後は個別ENDの消化。先ずは彼女から。
バミューダトライアングルの裏からの訴状。
紙飛行機にしてマックイーンに投げた。
風に乗って、目玉に直撃した。
そうか。
そういうことなんだな。
証拠はない。ただの深読みかもしれない。本当はゴルシは何も対処しておらず、ただ警告をしただけかもしれない。
だが俺は、ゴルシの頭脳を知っている。
そして、俺が理解できない暗号も、誤解するような暗号も使わないと知っている。
だから俺は、あの時の「バミューダトライアングルの裏側」の存在が、桐生院家じゃないかと疑念を持つことができる。
……桐生院には悪いが、俺は後輩より、担当ウマ娘を信じる。どちらが信じられないとかじゃない。外から見たら理解できないかもしれない。それでも、これが俺の判断だ。
「だから……すまん、桐生院」
なんとなく……自分なりのけじめ、ということだろうか。
そう口に出しながら、受話器を取り、10円玉を入れる。
番号は――
「……もしもし。ゴルシ、今ちょっといいか?」
ゴルシの言葉に思い至った時から、俺は咄嗟に連絡を取ろうと動き始めていた。携帯ではなく、最寄り駅前の電話ボックスから。
「お、トレーナーじゃーん! いいぜ、どした?」
「今、縁談が来たんだ。
それを口に出した瞬間。電話越しで分かるほどに、ゴルシの纏う空気が変わった。
「今どこだ。自由に動けるか? 周りに連中は?」
「ふ、府中駅前の電話ボックス。拘束はない、自由だ。周囲に人影もない」
あまりの剣幕に気圧されながらも、聞かれたことに端的に答えていく。
「迎えをよこす。その場から動くな」
あれほど真剣な、いつものギャグや遊びの一切が排されたゴルシを見るのは初めてだった。
こうなると流石の俺にも分かる。事態は俺が思っている以上に深刻で、そしてゴルシはそれに気づいていたのだ。
ゴルシのよこした迎え(なんとメジロマックイーンの爺やさんだった)が到着するまでの十数分の間で、俺は完全に認識を改めた。
結論から言えば、俺の危惧は……「ゴルシの発言は遠回しな警告で、今の自分は桐生院家の陰謀に巻き込まれている」という、ちょっと危ない人じみた想像は、ありがたくないことに当たっていた。
彼らの計画は、最後に俺を婿に迎えることで完成する。
そういう手筈で、計画の概要を掴んでいたゴルシですら俺から「縁談が来た」と言われた瞬間までそこは理解できていなかったらしい。
そう。ゴルシは、秘密裏に桐生院家と戦っていたのだ。秋天の直後から動き出した彼らを察知して、報道規制や方々への圧力と戦い……遂に1人では対処しきれなくなってメジロ家を頼ったのだと、引き合わされたメジロ家の大奥様が教えてくれた。
ゴルシは……(本人が一切教えてくれないので)どういう家系図か知らないが、少なくともメジロ家とどこかで血が繋がっているようだ。
とは言え、表向きに無関係とされる程度の繋がり。
では何故協力したのかと、思わず俺は問うた。
「驚きました。あなた、伝えていないのですか」
厳格でどこか超然としてさえいる彼女だが、この時だけは「孫を見守るお婆ちゃん」だった。
「……打算でやったみたいになるだろ」
顔を逸らしてボソボソと答えるゴルシ。このところらしくない姿ばかり見ている気がする。「ウマ娘たるものもっと積極的に……」というお説教も含め、ここだけ切り取ったら親戚の集まりのようだった。
俺が辞めるの辞めないのと、自分一人の去就を気にしている間に、彼女はこんなにも話を大きくして……俺のために頑張っていたのだ。
それを見てなお「協力しません引退します」などとのたまうほど、俺もバカじゃない。
かくして俺は、ゴルシが裏で主導していた反抗作戦に、正式に加わることになったのだった。
―――――――――
――――
――
メジロ家の所有するトレーニング施設。
トレセン入学前の幼いウマ娘達がここで訓練を積み、巣立って行く。
「「「無理ぃ~!」」」
広い敷地に用意された芝のコースを、今日もメジロ家のウマ娘たちが走る。
「無理じゃない無理じゃない。ほれ、あと一周」
「「「ひーん!!」」」
それを監督するのは……俺だ。
ゴールドシップに連れられて、桐生院家への反攻作戦に加わってからおよそ1年。ようやく暗闘が一段落した俺は、世話になったメジロ家へ恩を返すべく、お抱えのトレーナーとして年少者を中心に指導している。
表向きの俺はアンタレスの解散当時から未だに「行方不明」。メジロ家の敷地から出るのは最小限という取り決めだ。まあ、桐生院家の残党処理も終われば、大手を振って外を歩けるようにもなるのだろうが、もう暫く「引きこもり教官」の暮らしが続きそうだ。
「よし、今日はここまで!」
「あ、ありがとうございましたぁ~」
「はー、はーっ、ぜぇ……」
彼女たちも、最初と比べると随分体力が付いた。
