爆烈がオロバスを倒す少し前の臨海副都心…
「ハァハァハァ…対魔粒子がもう…」
達郎は、忍者刀を杖にしながら息も絶え絶えで片膝を付く。
臨海副都心の戦闘は、当初は対魔忍と極道の混成軍が優勢であった。しかし、フュルストが持つ魔本から無限に召喚する人間大のイカや空中を泳ぐ怪魚などの怪生物達に消耗戦を強いられてしまい、今現在では、混成軍は、対魔粒子と弾薬が尽きかけ苦しんでいた。
そして、混成軍からやや離れた場所でも激闘が繰り広げられていた。
(くそッ! こちらは対魔粒子よりも、体力が限界だ…)
秋山凛子は、心の中で苦しそうに呟く。彼女は、右腕が巨大な刀と化している魔人と激しい剣戟を繰り広げていた。
「ガァァァァッッッ!!!!!!!」
その魔人とは、フュルストから魔力を供給されて魔神と化したニールセンである。ニールセンは、人間状態でも達人と言えるだけの実力なのだが、魔力を供給されると、理性の代わりに力と体格が増強され戦闘力は何倍にもなるのだ。
それでも斬鬼と称される凛子からすれば苦戦はすれど倒せない敵では無い…はずであった。
「今だ!忍法…『ズズズズズズ…』クソッ! またかっ!」
止めを刺そうとする凛子が、足元から迫る漆黒の泥のようなものを避けるため、ニールセンから離れる。避けながら彼女が睨みつける先には、顔がないツルンとした黒装束の人間がいた。不明の魔女と称される『ヴィネア』である。ヴィネアは凛子が優勢になると、彼女の足元に漆黒の奔流というドロドロとした泥のようなエネルギー体を放ち邪魔をしていた。
「ニールセンちゃんも手が焼けるわねぇ。」
フュルストから無限にエネルギー供給を受けているニールセン、隙を狙い奔流に取り込もうとするヴィネアを相手にし、凛子も消耗戦を繰り返していた。
「畜生! 死ねぇハゲ野郎!」
ズドン!ズドン!
時折隙を突いてフュルストとヴィネアに極道が弾丸を発射するが…
「え゛…なんだあれ?」
「フフフ。」
ヴィネアに放たれた弾丸は、彼女の体から溢れる瘴気に触れた途端に溶けて無くなってしまう。これは彼女の能力の一つで鉄を無力化する禁呪の術である。
そして、もう一個の弾丸は、フュルストの額に確かに当たった。オークや鬼族など人間に近い魔界の住人なら、弾丸が頭部に当たれば致命傷である。
しかし…
ジュグジュグ…
穴が空いた頭部から細かい触手が現れ、傷が即座に塞がってしまう。これはフュルストの魔科医に依る自己再生能力であり、どんなに体をミンチにされても再生することができるのだ。
「ホホホホ、もう少しですね。ヴィネア、そろそろあの剣士ではなく、奔流を彼奴等に…」
「はい、フュルスト様。」
ヴィネアが、明らかに動きが鈍ってきた凛子から、怪生物と戦っている対魔忍と組員に手を向けた途端、
ズズズズズズズズズズ………
凛子に時折向けていた漆黒の奔流が、今度は彼らの足元に広がった。
「しまった!?」
「な、何じゃあ!?」
そして、ズブズブと底なし沼のように足が沈んでいく。各自、足を引き抜こうとするが、粘度の高い糊のようなエネルギーに絡まり抵抗できない。
「「「「ぐぁぁぁぁっっっ!?」」」」
「クソっ風遁・鎌鼬っ!」
「火遁・豪炎っ!」
「死ねぇ!」
苦し紛れに対魔忍や極道が、ヴィネアに風遁や火遁、弾丸を放つが、忍法は距離が離れているため届かず、弾丸は瘴気で溶かされてしまう。
(朧や海座を退けたと聞いて、少しは期待したのですが…こいつらは実験動物にも使えませんね。所詮、親玉の極道兵器だけのワンマンチームなのでしょう。さっさと蹴りを付けて、龍門に…)
フュルストが、黒き奔流に沈んでいく二軍を見ながらため息を付いた瞬間だった。
シュオオオオオオオ! ボグッ!
