その街はごった煮の様相を呈している   作:オラクルMk-II

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思いの外早く書き上がったので投稿しておきます。


フェレス・ザ・クレイジードライバー〜その3

 

 

 店頭に並んでいる中古車の群れをすり抜けて、空木は自動車ディーラーの横、シャッターの開いていた工場の中に車を停める。降りると、待っていましたとばかりに、つなぎ姿の1人の整備士が近寄って来た。

 

 西本 椿(にしもと つばき)。今回協力を要請した、彼女がこの店に預けている車の専属整備士である。

 

「2ヶ月前のオイル交換ぶりですね。また変な事に巻き込まれてるんですか?」

 

「あぁ、とうとう私についてわかってきたねツバキくん(笑)」

 

「なんも嬉しくないですよ……車は用意してあります。ガソリン満タン、いつでも発進して問題ありません。コイツ、ちょっとズラしますヨ」

 

 時刻はおよそ7時。店の営業時間は過ぎており、ガレージ内では勝手に工場設備を使って、自分らの車を弄ったり洗ったりしているスタッフが目立つ。

 

 自動車整備士なんて忙しいって聞くけど、ここの人らはみんなイキイキのんびりしてるよな、なんて思っていると。空木の乗ってきたワゴンRを邪魔にならない場所に停め直してから、ツバキが走って戻って来た。

 

「アレ引っ張り出すってことは、また何か追いかけるんですよね。今度はミサイルでも追うんですか?」

 

「違うよぉ、ここ最近町に出没するようになったオープンカーのロールスロイス知ってる? それ運転してるヤツをとっちめたいんだ」

 

「あぁ、例のロールス·ロイス·ドーンだっけか。空木さんが出張るって事は、やっぱり迷子犯罪者なんですか?」

 

「うん。しかもこっちに引っ越してきたばかりの女の子が人質にされてる。タイムリミットは多く見積もっても明後日の明朝。時間がないから急がないと」

 

 行方不明者と言うのは、発見まで日数を経れば経るほど、生存率が下がるというのは有名な話だ。一応、その姿を見つけたとはいえ、マユミに捜索願が出されて今日でもう3日目になる。一般的なデッドラインとされている5日目までに決着をつける。空木が急いでいる理由だった。

 

 空木の言うことに、そうですか、と淡白な返事を返し、ツバキは移動しながら彼女から調べるよう言われていた事の資料などを手渡す。

 

「エイムさんがアサルトライフルで撃って何とも無かったんですよね。心当たりはあったんだけど、少し調べて確信しましたよ」

 

「というと?」

 

「たぶんランフラットタイヤですねそいつ。装甲車とかに使われてるパンクしないタイヤです」

 

「パンクしないタイヤ!? そんな物あるんだ。」

 

「えぇ、最近だと高性能スポーツカーとかも履いてますよ。ロールスなんかになれば、付けててもおかしく無いですね」

 

 紙をめくってそのランフラットタイヤなるものの諸元を見る。専門用語が沢山並んでいるが、なるほど、確かに軍用車などに使われる頑丈なタイヤらしい。歩きながら、ツバキは今度はロールスロイスについて話す。

 

「今ケータイでちゃちゃっと調べてみました。まぁどうせ普通の車じゃないでしょうから、これから言う事は気休めかも知れませんが」

 

「ありがと。私は、ツバキくんのそういう真面目なところにいつも助けられてるよ」

 

「ドーンはV12気筒、まぁ簡単に言えばこの日本で普及している普通車の、単純計算で3倍のデカさとパワーのエンジンが乗ってます。なんせ重さが約2.5トンとかありますからね、心臓部もパワフルですよ」

 

「ふーん、けっこー速い車なんだ」

 

「そりゃ、スーパーカーとかに比べれば遅いでしょうけど、普通のコンパクカーとかじゃお話にならないでしょうね。ましてや実用性に割り振ったトールワゴンの軽自動車なんかは」

 

 返す言葉もございません。空木は心中で呟き眉間にシワを寄せた。難しい顔になる彼女の心境を気にせず、彼は続ける。

 

「ぺったりとアクセル床まで踏むと、4〜5秒ほどで時速100kmまで出せるらしいです。オマケに乗り手が上手と来たら、普通には追い付けないでしょうね」

 

「……預かってもらってたこの子で、追いつけますかね」

 

「五分五分、じゃないでしょうか。私に言わせてもらうと、山で追いかけっこするなら充分に勝機はあると思います」

 

 2人が喋りながら歩いていると、目的の物が見えてくる。

 

