トレーナー、仕事辞めるってよ   作:TE勢残党

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 日刊1位取っちゃったから匿名剥がすね……。今ほんへのスランプから復帰中だからもうちょっと待ってくれよな。

 投稿開始から24時間でお気に入り3000はやっぱおかしいよ、ウマ娘パワーすげえや(二回目)


#2 スーパーカー

 前々から思っていたことだが、ウマ娘は1年にだいたい1~3人くらい、明らかに際立ってるやつが出てくる。パドックでそのレースを獲るウマ娘が際立って見えただの、光ってただの、そういう話はよく聞くだろう。恐らくあれだ。

 

 マルゼンには楽しく走るだけで周りを圧倒するほどの才能があった。

 ルナは初めから全部持ってた。

 タキオンには自分の脚を破壊しかけるほどの破滅的な出力があった。

 ブルボンはオーバーワーク寸前のトレーニングを軽々こなす精神的怪物だった。

 テイオーにはルナをコンパクトにまとめたような基礎能力と、ルナ以上の関節の柔らかさが。

 ゴルシには一周回ってバカに見えるくらいの明晰すぎる頭脳が。

 スズカは内に秘めた闘争本能と、それに裏打ちされた身勝手なまでの速さがあった。

 

 だからスカウトした。

 

 何が言いたいかと言うと、マルゼンの時から、俺のチームは俺の独断と偏見によって編成されていたのだ。

 

 因みに、それより前に俺が見つけていた「世代最強」はだいたい師匠んとこにいたので、恐らく彼女も同じ目を持ってるんだと思う。

 

 その上で師匠には熱意があったので、他のウマ娘たちもできるだけたくさん引き抜いて教育していたんだろう。なまけ癖が高じて、最小限の人数で最大の成果を求めた俺にとっては耳に痛い話だ。

 

 そういう意味でも、能力的に俺の上位互換。尊敬できる師匠だ。

 

 閑話休題。

 

 マルゼンをスカウトした当時の俺は、師匠……東条ハナさんの下で経験を積むサブトレーナーだった。

 

 下積みも2年目に入り、いい担当が見つかれば専属としてデビューしてもいいと、お墨付きをもらっていた時のことだ。

 

 選抜レースを、楽し気に圧倒してのけるウマ娘がいた。

 

(ああ、()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 こういうウマ娘は一目で分かる。明らかに、他とはモノが違う。

 

 ティンと来た、とでも言うのか。デビューするなら、あのウマ娘がいい。そう確信した俺は早速行動を開始した。

 

 交渉は難航した。目立った実績もなく、この時はまだ10代のヒヨッコだ。頼りないと取られても仕方がない。

 

 何より、東条トレーナーの弟子という肩書が、彼女にとってはマイナスに働いていたらしかった。もっとも、それに気づいたのは大分経ってからだったが。

 

「すまない、話だけでも」

「あらら、また来ちゃったの? もう、仕方ないトレーナー君ねえ」

 

 一応俺の方が年上だが、何かとお姉ちゃん風を吹かせてきたマルゼンスキーは、しかしその甘い態度と裏腹に、勧誘の話に関しては門前払いだった。後から聞いたところによると、この頃の俺の事は「ませて生意気な弟」と思っていたそうだ。

 

「今度はどうだ! 分析は万全だぞ!」

「う~ん、そういうことじゃないのよねぇ」

 

 それからおよそ一か月。俺はあらゆる手段で彼女を口説き落とそうと奮闘した。

 

「もっと上手く走れるフォームを考えて来たぞ!」

「んふふ、まだ合格はあげられないわねぇ」

 

 ある時は脚質分析。ある時は運動生理学。またある時はレース戦術。彼女の求めているだろう「楽しい走り」を存分に追求できる環境を整えて見せるとアピールした……いや、しようとしたが、ほとんど聞いては貰えなかった。

 

 途中からは彼女も揶揄う方向にシフトし始めたらしく、言われるままに映画とス〇ッチャを奢らされたりもした。ボーリングとローラースケートだけ異様に上手かったのは何なんだろうか。

 

「……ねえ。私にレースプランを出さないのはどうして? スカウトって、普通はそういうので勧誘するんでしょ?」

 

 悪戦苦闘が板についてきたある時、そんなことを聞かれた。多分だが、焦れた彼女からの助け舟みたいなものだったのだろう。

 

