トレーナー、仕事辞めるってよ   作:TE勢残党

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 そろそろ忘れられてそうなので初投稿です。


#10 GOOD END⑦

「ごめん、桐生院」

「いいん、です。ウソをついて結ばれたって、きっと、不幸になるはずだからっ……」

 

 翌朝。俺は桐生院に電話で、断りの連絡を入れた。返事を聞くのもそこそこに電話を切ったのは……後輩を泣かせた罪悪感から逃げようとした結果だ。電話口から聞こえてくる、嗚咽混じりの気丈な声に耐えられなかった。

 

 卑怯だと罵ってくれていい。ゴルシの話を警告と受け取った俺は、何が待っているかも分からない桐生院の目の前には姿を晒せない。

 

 ただでさえ俺は、今日付けで正式にトレーナーの身分を失う。考えたくもないが……桐生院が本気で動いていると仮定した場合、門を出た瞬間に拉致という危険性すら、今の俺は想定しなければならないのだ。

 

 トレーナーとしてそれなりには鍛えているつもりだが、元来俺の本領は首から上にしかない。テイオー相手に普通に押し倒されたのがいい例だ。ウマ娘を荒事に持ち出された時、俺が抵抗できるとは考えにくい。

 

「……これで全部か」

 

 来た時と同じように、備え付けのもの以外が全てなくなった寮の自室を見渡す。

 

 自分の荷物は、手元にある大きめのスーツケースだけ。来た時と同じだ。

 

 家具や家電の類は安物ばかりだったから、下手に業者雇うより引っ越し先で買い直した方が安いと思って昨日のうちに処分した。

 

 高い服も今着ているスーツくらいしか持っていないから、これも同様。ミーティングルームに置いていた備品や資料は全てタキオンに譲渡した。俺にはもう必要ない。

 

「確認。準備は整ったか?」

「……理事長」

 

 俺が感慨に浸っていると、背後に聞きなれた、幼いながらもよく通る声。まさか、向こうから来てくれるとは思いもしなかった。

 

「問題ありません。すぐにでも出られます」

「忠告。これが最後になる、本当に、心残りはないのだな?」

 

 心残り。そんなもの――

 

「山ほどありますよ。でも、これ以上は、大丈夫です」

 

 俺の、トレーナーとしての終わり方は、もう決まった。

 

「了承。では、ついて来たまえ」

 

 そう言って歩き出す理事長について行く。

 

 学園の地下に続く階段を降り、カードキーで数枚のドアを開けた先にあったのは、先の見通せないほど長い地下道だった。

 

「坑道。元は下水道でな、万一の時に備え避難経路として改造していた」

 

 長距離レース並の距離がある、と付け加える理事長。この方向にそれだけの距離を移動するとなると、行先は。

 

「駅の、真下」

「正解。相変わらず君の土地勘は素晴らしいな。向こうに話は通してあるから、そのままホームに入って構わん」

 

 流石に、人の多い駅で何かする気はないだろう、ということか。態々ここまでするということは、いよいよ俺の危惧が現実味のある脅威と思えてきた。

 

「ありがとうございます。何から何まで」

「不要。これくらいしかできなかったのだ。さあ、いきたまえよ」

 

 いよいよだ。

 

「……。そのまま、聞いてくれ」

 

 覚悟を決め、一歩を踏み出すと、背中から再び声がかかった。

 

 入口に片足が入った状態のまま、足が止まる。

 

「……中央のトレーナーに名門出身者が多いのはな。"血筋の力"か"地方での実績"が無ければ、面接での印象が悪くなるからだ」

 

 知っている。今日日、給料の高い職種や大きな権力に関わる職種の免許は、その大半に何かしらの"忖度"がある。

 

「中央トレセンのそれは、名家だけで合格者の100%を埋められぬよう、先代が定員を調整していた。……そんな時、面接の減点込みで総合1位になった者が、君が現れた」

 

 筆記の合格ラインは6割ほど、面接はD評価以下は足切りと言われている。それぞれではなく、合計点の上位者順で採用するシステムを取っている弊害か。

 

「目標。私は、血統に凝り固まったURAに新たな風を吹き込みたかった。君が……君こそが、それを体現できると思ったのだ」

 

 俺はずっと、薄暗い地下道の先を見つめたままだ。理事長の顔は……()()()()()()()()

 

「……桐生院の宗家だ」

 

 ぼそり、呟かれた家名は予想通りのもので、同時に当たってほしくなかったものでもあり。

 

 その言葉には、形容しがたいほどの呪詛が籠っていた。

 

「暗闘。メジロ家からリークがあってな。私とシンボリ家はこれから彼らと一戦交える。……業界を二つに割ってのお家騒動。勝っても負けても、待っているのは客離れと、業界の衰退」

 

