Rouge of the MIDNIGHT   作:SHINZO

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Avator of speed②

 同日同時刻 YM SPEEDガレージ前――

 

 

 

 昼下がりの街角とはおおよそ不釣り合いな爆音を響かせ、スモークガラスとゴールドエンブレムで武装した一台のセルシオが、整備工場のガレージの前に停まる。周囲の街路樹に留まっていた鳥たちが一斉に逃げ出すほどのその排気音は、まるで周辺住民の苦情など初めから恐れていないかの如く、猛々しく自身の存在を誇示していた。

 その盛大なまでの登場劇に苦笑いを浮かべつつ、車に近寄る口髭を蓄えた男と、一転して静かになったセルシオから颯爽と降り立つパンチパーマの男が一人。

 

 

 

「こまるねーガッちゃん。真昼間から店の前にこんな派手なの停められちゃ」

「いーだろいーだろ。どうせこの時間は山本もヒマなんだろ?」

「俺の店はフツーの客も扱ってるから暇じゃないんだヨ。だいたい、ガッちゃんが暇なのは奥さんが店を仕切ってくれてるからだろーが」

「うぐっ……そーゆー事言うなよナ」

 

 

 

 動揺を隠せないパンチパーマの男に、口髭の男は再び苦笑いを浮かべる。彼の名は山本和彦。自動車整備工場とチューニングショップを兼業するYMSPEED(ヤマモトスピード)の代表であり、その界隈では古くから名の知れた大物チューナーの一人である。

 そして冷や汗を流すパンチパーマの男の名は、ガッちゃんこと佐々木元。山本とは悪友と呼べる間柄であり、気さくで涙もろいムードメーカー的な存在として、仲間内から親しまれているチューナーである。

 

 

 

「まーそれはそれとして!山本も知ってるだろ?最近首都高でよく見かけるって噂の、赤いカウンタックの事!」

「ちょっとはナ。それがどうかしたのか?」

「たまたま見たワイドショーで、あるウマ娘の愛車が赤いカウンタックって事を知ったんだだがよ。もしやと思って客に聞いてみたら、どうやら首都高で見かけるその車、テレビに出てるそのコが運転してるらしいのヨ」

 

 

 

 落ち着きを取り戻したガッちゃんはおもむろにタバコを取り出し、慣れた手つきで火をつける。鼻につくその臭いにやや不快感を感じながらも、山本は表情を変えることなく腕を組みつつ、口を開く。

 

 

 

「マルゼンスキーってコだろ?真夜中のSAに停まってるカウンタックからマルゼンスキーが出てきた、って話を俺も客から聞いてるヨ。テレビであれだけ騒がれてる所を見るに、どうやら相当有名なウマ娘みたいだナ」

「何だよ、山本も知ってたのかよ……って、お前まさかマルゼンスキーの事知らねーのか?超がつくほど有名なウマ娘だぞ?」

 

 

 

 6戦6勝、出るレースはほぼ圧勝。ついた異名はスーパーカー。クラシック三冠は間違いなしの逸材ながら、『規則』の壁の前に夢破れる事となった、悲劇のウマ娘――ガッちゃんの熱のこもった解説に対し、静かに耳を傾けていた山本であったが、ふと彼の放った言葉にガッちゃんは再び慌てふためく事となる。

 

 

 

「なぁガッちゃん……もしかしてお前、あのコのファンなのか?」

「へっ?い、いや別に俺ぁファンってわけじゃねーよ!ただ、なんとなくつけたテレビを見てたら、とんでもねー走りをするウマ娘がいたからよ……ちょっとだけキョーミを持っただけだ!ちょっとだけ!」

「ぶっ……ははは!やっぱりガッちゃん、あのコのファンなんじゃねーか(笑)」

「ちげぇーよ!そーゆうんじゃねーから俺は!」

 

 

 

 赤面しながらも否定の言葉を並べるガッちゃんに対し、山本は笑い声を上げつつ、さらに彼をからかう言葉を投げかける。それでもなお必死に言い繕おうとするガッちゃんであったが、既に本性を見透かされてしまっている以上、抵抗した所でむしろ逆効果であったと言えよう。

 彼らのやりとりは数十秒にわたって続き、辺りは和やかな雰囲気に包まれる事となった。

 

 

 

「あーもういいだろこの話題は!それより何であのコのRがここにあるんだよ!また何かイジるつもりなのか!?」

 

 

 

