何が起こったかは頭が理解を拒んだが、自分が変な事をしたせいで空木が死んだ、ということだけはわかってしまった。アグラーヤは恐怖と情け無さと不安で思わず泣き叫んでしまう。
「ああぁぁ、なんだ、空木、どうした、動け、返事しろ、なんでだあああああぁァァァ!!」
ボタボタ溢れる涙と汗がレンズに落ちて視界がぼやける。混乱して死体を揺すったり声をかけているアグラーヤへ、美香はその様子をニタニタ見物しながら呟いた。
「まさか、他人を守って死ぬとはな。人なんて所詮自分がかわいいと思って当然なのに真っ先に行動に移すか……」
「空木い、返事、してよぉぉぉ……」
「まぁいい。吸血鬼、恩人が居る場所に送ってやる」
美香は啜り泣いているアグラーヤの前に立つ。静かに深呼吸をして、刀を正眼に構える。相手の首をしっかりと狙って刃を振り下ろした。
◇ ◇ ◇
タンッと。小さな破裂音が廃墟内に響いた。それとほぼ同時に右肩に走った激痛に、美香は思わず得物を落とす。
何かを察した女はすぐに物を拾い直してその場から飛び退る。またもや何が起きたかわからずアグラーヤはいきなり逃げた相手と今の物音に変な顔になった。
そんな彼女の腹部に、深々と空木の放った蹴りが突き刺さる。
「ウゥボアアァァァァァ!?」
「ハァッ、ハアぁぁ! ったく、勝手に殺すなっての」
吹き飛んでいったアグラーヤに捨て台詞を吐きつつ、空木は傷口を抑えながら立ち上がる。少し驚いた顔をしていた美香に視線と銃を向けながら、彼女は顔の向きを少しだけズラして吸血鬼に逃げるよう言い放った。
「ヴァザローフ! 聞こえてるなら早く逃げな、私はいーから!!」
『うぅっ、ひっ……ぐ、し、死んだふりしやがって、ゆ゛る゛さない゛!!』
「そ~いうのいーから早ぁく!!」
カバンから日光対策になりそうな厚手のコートを取り出し、背中側に床を滑らせて投げ渡す。離れていく足音でアグラーヤの逃走を確認して、ようやく空木は意識を美香に向けた。
「人を殺すなら、生死の確認を最優先。貴女の教えです……先輩。」
「ふふふ……くっふ、はははは。流石だよ……なるほど、血袋を仕込んで防刃・防弾の下着でも着てたな。やっぱりお前は強かだよ」
恐怖で震えていたアグラーヤはどうでもいいので無視するとして。と、美香は息を荒らげて立っていた空木をまじまじと眺める。確かに手応えはあったはずだが、まだ元気そうだな、などとどこか他人事に考えた。
美香は、空木の握っていた古めかしい拳銃に目をやる。不意を突いて撃ち抜かれた右肩を軽く手持ちの包帯で縛りながら、口を開いた。
「「ボーチャードピストル」。まだそんな骨董品にこだわっているのか、お前は。」
「
「モノはしょせんモノでしかない。信じられるのは信頼性と実績だ。奇跡なんて起こりはしない」
「初めから信じない人に奇跡は起こりませんよ」
ジリジリとすり足で美香から距離を取る。何をしてくるかいまいち読めないが、距離を離すに越したことは無い。近くに階段をみつけて、空木はそこから上階に上がって迎え撃つ算段を立てた。
すぐに行動を起こす。いきなり敵に背を向けて空木は走り出す。予想外の動きに出遅れたが、すぐに美香は後を追う。
手すりの棒を掴んでジャンプし、一気に階段の中頃まで登る。同じ動きをトレースした美香が来たが、空木は2階に付いたと同時にこっそりと握っていたスイッチを押した。
「ッ!」
「何っ!?」
今の一瞬で仕掛けた爆弾が発動する。ジョニー特製のプラスチック爆弾は女2人ごと階段と2階の1部を破壊して吹き飛ばす。身構えていた空木は怪我を最小限に抑えたが、意識外の一撃をもらった美香は薄着だったのも災いして体のあちこちに切り傷や打撲を作った。
「ハァ、ハァ、ハァ………」
「やるじゃないか……今のは少し焦った。やればできるじゃないか、殺意のこもった攻撃が」
「まさか、恩のある先輩にそんなこと」
