Rouge of the MIDNIGHT   作:SHINZO

5 / 10
Avator of speed⑤

 悪魔のZ――

 

 L型エンジンを3.1リッターに拡張し、ツインターボで武装したそのS30型フェアレディZは、500PSとも600PSとも噂されるパワーをアナログ制御で叩き出すモンスターマシンであると言われ、走り屋たちからは半ば伝説に近い存在として知られている。

 だが、本当に驚くべきなのはその驚異的なマシンスペックではない。……いや、『驚くべき』ではなく、『畏れるべき』と呼ぶのが正しいであろうか。その車はまるで意志を持っているかのように走ると言われており、幾度となく乗り手の命を奪う事故を起こしながらも、その魔力に惹きつけられた者の手により復活。しかしそれも長くは続かず再び事故を起こし、やがてまた復活するという、呪いにも似た曰くつきを持つ車なのである。

 

 首都高を走る一部の者たちはその魔を無意識に避け、そしてごく一部はその魔に強く惹かれる。そしてその車に魅了された者たちは皆、行きつく所まで行くしかない――そう、山本やレイナもまた、その『悪魔』に魅了された人間なのである。愚かな行為だとわかっていながらも、その姿を追い求める事を止めることができない。まさにスピードに魅せられた確信犯といった所であろう。

 そして、マルゼンスキーも今、その領域に片足を踏み入れようとしているのである。悪魔と呼ばれるZの魔力に魅せられて――

 

 

 

「……信じられないわ。本当にそんな車が存在するの?」

「ああ、そうだ。このレイちゃんのRが、悪魔のZが存在する何よりの証拠だヨ。この車は一言でいうと、Zの姿を追い続けるためにあるんだ。その悪魔のスピードから決して離されず、最後の瞬間まで視界に捉え続ける。そんなレイちゃんの願いを具現化したのが、このRなんだヨ」

 

 

 

 山本からの言葉を受け、マルゼンスキーは周囲に止められている車たちを見渡し、そしてレイナのRを怪訝な表情で見つめる。

 シビック、86、インプレッサ、FD、GT-R、そしてカウンタック――この小さなPAに止まっているのは、どれも走り屋たちが好んで乗るであろう車ばかりである。……さすがにカウンタックは例外ではあるが。その車の群れの中に交じる一見何の変哲もないGT-Rが、悪魔のZを存在を証明するマシンだと言うのだから、マルゼンスキーが不思議がるのもある意味当然と言えよう。

 だが、先程のレイナの走りと、まだ真の姿を見せていないこの車の能力を踏まえれば、彼らの言葉に嘘偽りはない。マルゼンスキーがそう確信するまでに、それほどの時間はかからなかった。

 

 

 

(この車が……あたしを追い抜いたあの車を……)

 

 

 

 マルゼンスキーの脳裏に、悪魔と呼ばれるZと、その姿を全速力で追い続けるレイナのRの姿が映し出される。一般車を縫うように走るそのZは、まるで野獣のような咆哮を上げながら、悪魔のパワーで加速を始めていく。だが、レイナのRも負けじと唸り声を上げ、その青い幻影の後ろにぴったりとついていく。

 オーバー300キロ。永遠に続くかのようなその加速。どこまでも走り続けてしまいそうな疾走感――そんな夢物語のような光景が、現実に起きている出来事として、彼女の瞳の裏側で繰り広げられる。あまりにも非現実的な妄想だとのに、決して想像に難くない。まるでシンボリルドルフのダジャレに苦笑いを浮かべる自身の日常と同じように、彼らの走る姿が彼女の脳裏に自然と浮かび上がってくるのである。

 

 

 

(……やっぱりそうだわ。この人たちは真実しか語っていない。悪魔のZの存在も、レイナがその車を追っているという話も、みんな本当の出来事だというのね……!)

 

 

 

 あまりにも現実味のある自身の妄想に、マルゼンスキーは思わず口元を震わせ、再び山本の顔を見やる。冷静さを失いつつある彼女とは対照的に、山本はそれまでの穏やかな表情を少しも変えることなく、まるで彼女の様子を窺うかのように、腕を組みながらその場で静かに佇んでいた。

 

 

 

「……そういえば、君の質問に対する答えをまだ言ってなかったね。だけどその前に、一つだけ君に訊ねたいコトがある」

「訊ねたい事?」

「ああ。君の話を聞く限り、どうやら君はチューニングに関する知識をあまり持ち合わせていないように見える。だから僕も君に一つ質問させて欲しい。君はチューニングという行為を、どーゆうモノとして捉えているのかな?」

