1973年11月2日。
スイス地震学サービスの発表によると、自然によるものとは異なる地震波がブルゴーニュで観測されたようだ。
そこから考えられることはただ一つ。
ブルゴーニュは核兵器を完成させたのだ。
この事実は世界中に広がり、特に大ゲルマン帝國のハイドリヒ総統はブルゴーニュを警戒することとなった。
しかし、秘密主義を貫くブルゴーニュのヒムラーは黙秘を続けている。
そして、これを最も警戒したのが大日本帝国である。
大日本帝国政府はアフリカ日本軍を増強。
対ブルゴーニュ作戦<武号作戦>を計画した。
そんな、1974年4月6日。
大ゲルマン帝國は親独的なデンマークとノルウェーを併合。
これに対し、スウェーデン政府はフィンランドとの同盟を締結。
フィンランド=スウェーデン同盟が成立した。
これに対し、武装親衛隊がスウェーデン国境に展開。
その頃、喜望峰では南アフリカ海軍とアフリカに駐留している大日本帝国海軍の第8艦隊で大規模な軍事演習が行われた。
この演習は、大ゲルマン帝國に対する牽制の意味も含まれており、日独冷戦は新たな局面を迎えることとなった。
そして、1974年5月5日。
セイロン島にて危機は起きた。
大ゲルマン帝國がセイロン島に核ミサイル基地を建設していることが判明。
日本海軍とドイツ海軍の間で緊張が走ることとなった。
ロシアでは、ブラックリーグが中央シベリアに進出。
これを機に、ブラックリーグは日本との交渉を開始。
結果、ウラジオストク条約が締結され、アムール川より北は将来的にロシアに返還されることとなった。
アメリカではロッキー連邦が崩壊。
アルバータ共和国、コロラド共和国、アメリカ自由国が独立することとなった。
一方、ブリテン島ではイングランド王国で大規模な反乱が発生。
エドワード8世を退位に追い込み、イギリス復興政府が成立した。
その後、大日本帝国の支援を受けたイングランド王国はウェールズ共和国との合併交渉を開始。
ウェールズ共和国は一時期は合併に対して批判的だったが、日本海軍がアイルランド島から北に50kmの地点に展開したことでウェールズ共和国は屈し、イギリス復興政府に併合された。
その後、スコットランド共和国との交渉も開始。
こちらはイギリス復興政府に対し、好意的であったため、すぐに併合することができた。
こうして、ブリテン島は統一された。
その後、イギリス復興政府は大日本帝国が支持するエリザベス2世を国王に据え、連合王国が復活した。
そして、連合王国は大東亜共栄圏に加盟。
大東亜共栄圏は西ヨーロッパ、東アフリカにまで広がったのだ。