降り注ぐは希望が砕いた流星群。満たすは無垢なる絶望と星の記憶。滅びの魔女へ捧ぐ背反の歌。   作:ソプラノ

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次以降は二週目コミュ見てからになります


廃都で

「チッ。おいヒルダ。コイツの暴走はどういう事なんだ?」

 

 ヒルダの魔法によって、拠点として利用している地下施設に帰ってきた福音使徒たちは、末端の福音使徒、いわゆる信者たちから送られた物資のひとつである家具に身を預けた。

 第九小隊に敗北したドロシーはもとより、長距離の移動を行ったヒルダも少々疲れたように、各々自らが好むものに腰掛けている。

 ちなみに、ドロシーは大きなクッションに、ダンテは四脚の丸椅子に、ヒルダは気絶させたエールを膝に寝かせてソファにといった具合だ。

 

 実際に戦闘を行い傷を負ったドロシーよりもダメージを受けているエールを労るようにしているヒルダを見て、ダンテが問題を切り出した。

 ドロシーによる作戦の失敗も問題だが、福音使徒としては四人いる魔女のうち、一人でも欠けさせる事ができれば当面の問題は無くなる。

 そのため、ダンテはドロシーへの追求よりも先に、今後も尾を引きそうなエールの問題を片付けることにしたのだった。

 

「そうだよ。今日のエール、変だった。ヒルダの言うことを聞かないなんて……」

「わからないわ。この子があんな行動をするなんて、これっぽっちも思わなかったのだから……」

 

 普段のドロシーなら、ヒルダの指示を無視したエールを徹底的に責めていただろうが、今回に限っては自身も作戦を失敗したことと、その後に第九小隊のメンバーに触れられる寸前で助けられたこともあって責めるより先にエールを心配するような言葉を口にした。

 ダンテとドロシーの問いに答えるのは、暴走した当人にかわって、三年前に突然エールを拾ってきて、福音使徒の幹部に仕立て上げたヒルダだった。

 しかし、そのヒルダですら今回の暴走は全く予期できなかったものらしく、エールが今後も戦力として当てに出来るのかといった重苦しい空気が生まれる。

 

「む、何かあったのか?」

「エールが能力の多用でダウンしているのよ」

「第九小隊はそこまで強くなっていたのか?」

「ちげーよ、コイツが勝手に暴走したから死なないように気絶させただけだ」

「暴走、か」

 

 停滞していた場に、最後の福音使徒の幹部であり、土の魔女捜索のために活動していたルドルフが、意識のないエールを囲んで暗い表情をする三人を見て何かあったのかと、帰還早々ヒルダに問いかけた。

 エールの能力は戦場では純粋な戦闘能力が高いだけである幹部三人と違い、ヒルダの魔法に次ぐ切り札とも言えるカードだ。

 そのエールがダウンするとなると、ヒルダと、前衛を務めるダンテも参加した戦いで、エールが身を削る勢いで能力を行使しなければならない戦いになったことが予測され、敵である第九小隊の成長にルドルフは警戒を露にする。

 それを見たダンテが認識を改めさせるために手短に説明するとルドルフは考え込むように顎に手を当てた。

 

「ルドルフ、帰ってきたということは土の魔女は見つかったの?」

「……発見はしていないが、所在は判明した」

「わかんねーな。居場所が判明したならさっさと行ってぶっ殺して来ればいいじゃねーか。第九小隊も今ごろは火の魔女に付きっきりだろうしな」

「どういうこと……?」

 

 エールから話を反らしたヒルダの問いに、ルドルフが福音使徒の目的のひとつである重大な情報をもたらした。

 しかし、その内容を聞いたダンテとドロシーは疑惑の視線をルドルフに向ける。

 ルドルフはかつて王国の騎士団長であり、その立場を使って先代の土の魔女を殺害し、福音使徒に加入した経緯を持つ。

 そのため、ドロシーはルドルフの再びの裏切りを警戒し、ダンテは過去の実績からして実力は十分にも関わらず行動に移していないということに納得出来ていないのだ。

 

「ムジャバラール砂漠。そこに魔女の結界を確認した」

「クオリアはあの争乱のなかでも正当に受け継がれていたというわけね。……砂漠はくまなく探したつもりだけど。随分と用心深い魔女」

「カシミスタンか。因縁の地に再び炎が上がるってわけか」

「もう燃えるものはなーんにも残ってないんじゃない? ルドルフが全部燃やしちゃったんでしょ?」

「むう……」

 

 ルドルフが確認したという結界は、三年前も砂漠に張られていた土の魔女の結界だ。

 それによって福音使徒は西の都カシミスタンの長である土の魔女を害する事ができず、当時騎士団長だったルドルフが王国の任務でカシミスタンに訪れた際に国を裏切り、土の魔女を殺害したのだ。

 その時の戦闘で街は火に包まれ、駐留していた王国の騎士団を含め、カシミスタンの生き残りは1%を下回っているといわれるほどの命が失われた。

 当時その場にいなかったドロシーが、口許を邪悪に歪めてそれを話すと、当事者であるルドルフは眉間に皺を寄せて唸った。

 

「ルドルフ、あなたが出なさい。それとも、砂漠に帰るのは怖い?」

「……過去は捨てた身だ。どのような因縁があろうと、いま眼前にある目的を達するのが己の責務」

 

