我が名、嘴平伊之助が子分・嘴平一子!   作:悪魔さん

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本作の主人公は「鬼は鬼殺隊のスネをかじる」の主人公・小守新戸と対比するように描きます。
比べて読むと面白いかもしれません。


第一話 伊之助様の〝()番最初の()分〟

 時は明治末期。

 黒船の来航による開国や戊辰戦争をはじめとした幕末の動乱を経て新政府が樹立され、欧米諸国を模範とした国内の近代化が推し進められた時代。のちの中国となる清国や大陸最大の国家であるロシア帝国と戦争をしたこの日ノ本では、そんな世情とは程遠い平和な暮らしをしている一人の青年がいる。

 青年の名は、たかはる。祖父との二人暮らしでよく働く福耳の好青年だが、平和に暮らしている一方で実は大きな問題を抱えている。

 それは、奇妙な猪の被り物をした少年が出入りすることだ。その名は(はし)(びら)()()(すけ)。すぐそばの山から度々下りてくる野生児である。

 そして、つい最近になってさらに問題が増えた。それは――

「グワハハハハ!! また来たぞじじい!!」

「御隠居、お元気ですか」

 そう、伊之助が一人の大和撫子を従えて山を下りてくるようになったことだ。

 伊之助やたかはる青年どころか、大人の男ですら見上げるほどの長身。後ろで縛った、黒い稲妻の模様が浮かぶ金の長髪。正直な話、独身のたかはるにとって嫁にもらいたいくらいの女性だ。

 しかしその頭には二本の角が生えており、犬歯も獣のように鋭く、瞳孔も猫のように縦長で細い。人間ではない存在であるのは明らかであり、ましてやつい最近まで変な動物と思ってた伊之助が連れているのだ、この女性も()()()()()()()()なのかと思ってしまう。そして偶然にも、その考えは的中している。

(いち)()や、肩揉んでくれんか?」

「っ! 親分、一瞬失礼します」

「あぁ? しょうがねぇじじいだな!」

 たかはる青年の祖父に名を呼ばれ、すぐさま絶妙な力加減で肩を揉む。

 

 大和撫子の名は、(はし)(びら)(いち)()

 伊之助がたかはる家付近で拾ったという異色すぎる経歴を持つ()()()()()()()()で、伊之助が従えている唯一の子分だ。ちなみに彼女の名は伊之助が名付け、「伊之助様の〝()番最初の()分〟」という意味がある。

 

「おぉーー……気持ちいいのぉ~」

「御隠居、肩たたきもしましょうか」

「すまんのう、頼むわい」

「おい一子! 俺様にもやれ! 山の王だぞ!」

 一子を中心に、ほわほわとした雰囲気が醸し出される。

 たかはるから見れば、ギリギリ人間の少年とそもそも人間ですらないかもしれない美女が自分の祖父を構っているようにしか見えず、かなり物騒な光景だ。

「……どうしてこうなった」

 思わず頭を抱え、たかはるは天を仰ぐばかりだった。

 

 一子は人間ではなく、人を襲い喰らう人型の化物――〝鬼〟という存在だ。

 しかし彼女は鬼でありながら人を喰らわず、野生児・伊之助に仕え忠誠を誓う異端の鬼でもある。

 

 忠節の鬼女・嘴平一子。彼女がなぜ鬼となり、伊之助の子分となり忠節を尽くすのか。

 それは、今から七年前にあった悲劇から始まった。

 

 

           *

 

 

 嘴平一子は人間の頃、(いち)()という名の少女であり、大嵐村(おおあらしむら)――現在の山梨県南都留郡――の外れにあるマタギの家で父親と二人で暮らしていた。

 幼くして母を亡くした市子の家は貧しく、学校に行くことすらできないほど。しかし学校に行っていないのにもかかわらず、大人顔負けの賢さと知識があり、神童ではないかと噂されてもいた。

 その理由は、彼女の誰にも知られていない秘密にある。

 

 彼女は前世の記憶を持っている「転生者」である。

 平成の世に生まれ、令和の世で若くして病死した彼女は、輪廻転生によってこの世界へと生まれ落ち。生まれてから数年経ったある日にいきなり前世の記憶を思い出し、今までの知識を活かして二人暮らしを凌ぐことを決意した。

 女だてらに芯の強い心を持ち、マタギの手伝いをするためか妙に腕っ節も強く、村ではだれもが知る有名人となったのは言うまでもない。

 

 そんな平穏な暮らしをしていたある冬の夜、血の匂いと共に幸せは崩れた。

 

 

(父さん、今日は苦労しているんだな……)

 床に就く一子は、父が雪山で夜になっても帰ってこないことが気になっていた。

 普段は日が暮れる前には必ず帰ってくるが、やはり冬眠の時期だからか獲物が中々狩れないようだ。

 しばらくすれば帰ってくるだろうと思った、その時だった。

 

 ――ぐわああああああっ!!

 

「っ!?」

 外から父の悲鳴が木霊した。

 腕利きの猟師である父が、何者かに襲われた。ふと、ここ最近人間を襲う何かの噂話を聞くようになったことを思いだしたため、そいつの仕業かもしれない。

(父さんを助けなきゃ!!)

