曇らせフェチの曇らせフェチによる曇らせフェチのための女騎士 作:赤桃猫
思った以上の評価を頂き胃痛に苦しむ作者です。
とはいえ、私にできることは書きたかった話を形にするだけ。
おおよそのプロットは決定しましたので、広い心でお楽しみ頂ければ幸いです。
クーシャちゃんの腕に暫く抱かれた後、私はある程度の間を空けて身体の震えを止めた。
それを感じたのだろう、彼女は緩やかに腕を離し、こちらの顔を覗き込む。
「セレン、落ち着いた?」
「……はい。すみません、見苦しいところをお見せしました」
「気にし、ないで」
まぁ、仮面を付けているから表情はお互い分からない。というか実はニッコニコだから、見られるわけにはいかないのだけれど。
そうとは知らずにこちらを心配するその素振りは、健気という他ない。
「私は、よく分からない。けど、きっと、セレンにも事情がある、から」
「優しいんですね、クーシャさんは」
「……そう?」
照れているのか、クーシャちゃんはそっぽを向いてしまう。心なしか声も上擦っていた。可愛い。
なんて風にこっそりと彼女を愛でつつ、私は考える。
──暗部の構成員で騎士なの、私くらいじゃない? コレ。
私は興奮と共にそんな予感を覚えていた。
クーシャちゃんの言葉が正しければ、彼らは貧民街から集められた人間である。表から追いやられた人もいるかもと言っていたが、それは
流石は裏の組織というか、後ろ暗いことを平然とやってくれる。素晴らしい。
その悪辣さを是非ともどんどん『
それにしても、私はそんな事情は今まで知る由もなかった。
自分の境遇に歓喜するばかりで、今まで彼らの事は人形のように──それこそ、一種の『舞台装置』のように、無機質なものとして認識していたのだから。
だが、考えてみれば彼らとて一人の人間だ。そこには確かな過去があって、それぞれの経緯を経て暗部に身を窶したのだ。
「むぅ……そんなに、見ないで。ちょっと、変なことした、自覚ある」
「いいえ、そんなことありませんよ」
それは、目の前で恥ずかしがるクーシャちゃんだって同じこと。
兄や姉たちと暮らしていながら、騎士によってその平穏を奪われた者。騎士を恨みながらもその手駒となってしまった、悲運な少女。
自らの身の上を語った彼女の言葉には、断片的であろうとも隠しきれない憎悪と怒りが含まれていた。
でもその
クーシャちゃんが恨む存在が、実はすぐ傍にいるのだというという真実。
けれど、彼女はそのことを知らない。私がどうして「ごめんなさい」と言ったのかも分からないだろうに、こちらを安心させようと必死に慰めてくれたのだ。
その無知ゆえの優しさが、余計に『セレン』を苦しめる毒となるとも知らずに。
ああ、胸が高鳴る……。
込み上げてくる笑いを漏らすまいと、喉が震える。けれどこの笑顔だけは、どうしても我慢できない。
最早そうなるように仕向けられたかのような運命の悪戯に、喝采さえ送りたい気分だ。
「……もしかして、セレン。ちょっと、笑ってる?」
「え、そ、そうでしたか?」
「うん。安心、した」
彼女の顔は当然ながら見えない。だというのに、何故か私は、仮面の奥にあるクーシャちゃんの朗らかな笑みを幻視した。健気だ……。
──うん。その顔、曇らせたい。
「……あのっ、私は」
下腹部の熱に従い、条件反射で口を開く。
声の調子を落とし、罪人のように重苦しく。咎人のように痛々しく。これから己の罪を告白するのだと、そういう意思を込めて。
「──無理に、言わなくていい」
けれどそれを遮って、クーシャちゃんは手のひらを私に向け、首を振った。
「過去は、人それぞれ。セレンが、何者なのか、関係ない」
「クーシャ、さん……」
彼女に止められたこともあり、興奮に逸る気持ちを鎮めながら、私は冷静な思考を取り戻した。
考えるべきは、今ここで『私があなたの恨む騎士である』とカミングアウトするか否か。
前者の場合、クーシャちゃんは私をはね除けて、嫌悪と憎悪を向けてくれるだろうか。
そうなったら、彼女からの拒絶を受けた『
……いや待て。ここで黙って友情を築き上げてから、一気に握り潰した方がイイのでは?
