それは狂わせた。 作:こよみ
四年目へと入る前、わたしはパーキンソン家からグリーングラス家へと引き渡された。スワンが死んだから。何よりダフネがそれを望んだから。わたしはシェイラ・スワンになれたのだ。使用人であることは変わりはしないけど。それでもわたしはわたしに成った。
しばらくはダフネの妹の付き人になることになり、わたしはその少女と対面する。二つ年下の少女、アストリア・グリーングラス。彼女は先祖にかけられた血の呪いを色濃く受け継いで、病弱な身体で入学を一年見送ったらしい。さもありなん、わたしが彼女について知ったのは、去年のブラックの騒動ではうっかり死にかねない虚弱さだった。
ダフネと同じ月桂樹を映し込んだかのような神秘の瞳。はっとするほど深い夜色の髪。今にも折れそうなほどの細い手足を見るだけで支えてやらねばと思いたくなる。ダフネが心配するのもよく分かる。
そんな彼女の珍しいわがままが、クィディッチワールドカップの観戦だった。彼女を溺愛する両親は、当然のことながらその願いを叶えてやった。
「こんな薄汚いポートキーに触れろですって? アストリアに悪い影響があったらどうするの! まったく、こんなものがありふれているというのだからマグルというのは……」
夫人はぷりぷり。気持ちはよくわかる。ポートキーだと送りつけられたのは錆びに錆びたバケツだったから。おかしな病気でも付着していては困る。ポータスの魔法が消えぬよう、夫妻はでき得る限りのことをした。
そうしてその日、グリーングラスの一家は会場へ。わたしも付き添い案内される先はマルフォイ家のテントの隣だった。
「グリーングラスじゃないか、珍しい」
「あらドラコ。久しぶりね」
当たり障りのない会話。わたしは空気、邪魔などしない。けれどもマルフォイはわたしの隣に目を向けた。純血同士面識ぐらいはあるのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。
「ぐり、ダフネ。彼女は?」
「言い直すくらいだから分かっているでしょう? 妹のアストリアよ」
澄まし顔でそう告げて、ダフネはお嬢様を促した。それに彼女は顔を真っ赤に染めて、か細い声で自己紹介する。
「お初にお目にかかります、ミスター・マルフォイ。わた……私、アストリア・グリーングラスと申します。どうぞお見知りおき下さいませ」
「……初めまして、ミス・グリーングラス。ドラコ・マルフォイだ。アストリアと呼ばせてもらっても?」
「……はい、もちろんです」
はにかむお嬢様はその場にいた誰もの心を撃ち抜いた。ドラコはわたわた、ダフネはポーカーフェイスににやけを隠し、遠目に見ていたマルフォイ様のお父上もほっこり顔を緩めている。わたしももちろん例に漏れず、心の中でほっこりした。
挨拶だけで別れるのかと思いきや、何とこのままドラコの方は一緒に来るらしい。お父上はどうやら公務があるらしく、優雅にその場を去っていった。取り残される子供達。
気を遣うだけの紳士ぶりを発揮したマルフォイ様は、ダフネとお嬢様とを観客席へと案内した。ちなみにおまけでわたしもそれに着いていく。飲み物などを任されて、わたしはマルフォイ様にお嬢様方をお任せした。マルフォイ様にはコーヒーを、ダフネには周囲に見えぬようフルーツティーを。そしてお嬢様にはハーブティーを用意した。
それを持って帰ってみれば、何とお嬢様が楽しげにマルフォイ様と語らっている。隣でダフネが拗ねているのが良く分かる。そっと飲み物を差し出しお茶請け代わりに少し摘まめるサンドイッチやスコーンなどを備え付ける。
そこでようやくマルフォイ様はわたしを見た。
「何だ、今度はグリーングラスに尻尾を振ったのか?」
そこに溢れる侮蔑の色。しかしこの場でやるのはまったく紳士でない。聞こえなかった振りをしても良いけれど、どうせヒートアップするのならでき得る限り穏便に済ませてやらねば面子が立たない。
にこりと笑い、告げてやる。
「お優しいお嬢様方が引き取ってくださいましたので」
「フン……今度は一年保てば良いんだけどな」
