トレーナー、仕事辞めるってよ   作:TE勢残党

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#4 坂路の申し子

「……ミッション、病室の訪問、達成。しかしサイレンススズカとの対話は未達成。面会時間終了につき、引継ぎを申請します」

 

 "事故"以来、私とスペシャルウィークさんは、会長よりミッションを受領するようになりました。

 

「ご苦労だった。既にスペシャルウィークが行っているので、心配無用だ」

 

 内容は、スズカさんの病室の訪問と、対話。所謂"お見舞い"です。スペシャルウィークさんと交代で、互いの余暇時間を調整し、途切れなく面会を続けています。

 

 しかし、このミッションは史上最高難度と推測されます。

 

 現状、スズカさんとの対話成功率、0%。あの日から……訂正。マスターが最後に"お見舞い"に訪れて以来、ステータス"虚無"と思われる状態が続いており、こちらの呼びかけに応答しません。

 

「……伝えねばならんとは思うのだが、な」

 

 "いらぬ心配を掛けたくないから"と、会長の判断により、スズカさんの容態はマスターには伏せられています。

 

 秘匿期限は、マスターが進退を決めるまで、と聞きました。あまり長い時間はかからないものと推測します。

 

「ああ、それから」

 

「何でしょう」

 

「……トレーナー君が、呼んでいたぞ」

 

 私はマスターより、精密機械の所持禁止を言い渡されているので、こう言う連絡は周辺の人を伝って渡されます。

 

 ですから、これは普段通りの連絡なのですが……会長は何故か、何かを堪えているように見えました。

 

 その表情と口ぶりから、マスターは既に、会長には私より先に"伝えた"のだろうと理解。

 

 ……ステータス"胸部の不快感"を検知。過去の蓄積データより、マスターと会う事で解消可能と判断。至急、マスターのもとに向かいます。

 

 

―――――――――

 

――――

 

――

 

 

 朝だ。といっても、そろそろ11時になる。

 

 秋雨前線も過ぎた今、空は無駄によく晴れている。

 

 当たり前の話だが、俺の気分や行動に応じて土砂降りになったりはしないらしい。

 

「タキオンの検証はハズレだな……」

 

 昨日の話を思い出し、胃の痛みを無理矢理飲み込んでトレセン学園の廊下を歩く。

 

 今日、あと4人だ。

 

「……ブルボン、いるか?」

「はい、マスター」

 

 ミーティングルームのドアを開けると、既にブルボンが待機していた。まずは彼女だ。

 

「本日はどのようなご用件でしょうか」

 

 ……既に、普段より落ち着きがないように感じられる。無表情に見える彼女だが、よく見れば人並みに反応しているのは分かる。

 

「あー、まあ、なんだ。ちょっと話があってな」

 

 もう四度目だが、言い出すのは慣れない。

 

「推測。それは、スズカさんに関連することでしょうか」 

「……お前の口から他人の話が出て来るとはなあ。成長したな」

 

 前置きも何もなく、最短距離で核心を突きに行く。ブルボンらしいと思う反面、つい二の足を踏んでしまう。

 

「発汗と視線移動から"話を逸らしている"と断定。阻止を試みます」

「わかったわかった、悪かったよ」

 

 ジト目をこちらに向けるブルボンに、観念したと態度で示す。

 

 今日は特に急かしてくるように感じる。多分だが、彼女を呼びに行ったのがルナ辺りだったんだろう。マルゼンはこういうの隠せる方だし、タキオンは自分が行くタイプじゃない。

 

「まあ、何だ。色々考えたんだが……トレーナーを、辞めることにした」

 

 分かっていたことだが、こいつに下手なごまかしは効かない。

 

 そう結論づけ、少ししり込みしてから、本題を切り出した。

 

「…………」

 

 ……1秒、2秒、3秒ほどたっても、何の反応も返ってこない。

 

 無表情のまま、ブルボンはフリーズしていた。

 

 かといって不用意に弄れるような空気でもなく、そのまま空気が凍り付いたような時間が過ぎていく。

 

