Rouge of the MIDNIGHT   作:SHINZO

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Avator of speed④

 首都高速湾岸線 辰巳第一PA――

 

 

 

 七色の光を放つ高層ビルに囲まれた小さなパーキングエリアは、ある車たちが現れた事により異様な空気に包まれていた。ある者は隣り合う車の者同士ひそひそと話し、ある者はスマホのカメラを向け、またある者はトランクの中身をひっくり返し、落ち着かない様子で筆記用具を探している。『走り屋たちの聖地』と呼ばれるこの地に集まった彼らの興味を一身に引き受けていたのは、駐車場の片隅に止められた真っ赤なカウンタックと、真っ白なGT-R。そしてその車から降りてきた1人とウマ娘と、2人の男女であった。

 

 

 

「いやー、GT-Rってホントに速いのね!ついていくだけで精一杯だったもの、びっくらこいたわ!」

「びっくらこいたって(笑)そっちこそ想像以上に運転がウマくてびっくりしたヨ。……あなたよね。最近首都高に現れた、カウンタック乗りのマルゼンスキーさんってのは」

「ええ、そうよ。……かくいうあなたは秋川レイナさんよね?すごく速い車に乗ってるって噂は聞いてたけど、まさか改造車に乗ってただなんて……」

「ありゃ、私の事じゃなくて車の話まで知ってたのね。テレビでも雑誌でも車の事は一切喋ってないのに、一体どこで噂になっちゃうんだか」

「そりゃこんなハデな車転がしてたら噂にもなるだろ(笑)……君、本当は府中に帰るつもりだったんだろう。僕らについてきて良かったのかい?トレセン学園のウマ娘さんたちは毎日トレーニング漬けって聞いたけど、こんな時間まで起きてたら次の日に響くんじゃないのか?」

「心配ご無用よ。いざとなったら車の中でひと眠りして、そのままトレセン学園に直行するつもりですから」

 

 

 

 マルゼンスキーの若さと逞しさ溢れる言葉に、山本は思わず笑い声をあげる。彼の指摘通り、トゥインクル・シリーズに参戦するウマ娘たちは皆、トレーニングに明け暮れる日々を送っている。……なんの脈略もなく無人島に行ったり、神社で神頼みに明け暮れる例外もいるにはいるが、彼女たち話はひとまず置いておこう。そんな現役バリバリのアスリート――それもケタ違いの実力を誇る彼女が、このような時間まで夜更かしをしてまで文字通りの違法行為に()()()()()というのだから、部外者である山本が気にかけるのも然るべきといった所であろう。

 

 

 

「……それにしても、目の前にテレビタレントがいるってだけでも大変な事なのに、こんなすごい車で私の前に現れて、挙句の果てにおしゃべりまでしてるだなんてね。なんだか夢を見てるみたいで実感が沸かないわ」

「またまたァ、そっちだってウマ娘界のスーパースターじゃない。私と同じぐらいの歳なのにカウンタックに乗れるだなんて、トゥインクル・シリーズってそんなに稼げるもんなの?」

「これはあたしの父から譲り受けた物なのよ。親しみをこめてタッちゃんって呼んでるわ。タッちゃんがスーパーカーなのは最初から知ってたけど、実は希少車だって事を最近知ってね。走り屋くんたちが何でやたらと私を追い回そうとするのか不思議だったんだけど……ようやく理由がわかったわ」

「えぇ……親からカウンタックを譲ってもらうって……」

「……すごい親もいたもんだナ(笑)」

 

 

 

 マルゼンスキーの悪意のない車自慢に、レイナと山本は思わず顔を引きつらせつつ、互いに顔を見合わせる。かつて日本中の少年たちを虜にしたスーパーカー・カウンタックは、非常に高額で取引されている事でも知られ、その希少性から取引価格は年々高騰の一途を辿り、現在の市場価格は最低でも2500万からと言われている。そのような高級車を娘に譲り渡す親も親だが、普段使いで乗り回している彼女も彼女である。山本たちの反応もある意味当然であると言えよう。

 

 

 

