降り注ぐは希望が砕いた流星群。満たすは無垢なる絶望と星の記憶。滅びの魔女へ捧ぐ背反の歌。 作:ソプラノ
「あ、熱い……。ひが、ひが来る……」
「日? 日は来ないわ。忌々しいくらいに高く輝いているもの」
さんさんと照りつける日差しの中、ヒルダ、エール、ダンテの三名は砂漠の捜索を行っていた。
既にヒルダが放っている使い魔が複数回襲撃されており、そのうちのひとつがヒルダたちの現在地から近い場所だったため急行、土の魔女の使い魔との戦闘を済ませていた。
基本的に使い魔が狩られる時はヒルダたちから離れた位置のものが標的になることが多く、どうしても到着までに時間がかかっていた。
しかし、その時はショートカットが可能な地理であったために急行することができ、到着するなり現れた土の魔女の使い魔を素早く殲滅し、襲撃者の捜索を行った。
しかし、矢が数本残されていたことが発見された程度の成果しかあげることはできず、土の魔女の捜索は再び振り出しに戻ってしまったのであった。
それまでは探索に参加していたエールだったが、戦闘後少しして体調を崩し、砂漠で日に照らされているというにも関わらず不気味なほど汗をかかなくなり、にもかかわらず熱い熱いとうわ言のように呟くようになった。
今にも倒れそうなエールをヒルダが支えて励ますが、その甲斐なくエールは崩れ落ちる。
「だからオレはこいつを置いていこうって言ったんだ!」
「大声をだしてはエールの頭に響くわ。安静にさせないと」
今朝。昨晩のヒルダの意図を読み取ったつもりになっていたダンテは、出発準備が終わっても眠っていたエールを担いで連れていこうとしていたヒルダの行動に驚いていた。
エールが前日の言葉通り体力を回復させて準備を終えていたのなら百歩譲って連れていく事は理解できたが、実際は朝起きることもできない消耗の具合だったのである。
そのため、置いていくようにヒルダを説得しようとしたダンテだったが、ヒルダはエールを連れていくの一点張り。結局ダンテが折れる形になり、初日のようにエールを担いで砂漠に入った。
ダンテがエールを置いていきたかった理由は足手まといというのもそうだが、第九小隊との交戦を考えると単純に危険でもあったためだ。
福音使徒はどうしても必要となればメンバーを切り捨てることが出来る集団である。
しかし、それは目的意識の高さから来ているものであり、誰が欠けても目的は達成するという結束から来るものだ。
そのため、足手まといにしかならず、戦闘になれば間違いなく危険にさらされることが分かっている状態のエールを連れていく理由が無かったのだ。
そうして砂漠に連れてきたエールも、土の魔女の使い魔との戦闘までには目覚めて、ある程度体力は回復していたのだが、土の魔女の使い魔との戦闘後少しして、砂漠で日に照らされているというにも関わらず不気味なほど汗をかかなくなり、にもかかわらず熱い熱いとうわ言のように呟くようになった。明らかな不調である。
結局半日も活動することができず、足手まといそのもののエールに苛立ちを感じたダンテだが、病人に追撃するほど腐ってもいない。
そのため、大声で文句を言うにとどめるが、倒れこんだエールを抱えて心配そうな表情をするヒルダに声を抑えるように言われると、ここ最近、砂漠に入るよりも前から蓄積していた怒りが遂に爆発した。
「ヒルダ! テメェ最近おかしいんじゃねぇか!? 贔屓は最初からだったが、第九小隊が設立された頃からは福音使徒の活動に優先して過保護になってやがる! 今までは支障が出てなかったからなあなあで済ましていたが、今は第九小隊に四人目の魔女が加わるかどうかの瀬戸際だぞ!」
今まで福音使徒は誰にも邪魔されないように堕歌を歌うだけでよかった。
しかし、堕歌に対抗する手段を王国が用意した今は第九小隊よりも先に魔女を押さえる必要がある。
にも関わらず、福音使徒を集めたヒルダが活動に優先してエールの世話をしているようではできるはずの事もできなくなってしまう。
ヒルダに恩があり、ヒルダの目的に賛同しているものの、ドロシーのように崇拝している訳ではないダンテは福音使徒の目的が果たせなくなる事が許せなかったのだ。
内心思っていた事をぶちまけた所で、ヒルダの肩越しに砂漠に大きな土煙が上がったのをダンテは捉えた。
これまでの探索で爆発じみた砂煙が上がる自然現象は一度もなく、人の手で起きた現象であることはほぼ確定している。
