居たな、やっぱり。それにマユミちゃんも乗ってるし。空木は眼前に広がる、目に痛いほどの赤を放つ車を睨みつける。
泣きそうな顔でこっちを見てきたマユミの顔に、遅くなってごめん、
と独りごちる。今すぐにでも、そんな女はとっちめたげるっ。アスファルトの細かい凹凸でカタカタと物音をたてる車内の中で、彼女は真顔になった。
ふと、瞬きした間に突然相手の車は加速を始めた。点と点を結ぶような動きに、空木はやっと来たかとシフトノブを2速に入れる。
「上等……!」
グン! とペダルに力を込めた途端、発生した異常な加速力でシートに体を押し付けられて、彼女の口からうめき声が漏れる。
久しぶりに全開まで飛ばすとやっぱりくるな……。速度が乗っているだけに、曲がるたびに脇腹に何か押し込まれるようなGに顔を歪める。だが、今のにすぐに追い付いてきたのがよっぽど驚いたらしい。このとき空木は、前の車の女がバックミラーをチラチラ2度見しているのが見えた。
「前みたいにはいかない……逃さない……!!」
山にかけた魔法のおかげで、最悪事故を起こしても無事が保証されていると言う事が空木に多少の余裕を持たせる。臆することなく、彼女は猛然とロールスロイスを追いかけ回す。
山全体にかけた魔法の発動条件は「時速70km以上を維持」すること。現時点では有にそんなスピードは超えているので、相手の方もクラッシュして問題はない。だがこの魔法にはもう1つの効果がある。それは、「速度が高ければ高いほど、ぶつかった場所が柔らかくなる」という物だ。マユミの身を案じる空木としては、出来うる限り追い詰め続けて、相手にもっともっとスピードを出してもらう方が都合が良い。
「んぎ·ぎ·ぎ·ぎ…………!!」
軽すぎる車体に、有り余るパワーユニットの出力で飛ぶような加速を見せるロータスに。恐怖と乗り心地の悪さで、空木はコーナーを曲がる度に顔を引き
綺麗だった舗装路も終わる。凹凸の激しい路面を跳ね回り、コンマ数秒ごとにアスファルトから剥がれて、操舵の効かなくなる車を御しきるのにいっぱいいっぱいで、彼女はびっしゃりと汗で背中を濡らした。
もう嫌だと思っていても、ここは曲がりくねった峠道。気を抜く暇を与えられず、空木の目の前には曲がり角が猛然と迫る。
「こなクソォ……!!」
ガン!とブレーキをかけて急制動し、クラッチを蹴飛ばしてシフトレバーを1速へ。40km程度まで下げた速度が、エンジンの猛烈なトルクで一気に加速がかかり、また100km巡航の世界に引き戻す。相手も速いだけに、追従するためには、慌ただしくシフト操作と舵取りをする必要があった。
ンバアアアァァァァ!!!! 車体後方からの、耳をつんざく音にますます空木の機嫌は悪くなる。
むりやりレッドゾーンまで引っ張ってシフトチェンジをする都合上、吹け上がったエンジンの音は車内に激しい主張をしていた。メーター読みでは10000回転を有に回っており、今にもバラバラに壊れそうな嫌な音が鼓膜に飛び込んでくる。
「うわぁっ!? っとぉ、あぶなっ……!」
旋回性能に全て割り振ったような操作性もまた、空木の集中力をガリガリと削っていく。少しハンドルを切りすぎたぐらいなのに、鋭くこの車はイン側に切り込んで壁へ突撃を始めるのだ。修正で反対に切って難を逃れて……そんな綱渡りのようなドライブを満喫させられる。
御老体の車体に強引に汎用部品を組み込んだ無茶な改造とはいえ、さすがは元レーシングカー。前に振り切られたワゴンRとは比べるまでも無く、フェレスと善戦できていた……といっても、あまりにもピーキーな操作性に、刻一刻と空木の体調にはダメージが入っていたが。
しかし相手も消耗してきているのを彼女は察する。煽られているのがよほど気に食わないらしい。さっきまでは余裕が見えたのが、段々とフェレスの運転が荒くなっていく。スムーズだったはずなのに、曲がり角のキツイ場所ではテールを振ってふらついているのだ。
暴れ馬にしがみついて必死に食らいつく空木は、大変だとは思っていたが……何としてでも父親の思いを届けるべく、使命感でハンドルを握る。対照的に。このとき、フェレスは激しい焦燥感に駆られていた。
「なんで、なんでよ!? 離れない!!」
「余裕……なさそうですね……」