「ところで、あなたは……?」

「ああ、自己紹介がまだだったね。僕は山本和彦。立場としてはレイちゃんのお目付け役……てトコかナ」

「お目付け役?」

「そ。僕はヤマモトスピードってゆう自動車整備会社兼チューニングショップをやっててね。このRをチューンドした人間として、こうやってレイちゃんの面倒を見てあげてるってワケよ」

「私と不倫してるオヤジじゃないからネ(笑)」

「コラコラ(笑)」

 

 

 

 のっぴきならないレイナの冗談に、山本は思わず肘を出して彼女の言葉を否定する。まるで仲の良い親子のように笑い合う2人であったが、目を丸くして山本を見つめるマルゼンスキーの様子に気付くと、彼らからの表情から笑みは消え、互いに真剣な面持ちで彼女を見つめる。

 

 

 

「この車をチューンドした……って事は、エンジンとかもイジってるって事よね?この車でどのぐらいパワーは出てるのかしら?」

「だいたい500PSぐらいかナ。RB26……チューンドRならその気になれば600PSにも800PSにもできるけど、トータルで見ればこの辺りが――」

 

 

 

 チューンドRで800PS――その言葉を受けた瞬間、マルゼンスキーの目の色が明らかに変わったのを山本は見逃さなかった。

 

 

 

「……何か言いたそうだね。話を聞こうか?」

「……ぶしつけな質問になるけどいいかしら?」

「ああ、構わないよ」

「……単刀直入に聞くわ。私のタッちゃんをレイナの車と同じレベルにまで改造してほしい、って言ったら聞き入れてくれるのかしら?」

 

 

 

 あまりにもストレートすぎるマルゼンスキーの問いに、山本とレイナの表情に緊張の色が浮かぶ。彼女の前に突然現れた素知らぬ男にいきなり自身の車を、しかも高級車であるカウンタックのチューンドを依頼するなど、荒唐無稽と呼ぶ他ないであろう。だが、彼らは彼女の言葉を笑うような素振りは一切見せなかった。山本にチューンドを依頼する彼女の瞳は、いたって真剣そのものだったからである。

 

 

 

「……本当にぶしつけな質問だね。とりあえず、理由を聞いておこうか」

 

 

 

 そう呟くと山本は小さく溜息をつき、マルゼンスキーの瞳をじっと見つめる。表情こそ穏やかであったものの、まるで彼女の心の奥底を覗くかのように自身を見つめる山本の視線を受け、マルゼンスキーも負けじと彼の瞳をキッと見据え、静かに語り始めるのだった。

 

 

 

「……山本さんもレイナも知ってるわよね、私のダービーの出走権問題の事」

「ああ、知ってる。連日ワイドショーで話題になってるもんナ」

「皆はあたしがダービーを走れない事を残念がっているけれど、そもそもダービーに出られないって事自体はあたしもわかっていたのよ。あたしの親はどちらも外国人だけど、あたし自身は日本生まれの日本育ち。目の色こそ違えど、れっきとした日本人なの。だけど、今のトゥインクル・シリーズの規則では、両親が国外生まれのウマ娘はクラシックと呼ばれるレースシリーズ……ひいては、日本における主要なレースのほとんどを出走できない決まりになっているのよ」

 

 

 

 淡々とした口調で語るマルゼンスキーであったが、その快活な彼女の表情は夜闇に紛れ、徐々に曇っていく。

 

 

 

「あたしのトレーナーやトレセン学園の理事長なんかもお偉いさんに掛け合って、話をつけてくれようとしていたみたいなんだけど……規則として定められている以上、こればっかりはどうしようもないって言われちゃってね。それでも皆、あたしのためにこんなにも尽力してくれたし、あたしがダービーに出られないのを多くの人たちが悔しがってくれてるって事実は、とてもありがたく思ってるわ」

 

 

 

 マルゼンスキーはおもむろに山本たちから顔を背け、東京の夜景へと視線を向ける。首都高を吹き抜ける風が彼女の鹿毛の長髪を揺らし、高層ビルから放たれた様々な色の光が、まるで宝石のように彼女の姿を彩っていた。

 

 

 

