Rouge of the MIDNIGHT   作:SHINZO

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Avator of speed①

『マルゼンスキー、日本ダービー出走は絶望的――』

 

 

 

 

 

 新聞の一面を飾るこの見出しに、日本中のレースファンは溜息を漏らす事となった。

 6戦6勝。アクシデントに見舞われた1戦と事実上の競争不成立である1戦を除き、その全てが7バ身差を超える圧勝劇。世代最強――いや、国内最強ウマ娘であると言っても過言ではない、その圧倒的なポテンシャル。ダービーウマ娘に相応しいのは、間違いなく彼女である。誰もがそう信じて疑わなかった。

 しかし、彼女のダービー挑戦は『規則』の前にあっけなく瓦解した。両親が海外生まれのウマ娘に対する、クラシックレースの出走制限――海外の強豪ウマ娘からトゥインクル・シリーズを、ひいては日本生まれのウマ娘を保護するために敷かれた制度により、彼女のダービー出走の望みは絶たれる事となったのだ。

 

 レースファンからは彼女の出走を求める声が数多く上がった。世代最強のウマ娘を決めるレースに、何故その頂点に最も近い場所にいる彼女が出走することができないのか。世代最強とは名ばかりの王者を決めるレースに、果たして何の価値があるのか。これが日本最高峰のレースとしてあるべき姿なのか――

 沸き上がった声はトゥインクル・シリーズを総括する組織、URAを動かし、彼女のために出走制限を緩和する策を打ち出す動きもあった。しかし、組織の重鎮たちはこれらの意見に決して首を振ることはなく、ファンの声は全て無下にされる形となってしまったのである。

 

 このような決定が下された後も、彼女はマスコミやファンに対し健気に振る舞った。「ダービーがダメなら違うレースでがんばルンバ!」と両親指を上げる姿は、多くの人々の同情を誘い、ワイドショーも連日のように彼女を取り巻く問題を報道し続けた。しかし、市井の人々がいくら騒いだ所でどうにもならないというのは、彼女自身が最も理解している事であった。

 やがて彼女は深夜になると、愛車と共にふらりと出かけるようになっていた。彼女が向かう先は首都高速湾岸線。総延長60キロにも及ぶ、日本有数の最高速の舞台である――

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 深夜未明 首都高速湾岸線――

 

 

 

 まるで白夜のように煌々と明かりが灯る湾岸線を、真っ赤なカウンタックが轟音を上げて駆け抜けていく。周囲を走るそれと比較すると、その車は些か現実離れしているとも言える代物であったが、それらをまるでパイロンのようにかわしながら走るその姿は、さながら地上を走るレシプロの戦闘機のようであった。

 

 

 

(やっぱりタッちゃんと走る湾岸線は最高ね。今ならどこまでだって駆け抜けられそうだわ)

 

 

 

 自身の運転は明らかに反社会的な行為であり、そして自身のみならず他者の生命をも脅かしかねない、非常に危険な行為であることは百も承知であった。だが、彼女はどうしても深夜の首都高を走る事を止めることができずにいた。URAの重鎮たちによる抑圧から、自身の将来に対する不安から、この瞬間だけは全てを忘れて目の前の景色に集中することができたからである。

 料金所を徐行運転で走り抜け、再びフルスロットルで加速すると、彼女の車は鶴見つばさ橋へと差し掛かる。全長1kmにも及ぶ長大な橋だが、今の彼女のスピードならば数十秒もあればゆうに渡り切ってしまうだろう。ここから大黒JCTに入り、大黒線を経由して横羽線から東京へと戻るのが彼女のルーティーンであった。

 目の前に迫りくる車を右に左に旋回しながら、JCTを通り過ぎてしまわないよう、左のレーンに意識を集中させる。と、ここでふと、背後から何かが猛スピードで自身を追いかけてきている事に、彼女は気付く。

 

 

 

(覆面パトカー……なわけないわよね。またこの辺りの走り屋さんかしら?)

 

 

 

 彼女が走っているのはあくまで自身の欲求を満たすためだけであり、決して競争が目的ではない。彼女の車は元々希少性が高く、かつ見た目も派手な車であることもあり、通りがかった走り屋風情の車たちにバトルを挑まれた事も少なからずあった。だが、彼らに対し彼女は一貫して無視を決め込んでいた。そうしていていれば、いずれは諦めて何処へと走り去ってしまうことを知ってたためである。

 数日前に出会った、やたらと自身を追い回してきた車の姿が彼女の脳裏によぎる。あの車は大人しくドロンしてくれればいいんだけれど。などと思いつつ、彼女が再びバックミラーに目を向けた、次の瞬間であった。

 

 

 

(えっ?うそっ!?いつの間に真横に……!?)

