降り注ぐは希望が砕いた流星群。満たすは無垢なる絶望と星の記憶。滅びの魔女へ捧ぐ背反の歌。 作:ソプラノ
もし原作知らないけど読みたいという方がいましたら、どうにか補足していきたいと思っています。
「ドロシーを捕縛しろ! 王都に連れ帰り捕虜とする」
「……了解。ドロシー、俺と遊ぼうぜ。死なない程度に痛めつけてやる」
誘拐された火の魔女、サクヤを追ってゴウラ火山までやって来た第九小隊たちは、指揮者アルトの力によってサクヤを取り戻し、彼女の歌によるサポートもあって疲労こそ大きいが、大きな怪我もなく福音使徒・切り裂きドロシーの無力化に成功した。
第九小隊のトップにして王国の騎士団長、クラウスの号令によって福音使徒に並々ならぬ思いを抱く騎士ラスティが荒縄を手に、地面に這うドロシーに近づいた。
「ドロシー先輩に『触るな』」
「くっ……! この声は!」
その瞬間、突然聞こえてきた声によってラスティの動きが完全に停止した。
動きを止められたラスティはその声の主に覚えがあるようだったが、呪縛を払うことができず、弱ったとはいえ福音使徒の幹部であるドロシーの前で大きな隙を晒すことになった。
「死んじゃえ!」
「ラスティ!」
その隙を見逃す筈もないドロシーは手元に特製人形、デクリンちゃんを呼び出すと、それをラスティへけしかけた。
それに対応したのは小隊内ではいつもラスティと言い合っている堅物の重騎士、アーチボルトだった。
重い鎧に包まれた体を機敏に動かし、ラスティとデクリンの間に体をさしこむと、その得物である銃槍でデクリンを弾き飛ばしたのだ。
「総員散開! 散らばって距離を取れ! 」
クラウスの号令に従い、第九小隊の面々がドロシーを中心に半円状に距離を取り、アーチボルトに担がれたラスティも含めて全員が一定の距離を保っていた。
「団長! 今のは一体なんなんですか?」
「敵の攻撃だよ……。福音使徒の中でもアレには手を焼かされている」
状況を呑み込めていないメンバーを代表してアルトがクラウスに問うと、クラウスは苦虫を噛んだような表情で答えた。
「大丈夫? ドロシー先輩」
「ありがと、エール……」
第九小隊の情報共有の間にどこからか戦場に現れたのは、顔をすっぽり隠すフード付きのマントに包まれた人物だった。
彼はドロシーの横に立つと、心配そうに声をかけていて、まるで第九小隊のことは眼中にないかのような振るまいをしている。
「呪言のエール! ここで会ったが百年目! 貴様の正体を暴かせて貰うぞ!」
「テメェの術は種も仕掛けもわからねぇが、複数に強い効果を与えられないってことはもう割れてんだ。この人数相手に一人でどうにか出来ると思ってるのか? ドロシー共々豚箱に詰め込んでやるぜ!」
第九小隊の中でも過去に福音使徒との交戦経験がある二人の騎士、アーチボルトとラスティが気炎を上げて二人同時に突撃を行った。
「『動くな』」
「くっ……! ラスティ!」
「任せろ!」
エールがアーチボルトの動きを止めさせると、残ったラスティがエールに肉薄し、短剣を振るう。
以前ラスティがエールと戦った時は、エールには近接戦闘を行う能力はなく、他の福音使徒によってカバーされる形で戦闘に参加していた。
今この場にいるのは満身創痍のドロシーだけだ。
エールを守る前衛がいない以上、その能力の欠陥を突くことができた今、無力化は容易だとラスティは考えていた。
「なっ!?」
「こっちだっていつまでも弱いままじゃいられないんだ。最近はルドルフからも成長のお墨付きをもらってるぞ」
「テメェ!」
エールはマントの中から一本の剣を抜くと、それで以てラスティの攻撃を防いだ。
その錬度はラスティにこそ及ばないが、王国の一般騎士を軽く上回る程。
防戦一方ではあるが、なんとかラスティに食い下がることができていた。
更に、交戦中にエールが口にした言葉によってラスティが激昂し冷静さを失うと、戦況はややエールに傾くまでになる。
「ラスティ! 冷静になれ!」
「く、悪い、アルト。助かった」
エールの剣がラスティに届くかといったところで間に割って入ったのは、第九小隊の設立とともに騎士となった新米騎士にして、魔女の調律を行うことができる指揮者のアルトだった。
「お前がアルトか……。なるほど。ぶっ殺す!」
「させるわけねぇだろ!」
「『左に跳べ!』」
正面でアルトと相対したエールが叫ぶと、その濃密な殺意に気押されてそれまで切り結んでいたアルトに隙が出来る。