「確かに、普通はそうする。けどあんたは……そういうの、合ってないだろ」

「ふーん、なんでそう思うの?」

 

 まだまだ生意気だった俺は、突っぱねるクセに歩み寄ろうとしてくるマルゼンスキーにムッとしながら、憮然と分析結果を答えた。

 

「走りを見たからだ。勝利の栄光とか、ビッグタイトルとか、そういうのを求めてるようには見えない」

 

「じゃあ、どういうのを求めてる?」

「……楽しさ、だと思う。勝ちたいんじゃなく、走りたいから走ってる。才能があったもんだから、たまたま勝ちも付いてきたってだけ。そういう質だろ」

 

 マルゼンスキーが目を見開いたのを、今も覚えている。この時ようやく、俺は「弄り甲斐のある弟」から、「いっぱしのトレーナー」へと認識を改められたのだ。

 

「確かに、おれは東条トレーナーの弟子で、"常勝"リギルの因子を引いてる。でも、おれはリギル式の管理教育じゃなく、本人の持ち味を最優先したい」

「……それは、どうして?」

 

 この時のマルゼンは、今までになく興奮していた。というか、ワクワクしていた。

 

「競うな、持ち味を生かせって昔の漫画も言ってたろ……分かった、正直に言うから無言で口紅出すのはやめろ」

 

「……おれ、無理強いと言うか、何かを押し付けるの嫌いなんだよ。おれ自身が一番やられたくないことだから。折角我儘を通せるくらいの才能があるなら、やりたいことして生きるのが一番いいじゃんか」

 

 そしてどうやら、俺の答えは彼女のお眼鏡にかなったようだった。

 

「――もー!! 何でそれをもっと早く言わないの!」

 

 思いっきり抱き着かれた。あの体でだ。10代の身空には中々厳しいものがあった。性癖を歪める気だったのだろうか。

 

「だからその姉ちゃん風をやめろっての! おれ年上だぞ!?」

「えー、いいじゃない可愛いから。あそうだ! 私のことねえちゃんって呼んでもいいのよ!」

 

「そういう問題じゃなくてだな!」

「えー、なんでよぉ! 自分で言うのもなんだけど、こんなにマブい子そうそういないんだから、甘えればいいじゃない!」

(マブい……?)

 

 照れ隠しにギャースカ言いながら、しかしお互いに嬉しそうで。その日のうちに学園に届け出を出して、晴れて俺達は専属トレーナーと担当ウマ娘になった。

 

 今なら分かる。マルゼンは初めから、俺をトレーナーにする気だった。

 

 最初の頃の生意気な俺に、何を見出したかは分からない。だが最終的にスカウトされる気がないなら、俺のヘタな勧誘に根気よく付き合いなどしなかっただろう。

 

 彼女のそれとないアドバイスもあって、あの一か月で、俺のウマ娘との関係構築能力は一気に成長した。一年と少し後には、ルナを相手にクサい演説をかましたくらいだ。

 

 色々な意味で、トレーナーとしての原点は、やはり彼女だ。

 

 全く、トレーニングさせられてたのはどっちなんだか。

 

 

―――――――――

 

――――

 

――

 

 

 ――随分、懐かしい頃のことを思いだした。

 

「まだまだガキだったな、あの頃は」

「今もそんなに変わってないでしょ~」

 

 部屋に着く前から背後に居たのは分かっていたので、白けた顔で振り返る。

 

「あらら、バレてた?」

「いつもだからな。部屋、入っていいか?」

 

 了解を得て、預かっている合鍵で玄関を開ける。

 

 整然とした廊下と、その向こうにはリビング。

 

 何年も通ってれば流石に慣れる。彼女に関しては最初の頃の"姉"のイメージが強すぎて、異性がどうとかいうのも大分前に通り過ぎてしまった。

 

「片付いてるな」

「お陰様でね」

 

 何を言うでもなくキッチンで食事の支度を始めるマルゼン。

 

 初めは、部屋の片づけをやる気が出ないから、手伝いついでに監視しに来てくれという話だった。

 

 それだけでは申し訳ないからと夕飯を作ってくれるようになり……それがかなり美味かったので、いつの間にか週に1度はこうして食事を集りに行くという、良く分からない生活が日常になってしまった。

 