痛烈な皮肉。パーキンソン家は三年保たなかったから。けれどもわたしはもう彷徨うことはしたくない。母の意思は叶えてあげたいが、わたしも自身を少しだけ尊重してみようと思ったから。スワンのようにはなれないけれど、その名を継ぐからには少しばかりは誇り高くありたいと。ほんの少しだけだけれども。
そこでお嬢様が咳き込んだ。
「お嬢様」
「けほっ、けほっ……っん、だいじょうぶ、です。ごめんなさい、ご心配をおかけして……」
水と薬を差し出して、お嬢様はそれをゆっくり嚥下する。少しだけ血色が戻って困ったようにはにかんだ。それを横目にマルフォイ様は目に見えたように動揺する。
「……知っていたでしょう、ドラコ。うちの妹は病弱なの」
ほとんど音なく囁いたダフネは気遣うように顔色を見る。瞳を見つめ、手を握りしめて様子を見る。もう大丈夫だという言葉をダフネは絶対に信じない。
「リア」
短く呼ぶその声には咎める色が含まれて。けれどお嬢様はそれを甘えるように受け流す。
「お姉様……もう少しだけ」
「……その代わり今回は泊まりはなしよ、リア。分かるわね?」
妥協してそれで、本当ならば今すぐにでも連れ帰りたいほどの焦燥に駆られているのが良く分かる。わたしだって連れ帰りたい。ゆっくり静かなところで寝床に寝かせ、安静にしていてもらいたい。けれどお嬢様はそれを望まないから妥協する。
そしてお嬢様も、妥協を引き出せたからそこで引き下がった。
「……分かりました」
「ん、良い子ね、リア」
滅多に他人に見せない甘い顔をお嬢様に向け、変な顔でそれを見ているマルフォイ様を威嚇する。
「何よ」
「いや……家族には甘いんだなと」
言葉を濁すようにそう言うマルフォイ様の顔は複雑で、緩んでいる。けれどその認識は少し甘い。家族に甘いだけの女なら、ダフネはスリザリンではないのだから。
「……そうね、肯定するわ。私は家族には甘いの。家族の敵には容赦しないわよ、ドラコ」
向けられる鋭い視線。それに紛れもない敵意が見えて、マルフォイ様は微かに動揺する。理由が何にも分からないから動揺するのだろう。わたしには皆目見当もつかないけれど、ダフネにとってはマルフォイ様を敵視する理由があるらしい。
目を白黒させながらマルフォイ様は答えた。
「分かった」
「その言葉、忘れないで頂戴」
冷たく言い捨てたダフネは視線をクィディッチピッチへと移す。つられてマルフォイ様もそちらを見ると、丁度ヴィーラが登場した。パフォーマンスの一環らしい。けれどマルフォイ様はすぐにそれから目をそらし、静かにはしゃぐお嬢様を見つめていた。
空からレプラコーンの金貨が降り注いでも、試合が始まってさえ彼は今一つクィディッチに熱中しきれないらしい。視線はブルガリアの選手ビクトール・クラムとお嬢様とをいったり来たり。
そんな中お嬢様がその繊細な手で口を押さえた。
「何てこと……ねえ、お姉様、ドラコ様、シーカーというのは点差も見えないほど忙しいポジションなのですか?」
その美しい視線の先で、確かにクラムはスニッチを掴んでいた。それで彼は自身のチームの負けを確定させたのだ。それがお嬢様には理解できないらしい。潔く負けを認めたとは思えなかったようだ。
それにあまり集中しきれていなかったマルフォイ様はこう答える。
「いや、恐らくクラムは分かっていて取ったんだ、アストリア」
「どうして……? まだ頑張れば、ブルガリアにだってチャンスはあったかも知れませんのに」
その純真な瞳には、疑問と理解できないものを受け入れられない拒絶が浮かんでいる。
「そうだな……そういう意味では僕には理解できない。だから臆測でしか言えないが、多分醜態を晒したくなかったんだろう。点数で勝てないだけで、シーカーとして自分が劣っていることを知らしめたくなかったんだ。ああすれば自分のプライドだけは守れるからな」
そしてマルフォイ様の瞳にも、同じものが浮かんでいた。それに更に嫌悪の色が増えている。クィディッチのプレイヤーとしてのファンは潔さを認めるだろうか。それとも――離れていくだろうか。もちろんわたしは興味などない。
と、そこで気を取り直したようにマルフォイ様がダフネに問うた。
「ところでダフネ、出るのか?」
