その街はごった煮の様相を呈している   作:オラクルMk-II

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遅れてスマソ


その天使からは血の香り〜その4

 

 

 

 

 時刻はもうじき10時を回る。空木はマユミを乗せた車を、知人の勤める病院へ走らせる。職員用の駐車エリアに止めると、2人は裏口から足早に院内に入っていった。

 

 何度か来たことがある場所なので見知った顔も多い。名前までは覚えていないが、世話になった看護師や医師に彼女は軽く挨拶を返しながら、3階を目指す。

 

 エレベーターが止まり、自動ドアをくぐって売店前へ。目当ての人物を見つけて、空木は小走りで合流した。

 

「あ、やっと来た!」

 

紀美(きみ)っちゃんおまたせ。エイム君と眼金田さんは?」

 

「エイムさんは飲み物買いに下降りました。メガネさんはトイレです。そっちの子がマユミちゃん?」

 

「そ。けっこー巻き込まれた異質でね。ね、困っちゃうよね」

 

「はい…………」

 

 ベンチに腰掛けて居たのはついさっき空木と喋った、同じく守護悪魔の根上(ねがみ)だった。マユミは車内で聞いたが、彼女の後輩だという。

 

 何というか、マユミはこの人物を妙な格好の女性と感じた。看護師らしい地味な服装なのに、大きめのスポーツバッグを肩からかけ、顔には今どき縁日でも見ない狐の面を被っている。服から出ている地肌は、空木と同じく色白と言うには度が過ぎる色だ。

 

「はじめまして~。貴女がまゆみちゃん?」

 

「はい。十二月田(しわすだ) まゆみって言います。」

 

「私、根上 紀美ね。これ名刺です」

 

「ありがとうございます……?」

 

 まぁ、理由がなければこんな格好しないよね。言わないようにしておこう―――などと思っていると。マユミの目の前で女二人は顔を見合わせ、紀美が口を開く。

 

「あぁ〜、マユミちゃん。何か言いたいこととかなかった?」

 

「? 何もないです」

 

「ほんとに? 私こんなやべぇ格好なのに??」

 

 え、それ自分で言うの?? 貰った名刺を落としそうになった。が、マユミは平静を装って言い返してみる。

 

「いや、そのぅ……何か理由があるのかなぁ、と思ったので」

 

「…………………。センパイ、こんないい子どこで拾ってきたんですか?」

 

「拾ってきたって何さ人聞きの悪い。バイト先に来たのを保護したのが始まりだよ」

 

「へぇ…………まゆみちゃんは(かしこ)いんだね。み〜んな初対面だとドン引きするのに」

 

「?? あ、ありがとう、ございます?」

 

 そんなに変かな? と思う。というのも初めは空木→エイム→フェレス→ポチョムスと段階を踏んで異星人やら亜人等と交流を持った。加えてつい最近の宇宙旅行もある。ここ数日の経験のせいでマユミはおおよそ人間と呼べないような生き物でも、言葉さえ通じれば忌避感(きひかん)が薄れていたのである。

 

 なんだかぎこちないやり取りをしていると、眼金田とエイムが来る。2人を見つけた紀美は手を振ってアピールした。

 

「こ、こんばんわ空木さん」

 

「眼金田さん!! 大丈夫でした? お怪我は?」

 

「拙者と根上嬢が責任持ってお守り致した。信二殿には賊の指一本も触れさせてはいないのでござる」

 

「「……………!!」」

 

 色白気味な顔色を、いつもにも増して悪くしていた彼の後ろからぬっと姿を見せたエイムに、空木とマユミは息を呑んだ。

 

 このときマユミは初めて彼の素顔をはっきりと見た。眉が太く彫りが深い、どことなく誠実さを感じさせる整った顔立ちだ……が、そんなことよりも彼は全身ボロボロだった。

 

 右目に眼帯をつけ、左手をギプスで首から吊っている。上半身はシャツ1枚だったが、そこから見える首筋や肩、背中の翼など、肌が見えている部分には何かしらガーゼや包帯が巻かれていた。

 

「え、エイムくんその傷……」

 

