狛治――ただし見た目は猗窩座――の鬼殺隊加入から暫く経ったある日。
一羽の鎹鴉が、思いもよらない朗報を持ってきた。
「カァー! カァー!! 刀鍛冶ノ里ニテ、竈門炭治郎ト時透無一郎ガ上弦ノ肆・上弦ノ伍ヲ討伐ーーーー!!」
「っ!」
「半天狗と玉壺を……!?」
道場で手合わせをしていた一子と狛治は、その報せに瞠目した。
上弦の鬼が二体も、同時に討たれた。吉原遊郭の陸も然り、ここへ来て一気に鬼殺隊が優勢となった。天災を二つも倒せば、残る有力な鬼は片手で数える程度だ。
それだけではなく――
「竈門禰豆子、日光ヲ克服ーーーー!!」
「何っ!?」
「まさか、禰豆子が……!?」
上弦討伐以上の報せに、脳内処理が追いつかない。
無惨の目的は日光の克服。その手段の一つとして、日光を克服した鬼を捕食・吸収するという選択肢がある。日光を克服しているという点では一子も例外ではないが、彼女の場合は上弦に迫る戦闘力の高さに加え、鬼の中でも一際
つまり一子は、今まで厄介なゲームチェンジャーとして存在し、無惨たちを悪い意味で牽制し続けていたのだ。しかし竈門禰豆子という選択肢が浮上した以上、無惨は一子を狙う必要性が無くなり、全力で禰豆子を奪いに来るだろう。
「……狛治、一時中断だ。親分と合流しなくては」
「……ああ」
急遽手合わせを終え、一子は敬慕する伊之助の元へ向かった。
その夜、蝶屋敷の病室。
一子は扉を開けて当事者の元へ駆け寄った。
「親分! 炭治郎!」
「一子さん!」
慌てた様子の一子。
その視線の先には、包帯まみれだが一命を取り留めている炭治郎の姿と、妙に張り切っている伊之助の姿が。
「……無事でよかった」
一子はホッと安堵した。
ふと、目を逸らすと善逸が禰豆子を構っていた。禰豆子の口に嵌めていた竹の猿轡は外れており、看護師達が気軽に接してるので、情報は確かなのだろう。
「一子、来た。よかったねぇ」
「……ああ」
花が開くようにパッと笑う禰豆子に、凛とした笑みで応える一子。
その時だった。
「……まさかお前が上弦を屠るとはな。竈門炭治郎」
「!? お前は上弦の――」
「な、何でいるのォォォォォォ!?」
狛治が現れたことで、病室は騒然とする。
というのも、正気に戻ったとはいえ今の狛治の姿は猗窩座だ。無限列車でのあの絶望的な強さを見せつけた、上弦の参だ。
そんな不俱戴天の仇が普通に出入りしているという現実に、混乱が生じたのだ。
「て、てめェ!! 何でいやがる!?」
「嘴平一子との死闘の末、こうなっただけだ」
「一子がァ?」
今にも斬りかかる勢いだった伊之助だが、一子が関与していることを聞いてすぐに矛を収めた。伊之助なりに分は弁えているようだ。
「一子、何があったんだよ!」
「実は、親分……」
一子の口から語られた全容に、炭治郎たちは口をあんぐりと開けた。
一騎打ちの末、上弦の参が人間の頃の記憶を取り戻したなど、寝耳に水もいいところだ。
しかし、戦力という意味合いでは上弦の参が与してくれるのは非常に心強い。無惨側の情報も提供されるし、何なら未だ残っている上弦達の秘密も把握できそうだ。
「……すでに産屋敷には話を通してある。俺の頸はお前たち鬼殺隊に預けている。もっとも、俺も
「……あなたが俺たちの味方になってくれることは、はっきり言って信用できません。でもあなたは嘘を言っていない。もしもの時は――」
「構わない。そういう契約を結んでいる立場だ」
狛治の言葉に、炭治郎と善逸は何とも言えなくなる。
すでに覚悟しているのだ。刺し違えてでも無惨に一泡吹かせるのだと。
だが伊之助は全く気にとめた様子ではなく、「じゃあお前も俺様の子分だからな!」と言い放つ始末だ。
「しかし、これで残すは三・四人。他にいたとしても有象無象の雑魚ばかり。あとは敵陣に乗り込めば王手だ」
一子がそう言うと、炭治郎たちはハッとなる。
そう、個々の実力が災厄に等しい無惨たちだが、頭数だけで言えば鬼殺隊が圧倒的優勢。戦術次第では無惨も残りの上弦も残らず狩り尽くせる。柱は宇髄が引退したが、その代わりに上弦の参が入ったとなれば、鬼殺隊は弱体化どころか強化していることとなる。
「……ということは」
「ああ、あとはお前らだ」
一子は炭治郎と善逸、禰豆子を見据える。
炭治郎達があと一歩強くなれば、無惨との総力戦は必ず征することができる。
完全勝利まであともう少しなのだ。
「俺も親分も、お前たちを全力で支援する。御陀仏無惨を必ず討ち取るぞ!」
「いや、何で伊之助数えてないの!? 贔屓だ!!」
「黙れタンポポ!!」
一子に一喝され、善逸は「扱いが全然違うーーーー!!」と汚い高音で叫んだのだった。
*