「出るわけないでしょう。他の誰かが出れば良いわ」
主語のない会話が交わされて、お嬢様とわたしは顔を見合わせる。すると何故だかマルフォイ様はニヤリと笑ってこちらを見た。
「なら、スワンはどうなんだ?」
「わたしは何も聞かされていませんので何とお答えすれば良いのか分かりません。ただお嬢様が望まれるのならその通りにするまでです」
それに対してマルフォイ様は笑うだけ。けれどもそこでお嬢様が口を出す。
「見たいわ、シェイラが活躍するところ。だってきっと他のどんな人より強いもの」
「御随意に」
間髪入れずに頭を下げて、思考をぐるぐる回す。いったい今年はホグワーツで何があるというのだろう。そもそもわたしは今年からまた何足かのわらじを履くというのに、面倒事の予感がする。
マルフォイ様は面白がって、ダフネは微妙に顔をひきつらせる。
「リア? 分かっているの? 危険だし、何より貴女のお世話にかかりきりにはなれなくなるのよ?」
忠告めいたその言葉に、お嬢様は小さく口を尖らせる。
「淑女らしくなさい」
「でも、お姉様だって思うでしょう? シェイラは舐められすぎなの。皆、シェイラの凄さを思い知るべきなのですわ」
ふんすと気合いを入れるお嬢様は可愛らしいが、一体何の話をしたいのかがわたしには分からなかった。そこで話は途切れたけれど、既にわたしは引き返せない。学期が始まり寮対抗クィディッチがなくなり別の行事が発表された。
とはいえ問題になるのは年齢線。十七歳以上の魔女と魔法使いしか認めてくれないその金色の線を越えて名を記した紙を入れねばならない。未だにわたしは十四歳あるいは十五歳だ。もっとも誕生日なんて知らないが。
まずは普通に紙を入れてみる。隣にダフネとお嬢様。周囲で何故か双子のウィーズリーが老けていて、末路が容易に想定できる。きっと今ごろはボーバトンもダームストラングも入れているだろう。
ゆっくりゆっくり近づいて、周りは静寂。紙を投げ入れる――
「へ?」
「は?」
「「な、何で弾かれてないんだ!?」」
普通に紙は受け付けられ、ウィーズリーの双子が嘆く声。またまた突撃更に老ける。わたしだって理由は知りたいが、とにかくわたしには資格があるらしい。顔を見合わせすぐさまダフネとともに寮監の元へ。
「先生!」
「何事だ、騒がしい」
「ねねね年齢線を越えてしまいました、どっ、どうしましょう!?」
慌てて事情を説明し、職員会議が開かれた。査問の意味も込められているのかわたしだけが呼び出され、教授達の視線で穴だらけ。闇祓いの奇怪なぐるぐる目玉とボーバトンの大きな視線とダームストラングの鋭い目付きで滅多刺しだ。
「ダンブルドア、この生徒は何故年齢線を越えられたのですか?」
「スリザリンだ。闇の魔術でも使っていてもおかしくなかろう」
ぐるぐる目玉の刺々しい声、理由はわたしが知りたいのだが――
「あ、もしかして」
理由がフッと浮かび上がる。刺さる視線、促される言葉に素直にそれを差し出した。
「わたしは孤児ですので出生記録が間違っているか――あるいは、これのせいかも知れません」
去年からずっと回し続けた小さな砂時計。それを見て全員が腰を浮かせ、寮監が怒気を露にする。
「何故君がそれを持っているのだね、スワン。許可なき所持は違法だが」
「そうなのですか? スリザリンの先輩方のご下命に従うには必須の代物なのですが」
そこで顔色を変えた人間は少なかった。明白に顔色を変えたのはイゴール・カルカロフだけ。ダームストラングの校長は、真っ白になって口をパクパク動かして。まさかまさかと繰り返す。ようやくそれが言葉になって、静けさの中に広がった。
「まさかお前は……ソーウェル、なのか」
「母はシャノン・ソーウェルと名乗っていました。わたしはシェイラ・スワンです」
そこで彼は唸って頭を抱えていた。つまり彼はわたしを、ソーウェルのことを知っているということだ。そこで眉を僅かにひそめたクラウチ大臣もご存知だろう。クラウチは確かに純血だから。
ダンブルドアは唸るようにわたしに問うた。
「ミス・スワン。君はいつからこれを、どのくらい使っておったのかね」
