その街はごった煮の様相を呈している   作:オラクルMk-II

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おまんたせ


銃声のゴスペル

 

 

 手錠をはめられて椅子に縛り付けられてかれこれ一週間にもなる。体の自由を奪われたアグラーヤは、周囲を忙しなく歩いていたり、そのファンシーな外見には似合わないバズーカ砲やマシンガンなどを手入れしている天使たちを睨む。

 

 「ご機嫌いかがかな。」 横から聞こえてきた女の声に、彼女は気怠げに顔を逸らす。数日前に自分の腕を切り落とした天使の女だ。

 

「何の用だ。食事はもう済ませた」

 

「世間話は嫌いか? 助けが来なければ、お前もあと数日の命だ。心細いかと思ってな」

 

「…………別に」

 

「ふふふ……かわいいやつだよお前は。吸血鬼といえど死ぬのは怖いらしいな?」

 

 こちらをバカにするように、その女は優しくアグラーヤの頭を撫でる。悔しさに歯ぎしりをするが、抵抗する気は無かった。実力差は歴然としているのは、前の劇場でも痛感している。

 

 改めて見ても異質な容姿の女だ。アグラーヤは、前に会った天上ハルと比べてみる。

 

 他の天使に見える頭上の光輪も無いし、背中から羽なども無い。ただ、なんとなく「香り」が普通の人間とは違うので天使だと言っているのは間違いない。空木やフェレス、エイムと3人がそれぞれ違う見た目なのと同じで、人種みたいな違いがあるのだろうか、などと考えた。

 

 今日も1日、束縛されたまま終わっていくのか。そう彼女が諦めたその時だった。

 

 ギ、ギ、ギ、と音をたてて建物の扉が開き、日が差し込む。誰か入ってきたようだが―――その人影を見て、日焼けの天使の女がニヤニヤしているのが見えた。

 

「やっと来たか。遅かったな空木。」

 

「!?」

 

 女の発言に思わずアグラーヤは目を見開く。

 

 逆光で見辛いが、長方形のギターケースか何かを背負った空木の姿が目に入る。季節は夏に入り、気温も高いと言うのに、何故か彼女は分厚そうなコートを羽織っていた。

 

 

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 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 スウウゥ、と周りに聞こえるような深呼吸で自分を落ち着かせる。敵が指定してきたこの廃教会に自分一人というのは心細いが、しかし仕事は仕事。やらないという選択肢は無かった。

 

 埃っぽい建物の中に、空木は靴のかかとを鳴らしながら侵入する。人の気配は右に2、左に3……そして正面に2。眼前の2人は自分もよく知る人物だ。

 

「家紋入りの外套、か。お前らしい本気の見せ方だな」

 

「………………………。」

 

 吸血鬼のアグラーヤに配慮したのか、赤髪の彼女は日の刺さない所に座らされているのが見える。その隣、日焼けした朝黒い肌の、ラフな服装をした女がこちらに近づいて来る。

 

「天国を追われた天使は、悪魔になるしかない……私はくだらない人間の話だと思うよ。空木……」

 

「お久し振り……です。得間 美香(うるま みか)……先輩。」

 

 日焼けの女―――美香は、名前を呼ばれて嬉しそうな表情になる。真顔のまま、空木は続けた。

 

「せっかくまた会えたんです……ゆっくりと、お話しませんか?」

 

「ふふふ……命乞いか?」

 

「まさか。………………そんな手が通じない人なのを、私はよく知っています」

 

 話の最中、空木は背負い物から2つの鉄パイプと1つの短刀を取り出す。そしてその場で彼女はネジ山が切られているそれらから、敵の目の前で槍を組み立て始めた。

 

 何が楽しいのか。のんびりと準備を始める自分を前に、美香は薄笑いを浮かべている。長物が組み上がり、空木はバッグにそれを仕舞い直してから口を開いた。

 

「規則のためなら恩人だろうと殺す、貴女だから……」

 

「…………わからないな空木」

 

「何が、ですか」

 

