それとなく、アグラーヤと空木の間では町に来日しているらしいマフィアについて調査をする日々が続く。吸血鬼のほうがジョニーに接触し、天使に危うく焼き殺されかけた日から数日。事態が動き始めた。
ジョニーと眼金田から貰った資料などを元に、組織に探りを入れた空木はある情報をキャッチした。重要人物の「ワン・ファン」が、そう遠くない日に直々に公民館に来るというのだ。
聞けば、この男は音楽が趣味らしい。近日中に当施設にてオーケストラの講演会があるらしいが、それが目当てかと彼女は検討をつける。
来るのはなかなか人気な音楽団の演奏らしく、ただ金を払えばいいという訳でもないらしい。チケットは販売店を当たってもどこも完売。しかもくじ引きに当たったものだけが生演奏を見られるという……そんなわけで、空木は渋々禁じ手を使う。
信頼を得ていた地元の警察組織や自治体、更には急いで魔界で諸々の手続きを済ませ、彼女はワンファンが取ったというVIP待遇席付近のチケットを偽造したのである。
もちろんただで済むわけもなく。お金や様々な組織への謝罪・説得に追われることになり。万が一これで何もないただのマフィアの暇つぶしだったら骨折り損も良いところだな、と一人ため息を吐く。
そんな悪魔の苦悩を一身に押し付けられ。対象人物への監視を遂行するべく、アグラーヤは今夜、作戦を決行するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
平日の夜。アグラーヤは空木が用意した偽のチケットを手に、ジョニーからも聞いていた市民会館に来た。
今回はVIP席を取ったセレブ……という設定らしい。怪しまれないように、とわざわざこの日の為に用意したポルシェから降りる。持ち主は伯爵であり、恐る恐るといった様子でアグラーヤは車のドアを閉める。
さて、こんな公共施設なんて真面目に利用するのはいつぶりか、なんて思う。オーケストラの演奏があるなんてだけあって、中は小綺麗だった。施設に入ってすぐ、職員と思われるスーツの男が近くに来る。
「チケットを拝見させていただきます」
「こちらですわ」
「失礼―――!? あ、アナタは!」
どうにか頑張って偽造した空木によればこの招待券は2種類あるらしい。特にこの優待券は数が少なく、よほど運が良いか金を積んだ人間でなければ持っていないらしい。アグラーヤは後者と思われたらしく、彼女は内心でほくそ笑む。
久しぶりにヒエラルキーの高い存在だと見られて気分が上がる。少し調子に乗りながら、相手に告げた。
「車、動かしていただける? 自走してきたから疲れちゃったの。」
「は、は? 私が動かして良いのですか?? アグラーヤお嬢様……」
「レディに余計な詮索はご法度よ? いいから行きなさい。ボウヤ。」
「しっ、失礼しました!」
車の鍵を渡し、外にあるポルシェを指差す。スーツの男は、駆け足で言われたとおり車へ向かっていった。
映画館を思わせる薄暗いホールの中を、夜目の効く視界を頼りにして歩いていく。VIP席はかなり上の方だと職員から案内を受けていたが、予約チケットの番号が振られていたのはホール最上部の座席だった。
階段を登って目当ての場所に到着する。ただでさえ暗い場所が、この席の周りが暗幕みたいな物で囲まれているせいで更に暗い。
夜行性ゆえに、吸血鬼というのは街灯なしでも夜道を歩けるぐらい闇には強いが。流石にこう、月明かりにも負けるほど光源が弱いと薄暗くて何も見えんな。アグラーヤは小声でひとりごちる。
優待客の席はおおよそ15席ほどだった。見ると先に座っていたのは一人だけで、アグラーヤは2番乗りだ。他の客はまだ居なかった。
指定されていたのは、一番乗りの客の隣だった。静かに腰掛けて、様子をうかがう。そして彼女は少し驚いた。座っていた男は、特徴からして目標だったのだ。夜目の効く彼女だからこそ見分けれたが、しかし流石に表情までは見えない。
(
何となく、隣の席……つまりターゲットのワン・ファンが居る所に、意識を向ける。彼女は特に気にせず、作戦通り自然体で座席に体を落ち着かせた。情報によるとこの男は美人に目が無いという。さて、色仕掛けでもしてみるか。自分の美貌に自身があったアグラーヤは早速話しかけてみた。
「アグラーヤ・ヴァザロフ、と申しますわ。ワン様」
「…………………」