 

 

 

 つい先程まで遠く後ろを走っていたはずの車が、彼女のすぐ隣を駆け抜けていったのだ。もちろん、この一瞬の間に彼女はスピードなど落としてはいない。その車は200km/hに近い速度でクルーズする彼女よりもはるかに速く、自身の事などまるで最初から眼中になかったかのように、彼女の目の前を走り去っていったのである。紅に輝くテールライトと、フロントライトから僅かに覗いた、ミッドナイトブルーの残影を残しながら――

 

 反射的に彼女はアクセルを踏みぬいた。その車を知っていたわけでも、その車の主に何か用があったわけでもない。目の前を走る背中を追いかけ、そして抜き去るという、ウマ娘としての本能が彼女を駆り立てたのだろう。

 ターンする予定だった大黒JCTを通り越し、彼女のカウンタックはさらに加速する。この先にある本牧JCTからみなとみらいを経由しても、問題なく東京に戻る事はできる。ベイブリッジを渡ってしまえば、JCTはもう目と鼻の先。でもそれだけの距離があればいい。あの車よりも前に出る。ただそれだけを考え、彼女はひたすらアクセルを踏み続けた。だが――

 

 

 

(ど……どうして!?この速度から離される……!?あの車、一体何キロで走ってるの……!?)

 

 

 

 彼女を追い抜いた車は、加速する彼女のカウンタックよりもはるかに速く、湾岸線を駆け抜けていったのだ。どんなに追っても、どんなにアクセルを踏み込んでも、その距離は縮まるどころか、どんどんどんどん離れていく。まるで蜃気楼の如く、そのようなものは初めから存在しなかったかのように――

 

 やがて前方から進路を塞ぐようにトラックの集団が接近し、彼女はアクセルを緩める。先行していた車を完全に見失った事を悟ると、彼女はふうと溜息をつき、苦笑いを浮かべつつ、小さく呟いた。

 

 

 

「おったまげたわ……あんな車がいるのね、湾岸(ここ)には。どこまでも永遠に駆け抜けてしまいそうな、圧倒的なスピード感……ふふ。もしかしてあたし、とんでもないものを見ちゃったのかしら」

 

 

 

 自身を追い越していった車は果たして何だったのか、あの車を運転していたのは一体何者だったのか。結局なにもわからず終いである。しかし、彼女の目の前から光のように消え去った、闇夜に揺れる濃紺の影だけが、彼女の脳裏に深くこびりつく事となったのだった。

 

 

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

 

 翌日 トレセン学園トレーニングトラック――

 

 

 

「はぁ……はぁ……どうなのトレーナーくん、タイムは……?」

「……イマイチだな。とは言っても、他のウマ娘と比べれは遥かに速いタイムではあるんだが」

 

 

 

 トレーナーと呼ばれた男は、マルゼンスキーの問いかけに対し、渋い表情を浮かべつつストップウォッチを睨みつける。膝に手をつきつつ、息を荒げてその様子を眺めていたマルゼンスキーは、自慢の鹿毛の耳をへたりと垂らしつつ、どこか不満げな表情を浮かべながらも、彼の言葉を素直に聞き入れるのだった。

 

 最高速度70km/hにも及ぶ剛脚を持つウマ娘による競争は、人類史の中でも特に古くから伝わるレースイベントとして、世界中で人気を博していた。そして彼女はトゥインクル・シリーズと呼ばれるレースシリーズを戦うウマ娘であり、その中でも特に秀でた成績を収めている、国内屈指の人気選手でもあった。

 彼女の出走するレースは、常に異様な熱気に包まれていた。たとえ条件戦であっても客席は常に満員御礼。しかし彼女のレースが終わると観客は皆帰路につき、メインレースが始まる頃には客席はガラガラ、などといった事も珍しくはなかった。それだけ彼らを熱中させるほどに、彼女はとにかく速かったのだ。

 スタートと同時に自慢の快速を活かして先頭に立ち、そのまま後続をちぎって圧勝――横綱相撲としか例えようのないその走りに、人々は欧州のドリームカーの姿を重ね、彼女を『スーパーカー』と呼び親しんだ。

 果たして彼女に敵うウマ娘は国内に存在するのか。ややもすると世界の強豪たちに比肩する強さがあるのではないか。無限の可能性を感じさせる彼女の走りに、日本中のレースファンは熱狂した。

 

 しかし、彼らの熱を奪うかのように、ショッキングな知らせが日本中を駆け巡る事となった。URAの『規則』により、日本で最も著名かつ、最も格式の高いレース『日本ダービー』の出走権を得ることができなかったのである。

 

 

 