答えはもちろん『分からない』だが計算くらいはすべきだろう。頭の中で時間を数えて確かにそれが三年分以上に該当してしまうことを認識した。昨年四足のわらじを履いていたのだから、四倍弱の時間は過ごしている。
「去年から……恐らくは、三年分以上使っていたのではと。どれだけ回したか覚えてはいないので、推測にはなりますがそれなら辻褄は合いそうです」
「目的は」
「カルカロフ校長ならご存知ではないかと思います。わたしの口から直接それを言うのは問題になりそうで……言っても構いませんか?」
小首をかしげて聞いてみれば、カルカロフは首がもげそうな勢いで否定した。
「いいや! いや、いや! そそそそれは君の名誉に関わるだろう。それに……ダンブルドア校長は何故かご存知ないようだが、知ればきっと口止めするはずだ。言わなくて良い。というか言うな」
「だ、そうです」
恐らくカルカロフは後からとんでもなく質問責めに遭うだろう。理由はそれで知れるはずだ。砂時計を没収されてわたしは解放された。あり得ないことではないが選手になる可能性があることだけは覚えておけ、と念押され、寮に帰れば静寂が。
何も知らない下級生たちは挙って理由を聞きに来て、マルフォイ様やノット様に止められていた。そしてそれが正当な権利であることもまた証明してくれた。意外ではあったものの、一応認めてはくれるらしい。
グリフィンドールもハッフルパフも冷たい視線。けれどレイブンクローは案外好意的。どうやら理由は共有されたらしい。どの寮でも純血ならば理由は分かるのだろうが受け入れられるかは別だそうだ。特にハッフルパフはセドリック・ディゴリーを推している。受け入れる気はないのだろう。
そしてその日がやって来て、代表選手が選出された。ダームストラングからはビクトール・クラム。ボーバトンからはフラー・デラクール。そして我らがホグワーツからは何とわたしが選ばれた。冷ややかな視線。けれどお嬢様が望むのならば、誰もを蹴散らしてしまいましょう。
「――ハリー・ポッター」
「……は?」
そしてあり得ないはずの四人目が、代表選手に選ばれた。毎年毎年よくぞここまで彼を巻き込めるものだ。どうでも良いし、何なら死んでくれても別にわたしは構わないのだが流石に今回はやりすぎではないか。ダンブルドアは――目立たないくらい程度で狼狽している。想定外なのか、どうなのか。
ポッターはわたしのように呼び出され、しかしわたしのような理由があるわけでもなかったらしい。すぐに流れ始めた噂によれば、ポッターが汚い手段で入れたのだとか。結果的にはわたしの手段もそこそこグレーだとは思うのだが、事前に狼狽して見せていたのが功を奏したらしい。ハッフルパフとグリフィンドール以外からは応援の声がかけられた。
意外かもしれないが、スリザリンは応援してくれるのだ。彼らのわたしの認識は一応純血ではあるらしい。その割には扱いが召し使い以下なのだがそれこそがソーウェルなのだから仕方がない。ハッフルパフからのヘイトがきつい。辛くはないが、彼らは一体誰を応援するのだろう。
ハッフルパフは署名による抗議活動を行っている。題目は『ホグワーツの真の代表セドリック・ディゴリーを選手に』である。選手を選出するための杯はもう受付を終わっているので無理なのだが。ディゴリーはそれを笑みで誤魔化し止めもしない。
いよいよやってくる試練の日。内容こそ知らないものの、今は容易に推測できる。外で恐ろしげな声が響いているからだ。とはいえそれより気になることは――
「あの、わたし、聞き損ねたのでしょうか。何故皆さんそんなに驚いていないのです?」
一斉に逸らされる視線。どうやら何かしらの贔屓があったらしい。わたしだけが除け者で、何の用意も出来ずにそれに挑む。確かにこれは死者も出るだろう。単独生身でドラゴンに挑めなどと言われるとは思ってもみなかった。
「私はどちらかと言うとオグワーツで貴女だけが知らない方が不思議よ」
Hを発音出来ないフランス訛りの英語がそう告げる。つまりポッターは知っていると。そういうことなのだろう。教えてくれるとは思わないが、ポッターが贔屓にされているのはよく分かった。年齢はどうやら理由にはならないらしい。
