サイコロステーキ先輩は切り刻まれてはいませんが……。(笑)
母蜘蛛の討伐を終えた一子達は、森の中を流れる川べりを歩いていた。
「くっ……あの鬼、どうも警戒心が強いようですね」
「ちっ、どこ行きやがった……!」
棍棒を片手に辺りを見回す一子に対し、獲物が見つからず若干苛立つ伊之助。炭治郎も五感を、特に嗅覚を研ぎ澄ますが、山全体が刺激臭で覆われていてうまく機能しない。
そんな中――
ドォン……!
「!」
「今の音……雷が落ちたのか?」
森の向こう側で聞こえた、落雷に似た轟音に一子と炭治郎は振り返った。
だが、月はあかあかと照っており、空にはわずかな雲のみ。雷雲と思しきモノは影も形もない。
(……気のせいか)
「おい、一子! あの鬼は俺が
「無論、俺は
「わかってりゃあいい!」
あくまでも鬼の少年・十二鬼月の累は自分の獲物――それを再確認し、伊之助はどこかご満悦。忠節を誓う者に煽てられてホワホワしている。
その時、川の対岸で水音がした。
ハッと見ると、累や母蜘蛛と同様、蜘蛛の巣柄の着物と白い肌の赤い玉模様が特徴の少女の鬼がいた。
「おおお!! ぶった斬ってやるぜ!! 鬼、コラ!!」
「大人しく頸を捧げろ!!」
浅瀬を突っ込んでいく嘴平一家を、炭治郎も慌てて追う。
だが、鬼の少女――姉蜘蛛は身を翻して逃走。森に駆け込みながら大声で叫んだ。
「お父さん!!」
その叫びの直後、突如頭上から、何かが降ってきた。
盛り上がった筋肉、たくましい裸の上半身、真っ白な肌と赤い玉のような模様……山のように大きな男の鬼だ。だがその顔にある口は乱杭歯が並び大きく裂け、ガラス玉のような目が無数に並び、人ではなく蜘蛛そのものだ。
「っ!?」
「「蜘蛛!?」」
「オ゙レの家族に゙、近づくな゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」
汚く濁った声で目の前の鬼――父蜘蛛は叫び、丸太のように太い腕を振り下ろす。
すかさず一子が棍棒を盾に受け止め、衝撃の余波で激しい水しぶきが上がった。
「……フン、この程度か?」
「ぐぐうっ……!」
涼しい顔の一子に対し、父蜘蛛はどこか焦りを感じているような顔色。
ミシミシと音が鳴るが、どちらが余裕なのかは一目瞭然だ。
その隙に伊之助と炭治郎が斬りかかるが、僅かに肉に食い込んだだけ。腕を斬り飛ばすことは叶わなかった。
「かてえええ!!」
「刃が通らない!!」
「くっ……!」
一旦距離を取り、三人は体勢を立て直す。
父蜘蛛は一対三の状況だからか、それとも一子の強さを肌で感じたからか、すぐに攻めず隙を伺っている。
「親分、この山の征圧は、大将の累だけじゃダメなようです。この山に棲む全ての鬼を倒さねば親分の支配が及ばない」
「っ……じゃあ一子! あの小物の方を潰しとけ! 俺はこの大物を斬る!」
「はいっ!」
一子は伊之助に従い、標的を変更する。
彼女は森の方へ目を向けると、一瞬で炭治郎の傍まで移り、耳元で呟いた。
「あの鬼は剛腕だが単調で練度は低い。それに奴にも目がある、手足より先に目を抉っておけ」
「ハッ! そんなこと、俺の方が先に気づいてたね!!」
「ご武運を! あとで湧き水で乾杯しましょう、親分!」
「おうっ!」
一子は電光石火のごとき速さで森に向かい、伊之助も果敢に父蜘蛛へ挑んだ。
(一子さん……! 伊之助は俺が必ず護ってみせます!)
一子は炭治郎がいる限り、伊之助の身は問題ないと判断したのだ。
ならば、炭治郎がすることはただ一つ。鬼を狩り、生きて下山することだ。
「伊之助! 早く倒して、一子さんの応援に行こう!」
「当たり前だ! 俺はあいつの親分だぞっ!!」
*
伊之助たちと別れ、姉蜘蛛を追跡する一子。
しかし土地勘で言えば姉蜘蛛に分があるため、中々見つけ出せずにいた。
「くっ、どこへ逃げた……!?」
「お、丁度いいくらいの鬼がいるじゃねえか」
「ん!?」
森を懸ける中、視線の先に一人の鬼殺隊士が。
「とりあえず俺はそこそこの鬼一匹倒して下山――」
「邪魔だーーーーーっ!!」
ドゴォン!
