あ、最後に10話と11話で言ってたアレがあります。存分に殴り合ってください。
「わたしは、先輩が好きです」
視線の先の後輩が、ガチガチに緊張したままそう言い切った。
ことの始まりは、スズカを病院まで送っての帰りだ。関係各所に謝って回り、一段落したところでトレセンに戻ったところ、ちょうどすれ違った桐生院に呼び止められた。
『先輩。あの、この後時間いいですか?』
始まりは、そんなありきたりな台詞だった。考えてみれば夕方である。ちょうど仕事が終わった所だったんだろう。
辞めようとしてるのがバレたかな、と思った程度。
思えばこの時、俺は気が緩んでいたんだと思う。
連れて行かれた高そうな料亭で、妙にソワソワしている後輩を見たときから何か変だぞと思い始めたが、後の祭り。
いわゆる和洋折衷というやつなのか、金は持っていても17まで団地暮らししていた貧乏人には高級ということしかわからない料理の数々が運ばれてくる。テーブルマナーはなぜかゴルシに叩き込まれたことがあるので、まあ破綻はしていないだろう。多分。
さて、多分うまいのだろう高級料理の数々だが、雰囲気に呑まれて味もよく分からない俺と、ガチガチに緊張して挙動不審の桐生院。有体に言ってものすごく気まずい。
そんな中での告白である。正直、好かれているとは思っていなかった。何かと突っかかって来ていたし、彼女の実家は俺と違って超名門。かわいい後輩ではあっても、普通に住んでる世界が違うと思っていたのでそれ以上ではなかった。
本人が言うには、始めは対抗心だったものが、執着心を経て恋心になったのだと。
「だ、だから、その……先輩を、助けたいんです」
余計なお世話なのを承知で、実家に助けを求めた。
しばらくの間、実家に仕事と立場を用意してもらったので、匿うことができる。数年後、ほとぼりが冷めればトレセンに復帰することもできる。
だが、対価として俺は、桐生院家に囲い込まれることになる。何度か言葉に詰まりながら懸命に語る桐生院の話を要約すると、そういうことらしい。
自分で思っているより、俺の経歴は名家から魅力的に映っているようだ。
彼女曰く、俺の育成技術もそうだが……一番は、俺の「目」らしい。世代で最も才能あるウマ娘を見抜く目を、彼女(というか、桐生院の面々)は「魔法の水晶玉」と評した。
褒められるのは、慣れてないが好きだ。必要とされるのも。
ただ……
「なあそれ……俺が言うのも変な話だけど、匿うってところだけ話して、俺そっちに引き入れてからなし崩しで結婚話持ってきた方がよかったんじゃないか?」
そうなのだ。
裏のあるうまい話を、裏含めて全部話してしまっている。この後輩がちょっと天然なのは今に始まった話じゃないが、その手の駆け引きが全くできない訳じゃなかったはずだ。
「はい。そのほうが、先輩は頷いてくれる可能性は高かったかもしれません」
そして、それをあっさり認める後輩。
「じゃあ、なんで」
読めない。彼女は何がしたいんだ……?
「家が、あなたの才能に目を付けたのは本当です。けれど、私があなたを好きになったのも、本当です」
嘘をついている感じはしない。
「私、エスカレーターで大学まで出て、中学から全部女子校だったので……こういうことに、全然経験がないんです」
まあ、それは見ればわかる。彼女にはこう、俺たち庶民が持っている「穢れ」……は言い過ぎでも、そう、「雑味」みたいなものがない。
俺のように放っとかれて自然と育ったのではなく、完成形から逆算して必要なものだけを詰め込まれて育っている。言ってみれば、育ち方に計画性があるのだ。
そのせいで、知っているところと知らないところの明暗がとてもはっきりする。意外と家事はできる割に、駅で切符の買い方を知らなかったり、マックのハンバーガーをナイフとフォークで食おうとしたり。
恋愛事がまるでダメそうなのは……見合いで結婚する前提で育てた、ということだろう。おそらく最初から、誰かしらに宛がう前提で。
……今の今まで、それが俺だとは微塵も思わなかったから、ただの後輩として目をかけていた。
「でも、あなたを裏切るようなことはしたくありませんでした。だから、決めたんです。私が知っていること、家が言ってきていること。そして……私が、あなたを慕っていること」
頬を赤らめて、続ける。
「私の全部を、あなたに伝えます。……じゃないと、フェアじゃない、と思うから」
「だが、それは」
実質、家を裏切ってるようなものじゃないのか。
「お父様は、最後の判断は私と、あなたに任せると言ってくれました。
「ははっ。そりゃあ、また」
……本当に。この人は、不器用だなあ。
「明日。
そう締めくくって、俺たちは店を後にした。ちなみに恰好つけて奢ろうとしたが、実は事前に支払い済みだったらしく少しスベったことは秘密だ。
「……結婚か」
そういう終わりを、予想しなかった訳じゃない。
このまま桐生院に取り込まれ、後輩と一緒に過ごす。その選択は、まったくナシとも、思えなかった。
理屈の面では。
「……でも、この取り込みはなんか、変だ」
この告白。桐生院には悪いが……はっきり言って、怪しいと思った。
いや、この不器用さ加減は確かに桐生院だし、本人がウソをついているという感じはしない。
ただなんというか……そう、タイミングが良すぎる。
俺が辞めると決意してから、理事長に話を持っていくまで。いや、そもそも事故から退職が決まるまで……そんな短い時間で、娘の将来を動かす話を進められるか?
