トレーナー、仕事辞めるってよ   作:TE勢残党

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 お久しぶりです。ウマ娘界隈が盛り上がっているようなので戻ってまいりました。


#14 GOOD END②

 中央トレセン学園は日本最高峰である。当然、その倍率は凄まじいものだ。

 

 入ってくるウマ娘達は皆、地元で負け知らずの天才だったり、名門出身だったり、幼少の頃から厳しいトレーニングを積んできた者だったりする。そういう者達が必死に努力して、ようやく入学を許され――

 

 ――入学が()()()()()()()でしかなかったことに絶望するウマ娘は、例年多くいる。

 

 入学しても、トレーナーが付かなければデビューできない。自分をアピールするため、選抜レースで良い成績を残してトレーナーにスカウトしてもらったり、チームの選抜試験を受けて合格を勝ち取ったりしなければならないのだ。

 

 練習中のケガや病気で引退を余儀なくされる者。厳しすぎるトレーニングから逃げ出す者。周囲とのレベルの違いに自信を無くす者。

 

 トレーナーが付き、デビュー戦や未勝利戦で勝ち、オープン戦にも勝てるウマ娘は例年、せいぜい50人。名門エリート天才揃いの入学者の中で、40分の1。

 

 彼女らは皆、入学前から輝かしい経歴をひっさげ、大それた夢を目標にかえられるだけの才能を努力で磨き上げ、未来の栄光を夢見て過酷なトレーニングに耐えるのだ。

 

 ――だが、マルゼンスキーは違った。

 

 ただ楽しいから走っていただけ。ウマ娘が走る理由なんてそれでいいとさえ思っていた。

 

 後輩に、自分の活躍する姿がもっと見たいと言ってもらったから、ここに来た。彼女はそれだけだったから、トレーナー達のやる気と熱意は、寧ろ重荷だったのだ。

 

 それでも彼女は、勝ち続けた。

 

『楽しく走る』を最優先したその戦歴は、時に無軌道とも言われる。縦横無尽に重賞レースを食い荒らし、あまり向いていなかったはずの長距離、有記念にさえ勝ってみせた。

 

 デビューから8戦合計61バ身差という常軌を逸した記録を打ち立て、G1を6勝。現役生活に1度の負けも残さなかった、文字通りの「怪物」。

 

 シンボリルドルフすら達成できなかった「常勝ウマ娘」、それがマルゼンスキーだった。

 

 故に彼女には、ライバルがいない。

 

 押しも押されもせぬダービーウマ娘であり、菊花賞バも有で破った彼女の前に、拮抗した実力の持ち主はついに現れなかった。

 

 彼女の走りに魅せられて、それを追いかけた者は多くいる。サイレンススズカとも仲の良いスペシャルウィークや、リギルの一員としてキャリアを積んだグラスワンダーがそうだ。

 

 だが彼女らとは年代が違い、めぐり合わせもあって直接対決は実現しなかった。

 

 マルゼンスキーの脚質は逃げ。それは駆け引きとしての逃げでなく、彼女のペースに追いつける者がいなかったから結果的に逃げ。

 

 レースの彼女はいつだって先頭で、孤高で――

 

 ――孤独だった。

 

 ただ一人、同じ視座に立ってくれる自分のトレーナーを除いて。

 

 

―――――――――

――――

――

 

 

「……っ」

 

 昔のことを思い出した。

 

 これ以上なく楽しかったあの日々。

 

 トレーナー君と二人三脚で練習を積む。時々トレーナー君に家事を監督してもらって、お礼に手料理を振舞う。一人暮らしだとやる気が起こらなかった家事も、トレーナー君のためと思えばいくらでも楽しくやれた。

 

 休みになればトレーナー君とお出かけだ。流行りだというイタ飯を一緒に食べたり、助手席にトレーナー君を乗せ知らない土地までドライブに行ったり、紅茶キノコに不味いと文句を言ったり、暑い日には瓶のカルピスで乾杯したり。

 

 トレーナーと。

 トレーナーと。

 トレーナーと。

 

 所々に差し挟まれる後輩との記憶を除けば、マルゼンスキーの"楽しい思い出"は……そのすべてが、トレーナーとのものだ。

 

 二人だけのあの空気が、マルゼンスキーは好きだった。

 

「ふふ、あはは……おっかしい」

 

 自嘲気味に笑う。

 

「待つ」と決めたのは……いいや、何もできなかったのは自分だ。こんなことなら無理にいい女ぶっていないで、素直に気持ちをぶつけておけばよかったのに。

 

 初めのうちはそれなり以上にアピールしたつもりだったけれど、ある日シンボリルドルフと引き合わされてから、出しゃばることは控えるようになった。

 

 彼には彼のやりたいことがある。私には、彼の一番だったという覆せないアドバンテージがある。そう自分を納得させて。

 

