Rouge of the MIDNIGHT 作:SHINZO
同時刻 YMSPEEDガレージ前――
「おいおいマジで停まってやがるよ。懐かしいナ、コイツを見るのはガキの頃にやってた展示会以来だぜ」
「オレも間近で見たのは中学生以来だヨ。もっとも、当時のオレはイタ車よりもポルシェに首ったけだったけどナ」
昼下がりのヤマモトスピードのガレージに颯爽と現れたガッちゃんは、山本の隣で佇む真っ赤なスーパーカーに対し、驚嘆の声を上げていた。その車のオーナーが誰であるかを山本は明かさなかったものの、首都高を走る真っ赤なカウンタックを操るウマ娘の噂と、その噂の主とおぼしき車が目の前にあるという事実が、答えを如実に表していた。
「にしてもあのコ、よくこんな貴重な車をチューニングしようだなんて思ったよナ。こんなハデなのに乗れるなら、チューニング用の車ぐらいいくらでも用意できただろーに」
「あのコにとってこの車は特別なんだヨ。ガッちゃんにもあるだろ、そーゆう車」
「特別ねェ――悪ぃが、オレん中には特別って言えるような車はねぇんだよナ。現に今までに何十台と乗り継いできたし」
「そりゃ乗り換える度に毎度の如くスクラップにしてりゃあナ」
「うぐっ……!山本ォ、またお前はそーゆーコトを……!」
これまでに幾度となく車を乗り替えるも、その度に事故を起こし続けた苦い過去を山本に抉られ、ガッちゃんは抗議の声を上げつつ、思わずたじろぐ。そんな彼の様子をにやにやとしながら見つめる山本であったが、いかに気心の知れた仲間であったとしても、そのような態度で客人をもてなすのは不埒だと感じたのだろう。「すまんすまん」とフランクに謝罪の言葉を述べると、山本はこれまでの事のいきさつを静かに語り始めるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フーン――オレの知らない所でそんな事があったのかい。ま、なんつーかお前らしーよナ。せっかくの商売チャンスだってのに、自分からフイにするようなコト言うだなんて」
深夜の首都高でマルゼンスキーからチューニングを依頼された話題に差し掛かった所で、ガッちゃんはおもむろに吹かしていたタバコを足元に擦り付け、側溝の蓋の隙間にそれを蹴落とす。
「人の店の側溝にタバコ捨てんなヨ」と苦笑する山本であったが、「今さらこまけーコト気にすんなよ、それ以上のコト散々やってきたくせに」と悪態をつくガッちゃんの態度を受けて、やれやれと言わんばかりに肩をすくめるのだった。
「本当はあのコが降りるのを願って言った言葉だったんだけどナ。あれから色々考えている間に偶然Zのカレと出会って、首都高に上がる覚悟を決めてしまったらしい。ま、こうなってしまった以上、オレも全力であのコの走りをサポートするつもりだヨ。チューニングって意味でも、走り方を教えるって意味でもね」
「手厚いねー、ヤマモトスピードのサポートとやらは。お前んトコのショップはドライビングスクールまでやってんのか?」
当然の事ではあるが、チューニングショップの仕事は、顧客の車のチューニングである。チューンドカーの走らせ方まで逐一レクチャーするような店などどこにもないであろう。
ポケットから新たなタバコを取り出しつつ、先程の仕返しとばかりに山本の言葉をつつくガッちゃんであったが、当の山本は表情ひとつ変えず、さも当然の事であるかのように、彼の言葉に対して答えを返す。
「あのコ、チューンドカーの経験がないワリにドライビングはウマいのヨ。聞けば首都高に上がる以前から、トレーナーや後輩を隣に乗せて峠を攻めていたらしい」
「難儀だったろーな、そいつらからしたら(笑)」
「走りのセンスは間違いなくあるよ、あのコ。だけど、レイちゃんやZのカレと比べると、走りに関する知識や経験が圧倒的に足りていない。彼らと同じステージに上がる前に、まずはチューンドカーというモノをキチンと理解しておいてもらいたいんだ」