「……すまんな、マルゼン。俺にもう少しだけ力があれば、URAの老人方をどうにかできたかもしれないんだが」

「いいのよ、トレーナーくん。あたしはもうそんな事は気にしてないもの」

 

 

 

 ダービーの一件以降、マルゼンスキーは明らかに調子を崩していた。日本ダービーはウマ娘なら誰もが夢見る、一生に一度の晴れ舞台。その舞台に登壇する権利を『大人の都合』で奪われてしまったのだから、無理もない事であろう。

 頭をかきながら謝るトレーナーに、彼女は笑顔で応えてみせる。しかし、その笑顔の向こう側に、計り知れないほどの悔しさと虚しさがある事を、彼は誰よりも理解していた。彼女の言葉を聞いてもなお、申し訳なさげな表情を浮かべ続けるトレーナーに、マルゼンスキーはトラックを駆ける若いウマ娘たちを見つめ、彼の懸念を払拭するように口を開く。

 

 

「それに、あたしには可愛い後輩ちゃんたちに夢を見せるっていう使命があるもの。ダービーに出られないぐらいで落ち込んでちゃ、先輩として示しがつかないわ。……あっ!スペちゃーん!ライスちゃーん!今日のトレーニングも頑張っていきまっしょい!」

「はいっ!頑張っていきまっしょい!」

「い、いきまっひょいっ!!」

 

 

 

 グラウンドを駆ける2人のウマ娘たちに向けて声を張り上げると、負けじと元気の良い掛け声が返ってきた。いきまっしょいを掛け声として使うのは些か古いのではないかと思いつつも、その微笑ましい光景にトレーナーも思わず笑顔をこぼす。しかし、彼女が後輩たちに気丈に笑顔を振りまくその姿を見つめるうちに、トレーナーの表情は再び翳りのあるものへと変化していくのだった。

 

 

 

「……あんまり無理はするなよ、マルゼン。ダービーの一件は『仕方がない』の一言で片づけられるほど単純じゃないって事は、俺もよくわかってるんだからな。……君は本当に心も体も強いウマ娘だ。後輩たちが君に憧れるのも納得がいくよ。でも、君は強い姿ばかりを人前で見せる必要はないんだ。どうかもっと俺を頼ってくれ。俺は他ならぬ君の専属トレーナーなんだからな」

「……んもう。トレーナーくんってば、本当に心配症なんだから」

 

 

 

 トレーナーからの力強い言葉を受け、マルゼンスキーはエメラルドグリーンの瞳を彼へと向ける。露わになったその顔はほんのりと赤みを帯びており、まるで鏡のように彼女の心の内を映し出しているかのようであった。

 

 

 

「でも、今は君の心遣いが素直に嬉しいわ。……本当にありがとう、トレーナーくん。これからもよろしくね」

「……ああ」

 

 

 

 自身を選んでくれたトレーナーが彼であって本当に良かった。心の中で小さく呟くと、マルゼンスキーは心の底から湧き出た笑顔をトレーナーに向ける。屈託のない彼女の笑顔に、トレーナーはようやく安堵の表情を浮かべるのだった。

 

 

 

「……なんだかすっかり惚気ムードになっちゃったわね。今日の所は早めに切り上げて、お互いにリフレッシュでもしてみるってのはどうかしら?」

「そうだな。マルゼンに今一番必要なのは気分転換だろうし、今日の練習はこれにて終了とするか」

「さっすがトレーナーくん、話が早いわね!……そうだ!せっかくだし、この後は箱根あたりでドライブデートなんてどうかしら?久しぶりにあたしのイケイケのドラテク、見せちゃうわよ!」

「あーすまんなマルゼン。俺はまだ仕事が残って――」

「あーっ!その目は絶対ウソだー!ダメダメ!もっと頼ってほしいって言い出したのは、他ならぬトレーナーくんでしょう?今日はあたしのリフレッシュに、しっかりと付き合ってもらうんだから!」

「いや、君はリフレッシュできても俺は疲れが溜まるんだが……ってまてまて!そんな思い切り腕を引っぱんじゃない!わかった、わかったから!」

 

 

 

 ――その後、箱根の峠道を疾走する真っ赤なカウンタックと、その助手席でエンジン音と共鳴するかの如く悲鳴を上げる男の姿が、多くの人々から目撃されたという。

 




【登場人物紹介】

・マルゼンスキー(ウマ娘)
昭和レトロな雰囲気を漂わせるお姉さん。ダービーに出られない鬱憤を晴らすかのように首都高を走っていた所に『あの車』と遭遇してしまう。

・トレーナー(オリジナル)
マルゼンスキーの専属トレーナー。隣に乗せると反応が面白いという理由で彼女のドライブに駆り出されるかわいそうな人。
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