 父が予備用に用意してある村田銃を手に、外へ飛び出た。

 昼間から大雪だったが、今は吹雪いておらず、視界も良好。それゆえに惨劇が鮮明に映ってしまった。

「――父さんっ!!」

 市子の目に映るのは、変わり果てた父親と、それを見下す一人の美丈夫。

 その姿を見た途端、本能が警鐘をうるさく鳴らした。

 ――逃げろ、アレは人間じゃない!

「……娘か」

「う、うわあああああああああっ!!」

 父を失った悲しみと、手にかけた美丈夫への怒り。

 感情が爆発した市子は、洗練された動きで引き金を引いたが――

 

 グシャッ

 

「!?」

 美丈夫は、全てを凌駕していた。

 突然腕を異形のモノに変化させ、それを伸ばして銃を握り潰したのだ。

 完全に丸腰になってしまった市子は、一目散に逃げたが――

 

 ドスッ!

 

「うあっ!?」

 首筋に刺さる棘。

 それと共に何かが注ぎこまれるのを感じ、白目を剥き断末魔の叫びと共にのたうち回る。

 美丈夫――鬼の始祖・鬼舞辻無惨は、その光景をまるで道端の石ころでも見るような目で見下ろしていた。

 すると、まるで地響きのような轟音が響き渡った。

(! 雪崩が来るか)

 もうじきこの古民家が雪に呑まれることを確信し、無残は「(なき)()」と短く呟くと、ベンッと琵琶の音が響き襖が現れた。

 その襖の奥へと足を踏み入れた直後、雪の津波が息絶えた猟師とのたうち回る少女を呑みこんだ……。 

 

 

 数日後。

「グルルル……」

 獣のような唸り声を上げて、森の中を歩く、変わり果てた姿の市子。その爪は獣のように鋭く、口からは涎が垂れている。

 そう、彼女は人を喰らう化け物、いわゆる〝鬼〟となったのだ。

 人間から鬼へ変異した直後の彼女は、耐え難い空腹を感じている。何か食べないと気が狂ってしまいそうなほどに。だが、いつまで経っても空腹を満たす獲物はおろか、それの代わりとなる存在すらもいない。

 

 なぜならここは、剣や武芸の修行者さえ足を踏み入れない樹海だからだ。

 

「ヴヴ……ヴヴヴヴ…………」

 フラフラとおぼつかない足取りで歩を進める。

 その姿は、飢えた獣というより現世を彷徨う幽霊のようで。体力が枯渇寸前の彼女にとってはまさに生き地獄。

 壮絶な飢餓感と凄まじい疲労感に襲われ、不死性を得ながら死にかけていた。

 

 鬼とは、人肉や血に対して激しい飢餓感を覚える生物だ。他の動物の肉でもある程度の代替は可能であるが、鬼の身体の維持と強化には人喰いは欠かせない。それに人間の血肉を口にしない時間が長いと、確実に狂暴化するのが必然である。

 雪崩に巻き込まれ、どうにか雪から脱出し、飢餓を抑えようとしても。

 そもそも冬は動物達が冬眠し、食料となる動植物も少なく、人々も雪深い地に足を踏み入れることが少ない季節であって。

 その上、鬼への変異直後は激しい意識の混濁・退行が生じ、自分が何者かわからない状態で樹海で獲物を求めて彷徨っている。

 ましてや樹海は、そもそも人間が寄りつくことなどほぼ無い領域である。人間という餌がいてこそ成り立つ鬼にとって、どんな人間でも入ろうとしない世界に迷い込んだとなれば、運が悪いという言葉では済まない。

 

「ヴ……ヴヴッ…………」

 

 ドサリとうつ伏せに倒れる。

 鬼へと変異したことでエネルギーを消耗し、獲物を求めて樹海に迷い込んだことで疲弊しきって、ついに鬼は活動を停止させた。

 生きてるのか死んでるのか。人間なのか否か。己は何者なのか。

 死の概念から逸脱した存在となった市子は、己の名すら忘れて意識を失った。

 

 

           *

 

 

 そしてある日、市子はふと意識を取り戻した。

 どれほどの年月が経ったのだろうか。髪は腰まで伸び、何となく体が大きくなってる気がする。頭を触ってみると、角があることに気づき、改めて人間じゃない存在であることを実感した。

(……ご飯食べなきゃ……)

 空腹感を覚え、ひとまず森から出ることにする。

 彼女はこの時、自分が意識を失ってから六年もの年月が経っていたことにも、その六年間に自分の体質がさらに変化していたことにも気づいていなかった。

 

 

 丸三日かけて森を抜け、さらに二日かけ、ようやく人里へと降りることができた。

 しかし食料を求めて彷徨うその姿は、餌を求める鬼というより、角が生えただけの乞食が正しいのかもしれない。

「グル、グルル……」

 鬼に成り立てであるゆえか、人間の言葉を発せられない苦しさを味わいつつ、人里を探索する。

 空を見上げると、ゴロゴロと雷の鳴る音が聞こえる。早めに見つけて隠れた方がいいと思い、先を急ごうとした時だった。

「おい!! 俺様の縄張りに入ってくるとは、いい度胸だな!!」

「?」

 ふと、背後から声を掛けられた。

 ゆっくりと振り返ると、そこには猪の頭皮を被った人間らしき何か。

 肌で感じるほどの闘争心を露にするその姿は、まさしく獣。市子もまた、自分を害する存在と見なして睨みつけ、威嚇した。

 次の瞬間!