「どういうもの、って……」

 

 

 

 唐突に投げかけられた山本からの問いに、マルゼンスキーは首を捻りながらも口を開く。

 

 

 

「その車の持つ才能や能力を引き出す事……あたしたちウマ娘でいう『トレーニング』に近いものなんじゃないかしら」

「………なるほど、トレーニングか。なんとも君らしい答えだね。確かに、チューニングもトレーニングも、そのモノの能力を引き出すという点では同じだ。優秀なチューナーやトレーナーならさらに力を引き出せるってトコも、ある意味共通しているよね」

「その優秀なチューナーっての、自分の事だと思ってないでしょーね(笑)」

「そーはならんだろ(笑)」

 

 

 

 不意に挟まれたレイナの言葉によって、2人から笑い声が上がる。しかしその和やかな雰囲気はそう長くは続かず、やがて山本はマルゼンスキーへと向き直ると、落ち着きはらった様子で静かに語り始めた。

 

 

 

「……だけど、チューニングとトレーニングでは、決定的に違うものがある。チューニングという行為は、その対象の命を大きく削り取ってしまうってコトだ」

「命を削り取る……ですって?」

「ああ。たとえば……そうだな、これなんかが良い例になるだろう」

 

 

 

 山本の口から放たれた物騒な言葉に、マルゼンスキーは思わず眉をしかめる。そんな彼女の様子を気に留める事もなく、山本は周囲を見渡すと、近くに転がっていた空き缶を拾い上げ、マルゼンスキーの下へと戻ってくるのだった。

 

 

 

「君も知っての通り、車は車そのものを動かすエンジンと、車を形づくるボディという部品でできている。タイヤやサス、ミッションのような車に必要不可欠な部品もあるけれど、とりあえず今はこの2つだけを考えてくれ。で、僕の腕がエンジンの出力やコーナリングによる負荷。この缶がボディだとイメージしてほしい」

 

 

 

 山本は拾った空き缶をマルゼンスキーに見せ、表面の状態をよく確かめた後、再び口を開く。

 

 

 

「車が前に進んだり曲がろうとしたりすると、その負荷は必ずボディにかかる。だが、通常であれば――少なくとも、ノーマルのまま普段のアシとして使う程度であれば、走行時の負荷がボディに与える影響はほとんどないと言っていいだろう。……まあ当たり前だよナ。普段使いでヘナヘナになるようなゴミシャーシじゃ、マトモに走れる車になるワケないんだし」

 

 

 

 山本は缶の側面を軽く握ってみせるものの、彼が手を離すと同時に缶の凹みは元に戻り、何事もなかったかのように復元する。

 

 彼の言葉を借りて解説すると、ボディを変形させる出力よりも、変形を受け止める復元力が勝っていれば、ボディそのものにほとんど影響を与える事なく、元の状態を維持しようとする。

 これこそが車の設計者が想定している走行時の状態であり、山本の腕と缶と同じようにバランスのとれている状態――すなわちチューニングを行っていない、ノーマルの車で起きている出来事というわけである。

 

 

 

「だけど、普通に乗っていてもボディがヤレてしまう例外が2つある。1つが経年劣化による金属疲労。そしてもう1つがチューニングによる車体各部への負荷の増加だ」

 

 

 

 山本は先程よりも強い力で缶の側面を握る。軋む音を立てつつ、腕の力に何とか耐えていた缶であったが、やがてベコンという音と共にそのボディはひしゃげ、大きな凹みを作ることとなってしまう。

 

 

 

「チューニングによって増大した負荷は、確実にボディを痛め付けていく。そしてある瞬間に負荷に耐えていたボディは変形し、そのまま元に戻らなくなってしまう。この缶のようにね。これが俗に言うボディがヤレている状態だ」

 

 

 

 山本は凹んだ缶をレイナに手渡し、「捨てといて」と小さく囁く。「芸能人をアゴでつかうかー」と肘を出して反論するレイナであったが、何だかんだでしっかりと受け取っているあたり、レイナも人が良い人物であると言えよう。

 

 

 

「ボディがヤレるとエンジンからの出力を受けきれなくなり、酷い時にはまっすぐ走ることすらままならなくなる。そして負荷の増加と車体の異常によって生まれるさらなる負荷は、車のありとあらゆる場所を蝕んでしまう。……もちろん、スポット増しといったボディ補強は、それらを抑えるのに一役買ってくれるだろう。だが、あくまで寿命を伸ばすだけであって、車へのダメージを完全に抑制してくれるワケじゃあない。とどのつまり、チューニングという行為は、車の寿命を意図的に縮めているのと同じなんだヨ」