脳裏に電流が走る。
それは例えるならば、目の前にある極上の餌を敢えて見逃すような行いだ。
あまりにも認めがたい蛮行。だが、今私の身に迸る欲望を耐えて、堪えて、抑えきったその先にしか得られない悦楽があるとしたら。
それに、こう考えるのも良いのではないだろうか?
度重なる殺人に心が摩耗しつつある『セレン』。そんな中で突然現れた、一抹の救い。そんな彼女は、騎士によって全てを奪われた人間だった。
健気な優しさに安らぎを覚えつつも、彼女の心を裏切りかねないという不安。
相反する想いに板挟みになりながらも、結局のところ目の前の彼女に拒絶されたくないという俗物的な思いから黙っていることを選んでしまい、騙すことへの罪悪感に苦しみ続けて、真実を明かせない苦痛と明かした時の恐怖がない交ぜになってより一層心が廃れてうぇへへへへ──
「……はい。分かりました」
「うん。それで、いい」
結論、黙っていよう。
人間とは理性の生き物である。その場限りの欲求に対し、抗うことができる唯一の種族なのだ。
つまり、私は我慢のできる子。うん。
「それじゃあ、その……代わりと言うのも変ですけれど……」
だが、ここで何もせずに終わるというのもつまらない。
躊躇いがちに視線を彷徨わせたあと、私は思い切って言った。
「友達に、なって頂けませんか……?」
「とも、だち?」
しっかりと、楔を打っておかないとね。
やがてその日が来たときに、より強く、深く心を抉り抜くためのもの。
『セレン』にとっても、クーシャちゃんにとっても強固な棘となる、『友情』という名の楔だ。
「だ、ダメでしたか」
「ううん……ちょっと、友達って、久しぶりに、聞いた、から」
クーシャちゃんは佇まいを正し、改めて私へと向き直る。そして、小さな手を差し出した。
「じゃあ、私たちは、友達。だね」
「──、はいっ!」
一瞬、騙すことへの罪悪感を表すように言葉が詰まる。
けれど、それを誤魔化すように、『
「クーシャさん。これから、よろしくお願いしますっ」
「……うん。これから、よろしく、セレン」
そうして、私たちはどちらともなく静かに笑い合った。
どうしようもない泥の底で出会った、小さな希望。
月下で結んだ、悲運な少女たちの縁。
ああ、この友情が破綻する日は、いつ訪れるのだろうか。
「ふふっ」
「ふひ……うふふ」
楽しみすぎて──本当に、笑いが止まらない。
◆
早朝。騎士団の拠点内、食堂にて。
幾つもの長机と椅子が並ぶその場所は、これから業務にあたるであろう騎士たちで賑わっていた。
黙々と食事を取る者、談笑に花を咲かせる者、彼らの過ごし方は様々だ。
そんな喧騒の片隅で、二人の少女が向かい合って座っている。
「──セレン。聞いているのか?」
「ふえっ?」
その一方であるセレンは、投げ掛けられた言葉に奇妙な声を漏らした。
彼女の姿は、ひどく疲れた様子だった。
目元には隈ができ、髪もあまり手入れされていないのか、艶がなく荒れている。
食事もそれほど進んでいないようで、目の前にある料理には全く手を付けられた様子がない。そもそも、手にした食器は今にも取り落としそうな危うさがあった。
「あ、あはは……すみません、リゼリアさん。ちょっとぼーっとしていました」
「全く。モナから話は聞いていたが……本当に大丈夫なのか?」
そんな彼女の弱々しい姿を眺める少女──リゼリアは、鷹のような鋭い目を不安げに細めた。
「見たところ……寝不足か。それにしても不摂生に過ぎる。何かあったのか」
最近、セレンの元気がないらしい。
同期にして共通の友人であるモナからその話を聞いたのは、一週間ほど前のこと。
暇があれば様子を見て欲しいと、その時に頼まれたのだ。