「不覚を取ってしまったでござる。あいつら天使のくせに汚ねぇでござる。闇からバシバシ不意打ちしやがって」

 

「…………。ごめん、見た目の割に元気そうね」

 

「根上嬢のおかげでござる。持つべきものは友という言葉を実感した」

 

「そ、そっか」

 

 「いやぁそれほどでも〜」と間延びした調子で紀美が言う。機嫌が良い時の空木の上を行く楽天家なのかな、などとマユミは思う。空木は眼金田たちへ続けた。

 

「3人とも何があったの?」

 

「センパイこそ。こっちはだいたい電話で言ったとおりですよ。勿体ぶらずに」

 

「あ、ごめん。……いや、さ。今日この子と一緒に友達の飲み屋にご飯食べに行ったの。そしたら、店出たときに殺し屋みたいなのに襲われて。どうにかその友達も来てくれて、なんとか撃退して。もうちょっとってところで逃しちゃったんだけどね」

 

「あぁ〜……それも天使だったんですか?」

 

「うん、間違いない。光の魔法ばっか使うわ白い羽生えてるわだったしね。姑息にも眼金田さんに化けて出てきたけど」

 

「わ、私に、ですか?」

 

 そういえばあの男、最初は見た目が違ったんだった。マユミが本物の彼をみて考えていると、空木は言う。

 

「バレバレな変装だったけどね。私、眼金田さんにはあの場所教えてないのに飲みに来たとか言うし、なんかすごいハキハキ喋るしでぜんぜん化けれてなかったもの。大根役者にも程がある」

 

「な、なるほど? まぁ、私は、少し吃音(きつおん)持ってますしね……はは」

 

「あ、いえ、別に眼金田さんにどうこう言うつもりは無いですよ。あんにゃろうが一般人に化けて寝首かこうとしてきた事は許しませんが」

 

「ひどい話……でも誰がなんのために空木さんとメガネさん狙ったんでしょう??」

 

「2人とも心当たりは無いのでござるか? 迷い込みの犯罪者にきつく当たったとか、絡まれている天使に変な事言ったとか」

 

「しょーじき、ある事はあるよ。でもねぇ、あんなガチガチに警備固めてる場所から殺し屋雇うようなのが居るとは思えないし……」

 

「わ、わわ、私は、対人関係は、人一倍気を使っている……つもりです」

 

 「八方塞がったでござるな。」 エイムは一人がけのソファに座って頬杖をつきながら、ため息まじりに言う。その椅子の背もたれに寄りかかりながら、今度は紀美が口を開く。なんとなくだが、マユミには声色から仮面の下の難しい顔が想像できた。

 

「接点もよく分からないんですよね。守護悪魔が(うと)ましいなら、空木さんに私やエイムさんを狙うはずです。でも標的はセンパイとメガネさん。逆に一般人に危害を加える・人質にとるならマユミちゃんを狙うはずだし」

 

「そうなの。だから意味分かんないんだよね」

 

「マユミ殿に付きまとう空木殿が邪魔だった、ということは?」

 

「いや、わざわざ相手は私を殺しに来たって言ってたんだよ。しかもマユミちゃん狙いなら私なんて無視して命を狙えるぐらいの手練(てだれ)だったし。一応そうされたときの保険はあったけどね」

 

 空木の言う事に背筋が冷えたが、彼女がヒラヒラと御札を見せびらかしているのを見てマユミは逆に安心する。自分に貼られていた物と合わせ、更に守ってくれる算段があったらしい。あんなに切羽詰まった戦いの中でそこまで考えてくれていたことに、思わず涙腺が緩んだ。

 

「考えるほどわかりません。なんで空木さんサイドはわざわざ強い方に喧嘩売ってるんだろ? それに襲われたタイミングはだいたい一緒だし、どっちも天使。関連性が無いはずないし」

 

「……………………それと、さ。こんなになるともう一個気がかりな事があるんだよね」

 

「? 何でござる?」

 

「バザロフさんがまだ帰ってきてないんだよ。ほら、マフィアが町に出入りしてるとか聞いたから、探ってきてって言ったのに」

 