「その、大丈夫か」
ぶっきらぼうに濁音ばかりが混ざるブルガリア訛りの英語が気遣ってくる。しかしもうことはここに至っている。既に取り返しなどつくはずもない。そしてポッターは何も言わない。黙っていればまだ普通の少年なのに。こういうところがならず者どもの息子だと思わせる。
そしてわたしは運も悪いらしい。出番は最初、相手はスウェーデン・ショート・スナウト。銀青色の大きなドラゴンだ。今は大人しくしているが、解説が叫ぶ限りでは奴は俊敏かつ高温の炎を吐いて骨まで灰に変えるらしい。ふざけているし、ふざけている。それから金色の卵を奪えと言うか。
「……これこそマーリンの髭とやらですね」
中央まで進み出て、わたしは青い炎に襲われる。
「グレイシアス、氷河よ。ヴェンタス、風よ」
一瞬にして氷は蒸発し、霧を産み出し視界を塞ぐ。風で勢いをつけてそこから退かなければ、わたしは形も残らない。そうしてそこから退いてみれば、巨体は隣でこちらを睨む。
かぱりと口が。
「いっ……エバネスコぉっ!」
とっさに唱えたいつもの呪文。全力全開何とか炎を消滅させ、なりふり構わずしなる尻尾に捕まった。手はずる剥けたがすぐさまエピスキー。取って返す尻尾の動きで一気に卵のもとへ。そのまま自分で潰してしまいそうで卵にプロテゴ、地面にスポンジファイ。
わたしが跳ねる衝撃で卵も跳ねて、手を伸ばして全てを回収する。出口は全く反対側。
「アグアメンティ! アグアメンティ!」
二度に分けての呪文行使で、地面を泥沼に変えて足を沈み込ませる。そこですかさずデューロで固め、効果が切れる前に持ち帰る。控え室に戻れた頃には既に制服はぼろぼろだった。
「……よく、無事に帰ってこれたね、スワン」
「気安く呼ばないで、ポッター」
こんな時だけ気遣いを発揮して、何があるというのだろう。クラムが出ていき帰ってきて、デラクールが出ていき帰ってきた。どちらもボロボロ、帰ってきたときには思わず制服をレパロした。
重苦しい沈黙、ポッターが行って、ポツリとクラムが呟いた。
「……君は、スリザリン寮でこき使われていた奴隷だと聞いた。しかしホグヴァーツの半分は君を応援しているみたいだ。その理由は何だ?」
「さあ。奴隷でも選ばれたのならば応援した方がクレバーだと思ったのでは? むしろ何らかの卑怯な手を使ったか仕組まれたかしたポッターがグリフィンドール以外に応援されていないのが意外です」
「思ったよりもオグワーツは時代遅れみたいね。こんな優秀な魔女を奴隷に? 奴隷制度が廃止されたのが何年の話なのか知らないのね」
ポッターがいなければ話が弾むのか。二人は死地の彼を見もしない。
「優秀……かどうかはまあ、置いておきますが。見なくても良いので? ポッターを」
「必要ないわ」
「右に同じく」
一言だけで斬って捨てる。危なげもなく帰ってきたポッターを出迎えたのは冷ややかな空気。僅かに彼は困惑したようだが次いでわたしを睨み付けた。
「何を吹き込んだんだ? スリザリンのピエロが」
「そう言われても……」
直情径行はこういう時に損をする。同情を買ったわたしを迂闊に蔑めば、差別主義者の出来上がり。
「正々堂々、ね。グリフィンドールが泣くわ」
「言ってやるな、マダム・デラクール。名誉を傷つけることでしか彼は戦えない弱者なんだ」
冷ややかな視線。二人はそのまま去っていって、わたしも踵を返そうとして止められる。
「二人に何を吹き込んだんだ!」
「事実だけですよ。離してください、気分が悪い」
「話してくれたら離すよ!」
ならば離せとわたしは思った。既にわたしは理由を告げているのだから、これは最早言いがかりに近いだろう。とはいえ男の力に女が勝てはしない。ここでの呪文は許されていない。
故に、わたしはここで言葉という武器を使うのだ。
「今のあなたをあなたのくそったれな父親が見たら歓喜するでしょうね、ポッター。ならず者どもの一味の息子。あなたの父親がわたしの母を弱者に追い込んだから、母とわたしはスリザリンの奴隷に堕とされた。今あなたはわたしを理由もなく拘束しているわ。ああ、まったくならず者どもの息子にふさわしい所業ね」
