"逃げ"が得意なウマ娘というのは、総じてマイペースで他者への関心が薄い。
良く言えばストイック、悪く言えば自己中。自分の走りだけに集中し、ライバルのことは眼中にないというある種傲慢な姿勢こそが、他を圧倒するほどの大逃げを作りだす。
馴れ合いを好み仲間と一緒に走ることに喜びを感じるとされるウマ娘としては異端で、だからこそ強く、華がある。
そしてそういう手合いは得てして、逃げ以外の戦術がほぼ取れない。
そもそも「差し」や「先行」のようにペース配分やコース取りなどを考えるのが苦手か、あるいは考える気がハナからなく、思うままに走った結果が"逃げ"なのだ。厳密に言うとあれは戦術じゃない。
戦術じゃないから、成功も失敗もない。ただスタミナが持ったか、持たなかったかだけだ。単純で、「力を出し切れなかった」という事象がほぼ発生しない。
だから俺は逃げウマが一番好きだ。いつも思い通りに走れて楽しそうだしな、あいつら。
それが指導にも伝わっているのか、あるいは「好きなように走れ」と言い続けたからか。俺は本能任せ、マイペースが持ち味の才能と相性が良く、自然と俺の担当には実力は高いがクセも強い逃げウマが多くなった。
「やぁ、モル……トレーナーくん」
そしてこいつは例外的に、逃げ連中よりよっぽどマイペースだ。
いや、変な方向を向いているだけの泥臭い努力家、というのが正しい評価なのだが……どうにも三冠以外はどうでもいいと言わんばかりだったブルボンやコミュ障でスピード狂のスズカと同列に並べてしまう。
「モルモットでいい。今更取り繕うな」
寮の部屋にも戻らず、チームの第2ミーティングルーム(持て余していたのでくれてやった)を改造したラボに入り浸り。まあ本人が稼いだ賞金が元手だから強く言う気もないけれど、ヨレた白衣と手入れの行き届いていない髪の毛が俺を心配させる。
「そうかい、では好きに呼ばせてもらうよ。して、こんな時間に何の用だい? キミが定時より後に自ら訪れるとは、ヒトの奇行と天候との因果関係について検証データが取れそうだね」
「雨が降るって言いたいのか」
「そうなるか観測しようという話さ」
タキオンがボケて、俺が突っ込む。いつものやり取りだ。
ただ、普段はどんなに忙しかろうと尋ねればこちらを向いていたタキオンが、今は机に向かったまま、手を動かし続けている。
「で、それ何だ?」
タキオンの手元でカチャカチャと音を立てる機械。よほど集中しているのだろう、一度も視線をこちらによこしてこない。
そもそも、薬学・生理学畑のこいつが本気で機械いじりをするとは珍しい。
「義足、いやパワードスーツかな。歩行補助具というやつだよ」
「……償いのつもりか? タキオンらしくもない」
「まさか。そんな真似をする時間も資格も、私にはとうに失われているとも。そうさな、あの事故で内的強化に限界を感じ、戯れに作ったとでもしておこうか」
建前であることを隠しもしない理屈を並べるタキオンに、1歩近づく。締め切った部屋特有のぬるい空気が肌に触れ……こいつ、また風呂をさぼったな。
「……あまり近寄らないでくれないか、このところ実験室に籠り切りでその」
「自覚があるならシャワーくらい浴びてこい。……理屈は分かった、そう言う事にしておくから出来上がったら教えてくれ、試験運用のあてがある」
「そうやって苦言は呈しても最後はこちらの判断に任せてくれるところ、本当に好ましく思うよ」
「あくまで主体はウマ娘。トレーナーとしちゃ当然だと思うがね」
「東条トレーナーの前でも同じことを言えるのかい?」
「言えるさ」
「ふぅン、根拠は?」
「二点。広報に際して厳しい方針を隠していない点と、チーム入りにテストが設けられている点だ。つまりあのチームに所属している時点で、入会の意志を示した上でテストを突破したことになる」
