伊之助を探す旅を続ける一子は、とある屋敷の付近まで訪れていた。
「あの屋敷なら、誰かいそうだ」
市女笠を被る一子は、人の気配を感じ取る。
一子は鬼でありながら、鬼の最大の弱点である日光に耐性を持つ。通常、鬼は曇天の日や日陰を除き、日光を浴びた瞬間に身体が灰化して崩れ去るが、一子は体質の変化によって日が射す日中でも活動できる。
ただし、長時間日光を浴びると身体が焼けてくるため、必ず市女笠を被りなるべく日陰にいなければならないが。
「しかし、親分は一体どこへ……」
敬慕する伊之助の身を案じた、その時だった。
――すごいだろう俺は!! すごいだろう俺は!!
「え……?」
その声が耳に届き、ハッとなる。
聞き間違えようがない。あるものか。
この声は間違いなく、親分の……!!
「親分っ……!!」
自らの内から込み上げてくる何かに戸惑いつつ、全速力で駆け抜ける。
思えば、随分長い旅だった。途中で鬼に遭うわ鬼狩りにも遭うわ、何か知らない珍妙なタンポポに会うわ、気苦労が耐えない旅路。それがようやく終わるのだ。
「おやぶ――」
自然と笑みを溢しながら、一子は屋敷の前まで来た。
そこでは、伊之助が同じ年頃の市松模様の羽織を着た少年と殴り合っていた。
「ちょっと落ち着け!!」
少年は伊之助に正面から組みついた。
――あれはダメだ!
一子は伊之助に危害を加える敵と判断し、棍棒を構えた。
ゴロゴロゴロ……!
「んっ?」
「え……!?」
「〝万雷太鼓〟!!」
ガン!!
「がっ!?」
「わーーっ!! 大丈夫ーーーーっ!?」
雲行きが怪しくないのに雷鳴が轟いたかと思えば、少年の額に衝撃が叩き込まれた。
それと共に雷撃が走り、炭治郎は倒れ伏した。といっても、幸いにも全身が痺れた程度で、頭の方も石頭のおかげで脳震盪には至ってない。
どうにか自力で起き上がるが、雷撃のせいか、手の震えが止まらない。いや、それ以上にある匂いを嗅いで戦慄を覚えた。
(この匂い……鬼!? 今は昼間だぞ!! 何で!?)
目の前にいる袴姿の女から漂う匂いを嗅ぎ、現実を受け入れきれない。
どんなに強力な鬼でも日光を浴びれば消滅するはずなのに、あの女の鬼は日光を浴びているというのに全く消滅していない。よく見ると肌の一部が黒ずんでいるが、それでも血鬼術を行使する鬼が日中に出現したなど、人間にとって絶望的である。
このままじゃ、みんなが殺されてしまう……!! 痺れる体に鞭を打って立ち上がろうとするが、思わぬ展開が待っていた。
「親分、お待たせして申し訳ありません! 嘴平一子、推参いたしました!!」
「えっ」
「え!? ウソでしょ!? 一子ちゃんの言ってた伊之助って、アイツのことなの!?」
善逸の言葉に、驚きを隠せない。
目の前にいる猪の頭をした隊士――伊之助と、自分を攻撃した一子という鬼は、何と行動を共にする関係だというのだ。
「ぐわははは! 来たか一子!」
(嘴平……? もしかして、家族なのか? 申し訳ないけど、全然似てないな!! 申し訳ないけど!!)
いや、そんなことを言っている場合ではない。
一子からは血の臭いは一切漂ってないが、かなり強力な相手だというのはあの一撃を食らってすぐ理解した。何らかの上下関係がある以上、伊之助の命令次第で自分たちはなぶり殺しに遭ってしまうかもしれないのだ。
どう説得するか必死に考えるが――
「ところで親分、この者達は一体? 小競り合いしてたようですが、敵意が感じ取れません。それに俺は、そこの黄色い弱味噌と面識があります」
「あん? 一子、アイツ知り合いなのか?」
「ええ、親分を探しに藤の花が咲き誇る山へ寄った時に」
(……よかった、話のわかる人だ)
一子はすぐに手を出さず、伊之助に確認をとる。
少年は好機と言わんばかりに声を発した。
「一子さん! 俺の名は鬼殺隊士・
「っ!? ……親分、ケガしてるんですか!?」
「あ、その前の炭治郎の言葉全部無視した」
血相を変えて伊之助に詰め寄る一子だが、完全に主人の乱暴を無視。
猪頭至上主義な鬼女に、善逸は落ち込んだ。顔と体形はいいのに、性格が残念すぎる。
しかし、少なくとも伊之助の暴走を止めるには十分で、炭治郎の説得は無駄に終わらなかった。
「親分、御無理なさらず……」
「無理上等!! 刹那の愉悦に勝るもの無し!!」
「ですが、身体を大事にしないとそれを味わえなくなります。王たる者、心身共に程度がわからないと」
「ぐう…………仕方ねェ、一子に免じて勘弁してやる!」
鼻息荒くも胸を張る伊之助。
親分としての自覚はあるのか、子分の前ではきっちりするようだ。
「あ、あの……君は一体……?」
「そうだな……場所を変えようか」
*
日が暮れて、所変わって。
鬼殺隊士達に無償で尽くしてくれる藤の花の家紋の家で、休息をとりつつ一子は炭治郎達に身の上話をしていた。
「伊之助の子分!?」
「ああ」
大和撫子という言葉が似合う、袴姿の鬼女が伊之助の
伊之助は食事後であるのもあって猪の皮を外し、美少女の素顔を晒しつつ「どうだ俺様の一子は!!」と自慢げ。それを見ていた善逸は非常に悔しそうな顔で睨みつけている。