ラスティがアルトを庇うように間に入るが、エールは剣を振るうのではなく、口を開いた。
気押されたアルトの心の隙にエールの言葉は容易く染み込み、アルトの意思とは関係無くその体が動く。
「アルト!」
自分たちが立つのは溶岩の川のすぐそばで、左側には十メートルほどの高さの崖と、その下には溶岩の川がある事を思い出したラスティがエールから視線を外し、アルトに向かって跳ぶが、拳ひとつ分間に合わず、アルトの体は宙に投げ出された。
「「「アルト!」」」
「アルトは、死なせない……!」
火山という極限環境での戦闘によって疲労困憊で、なんとか警戒を続けていた第九小隊の後衛たちが叫ぶが、その思いは天に届かず、アルトの体は溶岩の川に吸い込まれるように落ちていく。
その中で、唯一動いたのは風の魔女であり、空を翔けることが出来るポポだった。
ポポは空中でなんとかアルトを捕まえると、その勢いそのまま、対岸へと突っ込み、体を荒れた地面に擦り付けながら停止した。
「ポポ! 大丈夫か!?」
「大丈夫、だよ。ちょっと怪我しただけ。アルトは、大丈夫?」
「ああ、ポポのお陰で傷ひとつない。助かったよ」
「よかっ、た……」
「直ぐにリゼットの所に連れていってやるからな」
助けられたアルトがポポの容態を確認すると、溶岩によって熱された地面に直接肌が触れてしまった事による火傷と、荒れた地面による裂傷が酷く、大怪我に近い状態だった。
アルトは周囲の地形を確認すると、第九小隊が散開して警戒している陣地までは地続きであった事に安堵し、回復魔法が使える水の魔女、リゼットのもとにポポを届けるため、気絶したポポを背負って移動を始めた。
「くそっ、絶対に殺してやる!」
「行かせるワケないだろ!」
「エール! 貴様の相手は私たちだ!」
アルトへの追撃をかけようとするエールに対し、ラスティと、呪言を振り払ったアーチボルトが立ち塞がった。
「邪魔をするな!」
エールは叫びながらアーチボルトとラスティを突破しようとするが、ドッシリと構えるアーチボルトと、そのカバーをするラスティを突破することが出来ずに、アーチボルトの持つ巨大な盾に殴り付けられて吹き飛ばされ、地面に膝をつく。
そのまま一気に組み伏せ、厄介な呪言を吐き出す口を塞ごうとしたラスティだったが、戦場を包み込むような冷たい殺気を感じ、その動きを止めた。
「手間がかかる子達ね」
「ヒルダ!」
声に真っ先に反応したのは、ポポを背負って移動していたアルトだった。
その視線の先、切り立った崖の上には黒い三角帽子を被った白髪の少女、福音使徒の首魁にして滅びの魔女であるヒルダが立っている。
「そこを退きな!」
一斉にそちらに視線を向ける第九小隊のメンバーたちだったが、その隙を突いて新たな福音使徒ダンテが戦場に現れ、ラスティを吹き飛ばしてその背にドロシーとエールを隠すように立ち塞がった。
それと同時に、崖の上に立っていたヒルダがドロシーたちの元に一瞬で移動すると、傷ついた二人を連れて崖の上に再び移動した。
「ヒルダ……。ごめん、なさい……」
「私の読みが甘かったわ。あの男が、こんなにも早く指揮者としての力を使いこなすなんて」
「アンタが読みを外すほど、たいした奴には見えないがな」
自身の危機を助けて貰い、そして火の魔女殺害の作戦が失敗してしまった事を力なく謝るドロシーにヒルダがフォローすると、第九小隊に牽制の一撃を加え、驚異的な身体能力で崖を一息で登りきったダンテが疑問を口にする。
「くそっ殺せなかった……!」
「エール、あなたは独断先行が過ぎるわよ。ダンテと同時に出ていればもっと簡単だったでしょう」
「ま、コイツのバカのお陰でドロシーは無事だったんだ。アンタはコイツに対してちょっと過保護すぎるんじゃないか?」
一方でエールは助けに入った二人に感謝する訳でもなく、アルトを殺す事が出来なかったことを悔やむようにブツブツと呟いていた。
ヒルダは膝をついたままのエールの頭を撫でながら独断先行を咎めるが、結果としてドロシーもエールも大した怪我をすることが無かったということで悪くない結果だったと、ダンテがヒルダの過保護を指摘した。
「ヒルダ……。何故お前自ら前線に現れた」
「せっかくだもの、あなたの死に目を見ておこうと思って。それから——目覚めた指揮者の力の程も確認しておきたかったし」