 

 

 

 話に聞き入るマルゼンスキーに凹んだ缶を見せると、彼女はごくりと唾を飲み、自身の愛車へと視線を向ける。その様子を見て、山本は彼女が自身の言葉の意図をきっちりと汲み取ってくれていると確信し、軽く口角を上げると、さらに言葉を続ける。

 

 

 

「仮に僕がトレーナーだとして、本来の寿命の半分しか生きられなくなるかわりに、トップスピードを5キロ増やせるトレーニングを知っていたとしても、誰もやろうとはしないだろう?……君は車に名前をつけられるほど、モノに対して愛着を持てるウマ娘だ。だから、君とカウンタックの別れを早めるようなコトを進んでしたくはないし、君にチューニングという行為を薦めることもできない。悪魔のZを追うためには、それだけ多くの犠牲の払う必要があるんだヨ」

 

 

 

 山本の口から語られたチューニングという行為による代償と現実に、マルゼンスキーの表情から興奮の色は消え、すっかり大人しくなってしまっていた。

 チューニングで生計を立てている山本が、マルゼンスキーがチューニングの世界に足を踏み入れる事に難色を示すのは、一見すると矛盾しているように見えるかもしれない。だが、膨大な時間と金、自身や他者の命を脅かすリスクといった代償に対し、得られる物があまりにも少ない事を知っている山本にとって、自身の棲む世界に安易に彼女を入り込ませようとしないのは、至極当然の事であった。

 

 2人の間に束の間の沈黙が続き、首都高を走り抜ける車と風の音が辺りに響き渡る。なかなか言葉を発してこないマルゼンスキーに、自身へのチューニングの依頼を諦めたと悟った山本であったが、直後に彼女から発せられた言葉に、彼は心底驚かされる事となる。

 

 

 

「……確かに山本さんの言う通り、車をイジる事はその車の寿命を縮める行為なのかもしれない。でも……こんな言い方をしたら悪いけど、山本さんはひとつ大きな勘違いをしているわ」

「勘違い?……それはどういう意味だい?」

「山本さんは『命を縮めるかわりにトップスピードを増やすトレーニングなんて誰もやりたがらない』なんて言ったけど、必ずしもそれは全員に当てはまるわけではないのよ。少なくとも、トレセン学園にいるウマ娘の中では、ね」

 

 

 

 マルゼンスキーの瞳の奥底から並々ならぬ熱気が戻ってきているのを悟り、山本は彼女の言葉に静かに耳を傾ける。――いや、彼女はただ彼の言葉を冷静に聞き入れていただけで、走りへの情熱は少しも冷めていなかったのかもしれない。

 

 

 

「あたしたちトレセン学園に通うウマ娘は、皆レースに勝つためにその命を費やしてる。あたしのような現役バリバリのトップ選手であっても、デビュー前のピチピチの後輩ちゃんであっても、それは変わらないわ。だけど、トレーニングで手に入れたあまりあるスピードに体が耐えられず、故障によってレース人生を終えてしまったり、命に関わるアクシデントに見舞われてしまう子だって少なくないのよ。だけど、それでもなお、そこまでのリスクを背負ってもなお……追いつくことができない相手は確かに存在するのよ。他の子たちから見たあたしのように。そして、あたしから見た悪魔のZのように――」

 

 

 

 重ねた歳こそ自身の半分、いやそれ以下ではあるものの、レースの世界を通して経験したその人生の『濃度』は、決して自身に引けをとるものではない――言葉の節々にそれを察した山本は、彼女の言葉に口を挟むといった野暮な事もせず、興味深げに彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

 

 

 

「『チューニングは命を削る行為だ』って山本さんは言ったけど、話を聞いていくうちに確信したわ。あなたたち人間が何もイジっていないノーマルの車だとすれば、あたしたちウマ娘は生まれながらにして速く走る事を宿命づけられた改造車――そう、車を改造する事とトレーニングは全く違うようで、実はそれほど変わらないのよ。合法か非合法かの違いはあるけれどね」

「ふっ……くくく……」

「……あれ?あたしの話、やっぱりちょっと大袈裟すぎたかしら?てへっ☆」

 

 

 

 肩を震わせて笑い出した山本に、マルゼンスキーは釣られるように舌を出し、いたずらな表情を浮かべて見せる。だが、彼女の予想に反し、山本の口から発せられたのは自身に対する賞賛の言葉であった。