流れるように言った言葉は間違いなくポッターに突き刺さっただろう。緩んだ拘束を振り払って逃げ出して、後ろから怒声が追いかけてくる。けれどもわたしの方が三年分は、ホグワーツの内部を知っている。つまり彼を撒くなどお茶の子さいさいだというわけだ。
次の試練はと聞くことには、金の卵が知っているとのこと。ならばこれをどうにかせねばならないらしい。寮に戻り、とある部屋に入って誰もいないことを確認してから卵を開いた。金切り音が耳をつんざく。まともに開けるのは不可能か。擬態しているわけでもなく他に魔法のギミックは隠されてはいないらしい。つまりはこの音を聞くための何かが必要だということだ。
恐らく聞けば何かが分かる。火炙り、釜茹で、茹でる方が叫びがましだ。ならばあとはそれから条件を絞り込む。普通の水でも聞こえ方は似ているが、何となくはっきりしてきた気がする。思いきって水の中に耳をつければそれが全ての答えだった。
卵の曰く、水の中に大切なものが囚われて、一時間以内に回収せねば二度と戻らぬらしい。つまりは泳げということか。使えそうな魔法は泡頭呪文か、あるいは変身術か。いや、いや、どちらもあまり意味がない。恐らくわたしは――泳げないから。
マグル式の潜水道具は持ち込み不可らしく、とち狂った方法しか思い付かぬ。それでも実用性はあるようで、結局それしか出来なくて。
そうこうしているうちに、寮監から気難しい顔で告げられたこと。何故かダンスパーティーで、不要と思われたダンスを踊ることになっていた。代表選手は必須らしい。相手は早く見つけておけとも言われている。そんな人などいるはずも――
いやいや待て待て、誰かを選ばねばならないのだと、教授は言った。つまり何か理由がある。ならばそれにお嬢様とダフネを巻き込むわけにはいかないわけで、誰かを見つけねばならぬらしい。スリザリンの生徒なら、最後になれば誰かが来るだろう。しかしそれでは不味い気もする。
誰からも誘いは来ない。しかし誰かは見つけねばならないから。打算も込めて誰かを探す。そんな時に何とわたしは呼び出しを受けたのだ。きっと決闘か何かなのだろう。そう思って向かってみれば――
「……何故、あなたが?」
「えっと……僕、聞いてみたくて。他の誰からでもなく君から本当のことを」
純血の子息。物好きな誰かだと思っていたが、まさか彼が来るとは思ってもみなかった。
「……ならば交換条件です。話す代わりにダンスパーティーに一緒に行ってください」
「えっ!? いや、あの、スワン、その……僕なんかで良いの?」
「あなたに相手がいないなら。理由は後で話します」
怪しさ満点の申し出を、彼はそのままこくりと受けた。からかわれるのは好きではないが、とにかくダフネとお嬢様には許可を取り、二人でホグズミードにも立ちよった。彼は思いの外例外を除いて思い込みは激しくないようで、落ち着きながら話を聞いてくれた。
思えば彼とはその日から、実に珍しい男の友人となったのだ。友人というものはほとんどわたしにはいないけれど。スリザリンから手出しがないのだから、きっとある意味お似合いだとは思われたのだろう。流石にポッターとの友誼が損なわれているようで、最後には悪いが手酷く突き放そう。
着なれぬエメラルドグリーンのドレスを纏うわたしを、彼ははにかんで誉めてくれた。実にくすぐったく珍しいことに自然と顔が緩んでいる。印象づけは完璧だろう。彼がウィーズリーとポッターにさえ睨まれていないのなら、だが。
そして第二の試練がやって来て、わたしは寒い湖へと身を投じる。やったことは簡単なこと、まずはプロテゴで水を防いで空気を確保する。そして推進力として後ろに風を送って中心部へと突き進んだのだ。果たしてそこには少し太った彼がいて、彼を解放してプロテゴの中に取り込んだ。
「……スワン?」
「先に謝っておこうかと思いまして。端的に言えばわたしはあなたを利用してこの試練に挑みました」
それに彼は目を瞬かせる。そんなに意外なことだろうか。わたしはスリザリンなのに。
「うん、分かってるけど……?」