 「バザ? あぁ、あの吸血鬼!」「例の問題児でござるな」 空木の言う事に悪魔2人は思い出したような反応を見せる。マユミの知らないところで話が進むが、黙って見ることにする。

 

「町に普段は寄り付かない暴力団と、なんか襲ってきた天使。関連性無いかな?」

 

「考えすぎ、じゃないですか。たぶん別件だとは思うんですが……あと帰ってきてないって?」

 

「昨日の大体5時ぐらいにさ、市民会館でコンサートあったの知ってる? それの客にそのマフィアが居てさ。何か不審な動きがあったら知らせるようにってその吸血鬼を送ったんだけど、音沙汰無いの。……流石に1日だけじゃ心配し過ぎかな」

 

「どう考えるか、でござるな。あの令嬢、失礼ながらあまり礼儀作法や一般常識には通じているようには見えないのでござる」

 

「そう、本当にそう!! それのせいで分かりづらくてさ……何かあったのか、それとも今日ぐらいしらばっくれて寝てるだけかもしれないし。一応携帯かけたけど出ないのよね」

 

「う〜ん………? 吸血鬼って夜行性ですし………今夜すぐにでもそいつの家に邪魔しに行って確認したほうがいいんじゃ」

 

「だよねぇ。うん、ありがと紀美ちゃん、そうしてみる。」

 

 空木が後輩の助言に素直に乗るとを言ったその時、また彼女のスマートフォンが震える。今度は誰だ。そんなような顔をしたのから、画面を見て、彼女は表情が変わったように4人には見えた。

 

「…………………………。はい、もしもし」

 

「「「「?」」」」

 

 黙って出てるが誰だ? そんな周囲の考えを他所に、空木は全員から会話が聞かれない程度に距離を取り始めた。不審に思いつつも、みな黙って眺める。

 

 数分後、話し終えたのか耳から端末を離す姿が見えた。電話を握っていた手をぶらりと垂らし、顔に深い影を作りながら空木は戻って来る。

 

「誰からの電話でござるか。拙者や根上嬢にも話せないような?」

 

得間(うるま) 美香(みか)からの電話だった。アグラーヤの身柄は拘束したって。」

 

「「「!?」」」

 

 女の発言に、マユミ以外の3人が息を呑んだ。エイムと眼金田の2人は信じられないものを見たといった顔をしている。表情が仮面で見えない紀美も、酷く動揺しているのがわかった。

 

 たしか、あのジョニーさんが言っていた悪い天使、だったっけ。一体どんな関係性が?? マユミは静かに、再度口を開く空木を見守った。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 きな臭い出来事に巻き込まれてから3日目の昼。ディーラーに預けていたロータスヨーロッパに乗り換えた空木は、ジョニーの店に来ていた。

 

 車を停めて大きく深呼吸をする。寝不足で隈の浮かぶ目を閉じて、軽く瞑想をした。そして乗車から這い出ると、彼女は正面入口ではなく、裏口のドアをノックした。

 

 『合言葉。』 扉の奥からぶっきらぼうな彼の声が聞こえる。空木は淡白に言った。

 

「スノーイーター」

 

「………。裏口から入ってくる意味、知ってるよな。」

 

「当たり前でしょ。わざわざ予約までしたんだから」

 

「…………まぁいい。入れよ」

 

「お邪魔します」

 

 問いに答えると、不機嫌そうなジョニーが出迎える。会話を短く切り上げ、2人は地下に伸びる階段を降りていった。

 

 

 

 地下室の扉を潜って2人は中に入る。どことなく粗暴なイメージの彼に似合わず、部屋の内装は綺麗に整頓されており、壁一面に綺麗に種別に分けられた銃火器が目を引く。

 

 表向きは個人経営のバーの店主、知っている人間からは情報屋として頼られる。だがそんなジョニーには、許可を取ってやっている裏の仕事があった。彼は特殊な犯罪に関わる人間のために、武器商人としてこんな部屋を作っているのだ。

 

「頼んだものってここに?」

 

「いや、奥から持ってくる。少し待ってろ」

 

 質問にそう言ってジョニーは薄暗い倉庫部屋に消えていった。空木は、暇つぶしに自分の仕事に取り掛かった。

 