こうして早いうちからトレーニングさせて、トレセンに入ってからのスタートダッシュのための土台作りをするのが俺の役目。もちろん、本格化が遅そうな子にはそれ用のメニューを組んで調整するのは欠かしていない。
個人的にはこういう規格化された教育はあまり好きじゃないんだが……まあ、雇い主の意向に文句を言っても始まらない。枠の中で出来ることをするのが、今の仕事だ。
まあ、彼女らに愛着が湧いていないかと言えば、当然湧いている。俺は何だかんだ、この仕事が向いていたのだろう。
「おーい、トレーナー! 深海行こうぜ!!」
物思いに浸っていると、突然現れたゴルシが背後から抱き着いて来る。俺の補佐という形で同じくメジロ家に雇われている彼女は、相変わらずの破天荒ぶりを維持したまま、サブトレーナーとしての職務を軽々こなしている。
173センチの俺と大して身長の変わらない彼女は、その豊満な肉体を隠そうともせずべたべたとくっついて来るようになった。
「出られるようになったらなー」
こうしていると、「悪友」あるいは「共犯者」として接して来た彼女だが、やはり女性なのだと強制的に意識させられる。
「言質とったかんな~! 直ぐにでも深海艇ゴルシちゃん号に乗せてやっから覚悟しとけよ」
俺の葛藤を知ってか知らずか、その姿勢のまま会話を続行するゴルシ。
「た、楽しみにしてるよ」
背中に押し付けられた巨大質量を意識しないようにしつつ、手元のバインダーに意識を集中し直す。
トレセンと関わらなくなって以来、世代を獲るような才能を見る機会はなくなったが、流石に名門、俺が指導を任されている子たちも皆中々の逸材だ。
俺が赴任してから基礎能力が劇的に強化されていると、アサ……大奥様からもお褒めの言葉を頂いている。タキオンがいないので昔ほど特定個人にフィットするトレーニングができる訳ではないが、それでも十分以上に貢献できているらしい。
「ん~なあ、それもうちっとかかりそうか?」
背中でもぞもぞしていたゴルシが、不意に声をかけてきた。どうも今日は構って欲しいらしい。
「いや、別に今じゃなくてもいいか……」
手早く書類を片付けて、ゴルシの方に向き直る。
「あれから、一年か」
「ああ」
ゴルシ……というか、メジロ家と合流した俺の最初で最後の「表」での仕事は、記者会見だった。
タキオンの協力を取り付けた俺は、メジロ系の研究所にほとんど全ての研究データを提供。俺、アグネスタキオン、秋川理事長、シンボリルドルフの連名による会見を開き……因子継承に関する技術を日本中に公開した。
今まで育ててきたウマ娘達の育成データを「因子」という形で抽出し、次のウマ娘へとつなげていく。
後から分かったことだが……それは、桐生院家が秘匿して来た一子相伝の秘儀と、アプローチは違えど同じ結果を齎していた。ハッピーミークが芝ダート全距離対応という現実離れした多芸ぶりだったのは、つまりそういうことだ。
後天的な距離・バ場適性の強化。能力そのものの底上げ。俺とタキオンが朧気ながら形にしていた「プランC」は、図らずも桐生院家が150年かけて築いてきたノウハウに追いついていたのである。
優位性の根幹をバラ撒かれた桐生院家は、潔いと言っていいくらいの速度で瓦解。葵とハッピーミークは一般人に戻ったと聞いたが、それ以降は音信不通。
向こうからしたら俺は仇だ。こちらから接触することは、もうできないだろう。……どうしても避けられないことだったとは言え、今も少し心が痛む。
……そうして離散した桐生院家の代わりに中堅~上位の、これまでアンタレスを倒すために鍛錬を積んでいた層が急成長を遂げた。
経験豊富なトレーナー達が次々に因子継承理論を導入していき、既に何人かはレースで結果を出しつつある。
それまで10何番人気だったものが一気に強くなり下剋上。そんな事態も頻発し、業界は誰が勝つのか分からない群雄割拠状態。それまで(自分で言うのもなんだが)俺のチーム一強体制だったこともあり、レース人気は急速に回復していった。
今や日本のウマ娘レースは戦国時代。既に騒動があったことすら忘れられ始めている。現金な話だが、要するに大多数の一般人にとっては、面白いものが見られるなら醜聞でも熱いレースでも何でもいいのである。
こうするために俺は、「日本中のトレーナーに因子継承理論を公開し、俺自身はメジロ家に仕えること」というメジロ家の要求した対価を飲んで、その力を借りたのだ。
世話になったURAに、これ以上の迷惑を掛けないために。そして――俺のためにここまでしてくれたゴルシに報いるために。
「なあ。お前に1個だけ聞かなきゃならねーことがあるんだ」
ゴルシが、今までになくしおらしい。
「何だ? 改まって」
「…………えっと、その」
言い淀む彼女は、ひょっとしたら初めて見たかもしれなかった。
「ゆっくりでいい。今更何言われたって怒りゃしないよ」
「トレーナー……」
迷惑じゃ、なかったか?
