本話では秋川やよい=ノーザンテースト、駿川たづな=トキノミノル説を採用しております。
現在、コース上にバナナの皮と桜の花びらが散乱しております。レースの際はご注意ください。
追記)活動報告にリクエスト欄を設けました
――3月の中頃、この時期が1番好きだ。
気温もちょうどいいし、柔らかい風が頬を撫でるのもいい。何より、そろそろ桜が満開になり、新しい出会いを予感させてくれる。
次年度に向けて色々と資料を整理している最中、理事長から一人で来るように電話で呼び出しを受けていた。
歩きながら桜の眺めを見ること3分程度。
目的地に到着し、大きめの音で扉を3度ノックする。
「失礼します!」
いつもの大きな声で返事が聞こえてきた。
「歓迎ッ!入り給え!」
会えば会話が弾む仲なので、特に気負うこともなく入室する。
「失礼します!本日は如何されましたか!」
「早速の来場ありがとう!最初に両手を出してもらいたい!」
言われた通りに手を出すと、『錨星』と書かれたセンスを手渡された。
「特命!来年から君にはチームトレーナーとしてチーム『カシオペア』を組んでもらいたい!
ちなみに筆を揮ったのは私自身である!努々失くすこと勿れ!」
自信満々といった表情を浮かべ、続く言葉を並べる。
「もし、サブトレーナーとして雇いたい人物がいるならこちらに掛け合ってくれ!前向きに検討させてもらう!」
なるほど、そういうことか。本来ならとても嬉しいんだが――
「そのご厚意はとてもありがたいです。ですが、私が担当したのはハヤヒデだけの若輩者です。いきなり数人を同時に見るというのは些か拙速に過ぎるのではないかと存じます」
「うむ、その懸念は至極当然である!だが、君を任命しようとした理由を聞いてから判断して欲しい!」
『献身』と書かれた扇子を眼前に広げ、理事長は語る。
「そう、ビワハヤヒデとの関係性だ!レースではナリタブライアンやウイニングチケット、ナリタタイシンらを抑え、彼女と二人三脚で全ウマ娘の頂点に立った!
――だが、頂点に立ったことよりも私たちが評価している点がある!妹へのコンプレックスで悩んでいた彼女を親身になって支えてくれたことだ!」
目を閉じた状態で微笑みを浮かべ、横のたづなさんが言葉を引き継ぐ。
「貴方とビワハヤヒデさんの進んできた道は決して平坦なものではありません。BNWのライバル関係にクラシック三冠の妹さんとの死闘。」
クラシックの冠の重さを知る目の前の女性は、瞼を開け、翡翠色の瞳に穏やかな笑みを宿した。
「それらを乗り越えて彼女の力を引き出すために、幾度も相談に来てくれましたね。」
「そんなにウマ娘を大事に接している人を無下にするほど、我々は恥知らずじゃないですよ♪」
目の前の二人は、俺達の歩んだ道をそんなに評価してくれてたのか……。正直、ここまで好意的に見てもらえると涙が出てきてしまいそうだ。
「彼女との道程を褒めてくださり本当に嬉しいです!そして……、そこを評価していただけるというのならば、私からの否はないです。彼女たちに精一杯寄り添えるよう、これからも努めて参ります」
溢れてきた涙を誤魔化すために後ろを向き、肩越しに両名を見る。
理事長は猫の前脚を、たづなさんは自身の右手を振ってくれていた。
「それでは、これからもよろしくお願いします!」
「ああっ!これからもよろしく頼む!」
「はいっ、よろしくお願いしますね♪」
よし、4月からも頑張るぞ!
新たに気合を入れ直し、軋む扉をバタンっと閉じた。
「…………よし、彼は去ったな。――なあ、たづな。私たちも彼の下でデビューしたくないか?」
「ふふっ、お戯れはそこまでにしましょう?
