵方も同じはず。おそらく、鬼を戦力として迎え入れてることまでは知っていても、どんな鬼が何人与してるのかまでは読み切れてないと思うぞ」

 その言葉に、耀哉はどこか満足したように微笑み、柱達に顔を向けた。

「……皆の覚悟を揺るがすのかもしれない。ただ、私としてはここの判断次第で鬼舞辻の頸はより近くなるかもしれないし、遥か遠くに行くのかもしれない。頭の片隅に入れておいてほしい」

『……御意』

 

 

           *

 

 

 柱合会議を終え、蝶屋敷へ帰還した一子としのぶは伊之助たちの看病をしていた。

「親分、失礼します」

 一子は手拭いを絞り、洗体をする。

 硝子(ガラス)や鏡を磨くように優しく丁寧に拭くその姿は、子分というよりも召使や使用人に近いく、絶対的な主従関係であることが伺える。

 実力で言えば、単騎で上弦の参と戦った一子の方が上なのだが……。

(いえ、そんな考えは浅はかですね)

 そうだ。それを言ってしまえば、自分たちとお館様の関係は何なんだという話になる。

 だが、伊之助と一子の場合は人間と人間ではなく、人間と鬼だ。喰う喰われるの関係にいつなってもおかしくないはず。それでも一子は人の心と理性を保ち、伊之助を中心に生きている。

 言い方を変えれば、伊之助が気に入らない人間に「殺せ」と命令すれば、一子は容赦なく遂行することにもなるのだが……そこまで伊之助は愚かじゃないはずだ。むしろ伊之助は自分の力で叩き潰したい性分で、一子はその意思を最優先する方だろう。

(姉さんの言った通り、嘴平一家も竈門兄妹も、鬼と仲良くなれるんですね……)

 しのぶは亡き姉に思いを馳せた。

 その時、一子はいきなり立ち上がり、得物の棍棒を手にした。

「……一子さん?」

「……少し散歩に行く。親分たちを頼む」

 一子はそう言うと、蝶屋敷から飛び出ていった。

 彼女が察知したのは、つい先日あったばかりの知っている気配。まさかと思い、森の木々の間を駆け、開けた場所へと降り立つと……。

「……まさか貴様から来るとはな」

「どういうつもりだ、親分の邪魔はさせないぞ」

 何と現れたのは、先日殺し合ったばかりの上弦の参。

 本調子ではないとはいえ、一子は闘気を漲らせて棍棒を構えるが……。

「止そう。俺は貴様と()()()()()()()()()()

「……何だと?」

 一子は瞠目した。

 戦う理由がないのではなく、なくなっている。それはつまり、この場だけではなく今後も戦わないという意思表示に他ならない。

 一子は警戒は解かずとも、殺気を感じないため「わざわざ吹っ掛ける必要もないな」と結論づけて棍棒を下ろす。

(……隙あらば殺す、というわけでもないな)

 もしかしたら演技していて、隙を突いて殺そうとするのかもしれない。だが、猗窩座と二度も衝突しているからか、一子は目の前の敵が寝首を掻いてでも殺そうとはしないだろうと、ある種の信頼を置いていた。何より、伊之助の安眠を子分の自分が妨げるとは何事かという話になる。

 一子は警戒を解き、あくまでも話し合う態度をとることにした。

「……何の用だ。上弦の参」

「嘴平一子。貴様は言っていたな……誰のためにあるんだと。何のための強さなんだと。()()()()()()()()()()()()

 猗窩座は己の過去を語り始めた。

 

 猗窩座は人間の頃、(はく)()という名前だった。

 少年時代は病気の父と二人で暮らし、大人からスリをすることで薬を買って病気を治そうとしたが、息子を犯罪に至らせた自責の念によって父が自殺した。

 父の死後は、〝素流(そりゅう)〟という武術の道場主である(けい)(ぞう)とその娘の()(ゆき)と出会い、一時の幸せを得たこと。

 そして、二人が卑劣な罠で毒殺され、下手人であった者たちを皆殺しにし、その直後に鬼舞辻無惨に出会ったこと。

 

 その壮絶な過去に、一子は言葉を失った。

 人は、ここまでの絶望を与えられる時があるのか。

「今になって思い出すとはな……」

「――俺が憎いか? ()()