「でもさ……いくら出られないってわかっていても、ダービーの舞台に登壇する資格すら与えてもらえないっていうのは……やっぱり悔しいものよね。理事長から「すまない」って言われた瞬間、胸が張り裂けちゃうんじゃないかって思えるほど、惨めな気持ちに襲われたんだもの。……枠順は大外でいいし、他の子たちの邪魔だってしない。副賞だっていらない。あたしがダービーを走っている姿を、日本中の皆に見てもらいたい。あたしの望みはただそれだけだっていうのに……」

 

 

 

 吹き抜けた一陣の風が、彼女の髪を大きく揺らした。大きく髪をたなびかせる彼女の横顔が、山本たちの目にいやに輝いて映る。彼女をこれほどまでに輝かせていたのは、果たしてPAから覗く東京の夜景なのか、それとも彼女の背負った悲しみなのか――マルゼンスキーは再び山本たちに顔を向け、小さく、しかししっかりとした口調で語り続ける。

 

 

 

「……あの日以来、あたしはタッちゃんと一緒に、毎日のように首都高を走るようになっていたわ。走っている間は何も考えずにいられるっていうか……全ての事が頭の中から切り離されるような、そんな気持ちになれたのよ。走り屋くんたちにしつこく追い回されたりした事もあったけれど、それはそれで楽しい経験ではあったわ。だけど……」

 

 

 

 つらつらと身の上を話していたマルゼンスキーが、一瞬口ごもる。

 

 

 

「……昨晩の出来事がどうしても頭から離れないのよ。200キロでクルーズするあたしに並びかける間もなく、一瞬で追い抜いていった、青く煌めくあの車の姿が」

「……!」

 

 

 

 『あの車』というフレーズが彼女の口から発せられた瞬間、山本とレイナは揃って顔を強ばらせる。だが、当のマルゼンスキーは彼らの異変に気づかなかったらしく、それまでと変わらぬ口調で自身の思いを山本たちに訴え続ける。

 

 

 

「その車とは知り合いでもないし、なんて車なのかもわからなかったわ。だけど、どういうわけか……もう一度あの車に会いたい。あの車よりも速く走ってみたい。そんな気持ちが心の中に芽生えてしまったのよ。あたしの抱えていたぶつけようのない悲しみを、まるで上書きするかのように、ね」

 

 

 

 ここまで冷静に言葉を並べ続けていたマルゼンスキーであったが、突如としてそのウマ娘らしい可憐な表情はバランスを崩し、乾いた笑い声と共に、彼女の口元はぐわりと引き上げられる。

 

 

 

「……おかしな話よね。ただ車に追い抜かれただけだっていうのに、こんなにも心が揺れ動いてしまってるんだもの。タッちゃんをイジって速く走らせようだなんて、ただの一度も考えた事なかったっていうのに……一体あたし、どうしちゃったのかしら」

「……魅せられちゃったんだね、あなたも。あの悪魔と呼ばれるZに」

「え……?」

 

 

 

 マルゼンスキーの言葉を遮ったのは、彼女の瞳をまっすぐに見つめるレイナの言葉だった。そして彼女の発した『悪魔』という言葉に呼応するように、山本も続く。

 

 

 

「君が見た車、僕らもよく知っているヨ。見るものを惹き付ける、魔性の車。時代を越えて走り続ける、生きる伝説……その車は君のカウンタックと同世代に生まれた、S30型のフェアレディZ。通称『悪魔のZ』と呼ばれる車だ」

「悪魔の……Z?」

「そう。そしてもし、君が本当にあの車に魅せられたというのであれば……」

「……行きつく所まで行ってしまうのかもね、あなたも」

「……!!」

 

 

 

 心の底を見透かしているかのように語る彼らの言葉を受け、マルゼンスキーの脳裏に再びあの日の光景が蘇る。彼らの口から語られた『悪魔』と呼ばれるフェアレディ。そしてその車の事をよく知ると語る山本と、テレビでは絶対に見せない真剣な眼差しを自身に向けるレイナに、マルゼンスキーはこれまでに経験したことのないほどの戦慄を覚えるのだった。

 




【あとがき】
10年ぶりにアーケードの湾岸ミッドナイトに復帰しました。
色あせていない――時の流れをすべて拒否してきたかのように、この筐体の魔力はさらに増している――
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