 適当な椅子に座ると、リボルバーとオートマチックの拳銃に、サブマシンガンをそれぞれ1つずつ。ズタ袋からは手榴弾と銃弾をぼとぼと落としてテーブルに並べながら、空木はメモを取る。そんな事をしていると、程なくして彼は戻ってきた。

 

「戦争でもしに行くのかお前は」

 

「まさか。昔の知り合いと喧嘩するだけですよ」

 

「しかも、だいたい何だこのオーダー。7.65×25MMの専用弾だと? 本当になにする気だよ」

 

「気にしないで。ただの趣味ですから」

 

「いいや、ますます気になる。教えてくれるまで売ってやんねー」

 

 注文した品物を大きめのゴミ袋に乱雑にまとめて持ってきたジョニーからそれを受け取ろうとすると、彼にひょいと持っていかれた。真顔になった空木に、ジョニーは続ける。

 

「なぁ、本当に何する気だ。普段の仕事ならお前のその手持ちで足りるだろ。アサルトライフル1個に代えのマガジン3つ、プラスチック爆弾2つにさっきの専用弾30発。意味がわからねぇよ」

 

「言ったでしょ、知り合いと喧嘩するって」

 

「答えになってねっての」

 

 ガシャガシャ鳴る袋を肩にかけながら、ジョニーは空木に対面する席に座る。どことなく女の顔色が悪いように思えて、彼は言った。

 

「……俺はお前に命を救われた。だから心配してんだ。なぁ、何しに行く?? そこまでする程のとんでもねぇのを相手するんだろ? なんで助けを呼ばないんだ―――」

 

「得間に会いにいくんでしょ?」

 

「!!」

 

 ジョニーの言葉を遮った女の声に、空木は弾かれたような動きで振り返る。壁に寄りかかっていたのは、天上ハルだった。どこからか入り込んできたのか。が、ジョニーはそれよりも、今まで見たことが無い焦りを見せた空木の方に驚く。

 

「図星ね。相変わらず隠し事がバラされる事には弱いのね」

 

「いつから居たんですか。聞き耳立てて趣味悪いですよ」

 

「ついさっき来たばかり。根上ちゃんから話は聞いたわ。」

 

「余計なことを……」

 

 わざわざ口外しないように釘を差したというのに、知人がこの天使に自分のこれからやろうとしている仕事をバラしたと聞き、空木は毒づく。

 

「得間……危ない天使とかってやつか」

 

「危ないなんて言葉で片付く人間なんかじゃない。あれこそこっちの人間が指す「悪魔」よ」

 

「………………あまり悪く言わないであげてください。悩み事も多い人ですから」

 

「知り合いなのか?」

 

「そんなもんじゃないわよ、あいつは空木の―――」

 

 続けようとしたハルの口に手のひらを当てて、空木は強引に彼女の口を閉じさせた。少し驚いた顔をしたハルとジョニーを無視して、空木はスキ有りとばかりにジョニーの持っていた銃火器を引ったくる。

 

「あっ、てめ」

 

「石橋を叩いて渡りたいから……ただそんだけですヨ。これ、頼んだの」

 

「………本当に行くの」

 

「えぇ。そりゃ、まぁ。ハルさんは何をしに来たんですか」

 

「もう見納めかなって思ったから、顔見に来ただけ。……本当にそれだけ。私は手伝わないわよ」

 

「……………。どうぞ。最初から1人で行くつもりでしたから」

 

 強引なやり方が気に食わなかったか、ジョニーが空木の服を掴もうとしたとき、その前にハルが立って言う。問われた空木は自暴自棄にも見える態度が答えたが、その反応に思わずハルは声を荒らげた。

 

「ッ、鈍いわね、私が行くなって言ってるのがわからないのかしら。心配してあげて」

 

「私だって行きたくないですよ。」

 

「……は?? どういうこと」

 

 袋を地面に置いてしゃがみ、靴紐を結び直してから、空木は小さく呟いた。

 

「アグラーヤは、まだ刑期を終えてませんから。連れ戻す必要があるので」

 

 毅然とした態度で言い放ち。呆けていた2人に背中を向け彼女は店から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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