 半年ぶりぐらいだな。空木は眼前にあった車を覆っているブルーシートを勢い良く取り払った。

 

「いつ見ても、異質ですよね。この車って。ベッタリ低くて、速そうな……だけど、当時としては安くて」

 

「別に何とも思いませんよ。私みたいな無頓着な悪魔は、道具には機能性以外求めてません」

 

「貴女らしいですがね。ホント」

 

 カバーの下から現れたのは、「12」番のゼッケンを3箇所に纏った、黄色一色の、地べたを這うようなスタイルで車高が低い車だ。おまけに運転席にはドアが無く、大型のリアウイングが装備されており、異質な雰囲気を漂わせている。

 

 

 ロータス·ヨーロッパ。それも、以前、空木が仕事の都合で助けた人物から譲り受けた、他の車のエンジンを移植し、レース用に改造された車だった。

 

 

 重さは並の軽自動車よりも軽い600kg程度、心臓部に250馬力程度のエンジンを。そして、内部はほとんどが現行モデルの車の部品に交換された、見た目だけがクラシックな皮を被った「元」レーシングカーである。

 

「あまり無茶はしないでくださいね。悪魔ってのがどれぐらい頑丈なのか知りませんけど、こんな安全装置も少ない車、事故なんて起こしたら大惨事ですし」

 

「しないよ、私なんて別に運転うまくもないし。どちらかと言えば今回頑張ってもらうのはエイムくんの方だしね」

 

 軽量化のために軽い部品に交換され、オマケに開かなくなっている普通の車ならドアの部分を跨ぐ。「乗るのは本当に面倒だし、慣れないな……」 遠慮なく、ボディやらサイドミラーやらを蹴飛ばしながら、空木はコクピットに収まった。

 

「空木さんぐらいですよ、こんなの乗っててそんなぞんざいな扱い方するのは」

 

「でもそういうほうが好きでしょ? 私別に車に傷なんて増えたぐらいじゃ気が付かないし気にもしないし」

 

「整備士としては楽なお客さんなのは間違いないです」

 

 クラッチを切ってスタートスイッチを押し、エンジンに火が入る。スポーツカーにしては控えめな音を出すのが、空木は何となくこの車が好きなポイントの1つだったりした。

 

 いつも乗りなれている車と比べて一気に下がった目線に違和感を覚えるが、我慢して発進させる。ゆっくりと半クラッチで進みながら、彼女はツバキへ声をかけた。

 

「早ければ明日·明後日のお昼にワゴンR取りに来るから」

 

「そうですか。では、ご武運を」

 

「うん。いつもありがと。」

 

 ドアハンドルを回して、手動で窓を閉じる。大きなため息を吐きながら、空木は自宅へロータスを走らせた。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 時間通り、だな。娘さんが大切なら当然か。昼の12時を指す腕時計と、目の前にやってきた勇のゴルフを交互に見ながら、空木は深く息を吸う。

 

 今日は土曜日だから、彼は休みだろうかと連絡を取ったところ、すぐにでも会えると聞き。彼女は勤め先のコンビニを待ち合わせ場所にして、彼と落ち合った。

 

「お待たせしました、空木さん………あの、その車は?」

 

「困った時の私の秘密兵器です。まぁ、時代遅れのボロ車ですけどね」

 

 ゴンゴン、とFRP製のボディを小突きながら言う。件のロールスロイスに負けず劣らずの変な車なので、彼は興味がありそうな様子だ。

 

「連絡しました通り、あのロールスロイスの女がマユミちゃんをさらったと見て間違いないでしょう。貴方には、アイツをとっ捕まえる手伝いをお願いしたくて」

 

「手なんていくらでも貸します……私の大切な一人娘なんですから」

 

「……なら、話は早いです。今から説明しますね」

 

 2日前にフェレスを見つけた、町からほど近い山を指差し。空木はこれから彼にやって欲しい事を伝える。

 

「あの山全体に魔法をかけます。手伝ってもらえませんか?」

 

「…………………はい?」

 

 答えを聞く前に彼女は動く。なれない手付きでピンを抜き、プラスチック製で、ぽよんぽよんたわむロータスのボンネットを開ける。勇が覗くと、中の収納には、大量の札束みたいな物がぎっしりと詰めてあった。

 

「ここに私がかき集めてきた魔法の札があります。時間がありません、指定した場所にそれぞれこれを貼ってきて欲しいんです」

 

「私と空木さんの2人だけ、なんですか?」

 