「なるほど」
小気味よいテンポでかけ合う。お互い理屈屋、タキオンとの会話は嫌いじゃない。
向こうの頭が良すぎて付いて行くのが大変なゴルシ、俺の言ったことが半分も伝わらないテイオー、それなりに肩肘張って話してるルナと違って、素の俺に近い思考ルーチンで話せて気が楽だ。
「相変わらず無駄に弁が立つね、君は。ドーピング検査と上の査問に同行しなかったのは正解のようだ」
「タキオンもル……ドルフの追及をかわし続けた腕前だろ」
「ああルナでいいよ。君達のただならぬ仲については公然の秘密だからね」
「大して面白い関係性でもないぞ」
「それを決めるのはキミじゃあなかろうさ」
「そんなもんか」
「そんなものだ。……今、それを痛感しているよ」
タキオンが何のことを言っているかは、すぐ分かった。今まさに受けている、マスコミからのバッシングのことだろう。
「最初に受け持ったマルゼンスキーがいきなり秋シニア3冠。次のシンボリルドルフは言わずもがな。そして私が菊花賞除くクラシック二冠に秋の天皇賞と有マ記念。リギルが最強というのは、もはや建前上のことになっていた」
ああ、思い出せるよ。
「あと、ブルボンとテイオーも二人でクラシック5つか。思えばキミのデビュー以来、ことクラシック三冠の占有率は8割近かったんじゃないかい? ……私もキミも全く気にしてこなかったが、輝かしすぎる戦績は、余人の目には毒だったのだろうね」
「俺が凄いんじゃないんだがなあ」
俺が首をかしげてみせると、タキオンがわざとらしくため息をついたのがわかった。
「ハナより出でてハナより強しと言われた君がかい? 謙遜も過ぎれば嫌味だよ?」
少しの沈黙を挟んで、タキオンがぽつりと、昔話を始めた。
「まあ、キミの自己評価が著しく低いのは今に始まったことではないか」
「なあ、覚えているかい? 私が"ウマ娘の可能性"などという荒唐無稽な夢を語り、ルドルフに実験させろと言った時の君の台詞を」
「「ルドルフは天才だったが、俺は育成に失敗した」」
二人の台詞が同期した。
「くく、ハハハ! 今思い出してもおかしい、狂っている! あのシンザンを超えたとさえ言われるルドルフを、言うに事欠いて失敗と!!」
「シンザンを超えたか、
「分かっている、悪いのは自分だと言うのだろう。『限界を超えられる素質を持っていながら、それに見ないふりをしてバランスよく鍛え、格下狩りに特化させた』。……故に、素質を全て引き出せたとは言えないと」
毎回付け加えられるからもう覚えてしまったよ、と悪態をつくタキオンだが、その目にはむしろ好意的なものが宿っている。
「そうだ。いちばん強いヤツが格下狩りに特化してたら、それは誰も勝てないってことだからな。……本人に言うなよ」
事実、彼女のトゥインクルシリーズただ三度の敗北は、全て周囲のミスや不運が重なっての事。彼女自身に責任のある負けは、なかった。
だからウマ娘の能力に、タキオンの言う限界点があるとしたら、それはシンザンや今のルナと近似値であると。こいつを勧誘した時、俺はそう言った。
「分かっているとも。私とて、超えていいラインといけないラインは弁えているつもりだ」
「ここ2、3年でトップクラスに信用できない言葉だな」
「えー!」
ともかく、ウマ娘の、可能性の果てを見る。彼女の描く理想に、俺は惹かれた。
「んん゛っ、そして、可能性の果てが見たいと言った私を、キミはチームに引き入れた」
「ルナの件で、潜在能力を引き出す難しさを実感してたからな。助けになるかと思ったんだ」
最初は、ルナの才能を自分にしか分からない程度に捻じ曲げてしまったことへの罪の意識から。
「おや、それだけかい? 寂しいねぇ、私の脚には期待していなかったと」
