ウマ娘と温泉旅行しっとり風味   作:キャロパン

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道中のレースはうまよんをベースに書きました
うまよんがほのぼのだから本話もほのぼのして……ないです


幼き勇者は己の夢を見るか-2

デジタルと雨上がりの河川敷を散歩していると、

入学式で驚いていた芦毛のウマ娘がおずおずと声をかけてきた。

 

「あの、野球の審判をして頂けませんか?」

「うん、大丈夫」

 

特に予定もないし。俺の前職を知ってるようだし。

 

ジャージに着替えて行く先は、なぜかトレセン学園に存在する野球場。

声を掛けてきたウマ娘――メジロマックイーンは、

泣きべそをかきながらユタカを応援していた子だったらしい。

顔を真っ赤にして泣きべそ部分は否定していたが。

 

キャッチャーの後ろで慣れた中腰の体勢をとる。

喉の調子を確かめるため、ストライクコールを試す。

 

「アアアアアァイ!!!」

 

うん、絶好調だ。

 

マウンドに立つのは右投げのトウカイテイオー。

金属バットと共に表れたのはスイッチヒッター(両打ち)のハッピーミーク。

小考して左バッターボックスに入り、オーソドックスに構える。

某大会でお馴染みのサイレンが鳴り、試合が始まった。

 

夕飯の時間を考えて5回までとなったミニゲームは、

思いのほか白熱した展開を迎えた。

 

投手が互いにノーヒットノーランを達成していたが、4回裏に試合が動く。

桐生院トレーナーが右手1本でチェンジアップをスタンド最上段に叩き込んでみせた。

打たれたメジロライアンはマウンド上で項垂れていた。

なお、センターのハッピーミークは余りのパワーにドン引きしていた。

 

そして最終回の表、2アウトランナー1塁。

デジタルが内野のエラーで出塁し、ホームランが出れば逆転の場面。

 

「行くよマックイーン!勝ったらはちみー奢ってもらうよ!」

「来なさいテイオー!今日こそあの魔球を攻略して見せますわ!」

 

メジロマックイーンの両腕が持ち上がり、バットの先を揺らし始めた。

どこにボールが来てもスタンドに持っていく気迫。

足元のぬかるみを気にしない集中力。

 

――国際大会のユタカがそこにいた。

彼女は名優と呼ばれているが、“あれ”を再現できるなら納得だ。

 

相対するは、笑顔で汗を拭うトウカイテイオー。

ニィと吊り上げた唇に、ここで抑えるという鋼の意志が見て取れる。

打者が名優なら、投手はマウンド上の帝王だ。

 

グローブに右手を隠し、ゆるりと振りかぶる。

本格的なアンダースローから投げられたのは、急激に沈むシンカー。

迎え撃つのは、名優のフルスイング。

風すら斬り捨ててみせると言わんばかりの豪快なスイングは――

 

――ガキッ

 

詰まった打球音とボテボテのゴロを生み出した。

 

ボールはキャッチャーの目の前で止まる。

気まずさに誰も動けない中、名優は全力で走り出した。

 

「見なさい!これが諦めないということですわあアアアアアァイ!!!」

 

ズベシャアアアアアアアアアアアアア!!

 

魂のヘッドスライディング。

デジタルの蹄鉄跡に引っかかって頭から泥に突っ込んでしまった。

あと10メートルほど距離が足りなかったな。

 

「アウト!ゲームセット!」

 

トウカイテイオーが微妙な顔でゴロを処理し、試合が終了した。

 

その時、ふと閃いた!

このアイディアは、アグネスデジタルとの

トレーニングに活かせるかもしれない!

 

 

 

 

シニア級1年目の秋、天皇賞秋。

 

宣伝ポスターには、3名のウマ娘が掲載されていた。

 

テイエムオペラオーとメイショウドトウが左側で腕を組み、

クラシック級の希望の星であるクロゴマドーフネを迎え撃つ構図。

メッセージも一言添えてあり、強者の対決を飾り立てている。

 

「勝つさ」

 

勝ちへの闘争心が強化された覇王に驕りはない。

 

「勝ちます」

 

勝利を知った名将に畏れはない。

 

「勝つだけ」

 

クラシック級最強の革命家に恐れはない。

 

「ヒョオオ~~~!!!みんなの腕組みしゅきぃ……」

 

ポスターを見て悦ぶ変態に緊張はない。

まあ本人はあんまり出る気無いし。

 

――ポスターに、デジタル世代のウマ娘はいない。

去年のジャパンカップで覇王が一刀のもとに切り伏せたからだ。

最弱世代の烙印を押された彼女たちは、今年も成績が振るわない。

 

「おーい、そろそろお見舞いに行くぞー」

「あ、はーい」

 

売店でにんじんやヨーグルトを仕入れ、病院へ向かう。

ウマ娘にとって効率的に栄養摂取ができるらしい。

 

バスで揺られて15分程度。

田舎にそぐわない、白い大きな建物の前でバスを降りる。

 