 

 ドォン!!

 

「うをおぉぉ!?」

「……ガフッ……!」

 まさかの落雷。

 直撃を受けた鬼の髪は黒が金に変色し、もうもうと口から黒い煙を出して倒れ伏した。

「――おい、じじい! タコ助! 起きやがれ!!」

 猪の頭皮を被った少年、嘴平伊之助はさすがにマズイと思ったのか、熟睡中のたかはる家に殴り込み、たかはる青年と彼の祖父を叩き起こした。

 いつもは得体の知れない動物は口悪く追い返すたかはる青年も、雷に打たれた女性を野晒しにするわけにもいかず、精一杯介抱した。

 

 

「う、あ……?」

 それからしばらくして。

 雪崩に樹海での遭難、そして落雷という運が悪いもいいところな目に遭った市子は、目を覚ました。

「あ! 起きやがったなデカブツ女!」

 ふと、気づけば例の猪らしき何かが見下ろしていた。

 ゆっくりと起き上がり、当たりを見渡す。すでに日は暮れており、それでいて雨の匂いもする。

 

 ――グギュルルルル!

 

「あ……」

「あ? 腹減ってんのか?」

 市子は思い出した。

 そうだ、自分はお腹が空いたから人間のいる場所へ向かったんだった。

「しょうがねぇな! ホラ、ドングリやるよ!!」

 ツヤツヤのドングリはやんねぇぞ、と伊之助はドングリを差し出した。

 鬼は人間の食べ物を食べられず、口にすると吐き戻してしまうため、人の食べ物で飢えを紛らわせることもできない。動物の肉ならば食することはできるが、いくら何でもドングリで腹持ちするわけがない。というか、鬼どころか人でも腹持ちしない。

 しかし、不思議と市子は手を伸ばし、それを口にした。ボリボリと音を立て咀嚼すると、強いアクが口いっぱいに広がった。どうやら渡されたドングリは、ドングリの中でもアクの強いウバメガシだったようだ。

 それでも、鬼になってから飲まず食わずで生きてきた市子にとって、天の恵みにも等しかった。

「あり、がと……!! あり、がとぉ……っ!!」

「お、おい! 泣くんじゃねえ!!」

 生まれて初めて見る鬼女の涙に、伊之助は狼狽えるばかりだった。

 

 

           *

 

 

 そして、現在に至る。

(今思うと、とんでもねぇの拾っちまったんだよなぁ……)

 伊之助の肩を揉みながら朗らかに笑う一子を、遠い目で見つめる。

 拾った頃はろくに話せず、祖父が()()百人一首とかを読み聞かせたりしたことで言葉を覚え、自分の口調を覚えたことで丁寧だが男寄りの口調となった。

 そして伊之助は「今日からお前は俺の子分」と変なことを言い始め、彼女自身も恩義があるために乗っかってしまい、ついには伊之助から嘴平一子という名前を与えられてしまった。本人は大歓迎だったので口出しはしなかったが。

 しかし、あの乱暴者の伊之助が一子を大切にしていることには、思わず涙ぐんだものだ。心の底から慕っている異性を子分に持ったからだろうか、粗野粗暴で傲慢不遜ながらも親分としての自覚を持ち、いきなり手を出すことが非常に少なくなった……ような気がする。

(一子……そいつを頼むぞ)

 一子が化け物であるのは、わかっている。

 だが、伊之助の味方であり、彼をずっと支えられるのも彼女だけだろう。

 人情も優しさも知らない伊之助を立派な〝人間〟にしてもらえるのは彼女だけであり、自分では無理だから。

 たかはる青年は口には出さず、心の中でそう願った。

「一子!! 縄張りを広げるぞ!! 向こうの山まで俺の支配下に置く!!」

「はい! お供いたします!」

「さすが俺様の子分だ!!」

(あ、やっぱダメかもしんねぇわ)

 伊之助を決して裏切らないことと伊之助の暴走を止められるかどうかは別物だと、たかはる青年はようやく気づいたのだった。

 

 

 全ては山の王のために。

 名前も居場所も全てを与えてくれた親分のために。

 失意も絶望も憎悪も、()()()()()()()〟で叩き潰して。

 嘴平の名を、誰よりも強く、どんな惡鬼よりも強く響かせてやる。

 

 これは、野生児と鬼女による「真の強さ」を求めた物語。




【嘴平コソコソ噂話】
一子にとって自分を拾ってくれた伊之助が全てで、常に親分と呼びます。
伊之助も一子のことを子分として信頼し、名前を決して間違えません。
はっきり言うと、無惨様と黒死牟のような関係です。
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