「えぇ。あの車のドライバー……フェレスという女なのですが、警察にマークされてるんです。あまり大掛かりな動きをしているとバレたら面倒なことになる……万一、姿を消されたら助ける手段も無くなる」

 

「そう、ですか……」

 

「どういうわけか、やつは峠道をドライブするのが趣味みたいでよく出没するそうです。決着は今夜、それができないなら明日の夜がラストチャンスになります……このロータスヨーロッパで、私がケリをつけてくる予定です」

 

「……わかりました。では行きましょう」

 

「……。えぇ!」

 

 呪文の書かれた紙束を300枚ほど、勇に手渡す。続いて先程コンビニで印刷した地図帳のコピーを渡して、説明を続けた。

 

「前は車の差で振り切られてしまったのですが、今度はこの車で相手を追いかける予定です。指定のポイントまで追い詰めたあと、エイムに頼んで対象に事故を起こさせる手はずになっています」

 

「事故、ですか……」

 

「言いたいことはわかります。マユミちゃんの身の安全ですよね……これもなんでかわかりませんが、この女は行方不明者を助手席に乗せてますから……」

 

 でも、だからこそ、これからの仕込みです。空木は言う。

 

「ダイラタンシー流体、ってわかりますか? 普通に触ると液体だけど、一定の速度を持った物が触れると固くなるアレです。端的に言うと、それの逆の性質を付与します。一定の速度を「超えた」物体が激突したとき、対象が「柔らかくなる」魔法がコレです」

 

「……………! なるほど!」

 

「えぇ、だからわざわざ追いかけて敵にある程度のスピードを出させる必要があるんです。あとはまぁ、その……私がミスをした場合の保険もありますが。」

 

 暗に事故るかも、などと遠回しに空木は言う。少し勇の表情が曇ったが、気にせず彼女は車に乗り、口を開いた。

 

「私については大丈夫ですよ。面倒事は慣れてますから。さ、行きましょうか」

 

「えぇ」

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 ローカルラジオ放送に耳を傾けながら、鼻歌交じりにフェレスは愛車のロールスロイスで山道を登っていく。

 

 数日前に気が付いたら合田町にいて、ここはどこだと困惑したものだが。生来の楽天化であり、おまけに無自覚で悪事を働くような、空木とはまた別の世界の悪魔であった彼女は、ココはなかなか快適な犯罪ライフを送るにはいい場所だと思っていた。

 

 まだ面と向かって会ったこともない空木から、彼女はその正体を見抜かれていたが。町の行方不明者を量産していたのは、この、フェレスという女だ。

 

「ねーぇ、マユミちゃん」

 

「なんですか。家に返してくれるんですか?」

 

「いーや? 安分守己(あんぶんしゅき)ってことわざをご存知かな?」

 

「……身の程をわきまえて、高望みをしない事。」

 

「御名答。キミは若いのに賢いね」

 

 きれいに舗装された道に、高級車の中でも上位に位置する車が走っているわけで、車内に揺れなどはほとんどない。オープンカー特有の風切り音などはあるが、普通の車なんかとは比べ物にならない快適性にも、マユミは気に入らないと不機嫌そうに外を見る。

 

「いつかキミは、この車に魔力を吸われて死ぬ。生殺与奪の権はつまり私が握ってる……わかる? マユミちゃんの命はいつでも、蝋燭の火を消すみたいに私はどうこうでき―――」

 

「無駄にポエミーなのやめませんか? 例え話とかすごく貴女は下手ですよ」

 

「あはは、手厳しいね!」

 

 フェレスの車、真紅のロールスロイスドーンは、「こちらの世界」にもある車に酷似していたが、非常によく似た別の車と言えた。

 

 彼女の元いた世界では、魔力を燃料に動く車が普及していた。これもまたその仲間だったのだが、ひとつ、この乗り物にはある「欠陥」がある。

 

 言い換えれば乗っている人間やらの生命エネルギーが燃料なのだ……つまりは、乗り続けていると、やがて精気を吸い尽くされて死亡するのである。そんなだから、法的に厳しく取締があった乗り物なのだが、こちらにはそんな物は存在しないと知り、フェレスはやりたい放題やっていた。

 

 「殺さないんですか、あの男の人達は」 何気なしに言ったマユミに女は反応する。

 

「殺しはしないよ。キミとおなじく、彼らは大切な「ガソリン」だ」

 

「……嘘付いてるんですか?」

 

「何の話?」

 

「大切なガソリン、って言ったところです」

 

 苛立ちを声に含ませて、マユミは言う。

 

