Rouge of the MIDNIGHT   作:SHINZO

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Avator of speed⑧

「へぇ……アキオ君、この近くに住んでるんだ」

「そ。職場は東京だけどね。にしても、まさか君がレースで活躍してるウマ娘だとは思わなかったヨ。どーりで足が速いわけだ」

「思わなかった、って……あなた本当にあたしの事知らなかったの?あれだけテレビで騒がれたのに?」

「そーゆうのぜんぜんキョーミないのよ、オレ。ホラゆーだろ、最近の若者はテレビ見ないって(笑)」

 

 

 

 ひょんなことから邂逅を果たしたマルゼンスキーとアキオであったが、どうやらそもそもの相性が良かったらしい。つい先程出会ったばかりであるにも関わらず、まるで何年も前から顔を知っていたかのように、2人はすっかり打ち解けてしまっていた。

 人気のない倉庫街に首都高の高架が走るだけというその景色は、デートスポットと呼ぶには些か殺風景であると言わざるを得ないであろう。だが、古びた自販機に並んでいた缶ジュースを片手に、ミッドナイトブルーのフェアレディZの隣で談笑する2人の様子は、紛れもなくデート中のアベックのそれと同じであった。

 

 とはいえ、実際の所はまだ互いの事も知らない、ほぼ他人に近い間柄である。悪魔のZの乗り手である男にも興味はあったものの、彼女としてはやはりZそのものの方が気になって仕方がなかったのであろう。アキオとの会話に長い耳を傾けながらも、マルゼンスキーは横目を使いつつ、隣に佇む悪魔のZに視線を向ける。

 そんな彼女の様子に気づいていながら、何も言わずにじっとその表情を見つめていたアキオであったが、会話が途切れている事に気づいたマルゼンスキーからの謝罪の言葉をきっかけに、閉ざしていた口をそっと開くのだった。

 

 

 

「……まさか運転したいだなんて思ってないよね?」

「え?いやいや、さすがにこんなのに乗ったら運転どころじゃなくなっちゃうわよぉ」

「いたんだよナ、昔。オレがジュース買ってる間にこいつに乗って走りだそうとした女が。ま、君の言う通り散々振り回された挙句、危うく事故りそうになってたけど(笑)」

 

 

 

 冗談半分にほのめかすアキオであったが、マルゼンスキーの表情に笑顔はなかった。この車に対してなにか特別な感情を抱いているようだと察したアキオは、自身の愛車をじっと見つめるマルゼンスキーに対し、落ち着き払った口調で静かに語り始める。

 

 

 

「……なんか似てるんだよな、君。その女にサ。物事に顔を突っ込もうとする積極性とゆーか、こいつに対する熱さとゆーか……」

「……その女の子って、もしかしてレイナの事かしら?」

「……知ってたんだな、レイナのコト。芸能人としてじゃなく、こっちの人間としてのあいつのコトを――」

 

 

 

 2人の間に流れていたムーディな雰囲気は一瞬にして消え、ヒリつくような緊張感が顔を覗かせる。悪魔のZを操る男にふさわしい、凛とした雰囲気を漂わせるアキオに負けじと、マルゼンスキーも彼の目をじっと見据え、口を開いた。

 

 

 

「知ってるって言っても、知り合ったのはごく最近よ。深夜の首都高でレイナと山本さんに出会ったのがきっかけで、あなたのZの事も知ることになったの」

「フーン……でも君の口ぶりだと、首都高に上がるようになったのは、つい最近のコトなんだろ?どうしてそんなコトしようと思ったのヨ?」

「話してもいいけど……重たい話題よ?」

「構わないヨ。最近首都高に現れた『赤いカウンタック』とやらには、オレもキョーミあるからね」

 

 

 

 アキオは小さく笑顔を浮かべつつ、興味深げにマルゼンスキーを見つめる。だが、冷静ながらもどこか熱を帯びたその眼差しに、どことなく既視感を覚えたマルゼンスキーは、彼の目をじっと見つめたまま口を閉ざし、再び会話を途切れさせてしまう。

 

 

 

(アキオ君ってほんとにいい目をしてるのよね。軸がブレてないというか、まっすぐに物事を見つめてるというか……ああそっか、そういえばいたわね。こういう目をして走っている後輩ちゃんが、1人)

 

 

 

