「トレーナーさん、お時間がよろしければ温泉に行きませんか?」
URAファイナルズを優勝した俺達は、3年間の疲れを癒しに温泉に向かうことにした。
3年間担当したウマ娘が両手をパンと合わせて上目遣いでおねだりしてきたんだ!
練習以外では我儘を言わないグラスからのお誘いだぞ!誰が断るんだ!
行くと決めたならば、トレーナーにはやらねばならない事(溜まった仕事のお片付け)がある。
書類などの期限が決めっている業務を数日前にすべて終わらせ、なんとか温泉に行く時間がとれた。
当日の朝、いつもの遠征で持っていくセットに追加する物を確認する。
歯ブラシとかみたいな必需品を最初に詰め、その上に懐炉やニット帽など防寒グッズを詰めていく。
温泉は北の方にあるからな。温まりに行くのに風邪をひいたらバカだからな。
いつもの服にステンカラーコートを羽織り、車輪に傷がついたキャリーケースを引き摺る。
「お待たせしました~。」
いつもの遠征より大きなキャリーケースを持ち込んできたグラスに苦笑し、こっちも来たばっかりだよと宥める。
傍目に見ても今日のグラスはウキウキしてる。すっごい楽しみにしてたんだろうなあ。
「すごい笑顔ですね~。お誘いして良かったです♪」
げっ。俺も顔に出てた……!
飛行機に搭乗し、1時間ほどで目的地の空港に着いた。ここから昼飯に海鮮丼を食べて宿へ直通のバスに乗る予定だ。
予定を考えながらタラップを降りると昼なのに肌寒い。ちょっと左手が震えてるグラスにカイロを渡す。
「わぁ……!ありがとうございます♪」
手が温まってご満悦のグラス。
到着口をスムーズに出て、事前に相談してた空港近くの海鮮丼屋に入り、目的の丼物を注文する。
「濃厚なイクラと淡白なきんきの味がご飯に絡まって……!と~っても美味しいですね~。」
刺身の上にイクラ・ウニが贅沢に乗っけられた海鮮丼と昆布の風味が豊かな味噌汁に舌鼓を打ち、空港から宿へ直通らしいバスに乗る。
バスの車窓から見える雪景色や他愛のない話、エルやスぺたち同級生に関する日常話を楽しんだ。
時計の短針が4を指した頃、止まったバスからちょっと年季の入った木造の平屋が見えた。
雪で滑らないように注意して降りなきゃな。
安全にバスを降りた後、短い雪の上をゆったりと歩き、白い筆文字で温泉と書かれた赤い暖簾をくぐると、赤いニット帽を被った還暦ぐらいの女将さんが笑顔で俺たちを出迎えてくれた。
「ようこそ、神川温泉へ」
「はい。お世話になります♪」
最初に自室へ荷物を置き、神川やまきと名乗った老年の女将さんから宿の説明を受ける。
ニット帽は旦那様が初めて編んだ物だそうだ。この年でしょうがない人なんだから…っというやまきさんは微笑んでいた。すっごい幸せなんだろうなあ。
「当宿の露天風呂は混浴となっております♪」
「そうなんですね。あっはっはっ」
くしゃくしゃに笑いながら爆弾発言をのたまうな!我ながら相槌が白々しいじゃないか!
ちらっと隣を見てみると、お嬢様は顔を真っ赤にしてうつむいていた。尻尾がピン!と立ってるしすごい恥ずかしかったんだな。
施設を案内してくれたやまきさんに頭を下げ、座布団に腰を下ろす。
というかここの露天風呂って混浴だったんだな……。
時間を分けて入ろ――
「……今夜は一緒に入りませんか?今日は他のお客さんもいないみたいですし」
言い切ったグラスの表情は完全な真顔だった。
PCを開いて仕事のメールに返信したり雪景色の写真を撮っていると、あっという間に時間が過ぎる。
約束したのは夜の8時。いつもなら書類と戦っている時間だ。売れっ子のトレーナーは大変なんだからな。
時間になって、木でできたドアを控えめにノックする音が聞こえた。
「……グラスです。そろそろ時間ですよ~」
準備はできた。いざ往かん……!