「君は女の子なんだろう? 何で「俺」なんだ?」
「親分の口調がうつったんだろうな」
「え? あんな野蛮な口調うつってんの? あんなのと主従関係な上に? もったいな」
刹那、一子の手が善逸を掴み、ミシミシと音を立てて強く握った。
「たいたいたいたいたいたい!!」
「親分の悪口は許さないぞ弱味噌……血祭りにあげてやろうか?」
「ひぃぃぃ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 痛いから放してーーっ!! 頭潰れるーーーーーーーーっ!!!」
「そのまま潰れちまえ」
「伊之助の鬼ぃぃぃぃぃぃ!!!」
ドスの効いた声で脅す一子の圧力――物理的なものも含む――に押され、悲鳴を上げる善逸。炭治郎は「藤の家のおばあさんに迷惑だからやめろ」と諫めるが、自分の心配をして欲しい善逸はさらに喚いた。
このままでは埒が明かない。伊之助は一発ぶん殴って沈めようかと思い立ったが――
ギュウッ
「うぶっ!?」
「バカの相手はこれが一番です、親分」
一子は善逸の頭を掴み、胸元に押し付けた。
柔らかく張りのある弾力に顔面を包まれ、その上鬼の腕力でグリグリ押しつけられてるため、女性の胸に顔を埋めるという幸せよりも窒息死の危険性が上回り、善逸は必死にもがいた。
「親分、あともう少しで堕としますので」
「むーっ! んむーーっ!!」
「い、一子さん! さすがにそれは可哀想です!」
「半端に情けをかけるな、厄介事を生む」
色んな意味で止めを刺そうとする一子に、炭治郎は慌てて善逸を引き剥がす。
善逸は鼻血を垂らして顔を真っ赤に染め、放心状態だ。完全にイってる顔である。
「……それでなんだが、そこの箱の中身は何だ? 俺と同じ気配がするが」
「っ!」
「そう言えば……何で鬼なんか連れてるんだ?」
一子の一言に、炭治郎は顔を強張らせた。
わかりやすい奴だと思いつつも、一子は取って喰ったりしないと明言した。
「親分に仇なすのなら容赦しないが、そうでないなら俺が手を出す理由にならない」
そう、一子にとっては伊之助が全てだ。
伊之助と敵対するのであれば容赦せず潰すが、逆らって危害を加えないのであれば、危険視して殺す理由にはならない。たとえ相手が、鬼であってもだ。
「一子さん……それに善逸もわかって庇ってくれてたんだな。ありがとう」
礼を述べた直後、炭治郎が背負っている木箱がカリカリと音が鳴った。
「うわっ、うわっ、えっ!? 出てこようとしてる!?」
ゴンッ!
「ぶほぉっ!?」
「うっさい」
大声で慌てふためく善逸に、一子の拳骨が炸裂。
大きなたんこぶを頭に作り、善逸悶絶。
そして箱の扉が開き、中から竹の口枷をした髪の長い小さな女の子が顔を出した。
「……!」
「コイツが?」
「え……?」
女の子は箱から出ると、ゆっくりと大きくなっていき、元の姿に戻った。
彼女こそ、炭治郎が連れている鬼であり、唯一の身内である妹の
「善逸、伊之助、一子さん。禰豆子は俺の……」
「炭治郎、伊之助」
紹介しようとした炭治郎を遮るように、善逸が低い声で言った。
「お前ら、いいご身分だな……!!!」
血走った目で炭治郎と伊之助を睨むと、早口で声高に叫ぶ。
「フザけんな!! フザッッけんなよ!! 理不尽にも程があるわぁ!! お前はこんなかわいい子連れて旅をし、猪頭は強くて美人な子分とアハハのウフフで楽しくしてたってのかぁ!?」
「落ち着け善逸! 一体どうしたんだ!?」
「うっせえ弱味噌が!」
「これが落ち着いてられるかクソボケ共ぉ!! 鬼殺隊はなぁ!! お遊び気分で入るところじゃねぇ!! 二人共粛正だこの野郎!! 成敗してくれるわぁ!!」
日輪刀を抜き、ご乱心で斬りかかる善逸。
しかし、一子がここで動いた。
ビュッ!
「ひいっ!!」
顔面に叩き込まれる一寸手前まで、棍棒が迫った。
あと少し近づいていれば、はるか遠くまで吹っ飛ばされていただろう。
我に返った善逸は、顔を真っ青にした。
「――おい、弱味噌」
地獄の底から響くような低い声を発する一子。
放たれる濃厚な怒気に、炭治郎達も怯んだ。
「今度親分に切っ先向けてみろ。親分に仇なすとどうなるか、鬼狩りどもの
まさに鬼の形相。
一瞬で修羅と化した一子の気迫に呑まれ、善逸は失神した。
「……さあ、親分! そろそろ休みましょう。俺は一刻寝れば問題ないですので、夜通し見張ってます」
「あ、ああ……」
伊之助はどこか引きつった様子で、ぎこつなく横になった。
「お前たちもだ。俺が見張ってるから、安心して休め」
「あ、ありがとうございます……」
「むっ!」
炭治郎は伸びた善逸を不憫に思いながらも、伊之助と同様に布団で横になった。
禰豆子は藤の家の人に気を遣ってか、元いた箱の中へと戻っていった。
「……親分、新しく子分が増えましたね。それも三人」
鼻提灯を膨らませて爆睡している伊之助に、一子は優しく微笑んだ。
近い内に一子のプロフィールを載せますので、乞うご期待。
ちなみに現時点の一子の強さは、全集中の呼吸を会得していないので柱と同格です。