無機質な開閉ドアを抜けると、消毒液の匂いが鼻につく。

騒がしいロビーを抜け、足音が響くリノリウムの廊下を奥に進む。

個室が並んでいる棟、建付けの悪いドアを揺らして開ける。

 

「っ」

 

ドアを開けた瞬間に感じる空気の澱み。

ベッドに横たわっているのは、肺炎を拗らせたエアシャカール。

 

「チッ……。今日は来客が多いなァ」

 

物憂げにこちらを向くその姿に、かつての覇気は無かった。

 

「……あンのイカレマッドが置いてった薬、飲んでみるか?」

「えっ!?タキオンさんのお薬を!?飲みまぁす!」

「目からビームが出るようになるらしいぜ」

「ヒエッ」

 

2人がマッドに雑談してる間、袋から買ってきた物を冷蔵庫に詰める。

こう言っては失礼だが、冷静に会話ができるとは思ってなかった。

 

……会話も尽きてきた辺りで学園に戻る準備をする。

来客が多いと言ってたし、彼女も疲れているんだろう。

 

「それでは失礼する」

「おい待てェ 失礼すんじゃねェ」

「はえ?」

 

会釈したデジタルを止めるエアシャカール。

普段は何も言わず見送る筈だが、何か思う事があるらしい。

 

「随分と辛気臭いツラしてんなァ。

 ……まァ、てめェらに言いてェことがあるんだわ」

 

死んだ目をしている少女。

咳込みながら、ベッドの手すりを掴んで何とか起き上がった。

 

「シャカールさん!?無理しな――」

「――走ってこい、あのレース。オレらは雑魚じゃねえって示してこい」

 

エアシャカールなりの同世代への激励。

自分でテイエムオペラオーに借りを返せないのが悔しいのだろう、

手すりを持つ手は弱弱しく震えている。

 

「ふおおおおおおおっ!?シャカールさんからの激励!?」

「チッ、めんどくせェ……。てめェらはもう帰れ」

 

感激するデジタルをジト目で追い払うエアシャカール。

普段は絶対にしない言動なのだろう。照れで頬が赤い。

 

 

帰り道の途中、真剣な声でこちらを呼ぶデジタル。

 

「おにいさん」

 

「出るか?」

 

「……」

 

返事はない。

ただ、燃え上がる瞳が全てを語っていた。

 

「2週間だ。それで仕上げる」

 

 

 

 

パドックを過ぎ、ゲートインまでの短い時間。

周りのウマ娘ちゃんは、耳を立てたり旋回したりしている。

 

『今年の天皇賞(秋)は珍しいコンディションになりました。

 天候は雨、バ場は重です』

 

大雨があたしの顔を打つ。

 

『3番人気はクラシック級からの革命者、クロゴマドーフネ』

 

おまけに台風レベルの向かい風も吹いているらしい。

 

『2番人気は勝利を知った名将、メイショウドトウ』

 

ダートコースには水が浮き、芝はとても緩い。

 

『1番人気は土の味を知った覇王、テイエムオペラオー』

 

逃げ・先行のウマ娘ちゃん達が有利な(差し・追込のウマ娘ちゃん達は勝てない)コンディション。

三女神様はあたしのことがよっぽど嫌いらしい。

神棚にちゃんとお祈りしてるんだけどなあ。

 

『実力者のキンイロリョテイも控えています。

 天候が悪い時の彼女は侮れませんよ』

 

偉大なる先達も出走している。

実況の人が言う通り、距離・天候・状況の全てがサイアクだ。

 

――口角が吊り上がる。

 

「ダートのマイラーが何をしに来たのか」

「エアシャカールでもない最弱世代に何ができるのか」

「終わった世代が出てくるな!邪魔なだけだ!」

「適正外のレースに出した無能の新人トレーナー」

 

出走を表明した後に心無い外野から色々と言われた。

何度聞いたか分からない、あたしたちへの罵詈雑言の数々。

 

――目が細くなる。

 

勝ったG1は芝とダートのマイル戦(1600)

確かに正気ではないのかもしれない。

 

ただ、あたしだけは知っている。

トレーナーがこの距離(2000)までなら走れるように特訓してくれたことを。

あの人は、あたしの勝利を心から信じてることを。

 

シライさん――白鋳さんの実家は代々続く刀鍛冶らしい。

君だけの武器は造りあげた、絶対に勝てると言ってくれた。

 

だから勝つ。

クラスメイトの笑顔、シャカールさんの祈り、おにいさんの名誉。

この手で全てを取り戻そう。在るべき物を、在るべき場所へ。

 

ゲートインを済ませ、スタートを待つ。

 

深呼吸の後、たづなさんがゲートスイッチを握ったのが見えた。

 

『各バ一斉にスタート!サイレンスハントは好スタート!』

 

スタート後の位置取りで、芝のコンディションを確認する。

 

――絶対に内側は走れない。

既に10レースも走った後だからか、芝が半分以上抉れている。

 