日本におけるスーパーカーの代名詞として親しまれたランボルギーニ・カウンタック。まさに走るためだけに生まれてきたその車に、山本のような超一流のチューナーが手を入れるとなれば、あっという間に300キロオーバーのモンスターマシンへと変貌を遂げるであろう。だが、肝心の乗り手であるマルゼンスキーには、まだそれほどの車を扱えるような技量はない。たとえ彼女が望むような車を完成させた所で、今のままでは250キロ級のスラロームで一般車を避けたり、アクセルを目一杯踏み切るのはもちろん、真っ直ぐ走らせる事さえも不可能なのである。
チューニングと平行して、彼女に経験と技術を積ませるために、自身の組んだチューンドカーでしっかりと走り込む。これがマルゼンスキーの依頼を受ける条件として、山本が提示した約束事であった。
「……ま、手塩にかけて組んだ車を一瞬でお釈迦にされちゃ、笑うに笑えねーもんナ」
「そーそ、事故って怪我でもされちゃ、ガッちゃんだって悲しむだろーし」
「だからオレはファンじゃねーっつってんだろーが!」
どうやら山本という男はチューニングの腕のみならず、口撃を返す技術もガッちゃんより一枚上手らしい。顔を赤くして反論するガッちゃんに対し、山本は普段と変わらず冷静に、しかしどこかいたずらな表情を浮かべながら、慌てふためく仲間の顔をじっと見つめるのだった。
「まァ冗談はさておき……今日ガッちゃんに来てもらったのは、ひとつ頼みがあったからなんだヨ」
「頼み?」
「そ。実は今回、オレ以外に3人ほどこの車に手を入れて貰おうと思ってる。エンジン、吸排気、足回りといったトコはオレがやるつもりだが、専門的な部分はその道のヤツに頼むのが一番だろ?」
ガッちゃんが気づいた時には、山本の表情から先程までの穏やかな雰囲気はすっかり消え去り、それと入れ替わるように、彼のもう一つの側面――機械を徹底的に追い込む危険なチューナーとしての一面が、ちらりと顔を覗かせていた。
こうなった時の山本に下手に手を出してはいけない――それを身をもって経験しているガッちゃんは、思わず顔を強ばらせつつ、彼の視線の先にあるカウンタックへと顔を向ける。
「1人目は高木。こいつが走り出したのは何十年も前のコトだ。ボディはすっかり劣化しちまってるだろーし、何の補強もないままエンジンだけハイパワー化するわけにもいかねーからナ。ボディ補強は当然高木に依頼する」
高木優一――
山本の昔からの仲間の一人であり、ボディワークの天才と呼ばれる人物である。彼が手を入れたボディはどれだけ鈍い人間でも気づく程だと言われ、悪魔のZのボディも彼の手掛けた事で知られている。
「2人目は富永。あのコがアナログ制御に拘らないのであれば、エンジンの電子制御化はもはや必須事項だろう。ECUセッティングをやらせたら、アイツの右に出るヤツはいない。これも当然富永に依頼するつもりだ」
富永公――
彼もまた山本の昔からの仲間であり、エンジンコンピューターのスペシャリストである。キャブレターの時代には「ジェッティングの富永」の異名で知られ、これまでに多くのマシンのECUセッティングを手掛けた他、悪魔のZのキャブターボのセッティングも彼が手掛けている。
「そして3人目なんだが――オレは今回、この車をチューンするにあたって、この作業が一番重要なポイントだと思っている。……単刀直入に言おう。ガッちゃん、このマシンのエアロ、作ってくれないか?」
何かと感情の起伏が激しいガッちゃんであるが、自身の名前を呼ばれた瞬間の彼は、いつになく沈着冷静であった。エアロパーツの製作を依頼した山本に対し、ガッちゃんは暫しの間口を開かず、ただじっと彼の目を見つめる。やがて手にしていたタバコをぷぅと吹かし、意味深な笑みを浮かべると、いやに上機嫌な様子で山本に問いかけた。