「この後わたしはあなたを突き放すつもりです。それでわたしとあなたの関係はまっさらに戻します。だから、その……ポッター達と仲直りしてくださいね? どれだけ悪く言っても良いので」
「君ってさぁ……うん、君がそうして欲しいなら頑張るけど、悪い奴じゃないのは知ってるから。ばあちゃんが言ってた、スワンを気にかけてやって欲しいって。何となく理由は分かったからさ、だから……そんな泣きそうな顔で言わないで」
泣きそうな顔? 何のことか分からない。けれど彼の手はわたしの頬に触れていて、目元を拭って頭を撫でてきた。何故だか不思議と悪い気分じゃない。本当に何故かは分からないけれど。
不慮の事故もあったそうだが、無事に第二の試練も終了した。後は最後の一つだけだ。それがどうにも落ち着かなかった。
「ソノーラス」
緩んだ顔でこちらを見つめる哀れなグリフィンドールの純血に、わたしは平手打ちを食らわせた音をお見舞いした。そして全員に聞こえるように嘲る声をかけてやる。
「滑稽な時間をありがとう、グリフィンドールの誰かさん。本当に都合の良い存在だったわ。どうぞ、お仲間のところへお帰りなさい。スリザリンに少し近付いただけで仲間を見捨てるようなところへね」
「なっ……」
「分からないの? あなたはわたしに利用されただけ。さようなら」
空虚に笑みを浮かべてやれば、彼は顔を紅潮させて怒り出す――ことはなく。杖も抜かず、手も出さないで言葉だけをわたしにくれた。
「ああ、うん。さようならだ。僕はハリーのために君の懐にいただけなんだから、勘違いしないでよ……でも、ありがとう」
最後だけは呟きで。そうやって彼が勇気を見せたから、ホグワーツ内の応援は真っ二つに割れた。スリザリンはわたし。レイブンクローは半々。グリフィンドールはポッター、そしてハッフルパフは意外にもポッター。大方ディゴリーあたりが支持したのだろう。実に興味のない話だ。
そんな時にわたしはある人から呼び出しを受けた。というより強引に連行された。向かう先には馬車があり、大きな女性が待っている。
「……マダム・マクシーム?」
「よく来ましたね、ミス・スワン。どうぞ中へ」
導き入れられ彼女の言うことには、ホグワーツが居づらくなったらいつでもボーバトンへ編入していらっしゃい。目には哀れみ、態度には懐の大きさを演じている。
「……軽蔑はされないので?」
「私がオグワーツで軽蔑するとすれば……それは貴女ではありませんよ、ミス・スワン。貴女ほどの優秀な魔女を奴隷扱いさせた者共全員が愚かなのです」
穏やかな笑み。そこに嘘は見て取れず、しかしてそれをわたしは受け入れない。
「わたしは、責任を取らねばなりませんから。ですからこの先の混乱が終わるまでは……この国から出るつもりはありません」
「それは、貴女ではなく貴女を利用した人間が取るべき責任ではないの?」
「いいえ……いいえ。利用するものに罪あるのなら、産み出したものにも罪あるべきでしょう」
実に抽象的な話。恐らくマダムには半分も理解してはもらえなかっただろう。カルカロフがどこまで説明したかは知らないけれど、彼からでなく彼女からこの話が来たということは微妙に後ろ暗いところが明かされたのだろう。
その後わたしはマダム・デラクールと会話して、いつしか友人となっていた。哀れみから始まったような気もするこの関係は、しかし試練が終わればなくなるもの。少し寂しくはある。
とはいえ試練はいつでもやって来る。最後の試練は生け垣迷路の中心にある杯を手に入れること。それで全てが決まるのだから、わたしが気合いを入れないわけもない。壁は壊せずとも星を読めば中心への方角など容易に分かる。
進む、進む。赤い花火が一つ二つ。障害など見ることもなく、中心へ。そこでやっと障害が現れる。意味不明な海老のような合成獣。まるでわたしのようだと他人事のように思いながらもせめて苦しまぬようにと腹から頭へ魔法で貫いてやる。安らかに眠れ、合成獣。お前のことはもう忘れた。
見える杯、届かぬ手のひら。そこにポッターが現れて、急に敵襲が減ってきた。とはいえ面倒な人間もいたもので、虚ろな視線でコンフリンゴ。誰かと思って見てみれば、そこにはクラムが夢を見ているような表情で杖を振る。