「うるさいっ!」
当然ながら、彼女は背後の追跡者が歯を食いしばって無茶をやっているなんて事は知らない。逃げても逃げてもピッタリと車間を詰めて来るという事実だけが重くのしかかり、強烈なプレッシャーがフェレスにストレスを与える。
つづら折りみたいだったヘアピンカーブが終わって、長い直線に入る。後ろの空木はホッと一息ついていたのだが、フェレスはにんまりと口を歪め、ハンドルに付いていたスイッチを押した。
「舐めた真似をしてくれたわね。死になさい……」
「!?」
いきなり機嫌が良くなったフェレスにマユミはなんだと思う。カチリ、と何かの機構が動作する音を聞く。すると、ロールスロイスに付いていた電動ソフトトップが外れ、部品が後方へと弾き出された。
「おわぁっ!? な、何する気!? コイツっ……!」
冷静なハンドルさばきで空木は飛んできた部品を避ける。サイドミラーを1つもぎ取って行った相手の車の屋根に、ヒュウ、と口笛を吹いた。そして前に向き直った彼女の目に、嫌なものが映る。
「ジョーダンきついなぁ……」
一体何を相手するつもりなのだろう。赤いロールスロイスのトランクが開いて出てきたのは―――ミサイルか何かが取り付けてある発射台だ。
絶対こっちに向かって撃ってくる。そう思った空木はすぐに行動に移る。幸い、走っていたのが長い直線だったのを良い事に、彼女はトラブルを見越して持ってきていたサブマシンガンを持つと。その腕に筋力増強の魔法がかかる御札を貼り付けて、片手で引き金を引いた。
「わあぁぁぁ!? な、何が優しい悪魔よぉ!!」
いきなり雨あられと飛んできた銃弾にフェレスは悲鳴を上げる。マユミの方はというと、全て空木に任せて、じっと身を屈めて黙っていた。
「こっ、殺してやる! このポンコツがぁ!!」
フルオートでマガジン1つが無くなるまで撒かれた弾丸は、土台についていたミサイルを2つほど壊すか外すかで無力化した。空木は落ちてくるそれらを避け、弾の無くなった銃を捨てる。完全に頭に来ていたフェレスは躊躇なく残りの弾頭を発射するボタンを押した。
もうもうと白煙を巻き上げて弾頭がこちらに来る。息を止めて、空木は襲いかかる一発の凶弾を回避した。
「やったぁ!!」
ドアを掠めて飛んでいったミサイルに思わずガッツポーズをした……その時だった。
通り過ぎていった飛行物体から、眩い閃光が放たれる。なんだ? そう思ってミラーに目をやった空木は、そこに写る物体に顔を白くした。
てっきり爆発しただけかと思ったのが、ミサイルは後方で分裂し、糸コンニャクか何かみたいな白煙の軌跡を
多弾頭ミサイル!? 軍隊じゃあるまいし!!
心の中では悲鳴を上げてこそいても、逃げる。そんな選択肢は空木に無かった。意を決して、彼女は濃密な弾幕に追いかけられる事を選ぶ。
「あっはははははぁ!! バラバラになりなさいなぁ!!」
「…………。ま、なるようになる……か!」
こちらが死ぬのは時間の問題だとでも思ったか。前方を行く車から、女が高笑いしているのがここからでも聞こえてきた。笑っていられるのも今のうちかもよ? 空木は冷や汗をかきつつも、笑顔を絶やさずアクセルに力を込める。
轟音と共に殺到してくる火薬の雨に対して、空木は車体を蛇行させることで対応した。右に左にハンドルを切る彼女に、ロータスは素直に従い、クイックな切り返しで応えてくれる。爆風と熱波に押されて、更にどんどん加速をつけた車は、フェレスの車のバンパーをプッシュする寸前まで鼻先を詰めた。
「は、張り付かれた……??」
自分の勝利は揺るがないと思っていただけに、フェレスへかかるプレッシャーは尋常ではない。めちゃくちゃな動きでミサイルを避けながら背後につけてくる空木に恐怖を覚える。しかもここまで近寄られるとまた別の問題に直面する。弾頭はこのロールスロイス以外の熱源を追いかけるように設定してあるが、いくらなんでもここまで近いと、自分の撃ったものの爆発に巻き込まれかねない。
「こ、これ以上来ないで、近づかないでったらぁ!?」
「!!」
最低限の減速だけでカーブを曲がり、どうにか差を離すためにフェレスはもがく。ちょうどその時、タイヤの辺りに一発が着弾し、ロータスヨーロッパは大きく姿勢を崩した。
