Rouge of the MIDNIGHT 作:SHINZO
「当たりィ――さすが社長、いい読みしてるじゃない」
「湾岸から府中に向かうのなら、環状経由で東名に乗るのが一番手っ取り早いからナ(※1)。もしあのコがトレセン学園の近くに住んでるのなら、必ずここを通るだろうって思ったのヨ」
ランプで停車するGT-Rの背後から現れたカウンタックに、車内では歓喜の声が上がっていた。
突如として湾岸線に現れたカウンタックを追うべく、レイナは自身の車をチューンドした『社長』こと山本を乗せて首都高に上がろうとしたのだが、彼の提案により湾岸線を流すのではなく、環状線のランプで待つ作戦を取っていた。広大な湾岸線をただ流した所で、目当ての車と遭遇できる可能性は低い。ならばマルゼンスキーが帰路につくのを待って、彼女が必ず通るであろうポイントで張り込もうという魂胆である。
目論見通りに現れたカウンタックをバックミラー越しに見やり、助手席に座る山本の口角も自然と上がる。ハンドルを握るレイナもゆっくりとアクセルを踏み込み、満を持して環状線へと合流するのだった。
「それにしても、一体どういう風の吹き回しなんだい?珍しいじゃないか。レイちゃんがあのZのカレ以外のコを探して首都高に上がるだなんて」
「うーん、何て言ったらいいのかな。あのマルゼンスキーってコの話を聞いてたら、ちょっとばかし気になる事があったってゆーか……って社長、今さりげなく私の事からかったでしょ!?」
「ハハ、ないない(笑)」
自身のよく知る男の影をちらつかせる山本の発言に、レイナは顔を赤くしながら反論する。それでもバックミラーとドアミラーで後ろのカウンタックの動向をきちんと確認する辺りは、伊達にチューンドRに乗ってはいないと言うべきであろうか。
右車線から徐々に迫りくるカウンタックに視線を凝らしつつ、再びハンドルをしっかりと握り直すレイナに、山本は再び声をかける。
「でもレイちゃん、あのコはどんなに煽られようが、挑発には絶対乗ってこないって聞いたヨ。どうやってあのコをその気にさせるつもりなんだい?」
「心配ないって。女のコ同士ならたぶん仲良くやれるだろうし、それにホラ――」
そう呟くと、レイナはおもむろに並走するカウンタックの車内へとへと顔を向ける。ドアガラスを2枚挟んだ彼女の視線の先にいたのは、目を丸くしてこちらの車内を覗き込むマルゼンスキーの姿であった。
「向こうも私の事、知っててくれてるみたいだしネ。よーし、それじゃそろそろ先に行かせてもらうとしますか」
「OK――じゃ、オジサンは久しぶりに教官役でもやらせてもらうとするかナ」
「えー、緊張するなァ(笑)」
動揺した様子で車内を覗き込むマルゼンスキーをよそに、レイナは一気にアクセルを踏み込み、カウンタックの前に出る。それと同時に闇を引き裂くような爆音が鳴り響き、マルゼンスキーの意識を現実へと引き戻させる事となるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(驚いたわね……秋川レイナがすごく速い車に乗ってるって噂は聞いたことがあるけど、まさか改造車のGT-Rで首都高を走っていただなんて……)
突如目の前に現れたテレビスターの駆るGT-Rを前に、マルゼンスキーは怪訝な表情を浮かべていた。今夜レイナと出会ったのは恐らく偶然ではないという事を、薄々ながら彼女も感じ取っていたからである。
(ランプから出てきた所に偶然鉢合わせるだなんて、そうそう起こる事じゃないわ……もしかしてあの子、ここであたしを待っていたのかしら?)
そんな事を思いつつ、マルゼンスキーは加速していくGT-Rのテールライトをじっと見つめる。そして次の瞬間、彼女の疑念は確信へと変わった。先行したGT-Rが彼女との車間をキープしつつ、ハザードで合図を送ってきたのである。
突然のレイナの行動に、マルゼンスキーは思わず首をかしげた。後ろから煽られたり並ばれたりしたことは何度もあるものの、前に出て「ついてこい」と合図を送られた経験は一度もなかったからである。いや、いかに旧車とはいえ、スーパーカー相手に堂々と先行できるほど気合いの入った乗り手や車など、そうそういるはずがないのだが。
乗り換える予定だったJCTの予告看板を見つめつつ、マルゼンスキーは暫し考える。一緒に走りたいという意思こそ示しているものの、彼女はただ目の前を走っているだけなのである。今までに出会った走り屋たちとは、明らかに態度が違うのだ。
何より、彼女は自身と同様、日本中でその名を知られている有名人なのだ。何をしても人目に晒される彼女に限って、おかしな事は絶対にしてこないであろう。根拠こそなかったものの、マルゼンスキーは先行するレイナに対し、不思議に思えるほどの信頼感を覚えていた。共に芸能界とレース界のトップにいるという境遇が、彼女をそうさせていたのかもしれない。
六本木区間に差し掛かり、いよいよ環状と東名との分岐路に差し掛かった所で、マルゼンスキーはついに決断を下す。乗り換える予定だったJCTを通り越し、そのまま環状を走るルートを選択したのである。
(あなたも好きねぇ……仕方ないわね、ちょっとだけよ?)
