吸血鬼、アグラーヤ・ヴァザロフは、前の世界ではそれなりに名の通った地主だ。
金と腕力に物を言わせて不労所得を持ち、自宅で高品質な人間の血液を楽しむ悠々自適な暮らしを営んでいたりした。が、それも昔の話だ。あっけなく簡単に自分を下した空木、そして地位も能力も高い伯爵の尻に敷かれて、彼女は最近は守護悪魔の仕事の雑用をやっていた。
「どうしてこの私が……」 愚痴を言いながら、アグラーヤはレンタカーのハンドルを握る。指定された場所を目指し、淡々と車を走らせた。なお、日射し避けのために今はヘルメットを付けている。
あまり時間をかけずに目的地につく。広い駐車場に適当に乗り物を止めて、彼女は個人経営のバーの中に入った。
「お、いらっしゃ〜い。お一人様かい?」
「そうだ」
アグラーヤを出迎えたのは、日焼けした浅黒い肌と赤みを帯びた茶髪を後頭部でまとめた、鍛えているアスリートのような筋肉質の大男だ。格好と言動から、空木から聞いていた人物だと確信して続ける。
「料理のテイクアウトか? それとも食べてくのかな?」
「飯を食いに来たわけではない。空木とかいう悪魔から使いを頼まれた」
「あぁ〜そりゃ、ご
「! どうして吸血鬼だとわかった」
「どこの世界にヘルメット被ったまま店入る奴がいるかよ。しかもバイクじゃなくて車で来てら、変人かヴァンパイア以外にあり得ないからな」
「…………………。」
「変な気は起こすなよ〜自慢じゃないが、俺はアンタより強いぜ」
「わかってるよ! もう……」
こちらに気を使っているのか、男は磨いていたグラスをカウンターに置いてそこから出ると、店中の窓を全て閉め、店内に入る日光を遮断した。少し考えてから、アグラーヤは被り物を取る。
「ひゅー。なかなかべっぴんさんじゃねーの。俺、ジョニー・
「アグラーヤ・ヴァザロフだ」
「おう、バザロフさんね。何か飲むか?」
「…………ヴァザロフだってばぁ」
「おん? なんか言ったか」
「いや何でもない。茶をくれ。酒は苦手だ。車自走してきたし」
「あいよ、ほれ烏龍茶」
飲み物を要求したところ、この男は冷蔵庫からスーパーで市販されているようなペットボトル飲料を出す。おい、随分と適当だな。思わず口が滑る。
「……グラスに注いだりしないのか」
「あいにくこの店はソフトドリンクはそのまま出すんでな。ウーロンハイにすんなら作ってやるよ」
「遠慮しておく」
「おう。あんたは美人だから今日は特別タダでいいぜ」
ボトルの封を切って、何気なしに周りを見る。客はアグラーヤ以外に居らず、店内は静かにジャズミュージックが流れているだけだ。ジョニーには悪いが、あまり繁盛しているようには見えない。
「客が居ないな」
「まだ昼だぜ。酒場ってのは夜に騒がしくなるもんだ」
「ふーん」
「それよか本題を出せよ、空木からの使いって言ったよな。何言われたんだ?」
「「ジョニ
「はぁん、なるほど。バザロフさんがお使いってのはホントか。ジョニ男なんて呼び方してくるのはアイツだけだ」
「そうなのか」
「しかし情報ねぇ……あっ、そういや結構なニュースがあったな。なんだか最近裏稼業の連中が頻繁に市民会館に出入りしてるとか聞いたぜ」
「裏稼業? マフィアとかヤクザとかいう奴らか。そんなものどこにでも居るだろう」
「チッチッチ、事情が違うんだな。考えてもみろ、アンタだって一般人からみりゃ化け物同然だ。そんなのが定期的に湧くんだ、命が惜しくて嫌がって誰も来やしないよ。ま、だから皮肉なことに治安がいいんだがね、この町は」
「………………」
確かに、とアグラーヤは内心呟く。相当に鍛えた人間でなければ、吸血鬼は人なんて簡単にひき肉にできるし、しかも「ここ」は悪魔やら宇宙人やら頻繁に現れるのは有名らしい。
自分なら、勝ち目のない上位存在の
「話を戻すぜ。俺の勘だが、明らかに様子がおかしいからな。多分ここに迷い込んできたか、意図的に潜り込んできたやべぇ奴が裏で糸引いてると見てる。その筋の悪魔とか天使とか吸血鬼とか……種族まではわからんがね」
「そうか。伝えておく」
「あぁ……っと、そうだ。あんた吸血鬼だろ、ちと新メニューに付き合っちゃくれねーか?」
「?」
「これ、食べてみてくれ」