嘘だ。あわよくば死んでほしい―――心のすみっちょでそう思ってたケド。ステンドグラス貼りの壁から射す光を浴びながら、自爆して壁際に追い込まれた空木は乱れる呼吸を強引に静めて笑ってみせる。
虚勢にまみれた今の態度と発言をバレるわけにはいかない。相手は殺すと決めたら地球の裏側まで追いかけて息の根を止めようとしてくるような人だ。どうにか意識を逸したりし続けて、やっぱり逃げる計算を立てるべきだよな。空木は睨み笑いを効かせたまま、口を開ける。
「さっきの話の続き―――かくいう貴女だってこだわりを持ってる。刀なんて無くたって、魔法で人間の首なんて飛ばせる。なのに、貴女は日本刀で殺す事にこだわる」
「それは挑発のつもりか? 私が魔力不足な体質なのをわかっているくせに、いつからそんなに意地の悪い事を言うようになった。ここに来たときから思っていたが、少しチャラくなったか? 空木。」
「えぇ、おちょくってますよ。頭に血を昇らせれば多少はスキが出来るかなって」
「ふふふ…………笑い話にもならないな。わざわざ口に出すか」
言い終わらないうちに美香は一気に距離を詰めてくる。空木はズタズタになったコートの胸に挟んでいた御札を愛銃に巻き、迎え撃った。
貴重な紙と塗料で作った札の効能で強度が増したピストルを盾にして刀を受ける。いなす角度、向き、力加減、どれ一つ間違っても体のどこかが飛ぶ。スリル満点のゲームだな。どこかふざけたように考えていたが、そうでもしないとやっていけないほど今の空木は焦っている。
2回、3回とやり取りは続く。受けそこねた刃が空木の頬を掠め、反撃に撃った弾丸が美香の
互いの動きがピタリと止まった。どちらが先に動くか―――そんな駆け引きが必要な間が生まれる。そんな折、唐突に美香が話し始めた。
「お前は、自分の
「…………なんですって?」
「お前は私と同じだ。法を犯す者は、究極的には―――殺すべきだと考えている」
「……………………。貴女と一緒にしないでください」
「ならばここで死―――」
相手の言い終わらないうちに空木は美香の肩……先程よりも胸に近い辺りを撃ち抜く。一瞬の彼女の目と手の動きを見逃さなかった美香は一思いに空木の脳天を突き刺そうとするものの撃たれた反動で目測を誤って女の脇腹を突き刺した。
「うぅっぐぁ!!」
「があぁッ!!」
撃たれた後にも酷使していた利き腕が悲鳴を上げたか、美香はまた刀を落とす。すぐに空木はそれを撃って遠くに飛ばす。
しかしその行動が命取りとなる。空木はほんの一瞬目を離した美香に、顔を鷲掴みにされた。
「があっ!? ぁぁぁ……!」
美香は、下から覗き込んだ能面のような表情で笑っていた。
女は握り込んだ頭へ込める力を強めると、空木の体を、そのまま背後にあったステンドグラスへ叩き付ける。
衝撃で窓が砕け散る。もう体力の無い空木はフェンスに寄りかかって脱力した。その彼女の首を狙って、美香は刃物を拾い上げ両手で構え直して横薙ぎに払おうとしたその時だった。
力尽きて腕を垂らすような自然な動作で、空木は手榴弾を1つ、美香の足元目掛けて投げる。
「なっ」
「…………………―――――」
美香の驚く顔が見えた気がした。空木の体からすべての力が抜ける。重力に従って彼女の体は外に投げ出された。
魔法と現代科学を総動員して作った手榴弾が大爆発を起こす。薄れゆく意識の中、何も考えていない空木の瞳には吹き飛ぶ廃教会が映っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「守護悪魔に選ばれたそうだな。おめでとう空木。色々教えた身としてはなんだか感慨深いよ」
「ありがとうございます。私も美香先輩が居なければ無かったと思います」
「お世辞か? 何もやらんぞ」
「まさか。昔からお世話になってた大先輩ですもの、そんなこと。」
「そうか………………序列はいくつだったんだ?」
「12位です。守護者の階級ですね」
「まぁ、妥当だな。お前は対応力はあるが、攻撃力だとか征圧力に関すれば他に強いのが居る」