マルゼンスキーのカウンタック、そしてレイナのGT-R。世界線を超えた2台のランデブー走行が、ついに始まろうとしていた――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「驚いたナ――何をされても相手にしないって噂のあのコが、レイちゃんのRにはきっちりついてくるだなんて」
「だから言ったでしょ?女の子には女の子同士通じ合えるものがあるんだって」
「通じ合えるもの、ねぇ――まさか本当についてくるとは思わなかったから、適当に口から出まかせ言ってるんじゃないだろーな」
「ホントホント、出まかせなんかじゃないって(笑)」
レイナのGT-Rを先頭に、唸るようなエンジン音を上げながら、マルゼンスキーの真っ赤なカウンタックが真夜中の環状線を駆け抜けていく。傍から見ればまるで2台が競い合っているかのような光景ではあったが、いかに往年のスーパーカーと言えども、フルチューンのGT-R相手にノーマルのカウンタックで競い合うというのは、さすがに無理があるというものである。
当然ながら彼女は全力で走っているわけではなく、マルゼンスキーがついてこれるように加減はしていたのだが、自身を追いかける彼女の技量に、レイナは心底驚かされていた。
「それよりどうなのヨ教官、あのコの車と走りっぷりは」
「挙動を見る限り、あの車はほぼノーマルのままだろーナ。イジってたとしてもせいぜい純正品じゃない足回りを入れてる程度だろう。いかにレイちゃんが加減して走ってるとはいえ、ツイスティな環状でちゃんとついてこれてるんだから、あのコの腕も大したもんだヨ」
2台の車は江戸橋JCTを右折し、銀座区間に入る。この区間は見通しが悪い上に道幅が非常に狭く、道中にはむき出しの橋脚も現れる、環状線随一の危険なスポットである。その区間をまるでドライブをしているかのように、助手席に座る山本と談笑しながら走り抜けていくのだから、レイナの腕も相当なものであると言えよう。
「秋川教官的はどうなのヨ、あのコの走り」
「いやー、なかなかウマいヨあのコ。ウマ娘だけに――なんて(笑)」
「オイオイ、いつからそんなウマいギャクを言うようになったんだ?(笑)」
「……すべってるぞー、オジサン」
意図せず飛び出したレイナの駄洒落に対し、山本も負けじとオヤジギャグを返す。聞く人が聞けばやる気の下がりそうな内容の会話であったが、少なくともレイナの走りのモチベーションに影響はなかったようである。
「確かに加減はしてるけど、それでも7割程度だヨ。車の性能差だってあるわけだし、社長の言う通り、あのコの腕自体は相当なレベルなんじゃないかナ」
「ウマ娘だけに走るコトならお手の物、ってわけか。これが人間とウマ娘との身体能力の差なのか、それとも持って生まれたあのコの走りの才能なのか――」
「ねー。油断してるとあっさり抜かれちゃったりして」
「もしそうなったら、このRの次の乗り手はあのコで決まりだナ(笑)」
「ちょっとォ、緊張させるような事言わないでよ――」
銀座区間を抜けた2台は環状線に戻らず、レインボーブリッジへと向かっていく。東京の夜景の中でもひときわ輝くその姿は、誰もを魅了するに足る美しさと雄大さを誇っていたのだが、少なくとも当事者たちと彼女たちにかわされた一般車のドライバーたちには、その姿は少しも目に入ってはいなかったであろう。
バックミラー越しに自身の乗るGT-Rにしっかりとついてくるカウンタックの姿を確認し、おもむろに山本は口を開く。
「そういえばレイちゃん、まだ答えを聞いてなかったよね」
「?何の事?」
「どうしてレイちゃんがあのコを探そうとしたのか、って話だヨ。ちょっとばかし気になったって言ってたけど、一体あのコの何が気になったのかナ……て」
「そんなに大した事じゃないヨ。そのマルゼンスキーってコ、なんだか昔の私みたいだなーって思っただけ」
「フーン――それはどういう意味だい?」
山本からの問いかけに、暫しの間レイナは黙り込む。まるでタイムワープでもするのではないかと錯覚させられる程に、ありとあらゆる光が超高速で後方へと流されていく中、2台がレインボーブリッジを渡り切った所で、ようやくレイナは口を開く。
「……社長も覚えてるでしょ。私がテレビに出始めた頃の事」
「ああ。あの頃のレイちゃん、色んな意味でヤンチャだったからね」
