トレーナー、仕事辞めるってよ   作:TE勢残党

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 オリ主の介入により、アニメ版・アプリ版とは各チームの構成や戦績などが変更されていることがあります。
 予めご了承ください。


プロローグ

"楽して金を稼ぎたい"

 

 皆そう思っている。ただ、普通は叶わないので、どこかで折り合いをつけて働いているのだ。少なくとも、俺はそう思う。

 

 そこで俺が考え出した人生設計は、さっさと一生分稼いで引退することだった。楽しくもない労働をさせられる時間を最小限にしようという次善策である。

 

 まあ、中学くらいで皆一度は考えたことがあると思う。かくいう俺も、思い付いたのはそのくらいの時期だった。

 

 だが、俺はその夢を諦めず、同時に「楽するために楽しない」という二律背反を受け入れられる程度に要領が悪かった。

 

 だから俺は、ウマ娘のトレーナーになった。

 

 何せ給料が高い。座学くらいしか能のない俺が手っ取り早く稼ぐなら、これが一番だと思ったのだ。何より、自分がレースに出る訳ではないというのが気に入った。俺が目指す平穏な暮らしに、知名度は障害でしかない。

 

 数年後、試験に受かった。超難関だと聞いてたが、普通に勉強してたら普通に通ったので多分噂が独り歩きしているか、真面目に目指してるやつがあんまり居ないんだろう。

 

 後は早かった。トレセン学園で一番と言われる凄いトレーナーに弟子入りし、専属に昇進し、チームを率いるようになり……やってみると案外楽しかったのもあって時間はあっという間に過ぎ――

 

「慰留ッ! 君はこんなところで終わっていい才能ではない!」

「そうですよ! あなたほどのトレーナーが、こんな……っ!」

 

 退職を申し出た時、秋川理事長とたづなさんの言葉は随分とお優しかった。

 

 11月の15時過ぎである。理事長室の中は、西日が入らず薄暗い。応接セットの上座、高そうな革のソファに腰掛ける理事長の顔は、それ以上に暗く見える。

 

 金持ちの部屋特有の低いテーブルに用意された紅茶には、誰も口を付けていなかった。

 

「買い被りすぎですよ。俺の器も底が割れましたし、最後のウマ娘もトゥインクルシリーズを引退しました。潮時です」

 

 何かと目をかけてくれていた理事長のことだから、こんな反応になるのは薄々分かっていた。だから予定通り、説得を試みる。

 

「最後だなんて……()()()()なら、誰も責めてなんか」

 

「たづなッ!!」

 

 怒号とも、悲鳴とも取れない切羽詰まった声を受けて、たづなさんは即刻黙った。顔に「しまった」と書いてある。庇おうとしてくれた手前俺もフォローしたかったが、今にも泣き出しそうな理事長にビビって何も言えなかった。

 

「……謝罪。だが、今のはトレセン学園の総意と受け取ってくれて構わない」

 

「ありがとうございます。ですが……だからこそ、これが互いにとって最善でしょう」

 

 今俺は、故あって盛大なやらかしをしてしまい、マスコミの総攻撃を受けている。それでも庇い立てしてくれる学園上層部には感謝しているが、現時点で目標だった「一生分の蓄え」は達成できている。

 

 つまり俺の方には、学園に残る理由が特にないのだ。学園側にこれ以上迷惑を掛けないためにも、ここで身を引くのが最善。そう考えての退職願だった。

 

 ……潰してしまった担当に、サイレンススズカに合わせる顔がないというのも、勿論ある。

 

「っ、責任を取るなと言ってるのではない! 世間を見返せと言っているのだ!!」

 

 一度は気持ちを落ち着けた理事長だが、喋っているうちに再びヒートアップしていく。

 

「悲劇ッ! 確かに事故はあった!! だが君の対応は、実績は、決して非難すべきものではなかった!!」

 

 矢継ぎ早に、言葉がぶつけられる。

 

「君ほどの名伯楽が逃げるように引退するなど、私は認めん! 世間が言わぬなら私が言ってやる、君はトレセン学園の星だッ!!」

 

「理事長……」

 