「私にしては頑張ったほうですヨ。とりあえずで入った学校だったけど、コツコツ地道に4年間……」
「あまり卑下するな、望んだのにその場所に来れなかった奴への嫌味になる」
「……そーですね。無い胸を張ってみます。美香先輩はこの頃何かありましたか?」
「さぁな。忙しい、のかな。守護天使はサボる不届き者が多くて困る」
「あはは。でも、私は天使様のそういう気分屋なところ、見ていて好きですけどね。ハルさんみたいな気ままな人を見ていると、心が落ち着きます」
「当事者になってみろ、統制が効かなくて困るなんてものじゃない。あいつらときたら、私に仕事を任せて昼寝する始末だ」
「ふふ、ごめんなさい。」
「…………………空木。お前はまるで現世の人間が言う天使みたいだな。私の知る天使よりも、お前は天使に向いてるよ」
「……? どうしたんですかいきなり。先輩らしくない」
「本気さ。理知的で、その場の感情をそっと抑えつけられる能力がお前にはあるからな……きっといい守護悪魔になる」
「ん〜……私に言わせて頂ければ、じゃあ美香先輩は悪魔っぽいですよね」
「ソレは褒めているのか?」
「そう取ってください」
「そうか。どういうところが?」
「時に残酷に、淡々と、次に取るべき行動の判断を下す。そういう人が必要なときもあるでしょう……私にはそれができません。肝心なところで気が引けてしまいます……そーゆートコで先輩は決断力がありますから」
「つまり非常ってことか」
「悪く言えばそうなりますけど、私は美徳だと思います」
「そうかな……結構、周りからはその事で嫌われているんだがな」
「それは先輩の周りの方が見る目が無いんでしょう。私は流されやすいタチだから、そういう決断力のある人は凄い人だと、思ってますから…………」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……………ハァ」
夢、か。いや、昔の思い出のリプレイのようでもあったな。
目を動かして視界に入ってきた点滴スタンドとカーテン、食事の乗ったトレイを見て、空木は大きなため息をつく。見たところどこかの病院に自分は居るようだ。
「あ、起きた」 見ていたのとは逆方向から女の声が聞こえる。空木の後輩、紀美だ。予想はしていたが、ここは彼女の勤め先らしい。
「深尾さーん、朝ごはんの時間ですよ〜」
「……紀美ちゃんわざとやってる? なんか気持ち悪いんだけど」
「ひっど、丁寧にお世話してあげたのに……およよよ…………」
「……………………〜!」
普通に下の名前で呼び合う間柄なのに、あからさまなビジネス対応をされたので毒づくと、紀美は仮面の下からでもわかる嘘泣きを始めた。呆れながら空木は上体をベッドから起こす。
「い゛っ!? ぃちちち………」
「ほーら、あまり動かないように。傷が開きますよ」
「あれから何日経ってる? あと、誰がここまで運んでくれたか」
「まぁそう慌てないで。空木さん丸3日寝てたんですから」
「うわ、そんなに」
「運んだのはアグラーヤさんと眼金田さんですよ。なんでも、建物の二階から降ってきたセンパイを、吸血鬼さんがロータス運転してここまで。車の中にセンパイのケータイあったから、適当にかけたら出た眼金田さんの指示でここまで来たって言ってました」
「へぇ………」
バザロフにそんな博愛の精神があったとは。命の恩人に失礼な事を考えながら、空木は煮魚の定食に手を付ける。
覚えているのは美香に胴部を切られたあとに不意打ちに成功したのと、最後に相打ちに持ち込めたと思ったら窓に叩き付けられて気を失ったところまでだ。だが体を見ると明らかに記憶より傷が多い。2階から投げ出されてよっぽど無理な体制で地面に叩きつけられたらしく、青アザや切り傷を覆う包帯があちこちに巻いてある。
「ちょっと、聞いていいですか」 いつも間延びした話し方をしている紀美が、突然低い声で言う。空木は朝食に伸ばす手を止めた。