 シンボリ。ルナまで動いたのか。

 

 だが、それでも。俺は。

 

「それでも私は、このURAを見捨てられない。見捨てたくないのだ。故に」

 

 理事長はそこで一度、言葉を区切ると――

 

「宣誓ッ!!」

 

 帽子に隠した耳が示す『■■■■■■■■』のウマソウルを震わせるかのように、いつもの大声が戻ってきた。

 

「私は必ずッ!! このURAを存続させてみせる!! ただ生き残らせるのではない! 業界の膿を出し切り、より健全な、ウマ娘たちの輝ける舞台として生まれ変わらせてみせるッ!!」

 

 だから――どうか。わたしたち(ウマ娘)を見限らないでくれ。

 

 君の行くその先でも、わたしたち(URA)を見ていてくれ。

 

 ところどころ裏返った声で、これ以上なく懸命に。理事長最後の演説は、俺に確かな約束を取り付けた。

 

「…………恩人にそこまで言われたら、断れませんよ」

 

 振り返らず、コンクリートの継ぎ目の先へと、一歩進む。

 

 そのまま、2歩、3歩。

 

「さようなら、やよいちゃん」

 

 スーツケースの車輪の音が地下道に反響し、理事長がその後何を言ったかは聞こえなかった。

 

 

―――――――――

――――

――

 

 

 あの日。秋の天皇賞からの1年は、日本のウマ娘レース業界にとって激動の時代となった。

 

 チーム・アンタレスのトレーナー、電撃引退。

 

 本人不在の上、事後報告という異例の記者会見は、しかし同席した人物にばかり話題が集まることとなった。

 

 チーム・アンタレス代表、シンボリルドルフ。

 

 中央トレセン学園理事長、秋川やよい。

 

 同秘書、駿川たづな。

 

 そしてなんと、メジロ家筆頭および、シンボリ家当主。

 

 記者会見は荒れに荒れた。途中、記者の一人が図ったように乱入し、報道規制の事実を暴露すると共に、その場でアンタレスを擁護する記事を発表。全体を通して、トレセン側のアンタレス擁護の姿勢を明確に打ち出したのである。

 

 翌日発売された月刊トゥインクル特別号は、過去類を見ない勢いで売れ――そこに記された熱と、アンタレスのトレーナーという個人と、それを慕うウマ娘たちの姿が、間違いなく世論を変えた。

 

 さらにその後、この内容を民放のキッカリ半分だけが放映したことで、その不自然さが話題になった。

 

 つまり、残りの半分には桐生院家の息が掛かっているのだ。

 

 これがネットで陰謀論へと燃え上がり……アンタレスへの憎悪は、感情(擁護記事)と理性(陰謀論)の両面から操作され、そっくりそのまま裏返ったのである。

 

 後に3ヶ月戦争と呼ばれる、メジロ-シンボリ-秋川連合による桐生院家の解体と、それに伴う大規模抗争は、どういう力が働いたか警察沙汰にこそならなかったが……メジロ家側が悪行の証拠を提示するたび、世論は手のひらを返すようになびいて行った。

 

 余談だが、現在も根強く、騒動で桐生院家に自殺者が出たとの情報が出回っている。だが少なくとも公式記録上では、この騒動と因果関係のある死は起こっていない。

 

 "ウマ娘の名門とトレーナーの名門による対立"という、素人目に見ても業界が分裂しているのが分かる構図。それまでチーム・アンタレスを叩き続けてきたマスコミにとって、垂涎ものの次なる餌であった。

 

 国内最大のレース事業の醜聞。その影響は、業界全体へと波及することになる。

 

 嫌気が差してレースを去る者。失望し、「まともなレース」を求めて海外へ飛び立つ者。彼らの多くは、「常勝」アンタレスを倒すため鍛錬を続けていたトレセン上位陣だった。

 

「日本のレースは終わった」

 

 そう言われるほどに人気の低迷したURAは、しかし今も細々と命脈を保っている。

 

 シンボリルドルフと秋川理事長、そして存在の噂される正体不明のフィクサー。彼女等の尽力によって、URAはその権威と実力を辛うじて保っている。

 

 また、俗に"宿題"と称される、アンタレスが残した十数個のレコードタイムを「全て塗り替える」と宣言した東条ハナの奮起などもあり、少しずつ、ほんの少しずつ、瓦礫と化したURAは今、復活の兆しを見せつつある。

 

「……凄いな、皆」

 

 逃げた俺と違って。

 

 ――豪華ではないが、それなりに高級感のあるLDK(の、リビング部分)に置かれた、革のソファー。

 

 そこに座る俺は、机に放りだされた数誌の新聞を読み比べながら、自嘲気味に唸っていた。

 

「また、難しい顔をしてますね」

 

 ダイニングテーブルから、吐息混じりの色っぽい声がする。

 