絞り出すように、彼女はそう言った。
「何が?」
思わず素で聞き返した。この雰囲気は、冷蔵庫に入れてたモンブランを勝手に食ったとかそんなレベルではなさそうだ。だとしたら、何に対して?
「何って、だってお前、さっさと引退しようとしてたじゃねえか」
「ああ、まあそれは」
そうするしかないと、勝手に思ってただけだ。
そう言い切る前に、ゴルシの台詞が続いた。一度口に出したら流れが付いたのか、堰を切ったように言葉を続ける。
「ほらアタシ、何も聞かねえでお前をここに連れて来ちまったし、いやその前に勝手にゴルゴル商事なんか建てて」
それは、つまり不安の吐露だった。
「ひょっとしてアタシ、余計なことしたんじゃねえかなって、はは、何訳のわかんねえこと言ってんだろうな。ちょっと待てよ、すぐ元のゴルシちゃんに戻って――」
俺はバカだ。こいつが豪放磊落に見えて繊細で、雑に振舞っているように見えて実はものすごく気を使う上に、それを全く表に出さない女だと、俺は知っているはずだ。
この1年。忙殺されたが、ずっとゴルシと仕事をしていたのだ。その間俺は、一度でも彼女に面と向かって礼を言ったか?
「……悪かったゴルシ。俺は、まともにお礼も言えてなかったな」
「は」
「余計なもんか。ゴルシがこれだけ頑張ってくれたから、俺に引退以外の選択肢が出来たんだ。お前の努力を無駄にしちゃいけないと思ったからやってこれたんだ。一人で逃げるってのがどれだけのものを無にするか、気づかせてくれたんだ」
自分でも何を言っているのか良く分からない。ともかく、思いの丈を喋るしかない。
「だから、ありがとう、ゴルシ。お前のお陰で、俺はまだトレーナーでいられてる」
そして、お前と一緒に居られてる。
少なくとも俺は、今のこの状況は「奇跡」だと思っている。
俺は辛うじて業界に残り、今もウマ娘を指導している。もう数年してほとぼりが冷めたら、他のアンタレスメンバーと連絡を取ることも出来るだろう。
URAは健在。既に収入面では騒動以前を上回っているらしく、今も急速な成長の途上にある。
そして何より、ゴルシがどれだけのことをやってくれたか知ることも、感謝することも、こうして一緒にいることもできた。
「これからも一緒にバカやろうな、ゴルシ」
メジロ家の見えないフィクサーと、その一番の相棒。そのうち恋仲になっても、家庭を築くことになっても、俺達はずっとそうあり続けるだろう。
「――っ、おう!!」
元気よく答えたゴルシの顔は涙にまみれていて、そして今までで一番美しかった。
新たなルートが解禁されました。
・GOOD END①
・GOOD END②
(注:ここから蛇足。読後感を損ないたくない方は引き返した上で、画面上部のボタンから次/前の話へ進んでいただきますようお願いします)
育成要素のある対人ゲーでよくありますよね。「全能力カンスト&人権スキルガン積みの、名前とガワだけ変えてコピペしたようなキャラがずらりと並んでる」みたいなクソつまんない状態。
桐生院の見た「滅び」とは、そういう状況のことです。近い将来、見た目と脚質だけ違うコピペスズカが量産されるようになってしまい、レースが致命的につまらなくなることが危惧されていた訳ですね。
ゲームと違ってナーフやより強い新キャラ投入などの思い切ったバランス修正が効かないので、1回たどり着いたらそこでおしまいです。
で。「限界」へ行くための技術を全面公開なんかしたら、試行錯誤の期間はともかく、十分に浸透した後どうなると思います?