ただ……、トレーナーさんからあそこまで想ってもらえるビワハヤヒデさんが羨ましいのは確かです♪」
次の日から、ハヤヒデの調子が芳しくない。
「トレーナー君、大丈夫だよ。私の体調はいつも通りさ」
なんて嘯いているが、1日10本は食べてたバナナが最近だと3本にまで減っている。
その割には、何かブツブツと呟きながらホワイトボードに方程式を書き、鬼気迫った顔で手元のノートに数字を書き加えている。
何を証明しているのか訊ねても「なに、トレーナー君。いい女には秘密があるものだよ」と頑なに教えてくれない。
リフレッシュと卒業記念を兼ねて、明日に温泉でもいくか?と聞いたら、ちょっと疲れた顔でOKを出してくれた。
「ここ数日の苦労は何だったんだ……」
なんか落ち着いたっぽいので、ペースト状に加工したバナナと蜂蜜を隠し味に加えた野菜たっぷりゴロゴロカレーを労いに提供し、隠し味の是非について語り合った。
フルーティーさを増すために炭酸抜きコーラを入れてみるのはどうだろうかという考察が出てきたので、近々スーパークリークと彼女のトレーナーに毒見してもらおうと思う。
翌日の昼、化粧をバッチリ決めてきたハヤヒデと合流。
2時間に1本しか出てないバスに乗り、山奥の目的地に向かう。
乗り込むとき、前方からふわっとバニラの香りがした。
「誕生日に買ったヘアオイル、使ってくれてるんだな。」
「ああ、あのアルガンオイルは浸透効果が明らかに優れているからね。どこでこんな化粧品を見つけてきたんだ?」
彼女が髪の件でポジティブな発言をするとは、結構いいもんだったんだな。セレクトショップで一葉さんを出した甲斐はあったぜ。
★
しばらく座席に揺られ、5時ぐらいに温泉に到着した。たかだか1時間半でも体って凝るもんだな。
「うむ、ここの温泉は満開の夜桜が見られることで有名らしい。ちょっと羽を伸ばしてから浸かりに行こうか。
あ、入る前に水は飲んでおきたまえ。脱水症状など起こしたら洒落にならないからな」
1時間後、既に日は落ちていた。
目を覚まし、備え付けの日本茶を淹れ、口に含んでから温泉に向かう。
服を脱ぎ、曇ったガラスのドアを左にずらす。
そこに見えたのは――温泉のすぐ目の前に立っている、満開の10本のソメイヨシノ。
下からライトアップされた木々は、まるで競り合うかのように雪のような白い花びらを散らしていた。
ハヤヒデの言う通り、夜桜というのも風情があっていいものだ。
しんみりと感動した俺はまったりと浸かってしまい、なんだかんだと1時間近く桜を見てしまった。
風呂あがり、本人が言うところのハイパー癖毛をポニーテールにまとめたハヤヒデと合流した。
ちなみにそれぞれの服は家のジャージと練習時の体操服。色気も何もない。
「初めて見たが、その髪型も似合ってるな」
「ふふっ、実家じゃないとなかなか寛げんからな。」
畳に座って互いの背中を合わせ、
それぞれが持参した本を交換し、感想を述べあうのが最近の休日の使い方になっていた。
俺が持ってきたのはアフリカ原産の推理小説で、ハヤヒデが持ってきたのは英語で書かれたファンタジー本だった。
こちらは外国の小説特有の独特のスラングや言い回しを楽しんでいる。
それに比べ、ハヤヒデはやっぱり調子が悪いのだろうか?ページを捲るスピードが普段より遅い。しばらくして、とうとう本を閉じてしまった。
姿勢を変えてこちらを向き、何かを思い詰めたような顔をしているハヤヒデ。
その口から出てきた言葉は、とてもありきたりな質問だった。
「……なあトレーナー君。温泉から見える桜について、君はどう思った?」
綺麗だったよ。散っていく花びらがまるで雪みたいだったし、水面に浮かぶ残滓も、それはそれで綺麗だった。
「そうか……。私にはね、あの風景が、とても残酷なものに見えたよ」
「申し訳ないが、声が外に漏れていたのでね。
聞かせてもらったよ。おめでとう。新しいチームのチーフトレーナーに就任するそうじゃないか」
トレーナー契約は自動的に3年間で打ち切られる。そして彼女の眼鏡を拾ったのは、桜が満開だった頃だった。
契約が切れ次第、『カシオペア』のために始動することになるだろう。つまり――
「もう時間がない。4日もしたら自動的に契約も解消され、ただの生徒とトレーナーになる。
君は新しい子をスカウトし、そちらに掛かりきりになる。――もう、私たちの道が交わる事は無いんだ」
「桜はな、新しい出会いだけではなく、散り際に別れの思いを馳せる花でもあるんだ。
――この関係のようにな」
発言する彼女の顔は、ブライアンに勝つのを半ば諦めていた時期と同じで。
諦観と絶望が入り混じった、力ない笑みを浮かべ――
「私にも望みはある。でも、そのせいで君の仕事の邪魔をしたくない。だから、せめてお礼を言いたかったんだ。この3年間……本当に、ありがとう」
……気付けば、
3年間一緒でもなお、彼女に寄り添うことができてなかった自分に腹が立つ!