「よくも思い出させてくれたなとは思った……が、それ以上に自分が憎い。()()()にまんまと踊らされた弱い自分に」

 猗窩座は、自分が許せなかった。

 ゆえに、記憶を取り戻してからは自決しようと自分に技を放ったが、不可能だった。

 もし自分を殺せるとすれば、無惨以外なら鬼殺隊しかいない。

「俺は、あの人たちのために償いたい。償えるとすれば、俺を鬼にした鬼舞辻無惨を倒す以外にない。……だが、俺だけでは奴を殺すことは無理だ」

「親分に、御陀仏無惨を倒すのに協力しろと?」

「……鬼舞辻だ。勿論、今更過去のことを許してほしいなどとは言わない。奴を殺したら俺も殺せ」

 そう言って頭を下げる狛治に、一子は目を細めた。

 嘘を言っているようには見えず、かと言って信じ難い。それが第一印象だったが、二度も殺し合った間柄ゆえ、一子は直感で「狛治は本気だ」と感じ取った。そもそも無惨側にとって目障りな存在である一子を、この場で今度こそ仕留めようとして来ないあたりでいつもと違うのは明白だ。

 それと一つ、気になる点が。

「……狛治、呪いは大丈夫なのか?」

「っ! ……そうか、貴様は最初から呪いに縛られてなかったのか」

「俺にとって伊之助親分への忠義に勝るものなど、この世のどこにもない」

 一子は鬼殺隊から、全ての鬼は無惨から呪いを植え付けられているという情報を耳にしていた。

 無惨は配下の鬼から自分に関する情報が漏れることを極端に恐れる。それがたとえ、鬼殺隊側にはバレバレである名前だとしてもだ。もし口にすれば、呪いが発動して対象の鬼は抹殺される仕組みになっている。

 だが、狛治はどういうわけかその呪いから解放されているようだ。人間の記憶を取り戻したからだろうか。

「……頼む。嘴平一子」

「……俺は――」

「話は聞かせてもらったぞ!!!」

 驚く程大きな声が響き渡り、一人の鬼狩りが現れた。

 ところどころ赤く染まった金髪、大きく切れ上がった双眸、炎を模した羽織……炎柱・煉獄杏寿郎だ。

 口ぶりからして、どうやら影で二人のやり取りを見ていたようだ。

「……杏寿郎」

「猗窩座……いや、狛治。君のことは信用しかねるが、確かにあの時のような邪気は感じられんな! 本当に改心したのならば、俺がお館様に打診する! 無論、未だ鬼舞辻に内通しているのなら――」

「奴とは袂を分かったが、なお疑うのであれば構わない。頸を斬られても何も言えない立場だ」

 降伏とも投降とも解釈できる言葉に、杏寿郎は「よもや、よもやだ……」と驚きの声を上げた。

 鬼にならないなら殺すとまで言っていた男の豹変ぶりに、動揺を隠しきれてないようだ。

「こんな役立たずの狛犬でも、捨て駒くらいにはなるだろう」

「それは俺一人では決められん。鬼殺隊は今、転換期に直面している。君の処遇については、こちらで一任する」

「それでいい。今になって弁明する気もない」

 杏寿郎は淡々と語る狛治の様子に、神妙な面持ちを見せながら鎹鴉を飛ばした。

 ――やはり、お館様の言う通りの事態になっているようだ。

「……狛治」

「? 何だ」

 ふと、一子が口を開いた。

 狛治は怪訝な表情で返事すると、意外な言葉を投げかけた。

「この世にいる全ての人間がお前を死ぬまで蔑もうと、俺はお前を侮辱しない」

「一子従者……」

「狛治、お前は役立たずの狛犬じゃない。堕ちてなお過去に誓った責務を貫く、気高い修羅だ」

「っ……」

 一子の言葉に、狛治は思わず涙を流した。

 

 人は、道を誤れば人生を全て失う。

 どんなに残酷な絶望でも、どれだけ受け入れがたい現実でも、それを理由に道に外れたことをすれば、相応の報いを受ける。猗窩座は――いや、狛治はやり直すことはできず、そのまま地獄へと堕ちるだろう。過去を聞いたところで、数百年に及ぶ所業は取り消せない。

 それでも、命がある限りできることはある。自分の最期を、納得がいくカタチに持ち込むことはできる。

 

 狛治がやれることは、ただ一つ――死の淵が訪れるその瞬間まで、「護る拳」で災厄を払うことだ。

 一子は、そう声をかけたのだ。

「俺はお前を嗤わない。だから、前を向け」

 

 ――生きて、狛治さん。

 

「……ああ」

 短く、万感の思いを乗せた返事をする。

 そんな狛治に、不思議と杏寿郎は嬉しそうに笑みを溢した。




【大正コソコソ噂話】
狛治が無惨の呪いを解けたのは、一子の言葉と恋雪ちゃんたちのおかげです。
一子の「お前の強さは誰のためにあるんだ」「何のための強さなんだ」が心に引っかかって原点回帰して、そこに恋雪ちゃん達が現れて説得した感じです。

別の作品が歴代上弦の陸(童磨、堕姫、妓夫太郎、獪岳)の救済だったので、こっちは猗窩座殿(狛治さん)救済にしました。
兄上と無惨様と琵琶の君は、ごめんなさい。半天狗と玉壺? 君らは知らん。
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