「んもォー、そういう意味じゃなくて!」
「わかってるわかってる(笑)」
「……あの頃の私はモデル上がりのタレントとして成功を収めようとしていた。でも、仕事が増えれば増えるほど周りからどんどん孤立していって、気が付けば一人ぼっちになってて……いつの間にか深夜の首都高を走る事だけが、私の生きがいみたいになっていた」
「……今にして思えばずいぶんと過激だよね。深夜の首都高をチューンドRで走って、仕事のストレスを発散してただなんて」
「ねー。私もあの頃は若かったって事で」
台場線のもう一つの名物、透明な防護柵をくぐり抜け(※2)、2台は有明JCTへと差し掛かる。雑談をしながらも後方のカウンタックがしっかりとついてきている事を確認すると、レイナは進路を左に取り、数多の光に包まれた湾岸線へと入っていく。
「あのコが湾岸線に現れるようになった時期と、出走権問題がちょうど重なるって事は、もうそれが首都高を走る理由だって言っているようなもんだよね。……ホント、不思議な気分よ。まるであの頃の私を見ているみたいでさ」
「でも、レイちゃんがここまで走りにのめり込むコトになったのは……」
「そう。私の前にあの悪魔と呼ばれたZが現れたからよ。私の400PSのRを、まるで眼中にないような抜き方をして、追っても追ってもまるで追いつけなくて……気が付けばあのZの前を走りたいって思いが、私の心を支配していたのよね」
「……あの頃の僕も僕だよ。放っておけばヨソの店で勝手にチューンドするだろうからって、レイちゃんのRを600PSにチューンドしちゃうんだから」
「案外社長も魅せられてしまってたんじゃないの?私がZの話題を上げた、あの時からさ」
「……そうかもナ」
今やファッション誌のみならず、タレントとしてもトップスターの街道を歩む彼女とて、その道のりは決して平坦な物ではなかった。雑誌モデルとしてデビューした彼女は、瞬く間に売れっ子となり、テレビCMにも起用される等、芸能界の新たなスター候補として、多くの人々から期待を寄せられるようになっていた。
だが、成功を積み重ねる彼女の姿とは対照的に、彼女の心に開いた隙間は、日を追うごとにどんどん広がっていった。モデルとして、タレントとして、成功を収めれば収めるほどに周囲の人々から疎遠になっていき、気が付けば友人と呼べる人間すらいなくなってしまっていたのである。
そして彼女はいつしか、深夜の首都高を山本がチューンドしたGT-Rで走るようになっていた。仕事では満たされる事のない、ぽっかりと空いてしまった自身の心を埋め合わせるかのように。まるでカウンタックを駆る彼女と同じように――
「……ねえ、社長。もしもあのコが私みたいにチューンドをお願いしたら、社長は引き受けてくれるの?」
「……本音を言えば、あのコはこちら側のウマ娘にはなってほしくはないヨ。……いや、来るべきではない、って言った方がいいだろうね。チューニングってのは実に愚かな行為だ。大量の金と時間をつぎ込んだ所で、得られるのは一瞬の快楽だけ。ストレスを発散するだけなら、方法なんていくらでもある。わざわざこの世界に飛び込んでくる必要なんて、どこにもないんだヨ」
そう呟くと、山本はおもむろに窓の外を見やる。
「……でも、出走権問題に対する不満をぶつけるためではなく、もっと違う理由で首都高を走っているのだとしたら――誰にもあのコを止められないんじゃないかな。あのコと昔のレイちゃん、本当によく似ているからね」
「……それは受ける、って捉えてもいいの?」
「いーや、最終的にどうなるかは全てあのコ次第だヨ。僕はただ、チューニングの世界に生きる人間として、やるべきコトをやるだけだから」
彼の遠い記憶からすっかり変わってしまった有明の夜景を横目に見つつ、山本はバックミラーに映るカウンタックへと視線を移す。必死にGT-Rを追走するマルゼンスキーの姿に、山本はかつてのレイナの姿を重ね合わせるのだった。
※1 現在は大井JCTから西新宿JCT経由で府中へと向かうルートがあります
※2 現在は撤去されています
【登場人物紹介】
・秋川レイナ(湾岸)
売れっ子モデル兼タレント。走り屋界隈からは首都高を走る白いGT-R乗りとしても知られている。首都高を走り出したマルゼンスキーとその境遇に興味を持ち、彼女の前に現れた。