 チームの後輩には、時々顔を出してアドバイスする程度にとどめた。嫉妬している所を見せたくなかったから。

 

 独りよがりな所はあっても決して鈍感ではないトレーナーのことだ。薄々でも、気づいていたに違いない。

 

(それくらい分かるわ。……トレーナー君のことは、私が一番知ってるもの)

 

 何を隠そう、アンタレスのトレーナーと一番付き合いが長いのはマルゼンスキーである。彼の最初の専属として、お互いのことは知り尽くしているつもりだ。

 

 今の飄々とした態度は経験を積むうちに作られたものだ。彼の本質はもっと生意気で、勝手な男。

 

(釣っておいて餌もくれないんだもの)

 

 何年の付き合いだと思っているのか。

 

 何年、待ったと思っているのか。

 

「ほんっと……困った人だわ」

 

 彼女――マルゼンスキーは、朝からずっと愛車の横で立っている。憎らしいほどの秋晴れの中を、ずっと。

 

 日課になったトレーニングもせず、気分じゃなかったので昼食を抜いた。自分でも情けないと思っている。

 

 数時間ではない。トレーナーと一緒にG1で暴れたあの時から、ずっと彼女は待っている。

 

 彼女がタッちゃんと呼んでいる、真っ赤なランボルギーニ・カウンタック。二人乗りの助手席に座るべき待ち人は、まだ来ない。

 

(なーんて、ね)

 

 薄々分かっているのだ。「まだ」ではないと。

 

 トレーナーは、来ない。

 

「……っ、はぁ」

 

「それ」を認識しようとするたび、胸が痛む。思わず顔をしかめて、それでも抑えきれずにため息が零れた。今日何度目だろうか。

 

 気づいたら空が雲に覆われている。そう言えば、夕方からは雨だと天気予報で言っていた。

 

 いつもの場所。トレセン学園にいくつかある裏口のなかでも特に人通りの少ないここは、かつて担当がマルゼンスキーだけだった頃から、二人で出かける時に使っていた待ち合わせ場所だった。

 

『タッちゃん、いつもの所に付けて待ってるわ』

 

 お姉さんぶってこそいるが。自分とて、走ることと後輩の面倒を見ることしかしてこなかった一端の乙女。

 

 あの場で言えたのは、結局あれだけだった。どうしてもトレーナーの方から言って欲しかったのだ。

 

 いや、今の関係が壊れるのが怖かったのかもしれない。どちらにせよ、彼女にできるのは、やはり待つことだけだ。

 

「――っ!!」

 

 ふと気配を感じ、思わず身体ごと振り返って視線をそちらに向ける。人より鋭敏な感覚を持つウマ娘だが、流石に車内からでは誰かまでは分からない。

 

 視線の先に居たのは、ベテランの男性トレーナーだった。大方サボりだろう。

 

「はぁ……」

 

 タッちゃんのフロントガラスに、ポツポツと水滴が落ち始める。雨が降ってきた。

 

 それでも車内に入る気が起きず、立ったまま。

 

 門限が近い。

 

 そろそろ、認めなければいけないのかもしれない。

 

 ――(マルゼンスキー)は、選ばれなかった。

 

「まあ、そうよね。分かってた」

 

 言い訳がましい自分の言葉は、強くなってきた雨がかき消してくれた。

 

 このままタッちゃんに乗って、何処か知らない所へ行こう。

 

 トレーナーのいないターフは、きっとつまらないだろうから。

 

 耳をへたりと伏せ、俯いた顔でそう考えていた。

 

(……でも、あとちょっとだけ待ってみましょう)

 

 待っている限り、彼が来てくれる可能性は、ゼロにならないから。

 

「ひょっとしたら」というか細い可能性が残っているうちは……それがどれほど絶望的なものでも、自分を騙していられるから。

 

 時間が経つごとに少しずつ、少しずつ、万力のような力で迫って来る現実から必死に目をそらして、「自分は待っているんだ」と無意識に心を慰めていた。

 

 そうやって、「あとちょっと」を何回繰り返しただろう。

 

 大雨の中、真っ暗で良く見えないどこかから、あるはずのない足音が聞こえた。

 

「――どう、して」

 

 マルゼンスキーが負の思考の渦から浮上する。

 

 雨の中でも伝わってくるほど急いだ足音。聞き間違いじゃない。都合のいい捏造でもない。

 

 それはどんどん近づいてきて、マルゼンスキーが意を決して顔を上げた時――

 

 

 

 目の前に、上半身をずぶ濡れにしたトレーナーがいた。

 

 

 

 頭を真っ白にしたまま、目を見開いて、反射的に手を口元に当てる。

 

「悪い、マルゼン。遅くなった」

 

 息を切らしている。走ってきたのだろう。それこそ傘もささずに。

 