いつの間に用意したのか、ジョニーは厚切りのステーキ肉が盛られた小皿を出した。焼き加減はブルーレアぐらいか、かなり赤い。だが何より、彼女の鼻孔をくすぐる懐かしい匂いがアグラーヤの目を輝かせる。
美味しそうな香り―――つまり、濃厚な血の匂いを漂わせているのだ。思わず彼女は切り分けられた肉のひとかけらを口に入れた。
「!? 美味しぃ!」
「そりゃ良かった。実験成功だな」
「なんの肉だ? この味、血の匂い……人肉?」
「まさかぁ。フリードじいさんって知ってっか? あんさんがプロデュースした吸血鬼向けの人工肉らしい。……なるほど、こりゃならず者なヴァンパイアの犯罪抑制に効果でそーだナ」
「なっ! し、真祖様が!」
「あ、やっぱり知ってたな。もしかして同じ収容所に居たか?」
「……………そうだ」
「ありゃ、それはそれは」
「なぁ、ちょっといいか」
「あ? なんだよ」
「これ、持って帰ると幾らだ?」
「その量なら1500円ぐらいだな」
「2つくれ」
「まいど!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同日の夕方、空木は町の大型デパートに来ていた。
フードコートの席に座ること、およそ2時間。お使いに行かせたアグラーヤと、もうひとりの待ち合わせの人物を待っている。そんな中で、彼女は呼んでいない知人に絡まれていた。
「おいし〜!! この濃厚な甘さ……裏切らないチープな味。天に至れそうだわ」
「……ハルさん、あんまり
「えーなんでよー。あんなに弄ったら楽しい人間なのに」
「そんな理由でイジメないでください。おかげでこっちがケアするハメになるんですから……だいたいですね、貴女みたいな自由人だらけなせいでこっちじゃ一般人の悪魔と天使に対する倫理観が逆転してますよ」
「いい事じゃない」
「よかないですよ!」
いい人だ!って誤解されて誰からも仕事振られる身にもなってくれ……。空木は眼前でヨーグルトの駄菓子に舌鼓を打っている女を細い目で睨む。
光に当たるとぼんやりと見える頭上の光輪、背中から生える真っ白な翼、白いドレス姿と。誰が見ても天使とわかる見た目のこの女性は
「お話終わったらさっさと天界戻ってください。そもそも、私やなんかと違って明らかに人間離れしてる見た目を自覚してください……すごい色んな所から視線感じてヤなんですよ私は」
「嫌よ。私はね、自由気ままに何にも縛られたくないの。愚民に合わせる天才などこの世に存在しないわ」
「現世の人々を愚民呼ばわりしないでください天使さま」
「バカをバカと言って何が悪いのかしら」
「うわぁ……………」
ここまで人でなしとは思わなんだ。そんな事を考えていると、空木はハルの後ろから大きめのビニール袋を持った吸血鬼が戻ってくるのが見えて、手を振ってアピールする。
「戻ったぞ」
「バザロフさんどーも。ここ、一応日が当たらない場所だから取って大丈夫ですよ」
「そうか。ありがたい。息苦しくて敵わん」
吸血鬼にとって日光は猛毒である。空木に言われてなお、用心深く周りを見てこの席には日が差していないのを確認してから、アグラーヤはヘルメットを取った。
彼女はちらりとハルのことを見る。知らない人間の隣を嫌ったか、アグラーヤは空木の横に座った。
「何か良いこと聞けました?」
「市民会館にヤクザが集まってるそうだ。お前の言う別次元から来る犯罪者と繋がりがあるかは知らん。が、敷波とかいうあの男、十中八九間違いないと言っていた」
「そっか。ありがと……で、それ何?」
「肉だ。お試しとか言って渡してきたやつが美味かったから買ってきた」
「あ、そう」
それとなく中を覗く。タッパーの中に半生のステーキ肉が2切れ詰めてあった。物をテーブルに置いて一息つき、アグラーヤは口を開く。
「1つ聞きたいがなんだこの女は。こすぷれいやーとか言うやつか」
この吸血鬼の喉から発された言葉に、空木は顔を青くした。
「あっ!? ばっ、バカ、早く謝って―――」
「んん〜??」
対面に居たハルは、ニチャぁ、と音がしそうな、美形の顔面を歪めて非常に気持ちの悪い笑顔を浮かべている。そして一言、とある呪文を唱えた。
「ヘブンズ・レイ♡」
瞬間、この天使から後光が刺し始める。別に空木には問題のない物なのだが―――隣のアグラーヤは別だった。