「実際、期待はしてなかったぞ。脚の爆弾とタキオンの性格を見れば、どっかで自分の脚を研究データにかえて壊すだろうと予想がついたからな」
「……それは初耳だね。初めから見抜いていたのか」
今日初めて、タキオンが明確に驚いた声を出した。
「ああ。プランAとBの正体にも察しがついてた」
自分の脚で限界に挑むプランAと、自分の技術を他のウマ娘に継承させて果てに至るプランB。概要が分かれば、Wチャンスで行けばいいと言ってやるのは簡単だった。
「自分の脚を犠牲にすると決意する……つまりプランAを諦める日までは脚を温存しようと考えた結果が、あの走りの超少ない育成メニューだ。俺がただ我儘を聞くとでも思ってたのかよ?」
「というか俺、夏合宿で言ったろ。Aが完全に詰むまでBへの移行は許さんってな」
「あ、ああ。私が
「自分でそれ言うのかよ」
「私はこういう女だよ。諦め給え」
彼女との会話は弾むようで、つい長話になってしまう。
だが今日、思い出話をしているのは……きっと、お互い今後はこういう話をする機会がないことを、薄々察してのことだろう。
「晴れて私の脚は、最後の有マ記念を走り切ってなお、壊れなかった。タイムは会長のソレとほぼ並び、私は私の脚で、私の体で、ウマ娘の限界を体験することが出来たわけだ」
「そして気を良くした俺とタキオンは、プランAの完遂に満足せず、その先を求めた」
ナレーション調の芝居がかった口調で話を進めるタキオンに、一声。
それで、場の空気が再び重くなった。
「……初めは、ブルボンだったね。持ちえない距離適性を後天的に獲得してのけた彼女のデータは、確かに興味深かった」
「あの頃には俺達の理論もそれなりに煮詰まってたからな。全盛期のあいつは、恐らく2000までならマルゼンスキー並のスピードが出てたろう。ライスに差されさえしなければ、あいつに三冠を取らせてやれたんだが」
「まあ、本人がいいと言っているからいいじゃないか。それに、あの時のライスシャワーの持ち上げられ方といったら愉快だったろう。さながら魔王を討ち果たした英雄だったぞ、あれは」
当日のウイニングライブの盛り上がりが目に浮かぶ。
菊花賞、夢破れた割に清々しそうなブルボン。報道陣に褒めちぎられて縮こまっているライスシャワー。王朝の終焉と騒ぎ立てるマスコミ。一時期はライスシャワーを主役にした、あのURAのカッコイイCMがそこら中で流れていたものだ。
前年のタキオンは脚部不安で菊花賞を出走回避していたので、クラシック3冠レースで戦って負けるのはあれが……何年ぶりだ?
そういえばあのレースを元にした映画が、今度上映されるらしい。競バゲームや漫画なんかでもラスボスだの隠しキャラだので出していいかとしょっちゅう聞かれるし、ブルボンには申し訳ないがヒール人気で随分稼がせてもらった。
負けた時だってのに、褒められたり安心されたりした覚えしかないってのも変な話だ。
「否定はしない」
タキオンは頷く。
「テイオーとゴルシは普通に育成した。あいつらは限界を超えるほどの才覚じゃなかったからな。ゴルシに関しちゃいつの間にかいたし」
「ああ。あいつらも随分強くなってくれたよな。……そして、スズカだ」
まあ結局、話はスズカの方向へ。
「……容態は?」
「そこの機材が病院の計器とリンクしている。見ての通り今も安定しているよ。6時間ほど前に聞かれたばかりだし、急変するようなことがあれば伝えるとも」
台詞だけ取ればおどけているようだが、その口調はしっかりと沈んだものになっていた。
仕方ないじゃないか。最初に彼女が病院に担ぎ込まれた時、即死してないのが奇跡だと言われたのだ。今も心配でならない。
「……素質があった。本人の意思も。だから鍛えた」
タキオンの言葉で思い出すのは、師匠……東条トレーナーからスズカを預かった時のこと。