無言でそれぞれの脱衣所に潜り、1枚ずつ服を脱いでいく。
ええい、脱衣所で服を脱ぐだけでこんなに緊張するとは……!
頬を叩いて気合を入れ、タオルを腰に巻いて風呂に出る。ちょっと手が震えているが気にしない。
ドアの先にはタオルを巻いたグラスがいる。そう思うと、ドアノブを回す手に力が入った。
意を決し、ガチャリとドアを開ける。ドアを開けた時の湯煙がもわっと下から湧いてくる。
そして彼女の姿を確認するが、姿が見えない。煙が晴れ、改めて周囲を見渡しても彼女はいない。まだ着替え中だった。
天国か地獄かと自問しながらかけ湯を終わらせたころ、更衣室の方からドアノブを回す音がした。
「お待たせしました~。」
そう言いながら出てくるグラスはタオルを1枚巻いただけだった。ちょっと頬が赤く染まっている。
解は出た。ここは天国だった。
そして彼女は綺麗だった。俺の語彙力ではそれしか出てこなかった。
丁度1人分のスペースを開け、2人で温泉につかる。
しばらくは温泉に関する豆知識で盛り上がっていたが、数分もすると無言になった。
無言のまま座っていると、空を見上げていたグラスが不意に言葉を漏らした。
「……空を見てください、トレーナーさん。綺麗な星空が見えますよ~♪」
言われた通りに空を見上げると、無数の星が空に輝いていた。
その明かりが照らしているのは俺達だけではなく――
「あら、オシドリさん達も仲良く飛んでますね♪」
番なのだろう。カラフルな羽と灰色の羽が仲睦まじげに並んで飛んでいる。
その光景を見たグラスは――微笑みを消し、真顔でこっちを見つめた。
「以前から言い兼ねていたのですが……腹を括りました。私から1点お伝えしたいことがあります。」
そう言うと、すぅっ……と深呼吸を挟むグラス。
空を見上げ、決意した顔で彼女は――俳句を詠んだ。
『凍て空に 比翼連なる
その俳句は?
「自作です。ふと自分でも詠んでみたくなりまして。」
まあ情景はそのままですが……。と謙遜しているグラス。
一句詠んで落ち着いたのか、笑顔が戻ってきた。
そして今の俳句の意味は……。比翼……オシドリ……仲良し……。
――なるほど。
「分かっていただけたようですが改めまして告白を。
ウマ娘とトレーナーとしてではなく、1人の女として貴方をお慕いしております。よろしければ、貴方の名字を私にください。」
結婚する気なんだな。
「ええ。少なくとも墓場までは貴方の手を離しません。」
『不退転』の異名に相応しく、絶対にここは退かないぞと意気込みを発揮してくるグラス。
そんなかわいい彼女に対する俺の答えは――
『オリオンと 白息重ね 帰路の灯り』
――息を吞んだ。
「あっ……」
笑顔を浮かべながら涙をこぼすグラス。
「とってもうれ……しい……です……。でも、なんでっ…。」
――涙が止まらないの?
そう言いたげな彼女を見て我慢できなくなり、その華奢な体を抱きしめた。
衝動のまま顔を見ると、潤んでいるサファイヤ色の瞳が俺を捉えていた。
どちらともなく目を瞑り、顔を近づけ……影が1つに重なった。
いい時間なので風呂をあがり、脱衣所を出てすぐの所で集合した。
「ふふっ♪キス……しちゃいましたね♪」
いたずらっ子の笑顔でこっちを見てくるグラス。
彼女のそういった顔は初めてかもしれない。
「エルやスぺちゃん達と喋りながら帰る通学路も良かったですが……アナタと歩く道もまた格別です♪」
俺の右手と自身の左手を繋ぎながら微笑む彼女。
「でも、星明かりがあってもちょっと道が暗いです……。それに、ちょっとだけ寒いですね♪」
そう言って口を空に向け、はあっ…と息を吹く。
「どうです?これでちょっと明るくなったでしょう?」
ああ。これで宿に帰れるな。
2人ともころころと笑いながら、ロビーまでの短い道をゆっくりと踏みしめた。
こいつらうまぴょいしてねえ!
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