「ウボォアアアアアァァァァァ!!??」
「ぎゃあああ!! なんでこんなとこでぇぇぇ!!」
「あ、やっちった☆」
「ちょっとぉ!!」
大慌てで空木は自分の鞄からありったけの御札を取り出し、体から煙を上げ、およそ女性が出してはいけない悲鳴を挙げるアグラーヤに貼りつけた。
「
「ごっめーんなんか態度デカくてイラッとしたから」
「バザロフさん殺す気ですかアナタ!?」
「メンゴメンゴ」
ハルが唱えたのは光の魔法、つまりは太陽光を相手に浴びせる呪文だった。
言うまでもなく吸血鬼には絶大な威力があり、空木がすぐに別の魔法でシャットダウンしなければアグラーヤは死んでいただろう。人の往来がある場所でなんちゅうことしてくれてんねんと空木は引きつった顔で天使を睨む。
「無礼者には無礼を、歯には歯を♡」
「バザロフさん大丈夫!? 痛くない!?」
「カヒュー……カヒュー……」
「あぁっ!? お、御札、どれだッ!? 早く………!」
「さて、と。邪魔者は退散するわね」
「はあっ!? 待て、こら、このスットコドッコイ!!」
「おひさま あちゅい」
「バザロフさぁぁん!?」
自分が巻いた種で協力者を始末しかけた女は、ひらひらと手を振ってどこかに行ってしまった。
空木の迅速な処置で一瞬で済んだとはいえ、大火傷を負いかけたショックでアグラーヤは軽い精神の退行を起こしている。必死であやしてあげながら、彼女は性悪天使の背中が見えなくなるまで睨み続けた。
◇ ◇ ◇
それからどの程度時間が経ったか。震えながら輸血パックの中を啜るアグラーヤの背中をさすっていた空木の元へ、ようやく待っていた人物が合流する。
「も、もしもし。お待たせしてすみません」
「あ、眼金田さん! お仕事、終わったんですか」
「えぇ、まぁ……これはどういった状況でしょうか?」
「ちょっと数分前に色々ありまして……だいたい天上ハルのせいですけど」
「あぁ…………なるほど」
きれいに着こなした黒いスーツ、磨かれた黒の革靴と、黒いカバンにリュックサック。ついでにきっちりと整えられた、真っ黒で艶のある髪のおかっぱ頭に丸いフレームの黒縁眼鏡。なんだか全体的に黒いこの男は、名前を
空木の言う事に、彼はどこか遠くを見る目つきで納得する。というのも、この男もまた、今しがたデパートから出た天使の被害を受けた事があったからだった。
「てんし、こわい。たちけて」
「〜〜〜っ! あ゛ぁ゛もう、大丈夫だから、落ち着きなって」
「あ、あのぅ。お菓子、食べますか?」
「たべりゅ」
傍から見れば、アグラーヤは絶世の美女と言えるほどの魅力がある外見をしている。が、それも少し前の臨死体験で、顔色と体調を崩したせいでボロボロだ。哀れに感じた眼金田は、カバンから駄菓子を出して彼女に渡した。
「紹介が遅れましたね。こちらが、吸血鬼のアグラーヤ・ヴァザロフさんです」
「あぁ、少し前に空木さんがお話した」
「そうです、覚えていて頂けたんですね」
「その、何というか…………」
「………………見てのとおり、と言って良いんですかね。危険性は無いので安心してください」
「わ、わかりました」
何か察したのか。自然な動作で彼はハルが座っていたのとは別の席につき、彼女がいた場所に荷物を置く。流石のカンの鋭さだな。空木は思わず苦笑いしてしまった。
「いつもすみませんね。眼金田さんにはお世話になってばかりで」
「いぃえ、そんなことは。私こそ空木さんには恩がありますから」
「何かありましたか? その……天使なんてのは変なのばかりだから、あまりいいこと教えてくれるとは思えなかったんですが」
「あはは……私は彼ら彼女らからは好かれてますからね。弊社のお菓子で一発です」
「また餌付けしたんですか。正直、良い方法とは思いませんが」
「はは。……空木さんも言ってた、国外から入ってきた暴力団……ギャングとかマフィアと言ったほうが正しいですかね。やはりここ数日間で合田町に出入りしています」
「! あれ、間違いじゃなかったんですね……ジョニー君も言ってるわけだし」
「町の人間も天使の方からも聞いているので、ほとんど確定です。何か怪しい物を取引しているとか、そういう所なのでしょうけど、あまり…………」
「いぇ、いいんです。首突っ込むと危ないですから。ここから先は私や警察の領分ですし」