「その、言いたくないなら良いです。美香って人との繋がり、私はあまり知らないんです。最低限でいいから、教えてほしいんです」
「誰にも言わない?」
「内容による、かナ。」
仮面を少しめくった隙間から飲み物を飲む彼女へ、渋々空木は口を開く。
「大したことないよ。年の離れた友達って感じだったかな、昔は。ちょっと考え方の違いで喧嘩して、それっきりだったけど」
「考え方の違い」
「あの人は極端なの。現世の人に1ミリでも危害を加えた異界の生き物や人間は、速やかに殺すべきって思ってる。ま、それが問題になって今じゃ指名手配までされてるそうだけどね」
「うぅわ。……私見ですけど空木さんとは真逆というか」
「どう、かな。」
「えっ」
途中で声が震える。空木の返事に紀美は動揺して生返事を返した。
「ある意味度胸があるよあの人は。自分を押し通すために、世間の法律だとかを破ってるわけだから」
「……………………」
「私は、ルールとか規範に従ってるだけだから。真面目というよりかは、暴れる勇気がないってカンジかな―――」
「それは違うと思います」
「!」
「先輩、今から生意気言いますけど、ちょっと聞いてほしいんです」
「………………」
「美香の持つ勇気とか度胸っていうのは獣のそれじゃないですか。社会理念も他人の痛みも鑑みず暴れまわってるだけで、そんなの理性も何も感じられない。と、私は思います」
「つづけて」
「そんなアンポンタンよか空木さんのほうがよっぽどカッコいいですよ……被害者にも加害者にも寄り添って仲立ちして、うまい具合にお互いが納得できる条件を模索して、捕まった方にも社会復帰の支援をして、って。そもそも大体、普通の人って被害者側に立ちすぎるイメージ有りますし……キチンと真ん中に立ってる空木さんはカッコイイですよ」
それなりに大声で喋ったからか、ずれた仮面を直しながら紀美は一息つく。彼女の持論を、空木は静かに聞いていた。
「言うね。紀美ちゃんは」
「……すみません、熱くなりました」
「なんで謝るのさ、むしろありがとう」
「んぇ」
「なんだか体が軽くなったよ……ま、いいや。今回の件は忘れようかな……一応こっちの身内に死人とかは出なかったんだし……」
食事を半分ほど摂って、空木は横になる。紀美は言い過ぎたと思っていたが、一先ず怒られることは無さそうだと胸をなでおろした。そして連絡があったのを思い出し、口を開く。
「あ、そう言えばもうひとり守護悪魔の方がこっちに来るそうです」
「……えっ、嘘、もう5人ぐらい居るのに?」
「センパイが大怪我したから補充人員ですよ。と言っても序列3位の方が来るそうですけど」
「さ、3位!?」
「めちゃめちゃ強い方らしいです。あと、上の人は空木さんにかかってた負担が大きかったのを反省してるとか。退院したあとは別の方が追加で来るみたい」
なんか知らないところで凄いことになってないか。空木は内心で冷や汗をかく。ちなみにこの序列という番号は1から20まであるが、エイムが10、空木は12、紀美は14だ。簡単に言うと、この数字が少ないほど仕事のできる悪魔という指標となる。「3位」ともなるとかなりのやり手だ。
呆けていた空木へ「とにかく」 と紀美は続ける。
「怪我が治るまでは入院しててくださいね……みんな心配してましたから」
「………うん」
「空木さんが退院できるまでは私が同じポジションで動くことが決まったんで、まゆみちゃんに関しては安心してください。私なりに精一杯あの子を保護します」
「うん……お願い」
「ホント、もう無茶はやめてくださいね? 手当してるとき凄い心臓に悪かったんですから」
お食事、お昼まで置いておきますから。紀美はそう言い残して、病室を後にした。
クソ長シリアス終わり!! 次回はアンケートでも好評のドタバタコメディを頑張るぞ
見たいお話の大まかなジャンルをお選びください。1番多いやつがフワッと増えます。
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