 マルゼンスキーの脳裏に、自身が最も目をかけている後輩の顔が浮かび上がる。ただひたすら前だけを見つめて走る、純粋な眼差し。環境や規則に束縛され、走る事に冷めてしまっているウマ娘には絶対にできない、あまりにも清らかな眼差し――

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 遠い昔――いや、ごく最近まで自分もしていたのかもしれないその瞳に、マルゼンスキーは羨望に近い感情を抱いていた。同じように走りの世界に身を置きながら、なぜ彼はそんな目であたしを見る事ができるのか。いつからあたしはそんな目ができなくなってしまったのか――

 もやもやとしたものが込み上げてくる彼女の胸中に、アキオの真っ直ぐな視線が突き刺さる。胸のつっかえを取り払うかのように、マルゼンスキーは彼を見つめたまま、無意識のうちに溜め息を漏らしてしまっていた。

 

 

「……え?」

「あ、いや……オレの顔を見るなり溜め息なんかつくからサ。もしかしてオレ、マズいコト聞いちゃったのかな……て」

「やだ、口に出ちゃってたの!?」

「うん、もぉバッチリ」

 

 

 

 顔を見つめるなりいきなり溜め息を漏らされたアキオからすれば、何か悪い事でも聞いてしまったのではないかと勘ぐってしまうのも致し方ない所であろう。

 これ以上ないほどの無礼を働いたという事実にようやく気づいたマルゼンスキーは、メンゴメンゴと声を荒げつつ両手を合わせ、アキオに向けて必死に謝意を伝える。「気にしてないから」というアキオの気遣いもあり、どうにか平静を取り戻したマルゼンスキーは、目の前にかかる高架を見やりつつ、事の真相を静かに語り始めるのだった。

 

 

 

「……あたしは元々走るのが大好きだったのよ。自分の足で走るのはもちろん、車に乗って走るのもね。……父の運転で色んな所を駆け回って、色んな景色を眺めたあの頃の思い出は、今でもよく憶えているわ」

 

 

 

 マルゼンスキーの表情に落ち着きが戻り、アキオの表情も自然と軟化する。2人の間に再び穏やかな空気が漂い始め、言葉を選ぶように話していたマルゼンスキーの口調も、普段の彼女らしい滑らかなものへと移り変わろうとしていた。

 

 

 

「で、ある日近所で子供同士のちょっとしたレースが開催される事を知ってね。あ、レースと言っても自分の足で走る方よ?当時のあたしはまだ皆と競った事なんかなくってね。あたしもついにレースデビューだ!なんて言いながらノリノリで参加を決めたんだけど、そこで思いもかけず優勝しちゃったのよ」

「それが君のアスリートとしてのキャリアの始まり、ってわけだ」

「ええ。勝てたのはもちろん嬉しかったけど、競い合うのがこんなにも楽しいものだと思ってなかったから、あたしもすっかり夢中になっちゃって。それから父と一緒にトレーニングをしながら、色んなレースに参加していったんだけど……そこでようやく、あたしの足は他の子たちよりもずっと速いって皆が気づき始めたの。いつも父の車に送ってもらってたせいか、いつの間にか「ターフを駆けるスーパーカー」だなんて呼ばれるようになってて……それが学園関係者の耳に入ったんでしょうね。いつの間にかトントン拍子で話が進んでしまって、そのままあたしはトレセン学園に入る事になったのよ」

 

 

 

 幼い頃の記憶を一つ一つ掬い上げつつも、マルゼンスキーは悪魔のZへと視線を向ける。物音ひとつ立てず、静かに佇むその姿は、まるでアキオと共に自身の話に耳を傾けているかのようであった。

 

 

 

「正直言って、トレセン学園に入るのは本意ではなかった。でも、悪い気はしなかったわ。ここの子たちの競走レベルは間違いなく日本一だし、好きな事をしながら生きていけるってだけでも、毎日が楽しくて仕方がなかったもの。父からは入学祝いとしてタッちゃん……父の愛車のカウンタックまで譲られて、あたしもすっかり舞い上がっちゃって。ろくに授業も聞かずに、免許を取るために必死に勉強していたあの頃が懐かしいわ」

 

 

 

 楽しげに思い出を語るマルゼンスキーに対し、アキオは彼女の横顔をじっと見据えつつ、彼女の言葉に静かに耳を傾けていた。「入学祝いに愛車を送るとは粋な父親だ」と思っていたのか、「入学祝いにカウンタックを送るとはどんな父親なんだ」と思っていたのかは定かではないものの、うっすらと笑みを湛えつつ話に聞き入るその姿は、彼女の言葉に強い興味を示している事を証明するには、十分なものであっただろう。