鉄火場に一般人巻き込みたくないしね。そんなことを空木が考えていると、眼金田は思い出したように続ける。
「あ、でもちょっと大きな情報もありました」
「?」
「これ、見て頂けます? いつもお菓子をねだりに来る天使の子から貰ったものです」
言われるまま、彼女は眼金田がバッグから出したものを見た。目つきの悪い、太ったキツネといった印象を受ける東洋人の写真だ。どことなく、日本人とは違う顔つきに見える。
「……ワン・ファン? ……中国人ですかね?」
「名前を見るに恐らくは……どうやら最近出入りしている組織の人間らしくて……少し調べましたが、国際的に指名手配されるような人間だそうです。裏社会で名を馳せるような人物ですから、組織での階級も上の者でしょうね」
「国際的に指名手配……!? よくそんな事知れましたね」
「天使の方々も監視してたそうなんです。「いたずらしたい人間にちょっかいかけるなら消さなきゃ!」とか物騒なこと言ってましたが……」
「うわ。全部納得いきました。重ねますがありがとうございます、これ、先払いの報酬代わりです。受け取ってください」
「あ、え、えぇ………!? これ、高級かまぼこじゃないですか! 私、大好きなんですよ!」
「この間、練り物工場にドラゴンが出てきたとかで追っ払ったら経営者の方から頂いたんです。食べ切れない量だったんで」
「ありがとうございます! わぁ、晩酌が楽しみだぁ……」
アジア系マフィアのドン、ねぇ……。写真とそれについていた新聞記事を手帳にしまいながら、ぼんやりと考え事をしたその時だった。いつの間にか静かに寝ていたアグラーヤが目を覚まし、バッと上体を起こす。
「ん……はっ!?」
「あ、起きた」
「ここはどこだ!? そ、そしてこの男は誰だ!! 空木、わ、私に何があった!!」
「とりあえず落ち着きなって。さっき天使に殺されかけてたよバザロフさん。どーにか助けてあげたけど」
「なんだと……」
「こっちの方は眼金田 信二さん。普通の会社員の人だから、変なことしないでね」
「は、初めまして。アグラーヤさん」
突然活発になった吸血鬼に彼はギョッとしていたが、すぐにまた薄ら笑顔に戻る。恐る恐る、といった具合で、アグラーヤは眼金田と握手に応じた。
「メガネダ、とか言ったな」
「え? えぇ。名字でも下でも、お好きにお呼びください。」
「こんなに、こんなに……人間相手に安心感を感じたことはない……………」
「あはは……それは、良かった。」
…………。この人、すっかり牙が抜けたな。涙目で男の手を握り返している吸血鬼を見る。胸をなで下ろして安心していた彼女へ、空木は次の仕事を口頭で伝える。
「気はすみましたか。次のお仕事、言いますが」
「なんだ」
「ジョニー君から聞いた市民会館で、この男が来るか張ってもらえる? 後ろめたい仕事してる連中のお偉いさんらしいんです」
話しながら、先程眼金田の話にも上がった男の写真を出す。まじまじと眺めるアグラーヤへ、空木は続けた。
「細かい事はこれから打ち合わせね。蹴るなら今どうするか決めて欲しいんだ。報酬は50(万円)とA型、O型の人の血液2リットルずつ。どうです?」
「………………。この男、私より強いのか?」
「どうかな。椅子にふんぞり返ってるようなのならバザロフさんでも軽くヒネれると思う」
「ふん!? そうか!!」
さっきまでのお
「この私直々に粉砕してやれば良いのだろう? 気晴らしにぐちゃぐちゃの肉骨粉にして今夜のデザートに―――」
「スタァーップ。バザロフ、ステイ」
「なんだ。犯罪者なんだろう。ひっぱたいて刑務所に」
「今回はあくまでこの町に迷い込んできたのとこの組織が関わってるかどうかを確かめるだけだから。別に何もないなら通報して終わりだし……」
「……ちっ。つまらんな」
「あ、あははは……」
盛り上がっていたのを空木に止められて、アグラーヤは不貞腐れて椅子の背もたれに寄りかかる。気分の振れ幅が大きいこの吸血鬼の事を、眼金田は苦笑いしながら見守った。
ジョニー君とメガネさんのキャラはこれでええんやろか()
見たいお話の大まかなジャンルをお選びください。1番多いやつがフワッと増えます。
-
ほのぼの日常
-
ドタバタコメディ
-
ギャグバトル
-
真面目な戦闘シーン