服従の呪文か。とはいえそれで攻撃されようが、意思の乗らぬ魔法など痛くも痒くもない。お人好しのポッターは何故かわたしに加勢した。
「……今のうちに優勝杯を取ればどうです、ポッター」
「別に僕はそうしたって良いんだ。でも、このまま取ったら僕の寝覚めが悪い」
「実にグリフィンドール。取れば良いわ。こういうのは悪役でなく正義のヒーローが取るのがお約束なんですよ、ポッター」
やれやれとクラムを縛り上げ、ポッターに背を向け生け垣に固定する。すると彼は何を思ったのか腕を掴んで優勝杯に共に触れさせた。身体の芯が引きずられ、その場から移動する感覚。これは確かポートキーの感覚か。
気付けばそこは見知らぬ墓地で、周囲には怪しげなフードの集団が。
「……ここは……」
「……え、トム・リドル? ちょっ、これはまずいのでは?」
「ここがどこか分かるのか?」
飛んでくる魔法、盾の呪文は間に合わない。ギリギリ身体を捻ってかわし、ポッターに向けて低く呟いた。
「バジリスクといた幽霊の名前がトム・リドルだったはずです。つまりはヴォルデモート卿。これはその父親か何かの墓では?」
それを聞いてぎくりと顔をこわばらせ、ポッターは呪文を受けて墓石に縛られる。なのに、何故かわたしはそのままで。
「その通り。健勝そうで何よりだ、ソーウェル」
瞬間、わたしは理解した。何のための任務で、何のために母があったのか。我が一族、などと大層なことを言うつもりはないが、それが何のために用意されたものであったのか、わたしはすっかり理解してしまった。
「……そう思いたいのなら好きにすれば良いと思いますが」
「任務は終えたのだろう? その姿、その瞳。お前の父親はどうやら俺様ではなさそうだ。最後の任務は俺様と果たすつもりはあるか? スリザリンの愛妾、スリザリンの最高傑作よ」
にたりと歪むその赤子の笑みは不気味でしかない。そんなことを言うのだとすれば恐らく彼は成人男性に戻るつもりがあるのだろう。どういう公算かは知らないけれど。
「いえ、済みませんがあなたでは理解出来ないかと思いますので、お断りします。あなたは愛を理解しない方だと聞いていますから」
「……ほう?」
「わたしの髪は、わたしの瞳は、愛によって染まる魔法。最後の任務と呼ぶべきものは――もう、終わっているのです」
その理由を彼は理解しないだろう。あるいはこれこそが愛の魔法。心を捧げあった末に出来上がる未来への連鎖。それが最後の証となる。ならばそれは既に成されているとわたしは信じた。ハッタリであろうがそれを捧げるべきは目の前の男ではないのだから。
しかし忍び笑う赤子は今度こそわたしを拘束する。
「そこで見ているが良い、ソーウェル」
スワンだ、と言いたくはあったが最早それは不可能で、口には轡が噛まされている。大釜の中でおぞましき儀式が始まった。父親の骨、しもべの肉、敵の血。古来より伝わる忌まわしき魔法だ。ポッターは血を取られておぞましさに震えている。
そして出来上がった鼻なき男。彼こそは闇の帝王、ヴォルデモート卿。周囲に死喰い人を従えて、そこに彼は君臨する。闇の印に杖が当てられ更に増える、増える、増える――そしてその中には、首輪を嵌められた白い娘がひっそりと混ざっていた。
ヴォルデモートがポッターの縄を外し、決闘ごっこを始めていても。わたしは動くことが出来なかった。縄などなくとも動けない。目の前で人質に取られている少女は紛れもなく――任務の果てだった。
虚ろな赤い瞳。向けられる視線。それは全ての罪をわたしに突き付けて。黄金の橋が生まれていても動けない。ポッターは物言いたげな視線でこちらを見ながら一人で優勝杯を掴んで消えていった。
「さあ、ソーウェル」
「……わたし、は」
「迷う必要などないだろう? お前には既に退路などないのだから」
分かっていた。その通りだった。当然のことだった。だからわたしは闇に堕ちるしかなかった。光で取れぬ責任を取るために。数多の命のために。付き添い姿くらましでその場を去って、マルフォイの家へと転がり込んで。
そうして宴が始まった。