「……了解しました」

 

 一秒ごとに胃に感じる重さが増し、ついに刺すような痛みを覚え始めたころ、ついにブルボンが再起動した。

 

「へ、あ、いいのか?」

 

 俺の方が拍子抜けしたような声を出す番だ。

 

「それが、マスターの選択ならば。私はそれに従います」

 

 ……ああ、そうだった。こいつはこういう感じだった。

 

 命令に従いますとそう言って、どんなハードなトレーニングも平然と熟してしまうのが彼女の強みで……危うさでも、あったんだ。

 

「私がこの成績を収めることができたのは、マスターのお導きがあったからと確信します」

 

 彼女は本当に……本当に、命じれば"どんなことでも"した。実際、体よく実験にこき使おうとするタキオンを何度か折檻している。

 

 一応断っておくが、いかがわしいことは一切していない。ただ、もし全然トレーニングに関係ないことを命じたとしても、適当に丸め込んだら実行してしまうんじゃないかというくらいの従順さだった。

 

「俺はただ道筋考えてやっただけだろ。あんなメニューを完走したブルボンの手柄だよ」

 

『私の望みは、クラシック三冠のみです』

 

 そう言ったブルボンの目には、およそ人間味というものがなかった。

 

 彼女の本来持ちうる素質――短距離レース主体でデビューさせようと言うトレーナーから引き取る前から、トレーナーの課していた練習に追加で坂道ダッシュするような……言いたかないが、狂った女だった。

 

『それではオーバーワークになるのも時間の問題だ。いいかい? 一流のアスリートというのは、完璧な体調管理の下で致死量ギリギリの毒薬を躊躇いなく服用する、狂った精神の持ち主でなければなり得ない。キミは後者ができる才能を持っているが、前者をおろそかにしている。端的に言うとだね、それは自殺だよ』

 

 タキオンが珍しく、怒りを露わにしてまくし立てていたのを思い出す。脚に抱えた爆弾のせいで幼少よりギリギリを攻めるトレーニングを強制されてきた彼女には、折角の頑丈な体を使い潰すブルボンの在り方が我慢ならなかったようだ。

 

 タキオンと俺は、彼女のために虐待と言われたら言い逃れできないようなトレーニングメニューを考案した。それこそ、ブルボンのことはギリギリ壊れない程度にしか考慮していない、理論上の最高効率だけを追求するような代物を。

 

 ほとんど全て、本人からのオーダーだった。

 

 少しでも余分な――と言っても、常識的な範囲で見れば十分スパルタの域に入るレベルの――余暇を増やすと、それを見抜いて自主練に充ててしまうのだ。

 

 ただでさえ、怪我ギリギリのトレーニングを強いている。見ていない所で追加トレーニングされたら本当に潰れかねなかったので、本人が納得できるくらいに限界の限界まで追い込んでやらねばならなかった。

 

「いいえ。マスターが居なければ、私はクラシックに出走することさえできなかったと推測。故に、マスターの存在と、私の成績には因果関係が認められます」

 

 彼女はそれを、文句の一つも言わずに完遂した。

 

 どころか、「辛い」「キツイ」「しんどい」のような、ちょっと座る時、スポーツドリンクの入った水筒から口を離した時、早起きさせられて集合した時にポロっと出るような弱音すら、一言たりとも聞いたことがなかった。

 

 ――思えば、マスコミや同僚たちが俺を気味悪がり出したのはこの頃からだ。

 

「違うもんか。結局、やったのはブルボンで、走ったのもブルボンなんだから」

 

「いいえ。私一人では、夢に近づくことも、新たな夢を見ることもありませんでした」

 

 二人でいると、大体こうやって手柄の押し付け合いになってしまう。

 

 意地っ張りは相変わらずだが、昔と比べて随分人間らしくなったものだ。というか――

 

「……新たな夢?」

 

 初耳だった。

 

「私の父と会った時のことを覚えていますか」

「ああ」

 