 マルゼンスキーは目を見開いて、トレーナーに抱き寄せられるままに、雨の中抱擁する。

 

 

「……本当に、もう。待たせすぎよ」

 

 涙で震える声で、辛うじてそう言った。

 

「色々考えたけど、やっぱりお前以外は考えられなかった」

 

 そこで一拍置いて。抱き合ったまま、トレーナーが意を決したように言葉を紡ぐ。

 

「好きだ、マルゼンスキー。……おれと、ついてきてくれないか」

「……はい。私で良ければ、喜んで」

 

 抱き合うのを少し緩め、二人の影が改めて重なった。

 

 

―――――――――

――――

――

 

 

「おかえりなさい♪」

 

 俺が中部地方某所の片田舎に引っこんでから、そろそろ3年になる。

 

 今は俺の所有しているマンションで、妻になったマルゼンスキーと……2歳になる娘と一緒に暮らしている。

 

「ああ、ただいま」

 

 トレーナーを引退してから1年ほどあちこちを転々としていた俺達は(妻は婚前旅行も乙でいいわね、と言ってくれた)、ほとぼりが冷めてきたタイミングで入籍。

 

 そのすぐ後に妻の妊娠が発覚し、腰を落ち着けることになった訳だ。

 

 蓄えをマンションなどの不動産に変換していた俺は、その中の一棟に移住して、住み込みの管理人として働くことにしたのである。

 

「ふふ、ご飯にする? お風呂にする? それとも、わ・た・し?」

 

 別に、俺が働かなくても十分食べていけるだけの蓄えは用意してある。ただ、無職でいるのも体面的にどうかと思ったから申し訳程度に働いているというだけだ。

 

「まず飯かな」

 

 妻は、すっかり腑抜けた俺に良くついてきてくれている。いやむしろ、何人も担当を抱えていた頃より随分楽しそうになった。

 

「んもう、イジワルなんだから」

 

 あの頃は、誰かにトレーナー君が取られるんじゃないかと気が気じゃなかった。結婚してから、そんなことを聞かされた。

 

 思えばあの頃の俺は、目の前の才能を次から次に鍛えることばかりで、鍛え終わったウマ娘のことはないがしろだったのかもしれない。

 

「次に風呂、最後にお前。それでどうだ」

 

 どちらにせよ、もう終わったことだ。俺は彼女らの中からマルゼンスキーを選び、この暮らしを選び、U()R()A()()()()()()()()()()()()

 

「……っ♡ ね、お風呂、久しぶりに一緒に入ってもいいかしら?」

 

 気がかりはあるが、後悔はない。

 

 トレーナーを辞めた時、マルゼンスキーの薦めでお揃いの携帯電話を買い、前のデータは引き継がなかった。

 

 URAの事を調べようとすると彼女が辛そうな顔をするので、情報を集めるのも止めた。

 

 きっと彼女なりに、オーバーワークになりがちな俺を気遣ってくれているのだろう。あるいは、今の暮らしに集中して欲しいという事かもしれない。

 

 どちらにせよ、確かに未練たらたらでは娘にも示しがつかないだろう。俺はもう、一家の大黒柱なのだ。

 

「もちろん。()()()になりそうだけど、のぼせない程度に気を付けないとな」

 

 どうせ彼女ら(URA)を心配する権利は、逃げ出した俺にはない。

 

 俺は、URAから完全に脱落したのだ。

 

「……えっち♡」

 

 それでも俺には愛する妻がいて、娘がいて、守るべき家庭がある。

 

 俺は、今の幸せだけを守ろう。きっとそれでいいはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ごめんね、私ってば結構重たかったみたい。

 

 あなたが告白してくれて、私もう、駄目になっちゃった。

 

 もう二度と、あの子たちに、あの場所に、あの業界に、あなたを送り出したくないの。

 

 疲れて傷ついたあなたに、何もしてあげられなかったあの頃に戻りたくないの。

 

 ……あなたはもう、頑張らなくていいのよ。幸せになっていい。

 

 だから昔のことを思い出せなくなるまで、私に染めてあげるわ。

 

 代わりに私は、あなたに精一杯染まるから。

 

 あなたが望むなら、私はどこにだってついて行く。何だってしてあげる。

 

 ()()()()()()()の。今の私なら。

 

 だからどうか、ずっとずぅっとよろしくね、私のトレーナー君♡




EDテーマ:Get wild

22:39追記:一部表現を加筆修正。

 時空の歪みはわざとやってます。原作からしてどう考えても整合性取れないし、仕方ないね。

ヒント1:このトレーナーが「お前」呼びをしているのは、マルゼンの他にはルートに入った後のゴルシだけ。

ヒント2:描写されていないだけで、トレーナーが来る直前の部分までは全ルート共通。
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