 どうにか自身への疑いの目を逸らそうと、ガッちゃんは真っ白なGT-Rを指さし、閑話休題を図る。シャッターの隙間から覗くその流麗なボディラインは、どこか女性的なグラマラスさを醸し出していたが、窓から覗く漆黒のロールケージはそのイメージと相反するかの如く、男性的でマッシブな威圧感を周囲に放っていた。

 

 

 

「別に何かしようって訳でもないヨ。オイルとタイヤ替えるだけ。ただ……」

「ただ?」

「例のカウンタックのウマ娘についてレイちゃんに話したら、随分と興味を持ったみたいでナ。今夜一緒に走ってほしいってせがまれたから、ちょっとばかし念入りにやらせてもらってるってわけヨ」

 

 

 

 山本の言葉を受け、焦燥の色を隠せずにいたガッちゃんの表情が一変する。

 

 

 

「ほぉー?湾岸の新人(新入り)にここの走り方教えてやろうってのか?カワイイ顔してあのコもやるねェ」

「そーゆーんじゃないと思うヨ(笑)ま、レイちゃんが何を考えていようとも、悪いようにはならないんじゃないかナ。あのZに出会った頃ならいざ知らず。今のレイちゃんはどこに出しても恥ずかしくない、立派なオトナだからね」

「なァにが立派なオトナだヨ、勝手に保護者ぶりやがって」

「ハハ、うるせー(笑)」

 

 

 

 目を細めつつガレージから顔を覗かせるGT-Rを見つめる山本に、反撃とばかりにガッちゃんからの突っ込みが飛ぶ。オヤジチューナーたちの談笑は、穏やかな日差しが降り注ぐ昼下がりの下、暫しの間続くのであった。

 

 

 

◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 その日の深夜 首都高速横羽線――

 

 

 

 一般車の間を縫うように、真っ赤なカウンタックが東京方面へと上っていく。わずか2車線しかない横羽線は長い直線区間ではあるものの、アクセルを踏み切って最高速を競うようなステージではない。迫りくる一般車と点在する段差で構成されたそのスリリングな区間に、ハンドルを握るマルゼンスキーの表情も自然と強張ったものとなっていた。

 

 

 

(横羽線ってのはどうしてこうも狭いのかしら。東京と神奈川を繋ぐ区間なんだし、せめて3車線ぐらいに広げて欲しいわ)

 

 

 

 先日のドライブデートは彼女にとって最高のものであった。箱根の峠道をまるで飛ぶように走る疾走感。一歩間違えれば滑落の危険すらある緊張感。そして助手席のトレーナーの反応――全てが刺激に包まれたその日の出来事は、彼女の息抜きという当初の目的を十分に果たしてくれるものだった。……トレーナーにとってはそうでもなかったようではあったが。

 しかし、彼女が帰路についた後も、湾岸線で出会ったあの車の事が、不思議と頭の中から離れずにいた。果たしてあの車は何故首都高を走っているのか。あの車を操る人物は一体何者なのか。ただ抜かれただけだというのに、どうしてあの日の出来事がこれほどまでに記憶に刻まれてしまっているのか――

 今まで経験したことのないほどの興奮と衝動に、彼女は困惑していた。そして、気が付けばこの日も深夜の湾岸線を疾走していた。心の内にあった悲しみを塗り替えるほどの衝撃を与えた、あのミッドナイトブルーの影を求めて――

 

 

 

(もっとトレーナーくんを頼って、かぁ……)

 

 

 

 ふと、彼女の脳裏にトレーナーの言葉が蘇る。トレーナーが彼女に寄せる信頼は疑いようのないものであり、そして彼自身も信頼に足る人物であるという事は、彼女もよく理解していた。しかし、自身の心の内の全てを吐露する事はどうしてもできずにいた。いや、たとえどれだけ彼の事を信用していたとしても、誰が反社会的な行為をしてまであの車を追いたい等と言えるであろうか?

 自身がやろうとしている事は、あまりにも常軌を逸した愚かな行為である。そんな行為を推奨する人間などどこにもいやしない。そう、誰にも言えるはずがないのだ。たとえ自分が最も信用している人間であっても、絶対に。

 

 自身を信頼してくれているトレーナーに対し、名状し難い後ろめたさを感じつつも、彼女はダッシュボードを見やる。やや強引に後付けで設置された時計の針は、あと少しで深夜2時を指し示そうとしていた。

 

 

 

(走る前に少し寝てはいたけど、これ以上走るのは体に毒よね。トレーナーくんに余計な心配をかけさせるわけにもいかないし、今日はもう終いだわ)

 

 

 

 彼女のカウンタックは浜崎橋JCTを左折し、環状線へと入る。そこからしばらく進んで国会議事堂近くのJCTに入るのが、最も早く府中に帰ることができるルートであったためである。