「ほォ――?エンジンやボディよりも、エアロの方が重要ねぇ……そいつァどーゆう見解ヨ、ん?」
「たとえオレや高木や富永が最高の仕事をしたとしても、この形のままじゃ最後まで踏み切るなんてできやしねーのヨ。空力的な問題でナ」
カウンタックは全高が非常に低く、その地を這うようなシルエットと相まって、一見すると空力的にとても優れているような形状をしている。だが、実際は車体底部に入り込んだ空気が揚力を生む等、この独特な形状がむしろ弊害となり、最高速度や走行安定性の低下を招く結果となってしまっているのである。
結果、ブーメラン型の巨大ウイングや、奇抜なデザインのフロントウイングといった個性的なパーツが生まれる事となったのだが、現代にはそのような手法を取らずとも、より効率的に走行安定性を向上させ、かつ見た目を映えさせる方法が存在する。そう、ガッちゃんの得意分野であるエアロパーツである。
「まな板みたいにまっ平らならサイコー、ってワケでもねーってワケか」
「そう。ガッちゃんには地面にしっかりと張りつきつつも、ミッドシップならではの切れるような旋回力を殺さないエアロを作ってほしいのヨ」
「欲張りな注文だな、オイ。そーとームチャなコト言ってるってわかってんのかぁ?」
「……さらにムチャを言うと、排熱に気を配ったカウルも作って欲しいんだよ。今回オレはこいつのエンジンをNAからターボ化――もっと言えばツインターボ化して、600PSオーバーのマシンに仕上げたいと思ってる。となると、熱問題は避けては通れない障害となるのは間違いない」
「ツインターボぉ?逆噴射したりしねーだろーナ?」
「しねェよ、しね――(笑)」
先日のレースで壊滅的な逃げを打ち、そして様式美すら感じられるほどの轟沈ぶりを披露したウマ娘を引き合いに出しつつ、ガッちゃんは山本の要求に耳を傾ける。
常識的に考えれば、見た目を少し変えた程度でこの車が抱える諸問題や、チューニングによる弊害を一挙に解決するなど、到底不可能である。仮にできたとしても、製図から加工、フィッティングに至るまで、全てが完璧と呼べるほどのシビアな仕事をこなさなければならないであろう。
無論、山本とてその要求がいかに困難を極めるものであるかは、十分に理解していた。だが山本には、彼が必ずやこの仕事を引き受け、そして最高のエアロを作ってくれるだろうという確信があった。ガッちゃんのエアロの設計技術は紛れもなく超一流である事。そして何より、彼はこの業界で誰よりも義理人情に厚く、そして誰よりもおせっかいな人物である事を、山本は知っていたからである。
「しょーがねェなあ……まァ山本がそこまでオレに期待してるってのなら、やってやらなくもねえぜ。ただし、この車に手を入れる以上、お前の依頼は仕事として引き受ける。あのコの命を預かる責任は持つべきだし……なにより、アイツに遊んでると思われちゃかなわねーからナ」
「大丈夫だヨ。最初から金は払うつもりだったし、奥さんにも話を通すつもりだから。むしろサボってばかりの旦那に仕事を与えてくれて助かる、なんて言われたりしてナ(笑)」
「言ってろよッ」
山本の言葉は困難な仕事を依頼する人間のそれとは程遠いものではあったが、これも古くからの友人であり、そして仲間でもある彼らだからこそ成せるやりとりなのであろう。
うだつの上がらない自身の嫁を引き合いに出され、不快感を露にするガッちゃんであったが、近い将来600PSを超えるモンスターマシンへと変貌を遂げ、そして再び首都高を走り出すであろうその車を見やると、その情熱的な赤いボディカラーと同じように、内なる闘志を静かに燃やすのだった。
「ところでガッちゃん、この後ヒマか?」
「あ?まあヒマっちゃヒマだが……」
「実は今日の夕方、あのコが代車を取りに来るんだヨ。ま、代車と言ってもフツーの車じゃないんだが」
「あのコって……まさかマルゼンスキーのコトか?」