こいつはうちの管理教育に合ってない。そう言って見せられたレース映像の中で、あまりにも窮屈そうに走るスズカを見た。
俺の目によれば、明らかに
大抵の場合、逃げウマは逃げ以外できない。
彼女もそういうタイプだと考えた俺は、二つ返事でスズカの移籍話を受け入れた。逃げウマの育成なら、師匠より得意だという自負もあった。
「速さだけで言うなら、彼女は間違いなくルナを超えてた」
果たして、スズカは化けた。
今まで担当したどんなウマ娘より速く。ただ速く、ターフの先頭を自由に駆けた。
――だから、可能性が生まれてしまったんだ。
机上論でしかなかったはずの、限界の先。そこに届きうる才能が、手元に現れてしまった。
「……ウマ娘のスピードの限界。それを、彼女は超えた。あまりにも完璧に。あっさりと」
思案に入った俺を引き継ぐように、タキオンが言う。俺は一つ頷いて、続く情報を提示する。
「
原因は分からないんじゃない。ないんだ。
今はまだ、俺達二人だけが知っていることだった。
「……しかも俺達だけは、当日のスズカのコンディションが
「そして、あのスピード狂は……スピードの向こう側が見られるなら、負担なんか気にせず加速するとも分かっていた。元々、速く走りたいという本能に逆らえるなら逃げウマじゃない。引退レースの予定だったから、なおさらだ」
淡々と、起こったことを、事実を再確認していく。
それはどこか、懺悔に似ていた。
「だが俺は。最高のコンディションで迎えた引退レースを、走るなと言えなかった。思いっきり走りたいんだと訴えるスズカを、止めることができなかった」
「代わりに、キミは出来る限りのリスクヘッジ……いや、
「私費で雇った医師団を各コーナー最寄りの観客席に配置。かかりつけ医に話を通してベッドを確保。無理を言ってスペースを用意してもらい、会場に応急処置のできる医療キットを搬入。救急車まで用意していたのは流石に驚いたがね」
「救命医の人達が、ファンだと言ってな。事情を話したら非番なのに詰めていてくれたんだ」
俺は、彼女が更なる加速に入るだろう、第三コーナーの終わりに待機した。
嫌な表現だが、そこが"本命"だったからだ。
「そして案の定、第三コーナーの終わりで事故が起きた。……医者に、即死してないのが奇跡だって言われたよ。全くお笑いだ」
嘲るようにタキオンが言う。自嘲か、俺も含めてか。
「スズカの命は助かったが、速度の出しすぎで自壊した脚はどうにもならなかった。……出てはいけないものが飛び出してたんだ、死ぬ気でリハビリすれば1年で歩けるようになるかも、というだけでも奇跡的なのだそうだよ」
天皇賞は走り切れず。彼女の選手生命は、断たれた。
「あの時キミが庇わなければ、彼女は二度と歩けなかった。続く応急処置が10秒遅れていたら脚は切断だった。30秒遅れていたら失血か出血性ショックで死んでいた」
「そして我々の肉体改造がなければ、そもそも踏ん張りがきかずに顔から倒れ込み、トレーナー君もろとも空中分解していた……おかしな話だ。彼女の脚を壊すほどに速度を強化したのもまた、私達だというのに」
「ああ、自殺する気かと医者に怒鳴られたよ」
タキオンによってただ淡々と、起こり得た可能性が列挙される。
「トレーナー君がコースに乱入してまで庇ったお陰で、応急処置は完璧だった」
「……
はた目には、今日スズカが壊れると確信していたようにしか見えない。
というか、実際にそれは正しい。薄々彼女は限界を超えるだろうと分かっていて、出走を止めなかったのだから。
「常勝トレーナー初めての失態だ。マスコミ各社が一気に叩き出すのも当然だろう」
原因はオーバーワークではないのか? 担当を壊してでも常勝を維持したかったのか? 行き過ぎたスパルタ指導で勝ってきたんじゃないか?