 うっすらと機械の駆動音を響かせながら隣にやってきた、栗毛のウマ娘。

 

 サイレンススズカだ。

 

「悪い。ちょっと考え事をな」

 

 見ていてくれ。あの日の約束は、まだ守っている。

 

 彼女等の頑張りを見るたびに、さっさと逃げ出した自分の情けなさを恥じ入る所ではあるが……今更出来ることはもうない。これも一種の罰だろうと、甘んじて受け入れることにする。

 

「もう。しっかりしなきゃ、ですよ?」

 

 あの時。

 

 俺は何がしたいか、と自分に問いかけた時、頭に浮かんだのはスズカの事だった。

 

 それが、「心配」や「罪悪感」から来る、いわば義務感ではなかったと、言い切ることは出来ないだろう。

 

 けれど俺は、誰よりスズカが気がかりだったのだ。

 

 だから、所在地を気取られないよう細心の注意を払いながら、病院に手紙を送った。最初の一通に、「必ずまた様子を見に来る」という約束を添えて。

 

 リハビリのこと。食事のこと。近況報告。最近始めたこと。様々な話題と、彼女を心配する文章を載せ、そして。

 

『明日、退院なんです。……もしよかったら。迎えに、来てください』

 

 スズカの直球なのかなんなのかよくわからない逆プロポーズを受けて、俺はそれに応じた。

 

『なあ。あの時言った……養ってくれる旦那さんってやつ。あれ、俺じゃ駄目か?』

 

 なんのことはない。俺はとっくに、スズカに惹かれていたのだ。

 

 タキオンの歩行具はあくまで補助なので、リハビリ中に使うと寧ろそれなしでは歩けなくなる恐れがあったから、渡したのはこの時だ。

 

 今、スズカは以前話をした通り、色々なことにチャレンジしようとしている。

 

 俺の始めた料理や土いじりを一緒にやったり、俺の後ろで見ていたテレビゲームに興味を示したり、そういう意味では、いい方向にスズカらしさが減っているのかもしれない。

 

「……あなたが、わたしのバ鹿なことを止める時に言ってくれたこと。覚えてますか?」

「大学か就職か、ってやつか」

 

 はい、と短く肯定するスズカ。

 

「あのとき、養ってくれる旦那さん、って言われて……一番に、あなたの顔が浮かんでたんです。だから、退院の時の言葉が、凄くうれしかった」

「なんだ、何ならもっとぐうたらしてていいんだぞ」

「もう」

 

 スズカのムっとした声を、頭を撫でて誤魔化す。

 

「んっ……その手には乗りませんからね……はふ……」

 

 ふにゃりと表情を蕩けさせる彼女は、いつ見ても綺麗で、愛おしい。

 

「はぁ、ともかく、あの時のわたしは……まだ、あなたに尽くすことはできる。そう考えたから、踏みとどまったんです」

「……我ながら、危ない橋渡ったんだな」

 

 正直、冷や汗ものである。

 

「ええ。わたしはとっくに、あなたなしじゃ生きていけなくなっちゃいました」

 

 何の躊躇もなく、ただ当たり前のことを確認するように、スズカはそう言った。

 

「だって、走りもない、学もない、家事もまだまだおぼつかない、そんなわたしを、あんなに引き留めてくれたのは、欲しいと言ってくれたのは、変わらず接してくれたのは。()()()()()()()()()()()()なんですよ」

 

 止めたが、スズカは結局トレセンを中退してしまった。本人曰く、自分なりの覚悟の証だそうだ。

 

 俺のもと以外には、行くべきところなどないのだと。

 

「ふふ。捨てられないように精一杯尽くしますね、あなた」

 

 甘えるように、こちらにしなだれ掛かってくるスズカを受け止めて、抱きしめる。

 

 恐らく、常識的な関係ではない。爛れている。だが俺は……俺が作ったこの場所を、心地よいと感じている。

 

 俺は立派なトレーナーにはなれず、逃げた。ルナたちの苦労は、想像するに余りある。

 

 親孝行もしていない。今頃実家はどうなってるんだか。

 

 俺は、自分の築き上げたキャリアと名声と、沢山の仲間を捨てた。

 

 代わりに俺は、俺の望んだ"スズカと共に歩む未来"を、これから一生、何不自由なく見ることができるだろう。所有しているマンションの配当収入だけでも、俺達二人を養うには十分なのだから。

 

 屍と、沢山の悲しみと、別離と、絶望の上に築いた、俺達二人だけのための自分勝手な幸福。それが俺には、何よりも尊いものに思えるのだ。

 

 俺はやっぱりクズだけれど、それでもこれからの未来には、沢山の楽しみが待っている。




 新たなルートが解禁されました。
 ・BAD END
 ・BITTER END
 ・GOOD END⑤












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