「ああ。あのコの車をオレが預かってる間、そいつに乗って走り込んでもらおうと思ってるのヨ。挨拶がてら、ガッちゃんにもあのコに会ってもらおうと思ったんだが……せっかくの機会だ。時間潰しがてら、コイツに乗って走ってみないか?現状のチェックって意味も兼ねてサ」
「へっ?こいつに乗るって……」
車好きの人間であれば――少なくとも、チューナーとして生計を立てているほどの人間であれば、スーパーカーの代名詞的存在であるカウンタックに乗車する機会を与えられたとならば、諸手を上げてその席に飛び乗るのが人情というものであろう。だが、当のガッちゃんはそれらの感情とはむしろ真逆の、困惑に近い複雑な表情を浮かべていた。
そして「誰がハンドルを握るのか」と恐る恐る尋ねた次の瞬間、山本に対して抱いていた彼の疑念は、明確な拒否反応という形で明るみに出る事となる。
「やーだ!お前に運転任せたらバカみたいに踏むのはわかってんだよ!ケイん時みたいな目に遭うのはもう懲り懲りだっつーの!」
「大丈夫大丈夫、首都高には上がるつもりないし、近くをドライブがてらにふらっと流すだけだから」
「ハンドルを握ると人格が変わる」という言葉があるが、山本という男はまさにその言葉にぴったりと当てはまる人物であった。いや、機械に対して一切の妥協をしない彼の性格をふまえると、元からこのような人間であると言うべきなのかもしれない。
たとえ800PSオーバーのモンスターマシンであろうが、乗車して即アクセルを踏み抜く――昔から山本がこのような人物である事を知っており、またそう遠くない過去に酷い目に遭わされたガッちゃんからすれば、彼の隣に乗車するのを全力で拒否するのは至極当然であったと言えよう。
だが、真っ昼間という時間帯故に交通量が非常に多いという事実や、首都高には絶対に上がらないという山本の粘り強い説得を受け、渋々ながらもガッちゃんは彼の誘いを承諾する事となった。さすがにこの時間帯で下道オンリーとなれば、渋滞ばかりでスピードなど出せるはずがない。そう踏んだガッちゃんだったのだが――
「お、車列がクリアになりそうだナ。ちょっくら踏んでみっかァ」
「は?おいおい待ったァ!周りに車が大勢走ってんだぞ……って、うおおおおおおおおお!!?」
この日の下道はどういう訳か渋滞や工事は全くなく、流れを止めるような遅い車も現れない、稀にみるいい流れであった。そんな状況の中、首都高も下道も関係なくアクセルを踏み込む山本の隣に、ガッちゃんは座ってしまったのである。彼がどのような運命を辿る事になるのかは、もはやアフターファイアを見るよりも明らかであった。
「やめろバカぁ!なにもこんなトコで踏まなくたっていいだろーがよォ!」
「年式のワリに吹け上がりはイイ感じだよナ。もしかしてアタリなんじゃねーのか、このエンジン」
「人の話を聞け――ッ!」
この日、東京の下道を猛スピード駆け抜ける真っ赤なカウンタックの姿が、多くの人々から目撃される事となった。チューナーや走り屋たちからは「首都高に現れた例のカウンタックではないか」という噂が流れたものの、助手席に座る男の特徴的な悲鳴と怒声、そして髪型により、乗車していたのはガッちゃんであると特定されるまでに、それほどの時間はかからなかったという――
「よーしまたオールクリアだ、踏むぜガッちゃん」
「タンマああああああああああ!!!」
【あとがき】
斎藤商会という車屋さんを皆さんはご存じでしょうか?この会社の代表さんがyoutubeにてS30のレストア風景を投稿されてるんですが、ハンマーと当て金でボディを修復するという高木社長みたいな事を現実でやっておられるのを見て、一流の職人さんの技術の凄さは勿論のこと、本気を出せばボロボロになった車すら直せるのだという、人間の持つ知識や根性に心底驚かされました。
動画を視聴するぐらいしか自分にはできませんが、車好きの人間の一人として、この方を応援していこうと思います。頑張って!