 

 だが、この辺りからマルゼンスキーの表情に少しずつ陰りが差し始め、アキオの表情からも徐々に笑みが消えていく事となる。

 

 

 

「だけど……この世界はあまりにも束縛が多すぎた。あたしがデビューする少し前に、両親が海外生まれのウマ娘……つまりあたしに対して、トゥインクル・シリーズに出走制限を課すルールが適用されたのよ。日本のレースを海外の強豪ウマ娘たちに荒らされないように、なんて理由でね。URAのお偉いさんたちの言い分は理解できるし、あたしのためだけに適用されたルールじゃないって事も、ちゃんとわかっていたわ。でも、それによってあたしの未来が閉ざされる事となってしまったのは、間違いなかった」

 

 

 

 

 毎日の朝シャンによって見事な光沢を放つ鹿毛を揺らしながら、マルゼンスキーはおもむろに空を見上げると、虚ろな目つきで虚空を見つめる。高架から聞こえてくる様々な車の音が、2人の間でいやに大きく響き、彼らの間に漂う緊張感を少しでも和らげようとしていた。

 

 

 

「それでもあたしは、レースに勝つために全力を尽くした。皆があたしと走るのを嫌がって、レースが不成立になりそうな事もあったけど、それでもあたしは……走り続けた。あたしにできる事は、それしかなかったから」

 

 

 

 手にしていた缶ジュースを一気に飲み干すと、マルゼンスキーはアキオから背を向け、ゆっくりとした足取りで1歩、2歩と歩き出す。3歩目を踏み出した所でおもむろに足を止めると、腹から声を振り絞るようにはっきりと、しかしどこか悲しげな口調で、彼女は言葉を続けた。

 

 

 

「だけど……結局何も変わらなかった。日本中のファンやトレーナー君、友人、理事長、マスコミ……ありとあらゆる人々が、せめて日本ダービーだけでも出走を……と、あたしのために働きがけてくれた。それでもURAのお偉いさんたちは……最後まであたしの出走を認めてくれなかった。……ショックだったわ、本当に。あたしは弱い者いじめをするために走ってきたんじゃない。日本で一番レベルの高いレースで戦って、そして勝つために走ってきたのよ。それなのに……それなのに……!これじゃもう……何のためにトレセン学園に入ったのかわかんないじゃない……!」

 

 

 

 アキオへと向き直ったマルゼンスキーの目尻には、うっすらと輝くものがあった。彼女はそれを拭うこともせず、再びゆっくりとした足取りで歩き始める。だが、彼女が向かう先にあったのは、彼女の話を真剣な面持ちで聞き入るアキオではなく、彼の隣で佇むミッドナイトブルーの悪魔であった。

 

 

 

「……この一件で一気に冷めてしまったあたしは、気がつけばもうひとつの走り……車での走りにのめり込んでしまっていた。現実から逃げているだけだというのはわかっていたけど……深夜の首都高を走っている間だけは、本当に全てを忘れる事ができたのよ。そしてあの日の夜……あたしはこの車に出会った。いや、出会ってしまった――」

 

 

 

 悪魔のZの前で立ち止まったマルゼンスキーは、Zのボンネットに向けてそっと手を伸ばす。手が汚れるのも厭わず、まるで猫を撫でるかのように優しくZに触れると、力のない笑顔を浮かべつつ、自身と見つめるアキオへと向き直る。

 

 

 

「あなたは覚えていないと思うけど……あたしにとって、あれは衝撃的な出来事だったわ。200キロオーバーで走るあたしを悠々と追い抜いて、どんなにアクセルを踏み込んでも離されて……あの時はなんて車なのかもわからなかったけど、まるでスピードの化身のように消え去ったこの車のテールライトだけは、どうしても忘れる事ができなかった。そして次の日……今度はレイナと山本さんに出会った」

 

 

 

 2人の間に突風にも似た潮風が吹き抜ける。バサバサと揺れる髪を抑えようともせず、マルゼンスキーはただじっとアキオの目だけを見据え、言葉を続ける。

 

 

 