福音使徒が本格的に活動しはじめてから七年。その当初から前線に立ち続け、それは三年前に騎士団長となってからも変わらなかったクラウスがヒルダに問いかけた。
それに対し、ヒルダはリゼットの元にたどり着き、ポポの治療を見ていたアルトに視線を向けて答えた。
「ヒルダ……」
「っ——『死ね!!』」
自分に声が掛かったことに気づいたアルトが反応すると、エールは周囲一体に響くような大声で呪詛を放った。
「ぐっ……」
「ゲホ、ガハッ『死ね!』」
「ダメよエール。離れた相手に能力を使いすぎては。あなたの力は不安定なのだから」
「リゼット! アルトに癒しの魔法を!」
「っわかりました!」
胸を押さえて蹲るアルトと、吐血しながらも呪詛を垂れ流し続けるエールにそれぞれの陣営が二人の救護に動いた。
第九小隊はポポの応急処置を終わらせたリゼットが呪詛に対抗する癒しの魔法をかけ続け、福音使徒はヒルダが力の行使を止めるように言い聞かせるが、エールはそれを聞かず、最終的にダンテによってエールが気絶させられることでエールの命を繋いだ。
「もう少し話したいことはあったのだけど……。今回はここまでね。近いうち、また会いましょう。『エクリプス』の来る前に」
「ま、待てヒルダっ……! どうしてお前は堕歌を歌う!?」
撤退の意を示すヒルダに、リゼットの治療を受けながらアルトが言葉を投げた。
堕歌とは、滅びの魔女ヒルダが歌う歌であり、それによって福音使徒は世界中の町や村を結晶化させ、滅ぼしている。
アルトとリゼットはつい先日ヒルダよって滅ぼされたミトラ村の出身で、アルトの言葉は自分の村を結晶に沈めたヒルダの真意を問うものだった。
「……答える必要はないわ。さようなら、アルト。次に会う時は容赦はしないわ」
「——どうして!?」
アルトの言葉にヒルダは答えず、決別の言葉と共に崖の上から消えるように立ち去った。
アルトは崖の上にさらに言葉を投げ掛けるが、それに答える声は無かった。
「総員、怪我人を連れてアマツまで帰還する!」
「「「了解!」」」
クラウスの号令で第九小隊はアルトとポポ、そしてドロシーとの戦闘の際に火の魔女サクヤを庇って負傷した火の魔女に仕えるウカミ一族の忍、ののかを庇いながら下山を始めた。
「恐らく、今回ヒルダが出てきたのは魔女による四部合唱、祝歌計画を察知したからだろう。ドロシーが火の魔女を殺そうとしていたことから、今後の福音使徒の目的は……」
「魔女の殺害って事か……」
「させない……。それだけは、絶対に」
「その通りだ。私たちは福音使徒よりも早く、最後の魔女を保護しなければならない」
道中、クラウスが福音使徒の目的を推測して話すとラスティが眉間に皺を寄せながらクラウスの言葉を引き継ぎ、ラスティの肩を借りて歩いていたアルトも絶対に防いで見せると固く拳を握った。
「そのためにも、アルト、君は土の魔女が見つかるまでは体を癒すんだ。アレの言葉は強く君の体を蝕んでいるはずだからね」
「アイツ……。エールは俺に強い恨みを持っていたように思えました。何か、俺の三年前以前に関係があった奴なんでしょうか」
「福音使徒はヒルダの滅びに共感する破綻者だ。奴らの背景を想像して剣を鈍らせる事があってはいけないよ。それは、君だけではなく魔女の命を危険にさらすことにも繋がるからね」
「記憶喪失になった三年前以前に恨みを買っていたとしても、今のお前は王国の騎士で、あいつは福音使徒だ。気にする必要はないだろ。どうしても気になるっていうなら、捕まえた後に吐かせればいい」
クラウスが未だ消息が掴めていない土の魔女の捜索は騎士たちに任せて、エールの呪詛に侵された体を休めるようにアルトに言い聞かせると、アルトはエールが自分に強い殺意を抱いていた事を思い出した。
アルトは三年前にミトラ村近くの水源に倒れていたところをリゼットに拾われ、それ以前の記憶がない。
そのため、自分が覚えていないだけでエールと自身に何らかの関係があるのではと考えるが、クラウスとラスティの言葉でそれについて考えるのを止めた。
「俺は、ミトラ村のアルトだ。三年前に誰だったかは関係無い。そう決めたはずなのに、いざ目の前に俺の事を知っていそうな奴が出てくるとこんなにも揺さぶられるなんて……。リゼットたちを危険な目に合わせたくはないですし、ラスティの言う通りエールの事は捕まえてから考えることにします」
「それがいい。魔女たちは過去ではなく、今の君を信頼して集っているのだからね」
「はい!」