「うふふ……シャイなお方なのね。でも、返事ぐらい返さないと、レディに愛想を尽かされてしまいますわよ?」
「…………………」
「あらあら。困ったわね」
とりあえずは、と、アグラーヤは意識的に色目を使って、
ほぅ、
妙だな。アグラーヤは不審に思った。なぜだろうか、自分と隣のマフィア以外の客が来ないのだ。まさか全員病欠か、などと考えている間に、演奏が始まってしまった。
「………………。」
なんか、嫌な雰囲気だな。そう思いつつも、彼女はまず見世物を楽しもうと意識を切り替える。
専門分野ではないのでわからないが、まぁ、プロらしい乱れのない演奏だ。今回の公演は有名なゲームミュージックのジャズアレンジが目玉らしい。が、生まれてこの方、
音楽鑑賞を、わざわざこんなコンサートホールで見るのは何年ぶりだろうか。しかしまぁ、意外と楽しめるものだな―――そう思いつつ、ぼうっとしながらアグラーヤは隣の席の男に目をやった。
さて、と。哀れにも悪魔の標的になったのはどんな顔をしているのかな? どうせ冴えない顔の人間だろう、なんて考えて頭を動かす。
対象の人物。ワン・ファンは死んでいた。
「震えているのか。吸血鬼」
背後から女の声がした。アグラーヤは反射的に、爪を立て、振り向きざまに正面を右手で払う。
自分の手が、女を捉えることはなかった。
「騒ぐ場所じゃないだろう。音楽は、静かに楽しむべきだ」
「………………………っ!?」
アグラーヤは目を剥いた。何かされた感覚は全く無かったのに―――腕の肘から先が切断されている。ぼとりと手のひらが落ちる。遅れて、鈍い痛みがやって来た。しかしこの怪我だというのに妙に苦痛は少ない。何から何まで、わからない事すべてに恐怖と疑問を感じた。
その女はゆっくりと、これもいつ抜刀したのか見えなかった刀を鞘に収めてすぐ横に来た。なぜか、こちらを殺そうという気には見えない。余裕そうな態度もそうだが、底の見えない女の様子に、嫌な汗が止まらない。
「音楽はいい。クラシック、ジャズ、ポップ、機械演奏……どれも持ち味があり、名曲という物は
「………………ッ!」
「ゲーム・ミュージックか。風変わりだな……でも、悪くない。新しい風に触れるのも良いかもしれないな………」
低く、よく通る声で女は演奏を品評し始めた。言いようのない恐怖に、彼女は支配される。
白目がちな四白眼。クセ毛で散らかっている黒髪、日に焼けた小麦色の肌と、下はジーンズにブーツ、上は下着の上からジャケットを羽織っているラフな格好の女だ。どういったものか。空木の反対を思わせる容姿の女だった。
切断された腕以上に―――アグラーヤは、この女の挙動に意識が集中した。痛みすら忘れるほどの圧迫感と威圧感に、やはり脂汗が止まらない。
「お前はなんだ……どうしてここに」
「私は天使だ」
「―――ッ!」
オーケストラの公演が終わる。会場は、大きな拍手と歓声に包まれた。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
書き上げた記事の校正が終わり、空木はクライアントへ送信する。あくびと伸びをしながら、PCの内蔵時計を見ると午後6:24と出ている。空腹を覚える体に夕食はどうしようか、なんて思いともう一つ。戻ってこないアグラーヤの事を考える。
自分の美貌に自信がありすぎて、化粧も服装も無頓着な彼女をどうにか着飾らせて送り出したのは昨日の5時頃だ。ちょうど1日ほど経ったが帰ってきていないし、メール等も無い。まさか逃げたんじゃないだろうなと思う。
「…………………」
ちょっとだらしない女だから、借家で昼寝でもしてるのかな。明日辺り押しかけてみるか―――次の日の予定を考えつつ、空木は外食でも誘おうかとマユミの父、勇に電話をかけた。
「……あ、もしもし。今って大丈夫でしたか?」
『どうしました?』
「ちょっとお願いがあってお電話しました。
『今日の夜、ですね……えぇ〜、すみません、仕事が溜まっていまして』
「あ、そうですか。いえ、ちょっとたまには一緒にご飯でもと思って」
『申し訳ございません。他の日に…………あ!』
「? なんです?」
『まゆみとならどうでしょうか。最近も空木さんと会いたがっていました』
「え、そーなんですか」
『えぇ。この間の宇宙旅行の事とか、興奮しながら話して貰いました。貴女なら信用できますから……』
「ほぉ〜ん……帰りが夜遅くなっちゃうと思うんですが」