それからは中々機会に恵まれず、こうして顔を合わせるまでに時間が経ってしまった。
だが、それにしてもだ。セレンがこれほどまでに衰弱していたとは、思いもよらなかった。
「……少し、色々とあっただけですから」
──どう見ても少しどころではないだろう。
喉の奥からせり上がった言葉を飲み込む。
彼女の語るその『少し』という尺度の言葉には、明らかにそれ以上の意味が含まれている。
どう考えても隠しきれていない。けれどセレンは、それでも何事もないかのように気丈に振る舞おうとしていた。
「……そうか」
セレンの身に何かがあったことは確かだ。けれどそれを追及されることを、彼女は恐れている。
モナもまた、そのような『拒絶』を暗に突き付けられたと言っていた。
──そして、自分にはこれ以上踏み込む勇気が持てなかった、とも。
そういう意味でも、リゼリアはモナに託されているのかもしれない。
少しでも、セレンに対して良い結果が得られるようにと。
「必要以上の無理をすることは美徳ではない。それは分かっているだろう」
「ええ、はい……すみません」
謝罪の言葉もどこか生気がない。ただ「注意されたから反射的に謝った」かのような反応。
そんな彼女の様子に、リゼリアは胸に突き刺さるような痛みを錯覚した。
リゼリアにとっても、セレンは大切な友人だ。訓練生時代はここにモナも加え、三人で過ごすことが多かった。
偶然によって巡りあった、同年代の少女三人。堅い性格であると自覚しているリゼリアにとっては、かけ替えのない関係性だった。
だからこそ、こんな彼女の姿が、見ていられない。
「少しは気を抜いた方がいい。モナのように多少は不真面目であっても……」
「──誰が、不真面目ですって?」
「あ……モナさん。おはようございます」
リゼリアの席の斜め前に、朝食の載ったトレーが叩き付けられる。
噂をすれば影ということだろうか。やけに攻撃的な笑みを浮かべたモナが、セレンの隣の席にどかりと座った。
モナはセレンへと軽く「おはよう」と返し、リゼリアへと向き直る。
「……何でもない。私は何も言っていないぞ」
「バッチリ聞こえてたわよ!」
目線を逸らすが、誤魔化せなかったらしい。
強く睨み付けるような視線に焦りを覚えながら、咄嗟に弁明を考える。
「……私はあくまで、君のような『手の抜きどころ』が上手い部分を伝えたくてだな」
「言い方ひどくない!?」
「モナさん、やっぱり不真面目なんですね……」
「ちょ、セレンまで! いいじゃない、仕事はキッチリやってるもの!」
場の空気がモナに不利となってきた辺りで、ふと彼女は「それよりも!」とセレンに向けて牙を剥いた。
「セレン! この前あたし言ったわよね、なんかあったら言いなさいって!」
「ご、ごめんなさい……でも、ただの寝不足ですから」
「寝不足ぅ? どう見てもそれどころじゃないでしょうが!」
モナの悪癖というべきか、美徳というべきか。感情が昂った彼女は、言いたいことを明け透けに言ってくれる。
言葉は粗雑である。だがその胸中に、モナなりの憂慮が込められているのだとリゼリアは知っていた。
彼女の怒りの度合いは、不安の度合いでもある。それはセレンにとっても理解できているはずだろう。
「セレン、あんた、ほんっと……し、心配、なんだからね!」
「……ほう、昔と比べて随分と素直に──」
「うっさいわ!」
即応で飛んできたフォークを目の前で掴み取る。
無論、お互いにこの程度で怪我などしないと分かりきった上でのやり取りだ。
行儀の悪い行いだが、これくらいの『おふざけ』が、訓練生時代からの慣習だった。
そして、それを傍で見て笑うセレンを含めて、三人にとっての日常だったのだが──
「…………」
ぼんやりとした瞳で、先程のやり取りを眺めていたセレン。