ハントさんは想定通りに先頭を走る。

ドトウさんが2バ身ほど離れた2番手。オペラオーさんがそのすぐ後ろ。

リョテイさんが先行集団の真ん中。ドーフネちゃんがあたしの斜め前。

あたしが中団の先頭、12番手らへん。

みんな内側を避けている。

 

うん、ミーティング通り。こんな天気だしみんな前に行くと思ってた。

やっぱり最終直線で大外に出て捲るのが勝ち筋になるだろう。

 

それにしても、展開がとても緩い。全体が明らかにゆったりしている。

 

掲示板をちらりと確認すると、最初の1000Mは61秒台だった。

この展開なら先行集団が勝つ。後方のウマ娘ちゃん達は絶望的だろう。

 

第3コーナーで一息いれつつ、おでこに引っ付く髪をかきあげる。

さあ、大外にでる準備を――

 

『さあまもなく最終直線です!ウマ娘達が広がって――』

 

この瞬間、あたしの心境と実況の叫び声がシンクロした。

 

『「あーっ!」』

 

ドーフネちゃんに道を塞がれた!?

 

『クロゴマドーフネが大外に行った!

 芝の状態が良い大外から捲る気のようです!』

 

後ろの子が大外に出れないように蓋をしたんだ!

 

更に大外を回るなら距離のロスが酷いから良し。

内側は先行集団が垂れるから抜けない。

無理して前に出ようとしたら斜行で進路妨害を取られる。

 

 

――あはっ

 

 

「アッハハハハハハハハハ!!!」

 

 

後輩に嵌められた。嗤うしかない。

 

笑みが深くなり、目が更に開くのを自覚する。

誰が見ても今のあたしは自暴自棄になった差しウマだろう。

 

その程度であたしを抑えたと思ったか、今に見ていろ。

 

第4コーナーを曲がり終えてみんなが外に膨らんでいく中、

誰もいない所――内側(泥の中)に、躊躇せず右脚を突っ込んだ。

 

あたしの武器は――どんな条件でもキレが鈍らない末脚。

おにいさんが言うには、あたしの脚は伝説の剣みたいなものらしい。

野球で泥をパワフルに走ってたから気付いたんだって。

 

おにいさんはあたしだけの武器を造ってくれた。

なら、その武器を使って最善の道を進むだけだ。

 

泥がなんだ。大雨がなんだ。策なんて無意味だ。

全て切り捨ててやる。

 

 

『外からクロゴマドーフネが追い上げてきている!

 オペラオーとドトウから半バ身もありません!』

 

あたし達は最弱の世代なんかじゃない!

 

『予想通りこの3人での決着となるのか!?』

 

あたし達は終わってなんかない!

 

『いや、内側から爆走しているウマ娘がいます!』

 

あたし達は最高のパートナーなんだ!

 

『アグネスデジタルだ!泥を飛ばしながら上がってきた!

 残り100メートル!2バ身差だが追いつくことはできるのか!?』

 

泥だらけになってもいい!

みんなに笑われてもいい!

脚が壊れてもいい!

 

世代の誇りがあるんだ!

託された願いがあるんだ!

おにいさんの名誉があるんだ!

 

届け届け届け届け届け――

 

『アグネスデジタルが飛んできた!

 届くか!?届くのか!?届いてしまうのか!?』

 

 

 

 

 

アアアアアアアアァァァァァァイ!!!!!

 

 

 

 

 

 

『届いた!届いた!届いた!』

 

――何かを切り裂いた。

ゴール前の感触を今でも鮮明に覚えている。

 

『まさかのアグネスデジタルだあああああああああああ!

 日本刀のような末脚の切れ味だ!

 覇王も!名将も!革命家も!金色も!全て!

 切って捨てました!』

 

ゴールの時、オペラオーさんとドトウさんが驚いてるのが見えた。

ドーフネちゃんはどんな顔をしてるんだろう?よく分かんないや。

 

『上がり3ハロンのタイムは33.4秒です!

 あの悪条件でこのスピードが出るとは思いませんでした!』

 

――良かった。

 

嬉しいはずなのに、目から涙が止まらない。

顔を俯かせ、右腕を突き上げてガッツポーズで顔を隠す。

涙を見られるなんてあたしの柄じゃない。

こんな顔を見られてたまるもんか。

 

腕越しにちらりと客席を見る。

傘を放り投げ、抱き合って喜んでいるクラスメイト達。

一番前の観客席、号泣しながら手を振っているおにいさん。

 

――よかった。ほんとうによかったよぉ……

 

なお、泥の上で乙女座りしながら号泣したあたしの写真が

学園内新聞の1面にでかでかと掲載されていた。

 

――当時のあたしは知らなかった。

数日後、あたしとおにいさんが世界規模で有名人になるなんて。




最強で球審で鍛冶師なトレーナーがいるらしい。
名前を付けたのは4個ぐらいの伏線をばらまくためでした。

私事で恐縮ですが、ウマ娘の短編企画集に参加させていただくことになりました。
私のゆるふわ系小説が受け入れられるか不安ですが頑張らせていただきます。
8/1から作者ごとに順次投稿らしいです。

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