あと支援絵が欲しい(直球乞食)。
「掲載しないって、どういうことですか編集長!!」
月刊トゥインクルの編集部に、女性の怒号がこだまする。あまりの剣幕に、オフィス全体が一瞬硬直した。私とて、取材で修羅場を潜った経験がなければたじろいだかもしれない。
例のトレーナーを担当していた……いわゆる番記者の、乙名史の声だ。
「記事に何か不備でもありましたか!?」
そんなものはない。本人も分かっているはずだ。
私の手元には、"ボツ"となった――編集長である私がそうした――彼女の原稿がある。彼女の全身全霊で書き綴られた、「チーム・アンタレス」の活動記録。次号の月刊トゥインクルに掲載される予定のものだ。
トレーナーの彼がどんな思いで、どうやってウマ娘達を育成してきたか。担当ウマ娘たちが、どれほど彼のことを想っていたか。彼女が密着し出してもう何年になるんだったか。そうして積み上げられた情報の……いや、"思い出"の全てが、確かにここにある。
記事の最後は、彼の担当ウマ娘……シンボリルドルフへのインタビューで締めくくられる。
『ターフには夢があると信じて走ってきた。現実はどうだ。疎まれ、悪役に仕立て上げられ、あらぬ疑いを掛けられるのみだ。我々は、ズルをしていると後ろ指をさされるために必死でトレーニングしてきたのか』
ややお涙頂戴感はあるが、これくらい露骨な方が大衆には効く。
これを発信すれば、世論が動く。
そう思えるほどの熱が、この記事からは感じられた。
――
「いや、ない。完璧に仕上がっているよ」
「だったらどうして!!」
あの記事に込められた熱量を見れば、納得いかないのも理解できる。
なおも私に食ってかかる乙名史。本当に彼女は、この仕事が向いている。
だからこそ――
「完璧すぎるんだ」
こんな、汚いものを見せたくはなかった。
「一連の流れ。バッシングからドーピング疑惑までがスムーズすぎることを、君も勘づいていると思う」
「ええ、だからこそ私は!!」
「流れには、"逆らわなければいけないもの"と、"逆らってはいけないもの"がある。前者は、衆愚によって自然発生したもの。後者は、意図的に作られたものだ」
ぴしゃり、と強い口調で言い切る。乙名史の表情が、怒りから失望に変わった。
「……っ! あなた、まさか」
「私にもプライドはある。この件で私は一切の利益を得ていないし、これから得る気もない。だが、君のそれが世に出たら、『逆』がないとは言えない」
そう言って、乙名史の目を見つめる。
「世の中には、人の命すら軽くするほどの重さを持った情報がある。君のそれは、今そうだ」
分かってくれとは言わないし、言えない。人間としても、ジャーナリストとしても、君が正しい。きっと私が君くらいの歳だったら、間違いなく同じことを言ったさ。
私とて、有望なウマ娘トレーナーが過剰な誹謗中傷の嵐の中に居たら、肩入れくらいしたくなる。
「私は、命なんてっ」
「君はそうかもしれない。私もそうだ。命知らずでなければジャーナリストなどやっていない」
皆が白だと言っていても、それが黒ければ黒だと声を上げる。確かにそれが、ジャーナリストの姿だ。
「なら、どうして止めるんですか!!」
「
だがね。今の私には妻と、2人の息子と、数十人の部下がいるんだ。
私は、ジャーナリストでいるには、守るものを増やしすぎた。
民放各社を抱き込めるような相手。中堅レベルのスポーツ雑誌の編集部の抵抗なんていうのは、抵抗とは呼ばない。自殺と言う。
どうか恨め。私は卑怯者だ。
「分かってくれ乙名史。この業界にいるんだから、君だって知ってるはずだ」
――レースは血筋のスポーツだ。
ウマ娘と同じように、トレーナーにも名家があって。彼の才覚は、その存在意義を破壊してしまったんだよ。
これはその「報復」か……いや、もっとレベルの低い、「負け惜しみ」。あるいは「最後っ屁」だろうね。
―――――――――
――――
――
ウマ娘レースとは、ブラッドスポーツである。
ここで言うブラッドスポーツとは、「血生臭いスポーツ」という意味ではなく、「血統のスポーツ」という意味だ。名門に生まれたウマ娘が、かなりの確率で普通のウマ娘より優れた"
そして、血統重視の傾向は、トレーナーの側にも存在する。
ことウマ娘レース界では、未だに事実上の貴族と呼んで差し支えない「ウマ娘の名門」がいくつも存在する。血統の良さが実際に強さに繋がるので、自然と富や名声が集まることによる。
そうやって名声を得た彼女等が誰を伴侶とするかと言えば、それは大抵の場合トレーナーである。ウマ娘というのは、本能的に速く走ることを求め、それが高じて「自分を速くしてくれる者」に好意を抱きがちだからだ。