 怒鳴りつける、と形容するには悲痛すぎる叫びを、俺は何も言えずに聞いていた。

 

 何か言葉を返すとするなら……俺はそんなに立派なトレーナーじゃありませんよ、だろうか。信じてはもらえなさそうだが。

 

「マスコミの制御もまともに出来ぬ、無能な私を恨め! 好きなだけ罵ってくれて構わん! だが、どうか堪えてはもらえないかッ!?」

 

 段々語気が弱まって、

 

「……っ、トレセン学園には、君が必要なのだ……!」

 

 一瞬何かを言いかけてから、絞り出すように言い切った理事長を見て……全く揺らがなかったとは言わない。

 

「すみません」

 

 が、俺の意志は変わらなかった。単純に、ここから挽回するのに必要な労力が、得られるだろう報酬に見合っていなさすぎた。

 

 最後だと言うのに、大恩あるこの人にこんな顔をさせる自分には少し失望したが、それだけだ。

 

「っ!! あなたは――」

 

 たづなさんが身を乗り出そうとして、理事長に手で静止される。

 

「確認ッ。意志は固いのだな」

「理事長!?」

 

 何やら覚悟を決めた風な理事長に、俺は短く「はい」と答えた。

 

 数時間に及んだように感じられた面談も、終わってみればせいぜい30分。俺は晴れてアーリーリタイアを達成する訳だ。

 

「惜別。ここを去った後は、どうするつもりだ」

 

「ほとぼりが冷めるまで……そうですね、2年か3年は田舎に引っ込んどきますよ」

 

 実家はマスコミに割れているので、行くのは故郷ではなくどこか違う僻地になるが。所在地を教えたら早晩呼び戻しに来そうなので黙っておく。

 

「幸い、マルゼン達に一生分稼がせてもらいましたから。心配無用です」

 

 生臭い話だが、昔の俺が思い描いた以上に、トレーナーという仕事は儲かった。

 

 勤務医並の基本給に加え、担当ウマ娘が何かするたびにボーナスが出て、大会に勝てば賞金の分け前がガツンと入ってくるのだ。金を使う暇のなかった俺の預金通帳には、軽く100年以上は遊んでいられる額が塩漬けになっている。

 

「戻る気は、ないのか?」

 

 案の定、縋るような目で復帰の有無を聞かれた。

 

 すみません理事長、期待してもらったのに。でも俺はただ、自分の楽隠居のために荒稼ぎしてただけの……クズです。理事長の言うような、革命児だとか時代の寵児だとか、そんな大それたもんじゃないんです。

 

「ありませんね」

「っ……そう、か」

 

 ()()だって相応の末路だと、納得しているんですよ。

 

「一度の失敗で逃げ出す程度のやる気で担当持っても、ロクなことにならないでしょうし。これきりです」

 

 10年に満たない現役生活だったが、もう一生分働いたと断言できるくらいには仕事に()()()()()()()

 

 そう、過去形だ。

 

 他ならぬ自分がこう思ってしまっている手前、やはりもう"枯れた"ということだろう。

 

 それが伝わったのか、理事長は今にも泣き出しそうな顔で、それでも何とか飲み込んでくれたようだ。それ以上引き留められはしなかった。

 

「お世話になりました」

 

「……命令っ。自分の担当したウマ娘達には、直接伝えて回りたまえ」

 

 最後の仕事だ、と言う理事長の言葉を背に、俺は振り返らず理事長室を出る。

 

「ふぅー。緊張した」

 

 閉じたドアを背に、解放感からかつい口走ってしまう。ああいう重苦しい空気は苦手だ。

 

 だが、真面目に仕事をするのも今日で終わり。

 

 最後にケチはついてしまったが、俺は晴れて自由の身だ。

 

 確かに担当のあいつが故障して引退になったのはかなり堪えた。今でもそれに関しては申し訳なさで一杯だ。それ関連でマスコミにぶっ叩かれてるのもまあ、大体合っているので仕方ない。

 

 ただ同時に、「一生分稼いでさっさと楽隠居」という目標のために今まで働いてきたのも本当のことなのだ。

 