上弦の肆・語の討伐、上弦の参の加入、そして禰豆子の太陽克服。
人間と人喰い鬼の戦いの歴史を覆す異常事態が立て続けに起きたことで、近い内に無惨との決戦があると判断し、それに備えて柱たちを筆頭に全体的な組織力強化を図る修練を行うことを決定した。
それと同時に、無惨が鬼殺隊との全面衝突に備えて全ての鬼を集結させようとしたからか、各地での鬼の出没が停止し始めた。これを受け、少しでも無惨の戦力を削ぐため、耀哉は一子と狛治に無惨の元に辿り着く前に鬼を討伐するよう要請した。
「……どうやらこの辺りは駆逐したようだな」
ゴトリ、と棍棒を地面に付け、一子は欠伸をする。
これで倒した鬼は十体目。柱にとっては一子に負けるような鬼など秒殺だが、一般の隊士にとっては手に余る。少しでも一般隊士たちを傷つけまいとする、鬼殺隊当主の気遣いなのだろうと一子は察した。
「……狛治は大丈夫だろうか」
現時点の一子の唯一の憂いは、狛治の立場だ。
あの炎柱をも圧倒する戦闘力を有するとはいえ、狛治の情報通りなら彼より上の存在がまだ三人もいる。しかも三人共、一騎打ちでは到底敵わない正真正銘の怪物だ。
その上、無惨を裏切った以上は追われる身。その怪物達が刺客として放たれれば、上弦の参を冠した武闘家と言えどひとたまりもない。炎柱をも上回る鬼が呆気なく
(……御陀仏無惨め、正々堂々と真っ向勝負を挑めば手間を省けるというのに)
「おい、嘴平一子」
「!」
すると背後から、狛治がいきなり現れた。
しかも、誰か背負っている。
「……鬼殺隊士?」
「鬼になっているがな」
地面に降ろし、鬼となった隊士を見やる。
鬼殺隊の隊服である詰襟の上に着込んだ黒い着物、腰に巻いた青い帯、首や腕に身に着けた青い勾玉が付いた装飾、背中に背負った日輪刀……頬の黒い紋様や尖った耳などを除けば、ごく普通の鬼殺隊士だ。
ただ、狛治に返り討ちにされたからか、脳天には巨大なタンコブができている。彼なりに手加減はしてくれたようだが、恐ろしい限りである。
「……どこで拾ってきた?」
「追手らしいぞ」
狛治曰く、隣町で鬼を狩っていたところ、奇襲を受けたらしい。
黒い稲妻のような斬撃を放ち、その上斬撃には相手の皮膚と肉体にヒビを入れながら焼き続ける効果があり、並みの鬼狩りでは敵わない能力の持ち主だという。
だが、狛治は鬼の中でも理不尽じみた超高速再生能力の持ち主。あまりにも相手が悪すぎた。この辺りを予測せず刺客として送り込んだのなら、やはり無惨は頭無惨なのだろうか。
「今は気絶している。このまま日に晒せば消滅するが……」
「無惨が死ねば全ての鬼が滅びると言ってたな……じゃあこいつの運命は、ここで死ぬか少し先の未来で死ぬかのどちらかだな」
「ああ……どれくらい人を喰ったかなど、この際どうだっていい」
――人を喰ったのは俺とさほど変わらないからな。
自嘲気味に言う狛治に、一子は「確かに」と同調した。
「相手は総大将さえ討ち取れば自動的に滅ぶ軍で、武将もせいぜい三人だぞ? もっと手間を省いて動くべきだ」
「処遇に関しては産屋敷に任せよう」
一子と狛治は、顔を見合わせて頷いたのだった。
後日、一子と狛治は鬼になった隊士――獪岳の処遇についての意見を聞きたいと産屋敷邸に呼ばれた。
「……で、この裏切り者は斬首一択だがよォ」
「ヒッ!」
「君らの意見をお館様が求めてる。所見を聞こう」
冷たい眼差しで獪岳を睨む柱達から、意見を求められる。
先に述べたのは、一子だった。
「俺は親分に反逆する意思がないなら、どちらでも構わない。あったとしても徹底的に叩き潰せばいいしな」
「俺も同様だ。自分が蒔いた種ぐらい自分で摘み取るべきだ」
二人揃って鬼殺隊に一任することを述べた。
それを聞いた実弥は「じゃあ斬るか」と刀を抜いたが……。
「……だがせっかく鬼になったんだ、ここで殺すよりも使い潰してから殺す方がいいんじゃないか? 時間は有限な上、敵との戦力差を考えれば掟だの戒律だのと言ってる場合じゃない」
『!!』
どうせ獪岳を殺すなら、この場であっさり殺すより徹底的に利用しつくしてから殺すのが鬼殺隊に利がある――そう述べる一子に、狛治は思わず「……正気か?」と尋ねた。
それに対し、一子は……。
「この程度の実力者、お前たちの誰か一人でも事足りるだろう」
「……確かにな」
一子の言い分に狛治は同意する。
二人の意見を考え、耀哉は獪岳の処遇を決定した。
――鬼となった獪岳は、岩柱・悲鳴嶼行冥の監視の下、無期限の死刑執行猶予とする。
「鬼は鬼殺隊のスネをかじる」では、獪岳の右腕的ポジションになってますが、こちらでは捨て駒に近い扱いです。
彼の努力次第では、人間に戻って人生やり直せるかも……?