 URAファイナルズを走り切った彼女に連れられ、彼女の実家で父親に引き合わされたことがある。

 

 彼女がどれだけ頑張っていたか伝え、三冠を取らせてやれなかったことを詫びた。彼女が、ヒールとして扱われてしまったことも。

 

『君が至らなかったのではなく、ライスちゃんと言ったかな、彼女がもっと頑張ったということだろう。娘の顔を見ればわかるさ』

 

 そう言ってもらえて、俺は恥ずかしながら随分ほっとした。娘を預かっておいて夢を叶えてやれなかったから、正直、嫌味の一つくらいは言われる覚悟だったのだが。

 

 彼女の父は、こんな俺を歓迎してくれた。

 

 ブルボンもいい男を捕まえて来たじゃないか、なんて、微妙にずれているような正しいような評も得た。俺としては、教え子に手を出すほど落ちてはいないつもりなのだが。

 

「私がマスターに抱いている感情は、父に向けているものと似ていると考えていました」

「ああ、そう聞いたな」

 

 帰りの電車で、彼女はそんな話をしていた。確かその続きは――

 

「ですが、実際に父と比べて。私の抱くこれは、違った種類の感情であると確認しました。これの……解明は、現在すでに完了しています」

 

 そう語る彼女の頬は、ほんの少し上気している。いつの間にか、彼女も本当に人間らしくなった。

 

「そうか」

 

 しかし、ブルボンの向ける感情か。『父』じゃないとして……いや、まさか。

 

「はい。ですが、この答えは、今のマスターにはお伝えできません」

 

 彼女に限ってそうはならんだろうと思っていた。……ひょっとして俺は、とんでもない物を見落としていたのかもしれない。

 

「ステータス"重荷"に、なると考えられるためです」

「……」

 

 答えに詰まる。

 

「ですが、一つだけ"お願い"があります」

 

 お願い。

 

 覚えている限り、彼女がこんなことを言い出すのは、初めてだ。

 

「私に『マスターを待つ』という行動を、許可してください」

 

 ――なんてことだ。俺は、何を弄んだ。何に気づかなかった。

 

「私は、走り続けます。

 

 走って、いつまでもマスターの帰還を待っています。

 

 いつか、マスターが戻ってきて下さったら。その時、答えを伝えようと思います。

 

 ですから――いつか。戻ってきてください、マスター」

 

 ブルボンの顔は、普段通りに見える。だが、明らかにこれは……トレーニングの終盤の、失神スレスレの負荷に耐えている時の顔だ。

 

 人間らしくない彼女が、一番人間らしくなるところを、俺は見ていなかったというのか。

 

 それで、久しぶりに二人きりで話して、こちらから別れを告げたのか。

 

「あ、あ……いや、駄目だ。それは許可できない」

「何故、ですか」

 

 ブルボンの顔が、明確に曇った。初めて見る、表情らしい表情だ。

 

「それは、自分の意志で決めることだ。一々俺の許可なんて、取らなくていいんだよ」

 

 担当のことだけは、理解しているつもりだった。……何もわかってないじゃないか。

 

「だから、最後の命令だ。……俺の事は早めに忘れて、どれだけかかってもいい、自分の力で新しい進路を見つけてくれ」

 

「…………かしこまり、ました」

 

 これでいい。

 

 こんなのの事は早く忘れて、前に進んでくれ。

 

「最後になるが……ごめん、ブルボン。気づいてやれなかった」

 

 まだブルボンが何かを伝えようとしている気はしたが、それ以上は耐えられなかった。

 

 だからそれだけ言い残して俺は、振り返らず、逃げるようにミーティングルームを後にした。

 

 ……最早戻れない。

 

 テイオーとスズカは、恐らくもっとだ。

 

 次は、ゴルシだろうか。




 ここは曇った女の子を肴にニチャったり日々のご飯を美味しくしたりする場所。マスコミ叩きは程々に。

(シングレ最新刊を見ながら)ああ、三巻ウマ娘……

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