どこか遠いものを見るような、その場に自分は居ないとでもいうような、達観した目だった。
「あっ、すみません、またぼーっとして……」
様子を伺う二人分の視線に気が付いたのか、セレンはまたもや生気のない謝罪を呟く。
「……リゼリア」
「ああ。これはふざけている場合じゃないな」
モナと互いに目を合わせ、頷き合う。
これは、想像以上に根深い問題かもしれない。どちらともなくそのことを理解した。
「……セレン。休暇はどのくらい前に取ったんだ?」
「きゅう、か……?」
「──マズいな。休みという概念さえ消失しているようだ」
「はぁ!?」
怒気を孕んだ声を上げ、モナが立ち上がる。
護国のために奔走する騎士とて、人間だ。休息もなしに動き続けられるわけがない。
休暇制度はきちんと存在するし、それを利用してはいけないなどという暗黙の了解も浸透していない。
だからこそ、彼女にはセレンの状態が異様だと分かったのだろう。
信じられないとばかりに憤るモナを手で制して、努めて柔らかな声でセレンに諭す。
「無理矢理にでも休め……というのも難しいのかもしれないが、眠る時間だけでもしっかりと確保しておけ」
「はい……」
「なんなら昼寝しなさい! あたしもやってるんだから!」
「……それと、食事もだ。たとえ食欲が無くとも、少しは胃に入れておかなければ活力を失うばかりだからな」
横合いから入る言葉を聞き流しながら、少しでもセレンのためになればと助言を繰り返す。
「それと」、と言葉を続け、リゼリアはセレンとモナの両名を改めて見回した。
「今日の巡回は我々三人が組むことになっている。問題の少ない地区だから、多少の気晴らしにはなるだろう」
「あら、ホント? みんな揃うなんて久々じゃない!」
「……ふふ、そうですね。訓練生の時以来でしょうか」
反応は良好のようだ。素直に喜ぶモナはともかく、セレンは沈んだ顔を少しだけ嬉しそうに緩ませてくれた。
ああ、やはり彼女には笑顔が似合う。
セレンの顔に、かつて見た純真な笑みを思い起こす。
見ているこちらが温かな気分になるような、朗らかで優しい笑み。そんな笑顔を、リゼリアは気に入っていた。
そうして思い出に耽っていると、モナがこちらへと顔を近付けてくる。
「……もしかして、掛け合ったの?」
「なに、少しばかり仕事を回してくれるよう
少し含みのある言い方をすれば、モナは納得したのか感嘆のため息を吐く。
「流石は名家の娘というか……やることが違うわね」
「使えるものは使わなくてはな」
「……ありがとね、リゼリア。セレンのために色々して貰っちゃって」
その感謝は、心からのものであると理解して。『いつになく素直だな』と冗談で返すのは野暮だろう、とリゼリアは判断した。
「礼はいらない。これも、大切な友人たちのためだ」
リゼリアにとって、セレンとモナは親友だ。二人のためを思えば、この程度のことは手間にも入らない。
偽りのない本心でそう言ってみれば、モナは少しだけ頬を赤く染め、そっぽを向いた。
「よ、よーし! それじゃあほら、セレン! とりあえず朝ごはん食べましょ!」
「わっ、ちょっと、モナさん! 自分で食べられますから……!」
セレンの手を取ったモナが、無理やり彼女の口へと料理を運んでいく。照れ隠しにしても、中々に強引だろう。
しかし当のセレンはというと、慌てながらも本気で嫌がる様子はない。
噛み合わないようで息の合った、二人のじゃれ合い。
それを眺めていると、訓練生時代に戻ったような旧懐が、リゼリアの胸を締め付ける。
だから、今この瞬間ばかりは。セレンの抱えている『何か』さえも忘れて、考えてしまうのだ。
願わくば、このような平穏が続きますように、と──。
※続きません。