土の魔女の使い魔程度ならば、ドロシーとルドルフはあのような余波を出さずに速やかに片付けることができる。
そのため、そこで戦っているのは土の魔女の一派か、第九小隊とドロシーたちであることは直ぐにわかった。
戦闘相手がどちらにしても、討ち負かす事で手掛かりを得る切っ掛けになりえる。
「役に立たねぇなら置いていけ。日陰に置いておけば死ぬことはねぇ。仮に第九小隊に見つかったとしても、ローブを剥いでおけば殺される事もないだろうしな。とにかく、オレは先にいくぜ。アンタもそいつを日陰に置いたら直ぐにこいよ」
ヒルダを離したダンテは、そのまま砂煙があがった方角に駆け出していく。
戦っているだろうドロシーたちに少しでも早く加勢するのも目的のひとつだったが、ヒルダを残して離れたのは、今までどんなことがあってもヒルダが隠し通したエールの顔を見ないためでもあった。
エールを砂漠に捨てていくように言ったダンテだが、貴重な戦力を犬死にさせる気はない。
日差しを避けて暑苦しいローブを脱がしておけば戦闘にかかる時間程度なら放置しても問題ないだろうし、仮に戦闘中に土の魔女や第九小隊に見つかったとしても、素顔のエールと福音使徒のエールが結び付くことはない。
そうする上で邪魔なのが自身の存在であり、ダンテは自分が離れる事でヒルダがエールを脱がせるようにしたのだ。
「ダンテの言う通りだわ……。あとで必ず迎えに来るから、少しの間ここで待っていてちょうだい」
ダンテに置いていかれ、砂漠にポツンと残されたヒルダはダンテの言うことももっともであると考えた。
結局、福音使徒は目的を達成できなければ壊滅するのである。
その事を思い出したヒルダはエールを日陰に移して、エールのローブを剥ぎとり、自身がマフラーのように巻いている長い布を外して、エールの頭に熱から守るように巻き付け、自身はエールが纏っていたローブを肩にかけた。
そうして額を合わせ、苦しそうに呻くエールに待っているように呟いたヒルダはダンテが向かった方角、ドロシーたちが戦闘しているだろう場所へと向かった。
#♭♪
「どういうことだ……」
「ここは、カシミスタン? 昨日まではこんな場所なかったはず」
戦闘が行われている方角に急いだヒルダは、砂漠に立ち尽くしているダンテに追い付いた。
その視線の先には、都市と呼べるだろう規模の建造物郡が存在しており、二人はそれに覚えがあった。
「カシミスタンはあの日燃え尽きたはずだ。どうして、ここまで綺麗に残ってやがる」
「……考えるのはあとよ。どうせ、仕掛人は土の魔女。ドロシーとルドルフがこの中で戦っているなら早く合流すべきだわ」
カシミスタン。かつて土の魔女が統治していた都市であり、当時王国騎士団長であったルドルフの裏切りによって土の魔女が殺害されたことを切っ掛けに街に火が回り、燃え尽きた都市である。
三年前の土の魔女のクオリア捜索の際には廃墟となった姿を確認しており、今回の捜索で砂漠を洗ったときには風化しきったのか、跡地には何も存在していなかった。
にも関わらず、二人の前にあるのは三年前以前の綺麗なカシミスタンである。
このようなことが出来るのは魔女以外にはあり得ないため、中は土の魔女の領域であると考えたヒルダは、ダンテに合流を急ぐように指示をした。
「そうだ……って。その格好……」
「魔法の行使に問題はないわ。いきましょう」
頷いたダンテが振り返ると、普段とは異なる姿のヒルダに驚いた。
エールのローブを纏っているのは直ぐに理解できたが、その理由が思い浮かばなかったからである。
ヒルダは魔女としての能力に支障は無いと答えると、カシミスタンの中から聞こえる衝撃音の方へ向かっていく。
弱体化していないのならそれでいいかと納得したダンテも、何も言わずにそのあとを追ったのだった。
#♭♪
「あの方角は……」
「カシミスタン。だね」
ヒルダが日陰でエールを脱がしていた頃。
ムジャラバール砂漠に入り、ウカミ一族の忍びであり非常に目が良い、ののかが見つけたカジャルというキャラバンの住人に聞き込みを行っていた第九小隊が砂漠に上がった砂煙を発見した。
いち早く気づいたのはムジャラバール砂漠出身のラスティ。
ラスティの声に反応して、砂煙が上がった場所を特定したのは第九小隊の隊長にして、王国騎士団長でもあるクラウスだった。