「フェレスさんは、人を殺すのが怖いんだ。犯罪に手を染めたはいいけど、亡くなった人の痕跡を消したり、警察や空木さんから逃げる算段がないから、結論を後回しにしてる」

 

「……………ふふ、空木さん、ねぇ。君の言う気の良い悪魔とかって話だけど―――」

 

「質問に答えてください」

 

 マユミの言うとおり。フェレスは、行方不明者の3名を、間借りして自宅の代わりとする廃墟に監禁して生かしていた。だが、彼女はしょうが無いなぁ、と無理やり話題を変える。

 

「マユミちゃん、キミはすごいよ。私のようなのに臆せず物を言うし、差し出された物をすんなり食べたりして度胸がある。でも、状況への判断力ってものには、疑問を覚える」

 

「なんで、でしょうか」

 

「言ったでしょ、キミの命は私の手の上。ここで私が気を失って、事故を起こしたり、気まぐれでダッシュボードから出した銃で君を撃ち殺すこともできる。まったく、さっきの「安分守己」にのっとった行動じゃない」

 

「………………。それって、別に貴女の行動指針というかなんかであって、私がやる必要ない事です」

 

「ふふ、あはは! ほんと、元気で活きがいいね、この世界の女の子は。」

 

 頬杖をついて余裕たっぷりにハンドルを握る女は、誘拐した女子高生との会話を肴に優雅にドライブを楽しむ。山頂を超えて、道は下りに入った。

 

 「私に言わせてもらうと―――」 じっとフェレスの事を睨みながら、マユミは言う。

 

「安分守己「じゃない」のはフェレスさんのほうじゃないんですか」

 

「んぇ、なんでさ?」

 

「分不相応な犯罪をして、処理に困ってるからです。よせばいいのに、誘拐なんてするから」

 

「あはは、まだ言ってる! だいたいさ、その空木って悪魔のことも眉唾だよ。そんな気のいい悪魔が居るもんか」

 

「……ますよ」

 

「ん?」

 

 両目を涙で潤ませながら、マユミは口を開いた。

 

「空木さんは来てくれます。私を助けに。私はあのお姉さんのココアの味を信じてます」

 

 その時だった。フェレスは、後方からジリジリと距離を詰めてくる車がいるのに気がついた。

 

 車内の時計に目をやると、時刻は午後の9時頃だ。最近気に入ってここによく来るが、この時間帯はあまり車通りもない。走り屋みたいなのも居ないのは知ったから、こんな動きをする車は不自然だ。

 

 少しアクセルにかける力を強める。強大なパワーを秘めた心臓部は、静かながらもその力をタイヤに込め、ロールスロイスの速度は上がっていく。

 

「…………ふん。これで離れ……て……!?」

 

 道幅も広く、鋪装されているとはいえここは峠である。時速100kmも出せば普通の車は離れる。でもどうだろうか、後ろから来ていた車は離れるどころかどんどん差を縮めてきている。

 

 この世界に迷い込んできて初めての事だった。運転技術に自身のあるフェレスの腕と車の能力が組み合わさり、追いかけて来るような車は大方簡単に振り切れたものだ。それが今日、初めてこっちの運転に付いて来るものが現れた。気になった彼女はあえて速度を落とす。

 

 パトカーか、それとも暴走族? 気になったのはマユミも同じだったらしい。助手席で身を捻って後ろを見て―――マユミは、思わず声を上げた。

 

「あ、あ、あぁ……!」

 

「何さ、何を見つけ」

 

「空木さんだ……やっぱり、来てくれたんだ……!!」

 

「なっ!?」

 

 件の悪魔が!? とっさにフェレスも後ろを振り返る。

 

 外灯も多く、明るい場所だったので、一瞬でも追跡車はよく見えた。地を這う低い車体。黄色のボディカラーを彩る、12番のゼッケン。クラシックカー好きなら知っている。自分の世界にもあった旧型の車―――悪魔(空木)の駆る、ロータス·ヨーロッパの姿がそこにあった。

 

「ろ、ロータス·ヨーロッパですってぇ!?」

 

 声を張り上げて叫ぶ。今から、少なくともフェレスの世界では、50年はくだらないぐらい前の時代を走っていた車だ。普通に考えて、現行型のハイパフォーマンスな高級車等とは勝負にならない。……「普通」なら、だが。

 

「いい度胸だね……あんなオンボロ車で私に追い付こうだなんて……」

 

 どんなのが来るかと思えばクラシックカーか。ロールスロイスと並ぶことすらおこがましい。フェレスはにやけながら、ステアリングを握り込んだ。

 

 

 

 

 




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