 

 

 

「いーや、大袈裟なんかじゃないヨ。面白い話だと思ったから笑ったんだ。……君は僕よりもずっと若いのに、命を削って走るとゆうコトをよく理解しているみだいだね。……なら、会って間もないオジサンにチューニングを求められても、『はいわかりました』と安直に返すわけにはいかないってコトも、理解できるだろう?」

 

 

 

 直後、複数台のチューニングカーのエンジン音がPA中に鳴り響き、2人は現れた車たちへと視線を向ける。小さな辰巳PAはあっという間に数多くのチューニングカーで溢れかえり、さながらグッドウッド・フェスティバルのような様相を醸し出していた。

 

 

 

「……なんだか騒がしくなってきたナ」

「私たちがここにいるのがバレちゃったのかもネ。周りの人たち、しきりにスマホをいじってたし」

 

 

 

 ヤマモトスピードの代表が直々にチューンドを施したRと、希少なスーパーカーであるカウンタック。この2台が並んで止まっているだけでも走り屋たちの興味を引くには十分なものだというのに、マルゼンスキーとレイナという畑違いの有名人が、その隣で密会までしているのである。SNSの発達した今の世の中では、あっという間に人だかりができてしまうのも仕方のない事であろう。

 このままここにいても、彼女たちが迷惑を被るだけ――そう判断した山本は、レイナにエンジンをかけるよう指示を出し、撤収の準備を始めさせる。

 

 

 

「君のカウンタックのチューニング、受けられないワケじゃないよ。だけど、この選択は君の人生そのものを大きく揺るがすコトになるのは間違いない。だから、一度頭の中をリセットして、じっくりと考えてほしいんだ。自分のやろうとしているコトは、本当に今すべきコトなのか……てね」

 

 

 

 レイナのRのエンジンに火が入り、地響きのような唸り声を上げながら、RB26が始動する。

 人間よりも聴力の優れたウマ娘にとって、この状況はひどく会話がし辛いものであろう。それを察した山本はマルゼンスキーの元まで歩み寄ると、彼女の耳に自身の口元を近づけ、さらに言葉を続ける。

 

 

 

「……もし少しでも迷いがあるのならば、悪いコトは言わない。Zのコトも僕らのコトも忘れて、元の生活に戻るべきだ。だけど、こちらの世界に踏み入るコトに対して、迷いはないと決心したのであれば――君の依頼を受けると約束しよう。もちろん、それなりの代価は請求させてもらうけどね」

「よォし、撤収準備完了ォ――」

「じゃあ、僕らはこれで。君が正しい判断をしてくれると信じているヨ」

「あ……ちょっとタンマ!タンマ!」

 

 

 

 レイナのRに乗り込む山本を見て、マルゼンスキーは慌ててRの運転席へと駆け寄る。開かれた窓からレイナが顔を覗かせるのを確認すると、エンジンルームから響く勇猛なサウンドに負けじと、マルゼンスキーも大声を張り上げた。

 

 

 

「一つだけ教えてくれないかしら!?レイナはどうして悪魔のZを追っているの!?こんなにも大勢の人から注目を浴びる立場にありながら、どうしてこんな事をしているの!?」

 

 

 

 マルゼンスキーの言葉を受け、レイナは口を真一文字に結び、その場で少し考えこむ。やがて彼女は口を開き、マルゼンスキーからの問いに答えたのだが、その答えはむしろ彼女を深く混乱させる事となってしまうのだった。

 

 

 

「……今この場で答えを言うのはカンタンだよ。だけど、たとえどれだけ丁寧に答えたとしても、私の真意は絶対に伝わらないんじゃないかナ。走る事でわかる事は、走る事でしか理解できないから――」

「え……?それはどういう……」

「ま、そーゆうコト。それじゃ、トレーニングに備えてちゃんと寝るんだゾ――」

 

 

 

 レイナが窓から手を振ると同時に、落雷にも似たスキール音が上がり、レイナのRは猛スピードで出口へと向かっていく。残されたゴムの焼ける臭いと、GT-Rの象徴である丸目のテールライトの煌めきを感じながら、マルゼンスキーは彼女たちの走り去る姿を、ただじっと見つめるのだった。

 




【あとがき】
BNR34のフルチューンを完了しました。ウワサ通り速いですね、この車。
現役のマキシプレイヤーだった頃はZ31でRを追いかけていましたが、いくら気合い入れようが勝てなかったのも納得です。まさに平本とマツ状態です。
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