「……わからん」
俺は、派閥だとか政治だとか、そういう世界から限りなく縁遠いところで生きてきた。頭はいいかもしれないが、それだけだ。
『あんたはできる子だから。これくらい当然よね』
俺が好成績をとると、母親はいつもそう言って、次の
目の前にある仕事をやらずにいられないのは、この頃ついた癖。
褒められても実感がわかないのは、「やって当然」だから。
『母さんには、金も、コネもないの。でも勉強は今からできる。だからいっぱい勉強していい大学に行って、いい仕事について親孝行するのよ』
『あんたは、母さんの最後に残った希望なんだから』
……母は、少なくとも俺が期待に応えている間
なんとなくそれに疲れた時期と反抗期が重なって、自分だけ楽して暮らしてやろうと考えだしたのが中二の時だ。
トレーナー試験に受かって高校を辞めて以来、親とは連絡を取っていない。
父親は顔も知らない。親戚付き合いもロクにない。トレーナーを始めてから分かったことだが、身近にまともな社会人がいないというのは、子供の教育に尋常じゃない悪影響を与える。
なにせ、学校を出たある日から"
独立してからも俺は「頭でっかち」の自覚があったから、なるべくそういうのには関わらないよう、裏方に徹してきた。
俺はちょっとウマ娘レースで一発当てただけの、貧乏育ちの一般人に過ぎない……と思っていた。
「桐生院が今になって来た理由……家柄で敬遠してたが、辞めると知ってなりふり構わなくなったとか?」
思考の海に沈むが、答えは出ない。
目標に向かってトレーニングを組む能力と、人の動向を利益や欲望と結び付けて推量する能力は違う。
俺に
「あの時の、ゴルシの言動」
担当を信じることはできる。
あの時は、まじめに考察する元気がなかったが。あんな状況のゴルシが、ただ意味のないことを喋りまくるとは考えられない。
バミューダトライアングルでは、船や飛行機が消えると言われる。黄金の不沈艦は物理的に消えてはいないが、つまり、隠れて行動している。
訴状が来た。恐らく、戦いを挑まれた、あるいは攻撃を受けた。
読めなかったから、紙飛行機にしてマックイーンに投げた。自分では対処できず、マックイーン……いや、メジロ家の力を借りた。
風に乗って目ん玉直撃。勢い付かれて、手痛い反撃を食らった……ってところか。
「――ありがとう、ゴルシ」
証拠はない。ただの深読みかもしれない。本当はゴルシは何も対処しておらず、ただ警告をしただけかもしれない。
だが俺は、ゴルシの頭脳を知っている。
そして、俺が理解できない暗号も、誤解するような暗号も使わないと知っている。
だから俺は、あの時の「バミューダトライアングルの裏側」の存在が、桐生院家じゃないかと疑念を持つことができる。
……桐生院には悪いが、俺は後輩より、担当ウマ娘を信じる。どちらが信じられないとかじゃない。外から見たら理解できないかもしれない。それでも、これが俺の判断だ。
「だから……すまん、桐生院」
俺は、その誘いに乗れないよ。
―――――――――
――――
――
すっかり夜になった道を、職員寮に向かって歩く。
最後の仕事も終わった。あとは、荷物をまとめて引き上げるだけだ。
その道中も、俺は引き続き思考の渦の中にいた。
すべては推測だ。俺に今から全貌を調べ上げるすべはない。
だが、俺が思っていたより、話が大きくなっている感じがする。
いや、大きくなったんじゃなく、初めから大きかったんだ。ただ俺に見えていなかっただけで。
「俺はひょっとして……とんでもなくデカい事を、ほっぽり出そうとしてるんじゃないか?」
仕事を放りだすことに、責任は感じていた。
担当の面倒を最後まで見てやれないこともだ。
しかし、それよりももっと、大きなものを俺は、見落として――
「……
その時ふと。
初めて、そう考えてみた。
思えば今の今まで、受け身で行動を決めてきた。
親から逃げてトレーナーになり、担当の望みに合わせて仕事をし、それで事故が起こったから、俺は身を引こうと考えた。
当初の目標は達成されるし、晴れて俺は、「やって当然」に追いかけられ続ける暮らしから解放される。
……だがそれは、「他人のために」という言い訳に隠れているだけで、根っこのところで自分の利益しか衡量していない。
なんだか俺は、この生き方は、ものすごく無責任なんじゃなかろうか。
「……こんな土壇場で、気づくとはなぁ」
流れは止まらないし、あの時辞めると決めたのは、
でも。最後の最後くらい、自分の意志で決めよう。
自分の意志で、この先どこに行くかを、誰と行くかを決めよう。
これは俺が始めた話なんだから、俺が、終わり方を決めないといけない。それが「責任を取る」ということだと、俺は思う。
「終わり方、か……」
いざ考えてみると難しい。
俺は結局、一番何がしたいのか。
そう考えた時、最初に思い浮かんだのは――
ゴルシイベントに成功したので、少なくとも主人公と選んだヒロインは幸せになるのは確定しました。
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【この選択で物語が大きく変化します】 トレーナーが最初に思い浮かべた光景とは?
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ルナの夢を共に追う自分
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マルゼンと一緒にいる自分
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タキオンと研究を続ける自分
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ブルボンの走りを見る自分
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テイオーの世話をする自分
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