そういう感情的なものが過ぎ去ると、今度はドーピング疑惑と身体改造疑惑が飛んできた。アグネスタキオンとの研究が、中途半端に外部に漏れたらしい。
既に俺が過去担当した全てのウマ娘が、数か所の医療機関で偏執的なまでのチェックを受けている。後付けで
「レギュレーション違反の行為をするのは、車で乗り付けてゲートインするようなものだ。そんな無粋はしていない。全く、正義に酔った市民というのは厄介極まりない」
これに関しては本当に嫌そうだった。ここまで不快感をあらわにするタキオンも珍しい。
「……だが、誰よりも"スピードの向こう"に拘っていたのは、スズカ自身だった。それを知っている我々は、殴ってでも止めなければいけなかったんだ」
「だから、この批判はキミが受けるにふさわしいとでも?」
タキオンが、初めてこちらに向き直る。
深い隈に縁どられた目で、こちらをギロリと睨みつけた。
「そうだ」
だが、俺は認めた。
「……ふざけるな」
タキオンは静かに、しかしかなりの力を込めて俺の胸倉を掴み、持ち上げた。
「いくらキミでも、言っていい事と悪いことがある」
「多分もう、俺が辞めるとどこかで聞いてるんだろうが。暴力に訴えても、俺の行動は変わらんぞ」
タキオンの手は、とっくに止まっていた。
長々とした懺悔に付き合ったのは、きっと彼女なりに俺を慰めてくれていたからなのだろう。
「……だめだ、トレーナー君。キミにはまだ、私のモルモットで居てもらわないといけない」
「"果て"は、見たじゃないか」
目がさらに鋭くなる。胸倉を掴んだ手を思いっきり引き寄せられ、首がガクンとタキオンの方に動いた。
「半生を賭して、ブルボンとスズカを実験台にまでして求めた"果て"がッ、終わりが、こんなものであってたまるかッ!!」
目に涙を溜めて、必死で叫ぶタキオンの顔が目の前にある。
「はーっ、はー……」
怒り慣れていないタキオンは、しばらく二の句を告げずに口をぱくぱくとさせ……一度落ち着いてから、淡々としゃべり出した。
「私は、認めない。これから新たな理論を立てて、実験を重ね、もっと先があるのだと証明してみせる。今止まってしまえば、果てはここだったと言うことになってしまうんだ」
「キミには、これからもモルモットとして役に立ってもらう。これは決定事項だ」
彼女らしい、不遜な口調。けれど、その声と手は震えていた。
「……そうは行かないんだ。分かってくれ、タキオン」
「っ、いいや! 私は強引だからな! 無理矢理にでも付いてきてもらうぞ! ウマ娘の身体能力は、キミが抵抗可能なレベルをはるかに超えるんだからな!!」
トレーナーとして協力していただけの俺と違って、タキオンの頭脳は非常に専門性が高い。既に、ウマ娘の運動に関する分野なら権威を名乗っていいんじゃないか。
「それでは、駄目だ。駄目なんだよ」
「駄目なのはキミが消えた場合も同様だッ! プランAにさえ、身近な者やファンの応援やライバルの存在があれほど影響していたと言うのにっ! 一番の、キミが消えてしまったら……私は……っ」
「…………すまんタキオン。こんな状態じゃなければ、研究の終わりが見たかった」
「謝るなよー! 私を、スズカとトレーナーを潰して生き延びた汚い女にさせないでおくれよぉ」
涙でぐしゃぐしゃにした顔を拭きもしないで、俺を求めるタキオン。
三人目だ。俺もなんとなく分かってきた。
自分で思っているより、俺は担当ウマ娘達に大きな影響を与えていたんだな。
……けれど、だからこそ。この役は譲っちゃいけない。
あと彼女らに残してやれるのは、「迷惑を掛けない」というマイナスの功績でしかないのだから。
「「……よし」」
決意を新たにしているのは、俺だけではなかったようだ。
「――ああ、そうかい。キミはそういう奴だったんだな」
急に、タキオンが取り繕ったような口調になった。
「キミにはほとほと愛想が尽きた! キミのような協力者など知らん! どこへなりとも行ってしまえ!!」
あぁ、芝居が下手だな、タキオンは。
「……ありがとう」
「っ!! 放逐されようというのに礼を言う奴があるかっ! 手切れ金代わりにこれをくれてやるから、さっさと出て行け!」
さきほど弄っていた機械――歩行補助具をこちらに投げてよこし(かなり重かった)、研究室をぐいぐいと押し出されてしまった。
そそくさとドアを閉められ、俺は一人、暗い廊下に立つ。
いや、なんとなく立っているのが辛くなって、ズルズルとその場に座った。
ああ、あと4人もあるのか。明日……そう明日、ブルボンに話をしよう。今日はもう無理だ。
そのまま膝の上に手を載せ、額を付けていると、ドアの裏側から何かが聞こえてきた。
――反射的に、耳を澄ましたのを後悔した。
「ぐっ、ひぅっ、えぐっ……とれぇなぁ……っ!」
……俺に、あと何が出来るのだろう。
せめて、祈らせてくれ。
どうか、君の研究が実を結んでくれますように。
スズカ「もうこれで、終わってもいい! だから、ありったけを……ッ!!」
タキオン「強制的に加速したんだ! 種の限界を超えうる速度まで!!」