「この吸血鬼をわざわざ助けに来たことだ」

 

「あんな挑発的な電話、来いと言っているように聞こえましたが」

 

「ちがう、そうじゃない」

 

 のんびりと歩きながら、美香は立てかけてあった刀を手に取り、自然体で話を続ける。

 

「この吸血鬼は人間に害を成そうとした。お前が居なければ、まゆみ、とか言ったかあの子供は。奴も死んでいたはずだ」

 

「…………………………」

 

「この吸血鬼に生きている価値は無い。町の人々の安寧のためにはさっさと殺処分が必要だと思わないか?」

 

「私はそう思いません」

 

「ほぅ?」

 

「読んで字の如く。吸血鬼は、人の血を吸って飢えを満たす生物です。吸血行為に対する価値観や必要性は、来た世界の人によって差はありましたが、共通点もあって……彼ら彼女らはそれをしないと生きられない体を持っていました」

 

 「たまに娯楽でしか血を飲まないようなのもごく少数居ましたがね」 空木は例外も交えつつ、続けた。

 

「人が息をして、野菜や肉を食べるように、血を飲まなければ死んでしまうんです。見知らぬ土地に迷い込んでどれほどの時間を過ごしていたかわかりませんが、あんな事をした手前、アグラーヤは飢えていたはずです。たまたま、彼女の近くに居たマユミちゃんが標的になったんでしょうね」

 

「何が言いたい。少しはまとめる努力をしろ」

 

「知らない場所に飛ばされ、アグラーヤはさぞかし心細かったでしょう。しかも夜が明ければ日に焼かれて死ぬ危険性もあるし、逃げ込む場所のあてなんてない。さらに飢えに苦しんでいるという現状に、理性の歯止めが効かなくなっていた―――なんてコト、充分考えられます。」

 

 長話になって真顔になっていたのが、話すごとに美香が笑顔になっていくのを見る。おまけで後ろで項垂れていたアグラーヤが涙目でこちらに何か訴えかけているのも見えた。

 

 なんだ、別に同情してるわけじゃないぞヴァサロフさんや。続けて落ち着いた声で、空木は持論を述べる。

 

「人は、人の決めた法のもとで裁かれるべきです。ここ日本は法治国家なんだから、私刑なんて許しちゃいけないんです…………それを止めるのが私の仕事だし。アグラーヤはまだ罪の精算を終えていない。勝手にその命が摘まれていい存在じゃないんですよ」

 

「……………。良いことを言うよ。相変わらず変わっていないなお前は」

 

「不服ですか?」

 

「誰がそう言った? 少なくとも私は褒めたつもりだがな」

 

 コートのポケットから拳銃を取り出して握り込む。見せびらかすように臨戦態勢を整える空木に周囲の天使らが反応しているのが、なんとなく雰囲気から知覚できた。しかし眼前の美香だけは余裕そうな態度を崩さない。

 

「私はね―――人間のくだらない法律など無意味だと思っている。こんな害獣を生かしておく必要が無い、ともな」

 

「そうですか。いいんじゃないですか? それはそれで。」

 

「ふふふ……相変わらずだな。人の考え方を尊重するものだから、お前と話すと議論にならない」

 

「今回ばかりは違いますよ。……ハナから議論なんてする気はありませんでしたから。

 

 しっかりと両手で銃を構え、サイトを女の眉間に合わせた。引き金に指を置く。

 

「一回だけ言います。その吸血鬼を開放しなさい得間美香。そうすればこちらからは何もしません」

 

「素直に返すと思うか?」

 

「言うと思ったよ!!」

 

 空木は上半身を90度横に向け、トリガーを引く。

 

 放たれた弾は密かに近づいていた天使の肩を捉えた。苦悶の声を漏らしながら、彼はピストルを落として(うずくま)る。容赦なく相手の両足にも鉛玉を撃ち込んで再起不能にし、空木は全速力で物陰に隠れた。

 

「女が隠れたぞ!!」「撃ち続けろ、逃がすなぁ!!」

 