くじけずにまた無理やり舵を切って車に言うことを聞かせる空木だが―――彼女は頭上と、更に横から迫ってくるミサイルを見る。今のアクションで少しとはいえ減速した車に、残りの弾が追い付いてきたのだ。
(道路上に逃げ道は無い。右の崖からはミサイル、レブ当たってるから、上からのやつは加速して振り切れる感じでもない)
冷静に。思考に割り振れるリソースで空木は考える。
「そぉ、れっ!!」
勢いをつけ、空木は思い切り左にハンドルを切った。
乗り手の意思を正確に反映し、異常な速度で切り立った崖へとロータスは突っ込む。バカだ、避けそこねて事故るだなんて。バックミラーで後ろを見ていたフェレスはそう思っていたが―――
「なっ……なんですって!?」
空木は事故など起こさなかった。スピードさえあれば山の地質が柔らかくなる魔法の効果も
が、やはりそんな場所を走ってただで済むワケもなく。ガリガリとアンダーカバーを砂利で削りながら、揺れまくる車内で空木は必死にハンドルを握る。
「あばばばばばばばば!!」
『空木殿、大丈夫でござるか? さっきからなんだか、何か壊れそうな音ばかりこっちに聞こえてくるでござる』
「わッ、かってるッ……よォっ!!」
ほとんど垂直に切り立っている場所を走破しながら、空木は下で待つエイムに言う。無線機越しにも聞こえるエンジンの悲鳴と爆発音が気になったらしい。
常軌を逸した起動で逃げたロータスを追い切れず、残りのミサイルは道路やガードレール、彼女が通り過ぎた崖に殺到する。
「やった、抜けた……!!」
後方では軽い土砂崩れが起こったりしたが、空木は辛くも危機を切り抜ける。もうもうと土煙を巻き上げながら、彼女は乗車を道に戻すべく舵を取った。
「う、嘘よ……」
プロのレーサー並は言い過ぎかもしれないが、フェレスは自分の運転技術に自信があった。車だって高性能な愛車を持ち、事実、「こちら側」で追い付いてこれるような者は居なかった。
だが、結果はどうだろうか。旧式の車に追い詰められて、しかもそのドライバーはマイクロミサイルの雨を全部避けきってまだ追いかけて来る。彼女にしてみれば「あり得ないこと」が背後で起こっているわけで、頭がおかしくなりそうな気分だった。
フェレスが放心状態で運転している事など露知らず。尚も逃げ続ける敵に、空木がしつこく追跡をする最中、また、エイムから通信が入る。
『空木殿。発信機で貴殿の場所を確認したが、ここまでの追い込み、ご苦労でござる』
「え、エイムくん頼むよォ!! もう流石に余裕ない!!」
『任せろ、でござる。とっておきの秘密兵器で狙い撃ちでござるよ』
「秘密兵器?」
なんだそれ? 何故かこのとき、空木は腹の中にモヤモヤしたモノが渦巻く感情を抱いた。
ツバキから聞いた特殊なタイヤがあるので、銃撃は効かない。調べればロールスロイスなんて車は、鉄板も分厚く、ボディに穴を開けるのも現実的ではない。どうにかそれらの条件をクリアして、相手に事故を引き起こさせる様な狙撃をお願い。今回の空木のエイムへのオーダーはそんなものだ。
一体何をする気だろう? 何だか嫌な予感がして、思わず、追っていた車との車間距離を離す。
結果的にこの行動は大正解だった。
「う、嘘だ……ありえない……私とドーンが負ける……ルーザー……?」
「あ、あの……フェレスさん前……」
うわ言のように何かブツブツと呟いている女の隣で、マユミはライトで照らされる景色の先に誰か立っているのを見つける。背中から翼が生えている特徴的なシルエットから、彼女はそれがエイムだと言うことに気が付いた。
見えなかったほうが、フェレスやマユミには幸せだったかもしれない。更に後方の空木もまた、赤い車の先に立つ人物が何をしているのかを見てしまった。
ガードレールの先に、何か構えていたエイムを確認する。何を持っているんだ? 余裕が無い中でよく目を凝らしてみる。
彼が構えていたのは、戦車なんかに向けて撃つようなロケットランチャーだった。
「お·るぼわー、でござるよ! ろーるすのご令嬢」
「「ふっざけんなこのおおおおお!!!」」
奇しくもこのとき、空木とフェレスは全く同じ叫び声をあげた。
隣に救助対象乗ってんのよ?? 何してくれちゃってんの???