 半年もするころには片付けも板につく。何度も負担じゃないか聞いたのだが「おねーさんに任せなさい!」の一点張りであったので、その内考えるのを止めてご馳走になることにして、曖昧な関係を続けてきた。

 

 そんな暮らしも、今日までだ。

 

「乾杯っ♪」

「ジュースだけどな」

 

 出て来た料理は、とんかつだった。好物だ。

 

「もうっ、もっと気の利いたのないの~? キミの瞳に、とか!」

「じゃあそれで。あ、ソースこっち置いとくぞ」

「ええ、ありがと」

 

 例の事故以来、彼女は何も言わずに好物を出してくれるようになった。自然と、部屋では仕事の話をしないのが不文律に。

 

 彼女なりに、居場所であろうとしてくれる、ということだろうか。

 

 俺は今まで、ただ何となく、それに甘えていた。我ながら意志の弱いことだ。

 

 

「……決めたのね」

 

 マルゼンが意を決したようにそう言ったのは、食事を終えて二人して洗い物に勤しんでいる時だった。

 

「分かるのか」

「あたり前田のクラッカーよ♪ 何年の付き合いだと思ってるの」

 

 どうにも、このウマ娘には頭が上がらない。まあ、だからって悪く思ってるわけではないが。

 

「引退するよ」

「そっか」

 

 短く答えて、短く返ってきた。

 

「……じゃあさ、私と一緒に逃げちゃおっか」

 

 ただ、続く言葉はかなり予想外だったが。

 

「…………は?」

「あははは! 久しぶりに見たわその顔!」

 

 事態を飲み込めない俺を見て、マルゼンは心底楽しそうに笑っている。

 

「だって、あなたのいないトレセンで走っても楽しくないし。貴方のことだから、ほとぼりが冷めるまで田舎でのんびりしてよ~なんて思ってるんでしょ」

 

 完璧に言い当てられてしまい、何も言い返せない。流石に付き合いが長すぎてお見通しか。

 

「私も連れてって」

 

 一瞬だけ、笑顔が消えた。

 

「『やりたいようにしていい』って、言ってくれたのはトレーナーでしょ。私は、キミと二人で愛の逃避行、なんてのもいいかなーって思うんだけど、どうかしら?」

「愛って、お前な……」

 

 お前呼びをしているのは、マルゼンだけだ。むかーしそれを伝えたら、他人にはダメだが私にはお前呼びでいいわよと言われて今に至る。

 

「あら、世間の目を逃れ、トレーナーと教え子の禁断の愛、なんてロマンチックじゃないかしら?」

 

 測り切れない。どこまで本気なのか。

 

「それとも。私は邪魔?」

「……お前、その聞き方は卑怯だろ」

 

 邪魔なものか。

 

 俺だって人の子だ。こんな暮らしが一生続いたらと、思わなかった訳じゃない。

 

 だが、それでは駄目なんだ。

 

 全ての責任を、俺が背負って消えなければ。

 

 ただでさえ地に落ちている俺の評判に、女に手を出してそれと一緒に逃げたなどという情報まで追加されてしまっては今度こそトレセンに致命傷が入ってしまう。

 

「……ごめんなさい。困らせちゃったわね」

 

 そんな事情を知ってか知らずか、マルゼンはあっさりと引いた。

 

「いつ、出て行くの?」

「明後日だろうな。挨拶回りが長引けばもっと後になるかも」

「そう」

 

 今のマルゼンに嘘を教えるのはまずい気がして、素直に答える。

 

「タッちゃん、いつもの所に付けて待ってるわ」

 

 彼女の愛車、真っ赤なランボルギーニ・カウンタック。

 

「もし、私を少しでも……求めてくれるなら。乗って来て」

 

 言う直前に彼女が窓の方を向いたので、表情を窺い知ることは出来なかった。

 

 なんとなくだが、無理に覗いたり、触れたりすべきではない気がして、ただ俺はその場を後にするのだった。

 

 その足で、薄暗くなったトレセンに戻ったのは、現実逃避だろう。

 

 来てしまったものは仕方ないので、返事のことは一度棚上げして、近くの研究室に今も籠っている筈のアグネスタキオンと話をすることにした。

 

 ……俺は、最低だ。




 クソッ! 「」どもの文才に勝てねえ!
 なんであんなところにいるんだよあいつら! さっさと書籍化してしまえ!!

 7:22追記:一部表現を加筆修正。

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