 事前にこの場所に美香たちが立て籠もっていたのは知っていた空木は、一団の装備もなんとなくだが把握している。マシンガンや拳銃で武装しているが、一人だけロケットランチャーなんかを持ち込んでいるはずだったよな、と彼女は大急ぎでリロードを完了させて椅子の影から何本か並ぶ柱まで突っ走る。

 

 先程まで2人の話し声しかなかった廃教会に銃声と爆発音が響き渡る。弾けた炸薬が飛ばす破片が蜘蛛の巣を裂き、大理石の壁をえぐり、埃を巻き上げる。頑丈な作りなのか、幸い壁に穴を開けたり2階が崩れ落ちるということはない。

 

 鉄火場に慣れている空木は迷いなく周囲を制圧する。影が差して薄暗い場所を選んで移動しながら、空のマガジンや敵の落とした武器を拾っては投げたりと物音で撹乱(かくらん)しつつ、1人ずつ無力化する。相手がロケットや爆弾などを遠慮なく撃ち込んできてくれたお陰で煙に紛れての隠密行動はしやすい。

 

「ぐぅあっ……」

 

「!」

 

 あと2人、ただその中で美香だけは別格。早いところアグラーヤの拘束を解くか何かで逃げたほうがいいよな。空木は走っているところから勢いよく滑り込み、機関銃を構えていた天使の足に刃物を突き刺す。苦痛を増すため、捻じりながら引き抜いてそれを投げ捨てると、脳内の地図に従って先程アグラーヤが居た場所まで無心で走った。

 

 良かった、無事だったな。いきなり始まった銃撃戦に困惑したのか、忙しなく周囲を見渡していた彼女を見つける。空木は袖口からバタフライナイフを展開させると、急いでアグラーヤを縛り付けている縄を切り始めた。

 

「おまたせ。怪我とかは?」

 

「え!? あ、いや、何ともないが」

 

「そっか……えらいきつく縛ってやんの、ちょっと時間かかるかも………………待たせてごめん。」

 

「えっ?? いや、その……ありがと―――」

 

 厳重に固結びされているロープを刃物を引いて解いていくその時。会話中のアグラーヤが口の動きを止める。すると、空木は音を置いていくような速度で背後に向き直り、銃を乱射した。

 

 間一髪、彼女は致命傷を回避する。自分と同じくもやに隠れていたのか、背後に立っていた美香が真っ直ぐに刀を振り下ろそうとしている所に弾丸が届く。冷静にそれらを切り払い、美香は笑っていた。

 

「素晴らしい勘の良さだ。やっぱりお前は私が見込んだ中で一番だよ」

 

「嬉しくも何ともないですね!!」

 

 相変わらず嫌らしいタイミングで容赦なく殺しに掛かってくる人だ……。空木は縄に刺しっぱなしでアグラーヤの手元に置いてきてしまったナイフを一瞥(いちべつ)して舌打ちする。仕方なく、先程組み立てた槍を背中から出して握った。

 

 美香は剣術の達人だ。そんなのを相手に、しかも得意な間合いに飛び込んで生き残る自信は空木には1mmも無い。片手に銃、片手に槍と、不釣り合いなダブルトリガーとも二刀流ともつかない状態になる。

 

 とにかく距離を保ちながら逃げる算段を立てるしかない。そう考える。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 目の前で死闘と呼ぶのも生ぬるい殺し合いを始めた2人に、アグラーヤは心の底から寒気を感じた。

 

 お互いに全く魔法を使おうとせず、空木はとにかく弾をバラ撒いたり得物を振って牽制し、対する美香は凄まじい剣の技量でもって強引に弾幕を突破しようと試みている。

 

 自分を難なく下した2人の女だが。何ということだ、私とやり合ったときなんて本気の一分も出していなかったのではと考えてしまう。間に飛び込みでもすると1cm四方の細切れ肉にされる想像が止まらない。

 