大爆発と共に吹っ飛んでいったロールスロイスに、空木は目を剥く。さらに嫌な具合に、それを追いかけてきた彼女にも爆炎は襲い掛かってきた。
「魔砲の二十七式·拒絶ぅぅぅ!!」
南無三!! 一か八か、空木はロケットランチャーの爆風から逃げるために、外から出した腕を路面へ向け、魔砲を撃った。
手のひらから一点集中で魔力を開放し、反発力を得るこの呪文により、彼女は乗機と共に空高く打ち上げられる。
「大丈夫だよな、大丈夫だよね?? 私死なないよね???」
宙を舞い、無重力状態の車の中でシートベルトを締め直し、指を組んで空木は祈る。
幸い、最低限の勢いが付いていたのが彼女を助けた。
吹き飛ばされたロールスロイスと同じく、山にかかっていた魔法のおかげでロータスヨーロッパは何度か地面をバウンドし、軟着陸に成功する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
激しい動悸に吐き気まで覚えるが、空木はいそいそと車の窓から
軽い身のこなしで緩やかな壁を降りると、ボディの所々が炭化している車に駆け寄る。
やはりただの車では無いのか、あんな大爆発に巻き込まれておきながら、この車は乗員を守り抜いていた。ドライバーのフェレスは白目を剥いて気絶し、隣のマユミもぐったりとしているが、目立った外傷が見られない。嬉しい誤算だ。
「マユミちゃん……マユミちゃん! 聞こえる! 大丈夫!?」
「んん……ぅん?」
一時的なショックから意識を飛ばしていたのか。体を揺すぶると、マユミは目を覚ます。
「う、つぎ……さん?」
「良かった……本当に良かった!!
「バカとは誰でござる」
「お前じゃいこのオタンコナス!!」
耳元で大声を出されて、マユミは寝惚けていたのから覚醒する。背筋を伸ばして震えていた彼女に、慌てて空木は弁解した。
「ご、ごめん取り乱しちゃって。怪我とかは?」
「だ、大丈夫です!」
「そっか。とりあえず降りようか、今通報したから、ソイツ目掛けてお巡りさん来るからさ」
ドアロックを解除して、ふらふらとマユミはロールスロイスから降りる。隣で伸びているフェレスに手錠をかけている空木に口を開く。
「その、空木さん……ありがとう、ございます!」
「…………何がさ?」
「えっ……あっ、あの、助けていただいて……」
そこまでマユミが言ったとき。空木は笑いながら、人差し指で彼女の額の中心を小突いた。
「ふぇ?」
「もぅ、おバカさん。そんな事は言わなくていーの。」
「でも……」
「子供を守るのは大人の義務だよ。それに、お礼を言うべきは君のお父さんのほう。」
「お父さん?」
「うん。心配してたよ。捜索願も出して、真っ先に私に連絡くれたし。大切にされてるんだね、マユミちゃんは」
「………………!」
ココはエイムに任せて、車があるから帰ろう。そう言う空木に従って、マユミは歩き始める。
ひとまず、事件解決、か。あまり事故現場が離れていなかったのもあり、すぐに停めていたロータスのところまで着く。前に喫茶店に来たときとは違う車に、マユミは興味津々だ。
「わぁ〜……」
「ごめんね、こんな変な車で。乗り心地も悪いし、うるさいし、エアコンも無いし」
「かわいいです!」
「ん!?」
予想外の答えに空木は言葉に詰まった。マユミはなんのためらいもなく、黄色い車のドアを開けて中に乗り込む。
目をぱちくりさせながら、空木も窓を潜る。エンジンを掛けると、やはり、今の車じゃあり得ないようなうるさいアイドリングの音が車内に響いた。
「わぁ〜……!」
「どうしたのさっきから」
「なんかかっこいいです!」
「そーぉ? ウルサイだけだと思うけど……」
先程とは打って変わり、静かに山道を下り始める。硬いサスペンション、防音素材が剥がされた内装、経年劣化でキシむ各部……色々とストレスが貯まる要素満載な車なのに、マユミはなんだか楽しげだ。
「な、なんともないの? マユミちゃん」
「…………?」
「変な話だけど、さっきまで乗ってたあっちの車のほうが乗り心地とかは良いと思うんだけど……」
気を使って言った空木に。マユミは噛みしめるように、反論をした。
「私は、空木さんとお父さんの隣が、一番居心地がいいです。」
「…………さいですか。」
なかなかガンコちゃんだね、この子は。小石を乗り越えたぐらいで大きく揺れる車に連動して、空木とマユミの体も揺れる。
隣の女の子の発言に。空木は、まぁ、悪い気はしなかった。
重くなりすぎないようにギャグをぶちこむのが俺の流儀。
見たいお話の大まかなジャンルをお選びください。1番多いやつがフワッと増えます。
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ドタバタコメディ
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ギャグバトル
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