 福音使徒の目的は、単純な魔女の殺害ではなく、魔女を魔女たらしめる物質であるクオリアの破壊が真の目的だ。

 三年前のルドルフは魔女の殺害にこそ成功したが、クオリアの破壊を遂げる事はできなかった。

 そのリベンジの機会をヒルダは与えたのだ。

 

「ちょっと待て。ルドルフが行くならオレも行く」

「いいえ、他のメンバーは私と共にノルデアへ来なさい」

「ノルデア? 堕歌を続けるのか? だが、いくら堕歌を続けても、あいつらに合唱を歌われたら……」

「もう限界が近いのよ、この星は。合唱を防ぐ時間を稼ぐために、私達は今、歌わなくてはならない」

「チッ。わかったよ」

「ドロシーはヒルダの言う通りにする……」

 

 ダンテは魔女の殺害、及びクオリアの破壊を絶対のものにするためにルドルフへの同行を志願したが、ヒルダによってそれは却下された。

 堕歌を歌っている途中のヒルダは普段の強さを発揮することはできず、完全に無防備になってしまう。福音使徒の柱であり要であるヒルダに万全をきすなら、前衛を務められるメンバー二人の同行が必要だった。

 ダンテにはヒルダの言う限界が感覚的にはわからず、漠然とした状況でしか捉えられないため、ヒルダにそう言われては頷く他ないのだ。

 

「に、西……に……」

「エール!」

 

 方針が決まったところで、気絶していたエールがうなされるように言葉を絞り出した。

 その苦しそうな声と表情に、ドロシーが心配そうな声をあげて寄り添う。

 

「……気が変わったわ。カシミスタンには全員で行く。総力戦よ。魔女を確実に殺して祝歌を防ぐ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。堕歌を続けるってのはどうなってんだ」

「三年前、エールが加入してからは堕歌のサイクルが早まって、少し余裕があるわ。指揮者が結界を破壊するまでの時間に、私達は王都と砂漠の間にある村を幾つか堕歌に沈める。これで問題はないはずよ」

「確かに、私達では結界の破壊は難しい。第九小隊が土の魔女を察知してから動かざるを得ない以上、総力戦に否はない。しかしヒルダ。お前の体は大丈夫なのか?」

「大丈夫よ。それに、魔女さえ殺してしまえば後は堕歌を定期的に歌うだけ。ここが踏ん張りどころなのよ」

 

 突然前言を撤回したヒルダに、ダンテが戸惑うように質問すると、ヒルダは問題ないと答え、これからの具体的な活動内容を示した。

 一人で砂漠を任される予定だったルドルフも、納得しきってはいなさそうな表情ではあるが、大勢をみてそれに同意した。

 残るのは堕歌という、広範囲を結晶に沈める規模の大きい魔法を使うヒルダの負担だが、本人が大丈夫だと言ってしまえば、魔法を使うことができない福音使徒の中にそれを論理的に否定できる者は居ないため、ヒルダを信用するしかなかった。

 

「エールが目覚め次第動くわ。ここを守る戦闘員も最低限を残して砂漠に連れていく。通達と準備は任せたわ」

「了解」「了解した」「はーい」

 

 ヒルダの号令で、三人が各々の支度のために部屋を出ていく。残ったのは今だ目覚めないエールと、その素顔を唯一知っているヒルダだけだった。

 

 ヒルダがエールを拾ったのは、カシミスタンの大乱から数日後、砂漠よりずっと東の、王都から北上したところにあるゴウラ火山へと続く山岳地帯だった。

 ヒルダが発見したときのエールは右腕を狼に食われながら東に向かって一直線に歩き続けるという、全身傷だらけの状態で、治療がなければ半日も持たないレベルの怪我をしていた。

 福音使徒は常に戦力を求めているため、勧誘を決めたヒルダはエールの傷を治療して声をかけると、エールは名前も、出身も、何故東に歩き続けていたのかもわからないという極度の記憶喪失の状態だった。

 名を与え、目的を与え、居場所を与えると、すぐにエールはヒルダになついた。

 一方で古参のダンテも、カシミスタンでの裏切りの後加入したばかりだが年長のルドルフも、背景不明のエールを福音使徒として迎える事に難色を示したが、フードを被っていて、ヒルダを至上とするという共通点を持つドロシーが賛成したため、円満ではないがエールは福音使徒に迎え入れられた。

 

 ダンテとルドルフがエールの参入に否を唱えたのは、背景不明というのもあるが、エールがフードを被って顔を隠しているからでもあった。

 ドロシーも普段からフードを被っているが、それを用意したのはダンテだし、食事の時にはフードを取る。

 しかしエールは常にそれを外すことがないのだ。

 

 数日間の試用期間の後に渋々ながら迎え入れた二人がフードを取るように求めるのは当然のことだったが、ヒルダがそのフードは自分が被せていると言えば、二人が何かを言うこともできない。

 そんなこともあって、男性メンバーとは中々打ち解けられなかったエールだが、作戦行動中にその能力の有用性が明かされたり、ヒルダに忠実であるということを実際に目にすると蟠りも解け、今ではダンテが脱げにくいフードを作ったり、ルドルフに師事していたりとしているが、それでもヒルダ以外のメンバーはエールの素顔を知らないのである。

 

「エール。あなたはカシミスタンの生き残りなの? それとも——」

 

 そんなエールのフードを取り、素顔を露にしたヒルダは、その顔を見ながら小さく呟く。

 その表情は滅びの魔女と呼ばれる悪人の顔ではなく、様々な感情が複雑に絡み合った切なげで、悲しげな表情だった。

 

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