正直に言おう、俺は迷っていた。彼女と一緒にこれからの人生を歩みたかった。
でも、彼女には新しい出会いがあるし、もし夢があるのならば新しい道で頑張って欲しい。そう思うと、こっちの道に彼女を誘うか躊躇っていた。
そのエゴが生み出したのが目の前の顔だ!だったら俺がするべき事は1つだろう、新しい道に彼女を誘わなければ!
理事長からもらった『錨星』のセンスを開き、彼女に質問を投げる。
言葉は通じれば何でもいい。とにかくこの思いを届けたい!
「イフの話になるが…。君が良ければ、うちのサブトレーナーに就いてくれないか?」
衝動のままのオファー。彼女はそれを――否定した。
「お誘いはとてもありがたい。だが、私では著しく難しいだろう。まず、トレーナーの志願倍率は100倍どころではない。君が入ってきた年では、英語の論文を斜め読みできる学力の君が合格最低点数だと耳に入っている。
それを補う物もない。ウチは名家でもなければ資産家でもない。私は全体的に秀でていると自覚しているが、それでもここに入れるほど飛び抜けているとは思っていないさ……。」
目の前に見える夢を振り払おうとするように、否定する要素をぺらぺらと積み重ねていくハヤヒデ。
彼女を見てきたトレーナーとして、それらを否定する。
「否だ。君の通知表の順位欄には、1か2の数字しか記載されていない。更に、走りでもすべてのウマ娘の頂点に立つ実力を見せている。
そして、トレーナーの俺が辛うじてついていける高度な理論と"勝利の方程式"を持ち合わせている。だったら、そんな君には特例もおりるはずさ。優秀なトレーナーは常に足りていないんだから」
現実を突きつける。両手に手を当て――実現できる可能性を検討しているのだろう、しばらくして声を捻りだした。
「……私はもう一度、夢をみてもいいのだな……?君の隣に立ち、トロフィーを掲げてもいいのだな?」
「理事長たちと相談してみないと何とも言えない。だが、これからも君の隣にいたい!」
絶望が抜け、涼やかな笑顔が戻ってくるビワハヤヒデ。本当に珍しく、喋るときも心からの笑いを抑えられていない。
「ふふっ。どうやら私は"方程式"の組み立て、実証に悪戦苦闘する運命らしい。
感覚面からのアプローチに秀でた君と、データ面からのアプローチに秀でた私。
全ての重賞を『カシオペア』でとって見せようじゃないか!」
翌日、これからの不安が解消されたビワハヤヒデは「最近は脳の栄養が足りていなかったからな!」と豪語し、バナナを20本食べた。
『太り気味』になってしまった。
★
2日後の放課後、誰もいない教室。
「理事長室に用があってな。遅くなるから先に帰っていてくれ」とカバンを置いて去っていったビワハヤヒデ。
西日が差し込んでくるのも気にせず、彼女を待つためにウイニングチケットとナリタタイシンは窓近くの自席で飲み物を持ちつつ雑談に興じていた。
そんな二人が話すことと言えば何かが起きるであろう親友のことになるわけで。
「ハヤヒデもさあ、すーーーっごい、かわいいよね!!!」
「ん、どこが?」
「ハヤヒデってね、持ち歩いてる手帳の1ページ目にトレーナーさんの名前を書いてるんだ。
その名前の横にさ、すっごいちいっさくハートマーク書いてるの!」
「ふぅん」
気のない相槌を打っているナリタタイシンは知っている。
目の前の親友がゴクゴクと煽ってるジャスミン茶は、トレーナーが『好き』と言ったメーカーのものしか買わないことを。
あのクールに見えて情熱的な親友が新しく作った『トレーナー君 彼ぴっぴ(仮)と将来の予定ノート』に100年後までの人生設計をまとめたことを。
その妹が姉に対抗するように『彼氏(仮)と将来の予定ノート』を作り始めたことを。
――姉妹の(仮)に斜線が引かれるのは何時頃になるのやら。
缶の底にちょっと残っていた栄養ドリンクと共に、出そうになった言葉を飲み込んだ。
感想と評価ありがとうございます!遅筆ですが少しずつでも返していきます!
「ここ良かった!」みたいな感想・ここすきなど頂ければとても嬉しいです!
理事長とたづなさんは全てお見通し
1番好きだった話
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グラスワンダー
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マルゼンスキー
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ビワハヤヒデ