「ギャアアアアアアアッ!?」
一人の鬼殺隊士が前に現れ抜刀したが、すかさず一子が片手でフルスイング。
片手とは言えど鬼の怪力。猛烈な一打は、隊士をはるか遠くへ吹っ飛ばしてしまった。
「ひっ……きゃああああああああっ!!」
そこへ響く女性の悲鳴。
何事かと思って振り向くと、真っ白な顔を恐怖一色に染めた姉蜘蛛が背を向けて逃げ惑っていた。
どうやら運悪く鬼殺隊士が吹っ飛んでいったところを目の当たりにしてしまったようだ。
「あっ! 見つけた、逃がさないぞ! 〝鳴神〟!」
バチィッ!
「いやあああああああああああっ!!!」
全力で逃走する敵に、執拗に雷を射出する一子。
先程の隊士の末路を間近で目撃した姉蜘蛛は、ついに泣き出してしまった。
「無理無理無理無理!! あんな化け物、勝てる訳がないじゃない!! 累は一体何をしてるのーーっ!?」
バリィッ!
「がっ!?」
ついに姉蜘蛛は、一子の雷撃に貫かれた。
全身が痙攣し、金縛りに遭ったかのように動けなくなり、勢いよく転倒する。その隙を見逃すほど、一子は甘くなかった。
「〝
「っ!?」
「〝
ガァン!!
一子は雷撃を纏った棍棒を姉蜘蛛の顔面へ振り下ろし、一切の躊躇いも容赦もない非情な衝撃と雷撃を叩き込んだ。
その落雷のごとき一撃は、姉蜘蛛の心と体をへし折るのには十分過ぎた。
「……」
「……しまった、加減を間違えたか」
ゆっくりと棍棒を上げると、そこには黒焦げになったヒトガタのナニか。あの姉蜘蛛だろう。
どうやらその身で耐え切れるケガでなかったようで、不死身なのに苦しそうに痙攣しており、反撃の素振りを見せない。試しに脈を調べてみたが、一定の心音ではなく完全に制御できなくなっており、苦しんでるのはその影響なのだろう。
一子の雷撃は、それ程までに強力で、二次的な影響が大きいのだ。
「まあ、どの道この場で焼け死ぬ
*
一方、父蜘蛛の攻撃で炭治郎が強制的に戦線離脱させられた伊之助は、生き延びることを優先に身を隠していた。
父蜘蛛は伊之助の後を追って来ている。大木を一撃で薙ぎ倒し、凄まじい破壊力を発揮しながら。
(アイツが戻るまで何とか……って、なんじゃああその考え方ァ!!! ふざけんじゃねーぞォ!!)
炭治郎が戻ってくるまで逃げ、来たら一緒に戦って倒す。
その考えは、伊之助が許さなかった。
そんなことをしたら、一子に何て言えばいい?
「豚太郎の菌に汚染されたぜ! 危ねぇ所だったァァ!」
伊之助は父蜘蛛に突進し、左手の刀を全力で振り下ろす。
父蜘蛛は咄嗟に右腕で受け止めるが、伊之助は食い込んだ刀の峰に右手のもう一振りの刀を叩きつけ、全体重を乗せて斬り落とした。
「しゃァア、斬れたァア!!」
伊之助は大喜びしながら後方へ跳ね飛んだ。
一子が居れば「さすがです、親分!」という歓声が響いたことだろう。
「簡単なことなんだよ! 一本で斬れないなら、その刀をぶっ叩いて斬ればいいんだよ! だって俺、刀二本持ってるもん! ウハハハハ!! 最強!!」
両手の刀を振り回し小躍りする伊之助。
すると腕を切り落とされた父蜘蛛は、伊之助に対して敏感に脅威を感じたのか、突然逃げ出した。巨体に見合わず逃げ足は速く、暗い森の中であることもあってすぐ見失ってしまう。
「くっそォ、あの野郎どこ行きやがった」
キョロキョロと辺りを見回し気配を探る。
すると、高い木の上に貼り付いていた父蜘蛛を発見する。
「そこかァアア!」
止めを刺すなら、動かぬ今の内だ。
と思いきや、父蜘蛛の全身がブルブルと震え、背中がいきなりベリッと破けたではないか。
(脱皮した!!)