 今日はあの車に会うことができなかった。いや、仮に会うことができたとしても、この車――タッちゃんではとうてい太刀打ちできないというのに、会えた所でどうなるというのか。衝動が理性から乖離しつつある自身の胸中にはたと気づき、思わず苦笑いを浮かべつつも、彼女の車は環状線をひた走っていく。

 目指すJCTまであと少しだ。明日のトレーニングに響かないよう、今日はもう休もう。そんな事を思いつつ、自宅への帰路についていた、その時であった。

 

 

 

(あの4つ目のシルエットは……GT-Rね。ハネ無し仕様だなんてなかなかシャレオツじゃない)

 

 

 

 彼女の目の前に、ランプの出口からゆっくりと現れた白いGT-Rが迫ってきたのだ。

 速度を出すでもなくゆっくりと左車線を走るその車は、一見するとだらだらと走るだけの雰囲気組のようでもあったが、リアバンパーから顔を覗かせる巨大なマフラーと、リアガラス越しに見える黒光りしたロールケージは、その車が雰囲気だけでこの場所を走っているという事を明確に否定していた。

 

 

 

(ずいぶん気合いの入ってそうな車ねぇ……夜のドライブ、って感じじゃなさそうだけど)

 

 

 

 ふと、彼女の脳裏に嫌な予感がよぎる。このままの速度で走り続ければ、いずれはあの車を追い越す事になる。このような派手な車でそんな事をすれば、少なからず――いや、確実にあの改造車のドライバーを刺激する事になるだろう。かといって、追い越しをかげずにこのまま減速したとしても、あの車の後ろにぴったりとつくことになる。このような高級かつ希少な車で煽り運転などすれば、下手に追い越しをかけるよりもずっと相手を刺激する事になるに違いない。

 果たしてこれはどうしたものか、と彼女は首をかしげた。事を荒げることなく穏便に済ませるのが一番なのだが、周囲を走る車は自身とその車だけであり、互いの車がバッチリと視認できてしまう今となっては、どうやらそれは不可能なようであった。

 

 暫しの追走の後、彼女は意を決してGT-Rを追い越す事に決めた。とは言っても、先程までの横羽線のように無理な追い越しをかけるわけではない。なるべく刺激を与えないようゆっくりと追い抜き、何かされても無視を決め込む――これならば余計なトラブルに巻き込まれる心配もないだろう。例え何か起きたとしても、逃げ道となる東名高速への入り口は目と鼻の先にあるのだから。

 とはいえ、相手はロールケージまで入れるレベルの改造車である。運転している相手は果たして何者なのか、とつい関心を示してしまうのが人情、もといウマ娘情と言えよう。車線を右にとり、彼女は慎重に追い越しをかける。そして相手のドライバーと目が合わないよう、追い抜くと同時に運転席をちらりと覗き込んだ、次の瞬間――

 

 

 

(えっ……!?女の子ですって……!?)

 

 

 

 彼女の目に飛び込んできた車内の光景に、マルゼンスキーは釘付けとなってしまう。乗っていたのは口髭を生やした男性と自身と同年代の若い女性だったのだが、運転していたのは男性ではなく女性だったのである。

 こんな派手な車を運転するだなんて、彼女は一体何者なのか。いや、自分の車も相当なものなのだから、決して人の事は言えないのだが――そのような事を思いつつ、彼女は相手の女性の正体を明かそうと、とっさに思考を巡らせる。だが、混乱気味の彼女の思考が氷解するまでに、それほどの時間はかからなかった。ドライバーの女性が彼女に顔を向けた瞬間、全ての答えが出てしまったからである。

 

 

 

(レイナ……?まさかあの子、あのレイナなの!?)

 

 

 

 GT-Rのハンドルを握っていたのは、面識こそなかったものの、マルゼンスキーもよく知る人物であった。彼女の名前は秋川レイナ。テレビや雑誌で人気沸騰中のモデル兼タレントであり、走り屋界隈からも一目置かれている、R32型GT-Rの使い手である――

 




【登場人物紹介】

・山本和彦(湾岸)
YMSPEED(ヤマモトスピード)代表。チューニング業界の大物の一角。温厚な見た目と性格に反し、チューニングに関してはクルマに対し一切の妥協を許さない、あぶないオジサン。

・ガッちゃん(湾岸)
本名・佐々木元。スケベでお調子者かつ涙もろい性格。走りやエンジンチューンのセンスはないが、彼の制作するエアロパーツのデザインと性能は一級品。
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