 そして、スズカがG1を初勝利した時点で、俺の貯金は目標額に達した。俺の退職時期は、元から彼女のそれと同期していたのだ。後は前もって購入しておいた不動産の管理をしながら遊んで暮らすだけ……という矢先の事故であった。

 

 選手一人潰しておいてこんなことを考えているくらいだから、俺は当然、褒められるべきトレーナーじゃない。むしろ、根っこの部分でウマ娘を金蔓と見なしているクズ野郎である。クズはクズらしく、さっさと消えるのが似合いだろう。

 

 そこの自覚があるから、悪口をうけての感想はだいたい「遂にバレたか」だ。だからこそ――

 

「皆して俺のこと持ち上げすぎなんだよ」

 

 理事長があそこまで庇ってくれるのは予想外だった。まるで俺に凄い才能があるかのような口ぶりだったが、凄いのは俺じゃなく、やりたいようにやらせただけでG1レースをいくつも勝ち抜いてのけた担当ウマ娘達だ。

 

 マルゼンスキー。シンボリルドルフ。アグネスタキオン。ミホノブルボン。トウカイテイオー。そして、サイレンススズカ。あとゴルシ。流石に中央、そこら辺に天才が生えていた。

 

「元々あったものを引っ張り出すのが、そんなに上等かね?」

 

 彼女らは、誇りだ。皆、自分の持てる力を尽くしてそれぞれの夢に突き進んでいた。文句ひとつ言わずに辛いトレーニングをこなし、結果を出した。傍から見ていて、こちらまで熱くする力があった。こんな天才の後押しが出来て光栄とすら思った。

 

 俺は違う。俺は0を1にも、1を10にもしていない。ただ10があったのを見つけて引き出しただけだ。いや、スズカに至ってはそれすらしてやれなかった。

 

「……考えても仕方ないか」

 

 益体もない思考は切り上げて、理事長に言いつけられた最後の仕事について考えを巡らせる。

 

 レース中の怪我で引退になったスズカ含め、全員が既にトゥインクルシリーズを退いている。皆何かと俺を慕ってくれたいいヤツらだ。優秀だから俺がいなくても逞しくやっていけるだろうし、まあ、問題はないだろう。

 

 ……いや中等部のテイオーと怪我で落ち込んでるスズカだけはちょっと心配だな。ルドルフとマルゼンあたりに世話を頼んどくか。

 

 ともかく、俺が辞めること自体は……言ってみれば「卒業した学校の元担任が辞める」くらいの感じだろう。引継ぎ作業は面倒だが、それくらいの筈だ。

 

 現在時刻は……16時前5分か。挨拶だけとは言え、7人に言って回るとなると2日がかりになりそうだ。さしあたり――

 

「ルドルフだな」

 

 生徒会長であり、初代チームリーダーたる"皇帝"に、まずは伝えるべきだろう。

 

 ここでようやく考えが口に出ていたのを自覚して、慌てて口をつぐんだ。

 

(――二人の時は「ルナ」呼びしないと拗ねるんだよなぁ)

 

 

―――――――――

――――

――

 

 

「終焉ッ。"不敗"のアンタレスもここまでだな」

 

 トレーナーさんが退出してすぐ。私……駿川たづなが何も言えずにいるうちから、理事長が吐き捨てました。

 

 最大最強のチームたるリギルに唯一伍する、少数精鋭のチーム・アンタレス。あのトレーナーさんのチームです。

 

 同世代には原則1人しか出さない方針ながら、今まで輩出した7人全員がその世代の最強クラス、一人として"出来損ない"がいないことから、いつしか"不敗"を冠するようになりました。

 

 天才は天才を知るのだと、人は言います。トレーナーさんはいつも謙遜して、悪口を言われても「バレたか」などとおどけて受け流すつかみどころのない方でしたが……担当しているウマ娘には絶対の自信を持っていました。

 

 どんな時でも「あいつは勝ちますよ」と言い切り、本当に勝ってしまう。後のインタビューでは、いつも「トレーナーが信じて後押ししてくれたから勝てた」という文言が並ぶ。そういうチームでした。

 

 "人バ一体"を体現する強固な信頼が、どれだけのウマ娘を彼の虜にしたことか。

 