古い皮を脱ぎ捨てた父蜘蛛は、ドンッと音を立てて伊之助の前に降り立った。
脱皮した父蜘蛛は、まさに一皮剥けた脅威を帯びた。大きさは二回りはデカくなっており、肩にも腕にも無数の鋭い棘が生え、顔中に十数個の赤い目がギラギラと光っていた。
敏感にその異様さを肌で感じ取った伊之助は、今まで経験したことのない〝圧〟に押しつぶされそうになった。
(だめだ、勝てねぇ……俺は死ぬ)
強大な肉食獣の前に放り出された小動物のように、体が全く動かない。
巨大な敵を前に、伊之助の野生の本能が悟ってしまった。
――親分っ!
ふと、伊之助の脳裏に一子の声が聞こえた。
彼女は初めての子分だ。誰よりも伊之助を尊敬し、誰よりも伊之助を信じ、伊之助の子分であることを誇りに思ってる。
親分が子分に無様な姿を見せてたまるものか!
(負けねぇ! 絶対に負けねぇ!)
折れかけた心を取り戻すかのように、伊之助は刀を握り直した。
「俺は鬼殺隊の嘴平伊之助だ!! かかって来やがれゴミクソが!!」
己を鼓舞するように名乗り上げる伊之助は突進するが、速攻で父蜘蛛鬼に吹っ飛ばされてしまう。
気合いを取り戻しただけでは効果はない。それでも隙を突き、背後へ回り込むことに成功した伊之助は、〝参の牙 喰い裂き〟で頸筋を捉えた。――が、肉に食い込むことすらできず、二本とも折れ飛んでしまった。
「……!!」
焦った瞬間だった。
振り返った父蜘蛛の右腕が伊之助を殴り飛ばし、木の幹に叩きつけられてしまう。そして瞬時に距離を詰められ首根っこを掴まれてしまう。
「俺の家族に゙近づくな゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!」
「お、俺は死なねええぇぇえ!! 〝獣の呼吸・壱ノ牙 穿ち抜き〟!!」
血を吐くように吠えながら、力を振り絞って折れた刀身で父蜘蛛の頸を貫く。
しかし刃を動かし刎ね飛ばすことができず、むしろ頸椎を握り潰そうと力がこもる。
意識が遠のいていく。死ぬ。今度こそ殺される。
死を覚悟した時、伊之助は走馬燈を見た。
――ごめんね。ごめんね、伊之助。
(……だ、だれ、だ……?)
「はあっ!!」
ガンッ!
「グギャァ“ッ!!」
刹那、父蜘蛛の脇腹に衝撃が走り、伊之助は放り出された。
その直後、誰かに優しく受け止められた。その声と顔を、伊之助は知っている。
「親分!! 親分、しっかりしてください!!」
「い、ちこ……」
一子だ。子分が応援に来たのだ。
その顔は今にも泣き出しそうであり、悔しさと悲しみ、そして怒りに満ちていた。
(あの判断は間違いだった……親分と一緒にあの場で倒すべきだった……!)
まさか炭治郎が親分と別れるとは。
自分が判断を間違えたから、伊之助が危険な目に遭ったのだと、一子は自らを恥じた。
「……親分、ゆっくり休んでてください。ケジメつけてきます」
満身創痍の体に障らぬよう、優しく地面に降ろすと、一子は棍棒に雷撃を込める。
彼女もまた邪魔者と判断した父蜘蛛は、巨体ながらも伊之助が慄く速さを見せて肉迫した。しかし一子は全く動じることなく、棍棒を構えた。
「〝
ドガアァン!!
渾身の力を込め、父蜘蛛の鳩尾に棍棒の先端を減り込ませる。
その直後、雷鳴と共に周囲に稲妻が迸り、その爆発力で父蜘蛛の胴が文字通り吹っ飛んだ!
「ア、ガ……!?」
「……!」
「――親分を傷つけた報いだ」
棍棒で肩を叩きながら、父蜘蛛を見やる一子。
父蜘蛛の身体には、大きな穴が貫通していた。断面は黒焦げであり、雷撃の際に発生した凄まじい熱量で焼き潰されてしまったのだろう。
その上、一子の雷撃は感電によるマヒだけでなく、鬼の再生能力や血鬼術の威力・効果を低下させる特性がある。父蜘蛛の身体には未だ再生が行われておらず、内臓も多く損失したままだ。
その苦痛に苛まれ、何が起こったかわからないような呻き声と共に、父蜘蛛はゆっくりと前のめりに倒れ伏した。
「親分……親分っ!」
強く抱き締め、伊之助が生きていることに安堵する一子だったが……。
「イチコ……シヌ……」
「ファッ!? あ、ご、ごめんなさい!」
重傷の伊之助に鬼の力は堪えたようで、一子はその場で土下座したのだった。
【大正コソコソ噂話】
一子の技名は、全て日本各地の雷神の名前や雷に関連した熟語。
渾身の力を込める技は「嘴平神楽」という言葉がつく。