 どうする、どうすればいい。一応空木が途中まで切ってくれたこのロープ、ちょうど自分の手がかかる場所にナイフが刺さったままだ。こっそりとノコギリを引くように動かせば拘束を解けるかもしれない。だけど、そこからさっさと自分だけ逃げるべきなのか?? 段々と劣勢になっている悪魔を見る、そんな時だった。

 

「動くんじゃねえぞ……クソっ」

 

「ッ!」

 

 後頭部に何か硬いものを当てられる感触と、男の声が聞こえる。アグラーヤは知らないが、数日前に空木とジョニーを襲撃した天使だった。

 

 オートマチック拳銃の銃口を彼女の頭に押し付けながら、彼は苛立ちを込めて話す。

 

「美香の野郎しくじりやがって……! わざわざ守護悪魔のやつを焚き付けて何考えてやがんだ……お陰で酷い目にあった」

 

「……? 仲間じゃないのか?」

 

「喋ってんじゃねぇよ! ムカつくぜ……腹いせにぶっ殺してやる!!」

 

 どういうわけか自分を生かしていた美香とは違い、この男は自分を殺しに来たようだ。だがその発言を聞いたアグラーヤの脳内に1つの思考が駆け巡る。

 

 わざわざこんな私のために、空木はたった1人で助けに来てくれたのだ。命を繋いでくれたんだ。それを無駄にしちゃいけない気がする―――アグラーヤは一か八か、動いてみた。

 

 がちがちに縛られていたのが、空木のおかげで多少上半身を揺する程度はできる。彼女は全身のバネでやれる限り全力で反動をつけ、勢いよく椅子ごと前に倒れた。

 

「うわああぁぁ!」

 

「おぉああってめぇぇぇ!?」

 

 幸運は続く。座らされていた椅子は作りが弱いのか、今の転倒と無理な荷重に耐えきれずに壊れた。依然背もたれに縛り付けられた状態だが、これによりアグラーヤは2本の足で身動きが取れるようになる。

 

 考えるよりも先に体が動く。迷うことなく、彼女は予想外の動きに対応できずに強かに地面に体を打ち付けて呻いていた男の首筋に噛みつく。

 

「んっぐ、ぐぐぐ!!」

 

「があっ!? てめっ、はなれっ、ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

 無我夢中で血を吸った。ここ数日間最低限の栄養補給しかしていなかったアグラーヤに、この天使の血は活力をもたらしてくれた。死なない程度に吸血を済ませ、彼女は干からびて老人のようになった男を放り、力任せに縄を引き千切って自由になる。

 

 遠くの方ではまだ2人が切り合いをしているのが音でわかる。少しでも助けになれば―――銃の扱いは慣れていないが、そんな思いから、アグラーヤは男が持っていたピストルを手に取り、舞っていた埃の先の美香へ叫ぶ。

 

「こっちを見ろ、性悪天使!!」

 

 隙を作ってやったぞ、さぁ空木、今だ。アグラーヤは相手がこちらに反応する前に引き金を引いた。

 

 ただ、この行動は相手にとってはむしろ好都合な物だったのを、彼女は理解できていなかった。

 

「!! バザロフ、手を出すなぁッ!!」

 

「えっ」

 

 全く原理が理解不能だった―――美香は振り向きすらせず、滑るようにこちらに向かって飛んでくると。脇の下から出した刃で銃弾を弾き、右足を軸にして180度体の向きを変える。

 

 脳が混乱する動きで弾を切り払った女は、獣が牙を剥く様な笑顔を浮かべていた。

 

 大上段から、容赦なく刀が振られるのをただまじまじと眺める。

 

「緊急・互換ッ!!」

 

 アグラーヤは、無事だった。気がついたときには―――眼前で自分を庇って前に出た空木が、袈裟斬りに胴を切りつけられ、夥しい量の出血と共に崩れ落ちる。

 

「ッ……………ぁ」

 

「ほぅ……」

 

 いつの間にか、持っていた銃が切断されて破壊されていたが、そんな事はどうでもいい。血溜まりに倒れて動かなくなった空木に、アグラーヤは喉が爆発するような声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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