「とてつもない本物感を漂わせるGT-Rと、それを乗りこなすレイナの走り――そしてその車を作り上げたのが山本さんだと知って、あたしはいてもたってもいられず、山本さんにタッちゃんの改造を依頼したわ。……今にして思えば、あたしもなかなか大胆な事をしたものよね。でも、山本さんは突然のあたしの依頼を笑ったり、突っぱねたりせず……車をイジるという行為が何を意味するのかをちゃんと教えたうえで、もう一度考え直すように諭してくれた」

 

 

 

 再び力のない笑顔を浮かべるマルゼンスキーに対し、今度はアキオも小さく笑みを浮かべる。山本の人となりを知るアキオからすれば、彼の一連の行動は実に彼らしいものであったと言えただろう。アキオが浮かべていたのは、初めて出会ったチューナーという人種が山本であるというマルゼンスキーの幸運に対する、安堵の笑みであった。

 

 

 

「山本さんの言葉に従って、あたしはじっくりと考えた。一度首都高から離れて、今までの生活に向き合おうともしてみた。結果……あたしはあたしが知るよりもずっと多くの人たちから――特に後輩ちゃんたちから、とても大きな信頼を置かれている事に気がついた。だから一度は決心したのよ。首都高での出来事は全て忘れて、元の生活に戻ろう、ってね。……ホント、酷な事してくれるわよね、あなたとZって。こんな状態のあたしの前に、また現れたりなんかするんだから」

 

 

 

 再びZのボンネットに手を伸ばしつつ、マルゼンスキーは口角をそっと上げ、無言の笑みを浮かべる。ここまで何も言わず、ただじっと彼女の言葉に耳を向けていたアキオであったが、まだ迷いを振り切れていないマルゼンスキーの心中を察した彼は、まるで彼女の背中を後押しするかのように、ついにその重い口を開くのだった。

 

 

 

「きっとこいつは望んでいたんだと思うヨ、君とまた走るコトを」

「え……?」

「こいつが意思を持つように走る、って話は知ってるだろ?府中から離れたこの街で、まるで自分から離れようとした心を引き止めるかのように、再び君の前に現れたんだ。これはもう偶然なんかじゃない。君に会いたい。会ってまた走りたい。そーゆう意思が働いて、こいつはまた君の前に現れたんだと思うヨ、絶対」

「Zの……意思……?」

 

 

 

 アキオの言葉を受け、マルゼンスキーは悪魔のZに触れる自身の手をじっと見つめる。悪魔と呼ばれる車であっても、所詮は機械。彼女の触れるそれは、意思などというものもなければ、知能に該当するような回路も存在しない、ただの『機械』なのである。それなのに――

 

 

 

(手のひらが熱い……?エンジンなんてかかっていないのに……)

 

 

 

 マルゼンスキーは手のひらを介して、Zの『熱さ』が自身の体に流れ込んでくるのを感じていた。まるで得体の知れない何かに蝕まれているかのように、体内が悪魔のZからの熱で満たされていく奇妙な感覚に、マルゼンスキーは思わず困惑の表情を浮かべる。そしてその正体がアキオの言う悪魔のZの『意思』だと悟った瞬間、背筋がぞわりとする感覚と共に、彼女の体に蓄積された熱は一瞬にして冷気と化し、そのまま体外へと抜け去ってしまった。

 

 自らの身に降りかかった怪奇現象のような出来事に、マルゼンスキーは思わず腰を抜かし、さも当たり前のように事の一部始終を見守っていたアキオを見やる。しばしの間互いを見つめ合っていた2人であったが、まるで動じる様子もなく、穏やかな表情を浮かべていたアキオを見て安心したのか、凍りついたマルゼンスキーの表情は徐々に氷解を始めていく。だが次の瞬間、まるで糸が切れたかのように彼女は大きな笑い声を上げ、腹を抱えながらその場にうずくまるのだった。

 

 

 

「え……どうしたの?」

「あっはははははははは!……いや、うん、メンゴメンゴ!別にどうって事はないわ!さすが悪魔のZと呼ばれるだけのことはあるなーって思っただけ!あたし自身も妙に納得しちゃったし、アキオ君のおかげで色々と吹っ切れられたわ!ありがとね!」

「え、えぇ……?」

 

 

 身に覚えのないマルゼンスキーからの感謝の言葉に、アキオはただただ呆然とした様子で、再び笑い声を上げた彼女を見つめる。だが、先程までの冷めた目つきではなく、まるでショーケースに並ぶ玩具を見つめる子供のような眼差しで悪魔のZを見つめる彼女を見るうち、彼の心は言いも知れぬ不思議な安心感と、心の底から沸き上がってくる奇妙な熱さで、徐々に満たされていく事となった。