『構いませんよ。どうせアイツは私が居ないのをいいことにいつも夜ふかししてますから』
「あはは。わかりました。じゃあそうします…………また今度に、その時は3人でどこか行きましょう」
『はい! お待ちしてます』
「失礼しまーす」
…………。最近、勇さん元気そうだな。良かった良かった。
初めは多発する怪奇現象に始まり、その次は一人娘が誘拐なんてされたが。空木やエイムの事もあって、彼は心置き無く町の生活と仕事に専念できているようだった。声からそれとなく察して、彼女は薄く笑う。
車の鍵を取って、空木は窓を開けて網戸を閉める。そこからの隙間風に、思わず身震いした。
「うぅっ、寒っ。夏だってのに」
ご飯の前に、マユミちゃんは買い物でも誘おうかな。空木は薄手のコートを羽織る。ふんわりとした予定を考えながら、家を出た。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「う、空木さん……追加で何か頼んでも」
「遠慮なんていーのよー。全然、この程度奢るから」
「ありがとうございます! あの、これっ!」
「おっけーおっけー。ジョニ男く〜ん、ミニオムライス追加ねー。あと私にガトーショコラおねがーい」
『へいへーい。ったく、ファミレスじゃねぇってのによ。』
外に出て2時間ほど。空木はマユミを連れ添って、ジョニーに会うついでに彼の店で食事を取っていた。
趣味の延長と、溜め込んだ資産の消費方法としてやっているジョニーの店は、ろくに営業活動も広告もやらないのであまり客は来ない。しかし料理の腕は一流そのものなのを知っている空木は、落ち着ける場所としてよく来るのだ。実際、マユミはハンバーグステーキプレートに夢中てがっついている。
「おらよ、ちゃんと噛んで食べなよ」
「はい!」「どーも」
「……空木よォ、酒は頼まねーのか。ここぁバーだぞ? 俺はレストラン経営してるつもりはねェ」
「車で来たんで」
「代行呼べよ……金あんだから」
「
「あぁ、宇宙旅行したとか言ってたもんな……ってちげぇよ。俺はな、シャレオツな店がやりたくてこんな
「ファミレスみたいなメニュー用意してるジョニ男くんが悪いんでしょそれ」
「オムライス美味しいです!!」
「うっせ!」
外食に飢えていたか、それとも彼の料理に感動したのか、マユミは年の割に子供っぽく喜んでいる。まんざらでもないようで、ジョニーのほうは口から出る言葉とは逆に頬を赤らめ、こちらも嬉しそうにしていた。
二人がいたテーブル席に勝手に座り、ジョニーはウイスキーのボトルを開けて飲み始める。知人友人しか来ないような店だからか、彼はいつもこういう事をするので気にしない。
「アグラーヤバザロフさんだっけ。帰ってこないっての」
「そうそう。ジョニーくん何か知らない?」
「昨日が初対面だしな。しかも最近までムショいたんだろ、ちとわかんねーかな」
「そっか、ごめんね」
「別に。……んぁ、でもよ、気になる事が耳に入ってんだわ」
「? というと」
「
「!!」
ジョニーの口から出た名前に、動揺した空木は持っていたスプーンを落とした。明らかに落ち着きを失う彼女に、マユミとジョニーは怪しい顔になる。
「なんか、問題行動起こしてて有名な天使らしいんだがね。最近ここらで見かけたって仲間から聞いたわ」
「……………………。」
「どういう関係かは聞かね〜ヨ、その反応だとなんかヤバいやつなんだろ。…………気ィつけろよ。俺はお前に借りがあるかんな。なんかあったら頼ってくれや」
「ご忠告をどうも」
先程までリラックスしていたのが嘘のように空木はそわそわし始める。そんなに嫌な話だったのかな。マユミは気になってしまって、料理の味に集中できなかった。
◇ ◇ ◇
「どーだったマユミちゃん? ジョニー君のごはんは」
「とっても美味しかったです!」
「そっか。それは良かった」
会計を済ませて2人は外に出る。
話しながら、空木は趣味でやっているブログに、今しがた食べた料理の画像を載せる。携帯を弄っていた彼女に、マユミは気になっていた事を聞いてみた。
「あの、ジョニーさん? とはどういうご関係なんですか?」
「ん〜、けっこー前に大怪我して倒れてたんだよね。襲われた一般人かと思って救急車呼んだのがファーストコンタクト」
「へぇ……」
「なんでもね、もとの世界だと特殊部隊だったんだって。かっこいいよね、そういう……の………」