すると、どうなるか。
名門ウマ娘の格式に見合うトレーナーの需要が生まれる。すなわち、「トレーナーの名門」の誕生だ。
今でこそトレセン学園による免許制が浸透しているものの、業界内には"名バには名トレーナーを"という不文律が根強く残っている。
ここで言う名トレーナーとは、勿論名家のトレーナーという意味だ。
今まではそれが問題なくまかり通っていた。知識面での独占が取り払われたとは言え、直接ウマ娘に触れあう機会が多く、父母の仕事ぶりを見て育つ名門出身者は、何だかんだ一般家庭出身者より優秀だったからだ。
だが、その常識は「あのトレーナー」の登場によって崩れ去る。
何も知らぬ一般人は、血統に寄らず結果を出す彼を「革命児」と呼んで誉めそやした。
――だが、革命が起きると言うことは、元いた強者たちが都落ちするということなのだ。
「"ゴルゴル商事"を名乗る企業が、我が家の管理する企業のひとつに敵対的TOBを仕掛けてきた」
ふざけた企業名を大真面目に読み上げた男は、会議場である豪華な洋館に見合う上等なスーツを着ている。
「商事? 聞いたことがないが……海外ベンチャーか何かか?」
「いや、経営実態そのものが存在してない。上場はしているから事実上のSPAC、買収目的のペーパーカンパニーだろう。問題は資金の出所だ」
別の男が補足する。情報は行き届いているようだ。
「新興ベンチャーへの投資という名目で、メジロ家からかなりの資金が流入した形跡が見つかりました。その上企業の設立自体がつい先日。露骨さから見て隠す気がなく、威圧か、警告が目的と見るのが妥当かと」
出席者たちに動揺が広がる。
「メジロ家はあのトレーナーの肩を持つと?」
「タイミングから見て、そう考えるのが自然でしょうな」
「突然変異の個人を取ったか……忌まわしい。だが予想された事態だ」
メジロ家が直接出て来た場合、業界を真っ二つに割っての戦争ということになってしまう。
故に、間にペーパーカンパニーを挟んで名目上の距離を取ったのだろう。男達の見解は一致していた。
「元より我等は敗残兵。味方などおらんさ」
ざわつく者達を纏めるように、また別の壮年の男が声を上げた。
「全ては娘の失態。こんな愚物に付いてきてくれた皆には感謝の言葉もない」
集まった身なりのいい者達の中でも特に風格のあるこの男こそ、トレーナーの名門一族を取り仕切る家長。
「娘が勝てれば、問題はなかった。いや、そうでなくともG1で2~3勝していれば面目は保てた」
滔々と語る男は、しかし恥じ入るような、罪を告白するような沈痛な表情。
――彼らは、あの天才トレーナーに対抗すべく、名家としての全てを注ぎ込んだ"最高傑作"をトレセン学園に送り込んだ。
担当のウマ娘も、サイレンススズカほどではないが極めて高い適性を持つ者が宛がわれた。
名声を上げ続けるアンタレスのトレーナーにより、ファンの中で「名家不要論」とでも言うべき論調が持ち上がっていたからだ。
――結果は、G1未勝利。(G1だけで)6戦6敗、全て2着、どれも1着はアンタレスのスズカ。
2着にはなっているから本気ではなかったという言い訳は通用せず、スズカにだけは負けているからアンタレスには勝てないことが証明された。考え得る限り最悪の負け方であった。
スズカのいないレースを選べばよかったものを、とは、家の全員が思う所。
勝ちに固執し「次こそは必ず勝ってみせます」と言い続ける娘の懇願を、信じてしまった親心が招いた悲劇であった。
「かのトレーナーの活躍により、名家の存在意義に疑問を呈する動きが強まった。事実我等は敗北している。最早この流れは止まらないだろう」
斜陽になっても名家は名家。古い伝手を辿ってマスコミ各社に忖度を強制したり、事故映像を全国に流して世論を誘導する位は容易にできた。
それで十分。彼らはそう確信している。
「これは、生存競争である」
男は会場に集まった者達を見渡すと、毅然と宣言した。
「道は三つ。抱き込む、潰す、潰される」
かのトレーナーに、家が潰されようとしている。少なくとも、彼らは全員がそう理解している。
「"計画"が成功すれば良し。さもなくば消えるのみ。――不退転の覚悟にて、桐生院150年の伝統を守ってみせよッ!!」
――滅びゆく彼らには、しかし抵抗する力が残されている。
少なくとも、今はまだ。
桐生院さんごめんなさい(先行入力)。悪役は馬主のいないあなたにしか務まらないんです。
冒頭FX発言が1時間(最速24分)で解読されるとは思わんかった。凄いね読者。