発見から直ぐにキャラバンに散らばっていた小隊メンバーが砂煙への対応を聞くためにクラウスのもとに集まった。
「あれ、ラスティは?」
「ラスティならそこに……。おかしいな。さっきまでは私と共にいたのだが」
「まさか、一人で向かったんじゃないでしょうね」
集まったメンバーの中に、ラスティの姿がないことに気がついたアルトが呟くと、クラウスはすぐそこを指差して答えるが、そこにラスティの姿はない。
火の魔女であるサクヤが考えを口にすると、ラスティと接する事が多く、ムジャラバール砂漠に因縁があることを知っているアルトとアーチボルトがそれもあり得ると口にした。
「うっすらと足跡が残っているのですよ」
「確定、か。ユアン、物資に余裕はあるな?」
ビキニの上から全身網タイツを着用し、頭には段ボールを被っている忍び、ののかが、キャンプの外に続くラスティのものと思われる足跡を発見すると、クラウスは第九小隊の協力者であり、齢十にして国に名を轟かす大商会を作り上げた天才商人、ユアンに物資の状況を確認した。
「先の戦闘でいくつかの水瓶が割れてしまっていますが、カシミスタンとの往復程度ならばなんとかなります。帰ってきたら補給をしないといけませんけど」
「では、第九小隊はカシミスタン跡地の捜査を開始する。結界が破壊されていたことから、福音使徒の存在も予想されるため、各員気をつけて行動するように」
砂漠に入った第九小隊は、土の魔女の一派と思われる弓兵に襲撃を受け、一度戦闘を行っていた。
第九小隊が弓兵を土の魔女の手の者と考えたのは、彼が雇われの傭兵であるということを口にしており、また援軍として死霊の使い魔が差し向けられたからであった。
弓兵は第九小隊に砂漠から出ていくように告げ、物資の破壊を行うと、戦闘らしい戦闘が始まる前に撤退していった。
第九小隊がこのキャンプにやって来た理由は破壊された物資の補給と、その弓兵について知らないかを聞くためであった。
しかし、キャンプはカシミスタンの生き残りで構成された集落。カシミスタンが滅びた理由は当時王国の騎士団長であったルドルフの裏切りであるため、王国の騎士団である第九小隊への当たりは強く、物資も情報も仕入れることが出来なかった。
そんなところに、明らかに何かありそうな砂煙を発見した第九小隊は、クラウスの号令でカシミスタンに急行しようと出発の準備を始めた。
「あの、旅のひとたち……!」
「俺たち、だよな?」
準備をしていたところに、拒絶の言葉以外ではじめて、第九小隊に声がかけられた。
アルトが今までの反応から自信無さげに振り返って返事をすると、そこには緑髪の少女と、その背中に隠れるようにもう一人、気弱そうな少女が立っていた。
緑髪の少女は自身をニキと名乗り、尋ね人、第九小隊を襲った弓兵の居所を知っていると告げた。
そもそも、弓兵は三年前からキャラバンの護衛をしている、元王立騎士団の人間だという。
「キャラバンの人たちは知らないフリをしていますけど、ここ数日、一度も顔を見せない彼のことを私たちは心配していたのです。あなたたちが出会ったということで少し安心していたのですが……」
「なるほど。彼がいるのは砂煙が上がった方角、ということだね?」
「はい。そうなります」
ニキの言葉に、クラウスが弓兵の居場所を予測して答えた。ニキはそれを肯定し、鎧を纏った騎士団でも行軍しやすいルートの案内を買って出た。
「しかし、妹君は乗り気では無さそうに見えるのだが……」
「めんどくさい……」
「モルディ。困っている旅人は助けなさいって、母さまの教えにあったでしょう?」
「知らない……。そんなのわすれた……」
クラウスの言葉にニキの妹、モルディモルトは小さく、それでいて第九小隊に聞こえるように呟いた。
それは、キャラバンの人間と同じような、カシミスタンの生き残りらしい対応で、むしろ第九小隊に声をかけてきたニキの方がらしくないものであった。
ニキが第九小隊に声をかけた理由は、弓兵を心配してというものもあるが、その根っこには母親からの教えがあったようで、モルディモルトにその言葉を思い出すように話すが、モルディモルトは覚えていないから助ける必要もないと主張した。
「もう、いつまでたっても子供なんだから……。こちらです。ついてきてください」
ニキはため息を吐いて呟くと、モルディモルトの手を握って第九小隊の案内を始めた。
「……盛らない」
モルディモルトの呟きは、砂に吸われて消えていった。