店の入口前で談笑していた時。空木がだんだんと口の動きを遅くし、喋るのを止め、なんだか驚いたような顔になる。なんだろう、とマユミが思ったときだ。
「空木さんこんばんわ!」 彼女は声が聞こえた方を向く。そこには、数日前に空木とアグラーヤが一緒に作戦会議をした眼金田が居た。
「あれ、眼金田さん奇遇ですね。外食なんて珍しい」
「あはは。ちょっと、たまには贅沢したいなぁ、なんて思ったので」
「へぇ。でもこんなとこで合うなんて偶然ですね」
「はは。前に空木さんから教えてもらったのに、まだ来たことなくて……丁度いいな、と」
「なるほど。ここのオススメはアイスヴァインですよ〜味付けが濃い目なんですけどねー」
また知り合いの人なのかな。マユミが思っていると、空木は着ていたコートのポケットに片手を突っ込む。そして―――
「斬空。」
唐突に、彼女は居合斬りでもやるような動作と共に、そう呟いた。すると、その手から青白い三日月型の光が眼金田に向かって飛んでいく。
「!?」「マユミちゃん離れるよ」
知り合いと思しき人物にいきなり攻撃したことに驚くマユミの手を取って、空木は眼金田から小走りで距離を取った。
状況が理解できないマユミとは対照的に、彼女は爆風に包まれた男の事を睨む。
やっぱり。間違っていなかった―――煙をはらって出てきたのは眼金田ではない。ワインレッドのスーツを着た長身の若い男だった。その背中からは真っ白な翼が生えている。
「こきげん、よう。フカオ・ウツギさん」
「……どなた? 貴方みたいな天使、初めて見ましたが」
「んふ、ふふふ……」
どこから持ってきたのだろう。男はさっきまでは手ぶらだった右手にステッキを握っている。ニタニタと笑いながら、男は柄の部分を持って中身を引き抜く―――杖に見せかけた、仕込み刀だった。
鞘を適当に投げ捨て、男は刀の刃を靴のかかとで蹴って遊ぶ。明らかにこちらに敵意を見せる相手に。空木はマユミに護身の呪文を仕込んだ御札を貼り付け、口を開いた。
「マユミちゃん、私の近くから離れないでね。こいつ、ちょっとヤバいやつかも」
「そ、そうみたいですね……!」
「一応通報お願い。時間は稼ぐから」
「はいっ!」
札を貼られたマユミの体が、青い透明のバリアに包まれる。空木の言うことを聞き、彼女がほんの少し頼りの悪魔から距離を離したその瞬間、天使は空木に襲いかかった。
「死ねぇ!!」
「!!」
咄嗟の判断で空木は天使の胸元に飛び込む。が、殴り飛ばすにはぎりぎりで距離が足りず、彼女は相手の腕を軽く上に押し上げた。
頭上を刃物が通り過ぎる。男はバーの壁にかかっていた看板を真っ二つに切り裂き、大きく隙を見せた。空木はすぐにその胸めがけて蹴りを放つ。
「てやっ!」
「ぅおっ、とぉ。」
「…………………」
が、強い一撃は入れれなかった。靴底がぶつかる瞬間、相手はわざと背中から倒れ、そのまま後転して距離を取って衝撃を吸収してみせる。余裕たっぷりに、天使は服に付いた砂を払い落とす。
「チッチッチ、やるねぇ」
「何目当てさ。私の命?」
「まぁ、そんなとこ」
「あれ、あっさり白状するんですね……いくら積まれたんですか」
「5000(万円)とちょっと」
「へぇ。そりゃいい小遣い稼ぎだ」
鼻歌混じりに、男は答える。
……………………。ただ者じゃない、この雰囲気。たぶん、アグラーヤとかよりも強い。空木は今の一瞬のやり取りでそう判断すると。地面に1枚の札を貼り、魔法を唱える。
「虚収術・影」
呪符を貼った地面が薄ぼんやりと紫色に光る。そこに手を突っ込み、空木はアスファルトの中から槍を取り出した。
「へぇ、空間魔法だ。噂通り多芸なんだなぁ」
「いいからさっさと始めて、どうぞ。殺しに来たんでしょ」
話す途中で少しだけ視線をずらす。目線の奥、止めていた自分の車にマユミが身を隠すのが見えた。そこからざっと周りを見たが、他に襲撃者は居ない。
何が目的なんだろう、この野郎。私を暗殺でもする気かな。
優男は緩慢な動作で霞の構えを取る。それに合わせて槍を正眼に構えながら、空木は敵を睨んだ。
アンケート的にあまりシリアスは求められてないっぽいから早めにこのお話はまくるゾ
見たいお話の大まかなジャンルをお選びください。1番多いやつがフワッと増えます。
-
ほのぼの日常
-
ドタバタコメディ
-
ギャグバトル
-
真面目な戦闘シーン