「無常。あれほど強固に思えた彼らの牙城も、崩れる時はあっけないものだな」

 

 呆れたような声でした。

 

 けれど、秘書である私には分かります。呆れているのはトレーナーさんにではなく、自分に。

 

「理事長は悪くありません」

 

 悪いのは、一度の失敗で彼を追い込んだ周囲の目とマスコミで――

 

「否定ッ!」

 

 けれど、理事長がそうは思わないのも、分かっていました。この数日、報道陣の熱を抑えきれないことをずっと憂慮しておられましたから。その対応で、私ともども徹夜続きです。

 

 それでも理事長が止まらなかったのは、偏にURAのより良い未来のため。

 

「悔恨ッ! トレーナー1人守ってやれずに何が理事長か!」

 

 ぐしゃぐしゃと頭を搔きむしる理事長があまりに痛ましくて、私は硬直しました。

 

 ああ、髪の毛が巻き込まれて抜けています。止めなければ。

 

 けれど何と言えば。私に何を言う権利があるのでしょう。理事長に代わってトレーナー達の動向を調べ、こういう事態を未然に防ぐのは、私の仕事だった筈なのに。

 

「自責!! 期待ばかりを押し付けて、肝心な時に何もしてやれんとは! 私は、無力だ……っ!」

 

 理事長は誰よりも、あのトレーナーさんに期待を寄せていました。彼こそはURAに更なる革新を齎すと。

 

 史上最年少の17歳でトレーナー資格を取得した彼は、鳴り物入りで中央トレセンに配属されるや否や、凄まじいまでの才覚で見る間にトップトレーナーになりました。

 

 まだ幼かった理事長はすっかり懐いて……きっと、初めは憧れていたのでしょう。彼がシンボリルドルフを輩出した時など、多忙の身を押して毎レース見に行っていたくらいです。

 

 私とは世代が被っていませんでしたが、間違いなくあの時のレースはルドルフのもので、そして彼女を育てたトレーナーさんの名声も天井知らずに高まっていました。

 

 満を持して結成されたチーム・アンタレスを、いいえ、それを率いるトレーナーさんを理事長は格別に気にかけていて――

 

 ――だから、身を引いたのに。

 

「私は、どうすれば良かったのだ。私はっ、ふぐっ、うぅ……」

 

 ついに、理事長の目から涙が零れました。

 

 若くして学園を継ぎ、今も少女と呼んで差し支えない年齢の彼女は、それでもURAをよくするために、あらゆる努力を惜しまずここまで来ました。彼女のひたむきさは、誰より私が知っています。

 

 それが、どうしてこんなにならなきゃいけないんですか。おかしいじゃないですか。

 

「私は。私は味方です。学園の皆も。皆で少しずつ、乗り越えて行きましょう」

 

 結局。私が掛けられた言葉は、そんな月並みなもの。

 

「うぅ、ぐしゅっ、たづなぁ……っ!」

 

(……恨みます、トレーナーさん)

 

 筋違いと分かっていても、そう思わずにはいられませんでした。私は理事長の秘書として、彼女を泣かせる人を許すことはできません。

 

 学園に残る道は、本当になかったんですか。

 

 理事長はあなたに期待をかけて、きっとそれ以上の感情さえ持っていたのに。()()()「トレセン学園には」ではなく、「私には」と言おうとして、重荷にならないようにと堪えたのに。

 

 私に語ってくれた担当ウマ娘への熱意と信頼は、嘘だったんですか。

 

 どうして、一緒に歩んであげなかったんですか。

 

 どうして、自分だけ逃げてしまったんですか。

 

 自分のせいでトレーナーさんの未来を消してしまったスズカさんがどう思うか、考えなかったんですか。

 

 気づくと、握った拳から血が滴っていました。けれど、泣きじゃくっている理事長に比べればこんなもの。

 

(……さようなら、トレーナーさん)

 

 初恋でした。

 

 これ以上嫌いになる前に居なくなってくれたことにだけは、感謝します。




 天才は人の心が分からない。
 次回以降は主人公視点だったりウマ娘視点だったりします。
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