 

 

 

「やっぱりウジウジ悩むなんてあたしらしくないわね。うん、決めた!あたし、このZを追うことにするわ!……いや、追うだけじゃなく、いつか必ずこのZの前を走ってみせるわよ!あたしのパートナー、タッちゃんと一緒にね!」

 

 

 

 悪魔のZとの対決を高らかに宣言したマルゼンスキーの言葉の後、2人の間に暫しの沈黙が流れる。だが無音の間はそう長くは続かず、やがて2人は堰を切ったようにどっと笑い声を上げると、互いに無邪気な笑顔を浮かべつつ、顔を見合せる。

 

 

 

「いいねェ――受けとるヨ、その挑戦状。走るコトに対するそのアツさ、こいつが悪魔と呼ばれる車だと知った上でなお、真っ向勝負を挑もうとするその勇気――なんだかすごく懐かしい気分だヨ。こいつと出会った頃のオレを見てるみたいでサ」

「ターフを駆けるスーパーカーが、そのまま首都高でも最速だって事を証明してみせるわ。……誰もあたしの前を走らせたりしないんだから♪」

 

 

 

 マルゼンスキーの『挑発』を受け、2人は再び大きな笑い声を上げる。だが残念な事に、彼らの仲睦まじいやりとりは長くは続かず、ある1本の電話によって、彼らの関係は突然の終わりを迎える事となった。

 

 

 

「……あら、電話?」

「音が鳴ってるなら君だナ。普段はマナーモードだから、オレ」

 

 

 

 2人のやりとりに水を差すように鳴り出した自身のスマホを取りだすと、マルゼンスキーはどことなく不満げな表情を浮かべつつ、それを耳をかざす。だが相手の第一声が耳に入った瞬間、ほのかに薄紅色のかかった彼女の顔色は瞬く間に青ざめ、夢見心地でいた彼女の心は一気に現実に引き戻される事となった。

 

 

 

「マルゼンざぁぁぁぁん!今どごにいるんでずがぁぁぁ!?はやぐ戻っでぎで下ざいよぉぉぉぉぉ!」

「……あーっ!いっけなーい!後輩ちゃんたちをほっぽってた事、すっかり忘れてたわ!」

 

 

 

 ずびずびと鼻をすすりながら自身の帰りを待つ後輩の声を受け、マルゼンスキーは慌ててすぐに戻る約束を取り交わすと、「後輩たちの所へ戻らないといけないから」とアキオに頭を下げ、急いでその場を立ち去ろうとする。だが、2、3歩ほど踏み出した所で彼女ははたと足を止めると、おもむろにアキオへと向き直り、対岸の遥か先へと続く高架を指差しつつ、再び元気の良い叫び声を上げるのだった。

 

 

 

「次に会うのはここ(下道)じゃなくてあそこ(首都高)だからね!約束よ!」

「……ああ!」

 

 

 

 マルゼンスキーの気持ちに応えるように、アキオも首を大きく縦に振る。猛烈な速度で遠退いていく彼女の気配を感じつつ、アキオは悪魔のZのボンネットをじっと見つめた後、彼女と同じようにそっと手をかざす。残された彼女の熱と、悪魔のZが湛える熱を手のひらに感じながら、先程まで彼女が指差していた高架を見やり、口角をわずかに上げつつ呟くのだった。

 

 

 

「動き出したナ――俺とZの……いや、あの子とカウンタックの、湾岸ストーリーが――」

 

 

 

 周囲の構造物を振動させるほどの唸り声を上げながら、悪魔のZの心臓が始動する。普段よりも甲高く聞こえたそのエキゾーストノートは、まるで新たなライバルの登場を歓迎しているかのように、初夏を迎えた横浜の青空にいつまでも響き渡るのだった。




【あとがき】
ついに第一章が完結しました。新たな生きがいを見つけたマルゼンスキーは、果たしてこの後どのような活躍をしていくのでしょうか?そしてタッちゃんは山本の手によってどのように生まれ変わるのでしょうか?どうかご期待ください。

あ、ちなみに前回組み始めていたカウンタックのプラモですけど、気が付いたら何故かアニメ版バーゼラルドのプラモが組みあがってました。素体はかわいいのに武装はかっこいいとかホントFAGは地獄だぜー!フゥハハハァー!!

……すいません、次回までにちゃんと組みます。
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