「ぎゃあっ!」
急に弾丸ではない白い何かが、ヴィネアの頭部に直撃し、彼女は堪らず昏倒した。その途端、漆黒の奔流は途切れてしまう。
「な、何だ!?」
フュルストは、ヴィネアを急襲し、地面に転がった何かを慌てて確かめる。
「こ、これは!?」
それは野球で使う硬球であった。
フュルストは、すぐに硬球の出処を探す。すると怪生物と二軍が戦っている場所を越えて、30m程離れた前のビルから、二人の若い男達の大声が響いた。
「見ぃヒロミツ! ジャストミートじゃあ! チクチクチクチク、攻撃しおって、このつるつるコンビがぁ!」
「しかし、交代の時間までぐっすり寝とったらエライことになっとるのぉ! 竹志!」
フュルストが声がするビルに注目すると、二階の窓から硬球を右手に持つ野球帽を被った小柄な男、そして、釘バットを肩に置く面長で長身な男が見えた。
「何だお前らはぁ?!」
怒り狂うフュルストの怒鳴り声に、ニヤリと笑った二人は、上着を勢いよく脱ぎ捨て背中を見せつける。
「わしは、極道連合 関東久魔会 跡取り 本間竹志よ!」
「同じく極道連合 関東山崎組 跡取り 山崎ヒロミツじゃ!」
ヒロミツと名乗った青年の背中には、バットを持った仁王、タケシと名乗った青年の背中には、特撮映画の大魔神が彫られていた。
「あ、あれは!?」
ヴィネアが昏倒し、漆黒の奔流から逃れることができた達郎は、階下から二人の入れ墨を見て驚愕した。
(あの入れ墨…思い出した! 彼らは去年、高校野球で大暴れした二人だ!)
達郎は去年、凛子とゆきかぜと共にテレビで見た、夏の高校野球の東京地区予選決勝のことを思い出した。それは、初めて地区予選決勝に出た久魔高校と古豪の米山実業の試合である。彼らは、決勝が始まり試合場に現れるやいなや、先程のように上着を脱ぎ捨て、準決勝まで隠していたであろう彫り物を見せつけながら試合をしたのだ。さらに竹志と名乗る男が、サヨナラホームランを打った後、ベースを周らずにヒロミツと名乗る男と共に相手ベンチに乗り込み、大暴れをしたのだ。
(その後、米山実業野球部は、試合前夜に二人を闇討ちしていたことが分かって、東京代表を取り消された。けれど二人は、大暴れしたこととヤクザとバレたことで、結局甲子園に出られずに少年院に入れられたって聞いたけど…もしかして、将造さんが…)
達郎が驚いている間に、ヒロミツは打席の構えに入る。
「マッスル団の馬鹿にも、野球好きな奴がいてラッキーじゃったワイ。」
「ああ、じゃが竹志! 今度は、わしの千本ノックの時間じゃあ!」
カキィン!カキィン!カキィン!
今度は、ヒロミツが何十発と球をノックしてヴィネアを狙う。
野球の硬球には、鉄が含まれていないため、魔術を使っても弾丸のように溶かすことが出来ない。さらにヴィネアはどんな者でも、漆黒の奔流の範囲内なら取り込んで楽に殺せるが、二人の距離が遠過ぎるために反撃することも出来ないのだ。それ故にヴィネアは、障害物が何も無い場所で、急襲する弾丸のような硬球を避けるのに精一杯で他の者にも漆黒の奔流を発揮することができない。
「ウグッくそ! あいつら…『ボグッ!!』ぎゃあ!」
「ヒロミツの糞球には、負けられねぇぜ!」
再び、竹志の豪速球がヴィネアを捉え、彼女は再び昏倒した。
「やるじゃねぇか、竹志!」
「当たり前じゃ! お前を殺すために磨いてきた殺人ボールじゃぞ!」
竹志とヒロミツは、元々は、それぞれ敵対するヤクザの跡取り息子であった。だが竹志は、野球の試合中ならルールを守る限り、人を殺しても罪に問われないのを知り、ヒロミツを合法的に殺すために、155キロの豪速球を身に付けた。一方のヒロミツは、元々野球が大好きであり、甲子園に出るためにその竹志の殺意を知ってバッテリー組んだ。結果としては、甲子園に出ることは叶わなかったが、二人はそれ以降も少年院でバッテリーを組んで、野球?の腕を磨いていた。将造と源ニは、そんな彼らの裏事情を知り、目を付けて身元引受人になり、組ごと二人を引き入れたのだ。
「………… 」
ボグッ!ボグッ!ボグッ!
昏倒したヴィネアを、容赦なく二人の硬球が集中するが彼女は動かない。どうやら、再び頭部に硬球が直撃した時に気絶したようである。
「ヴィネア! くそッ!」
フュルストは、すべての魔術を中断し、彼女の元に急いだ瞬間…
「今だっ! ウォォォォッッッッ!!!」
魔人化したニールセンと激闘を繰り広げていた凛子が、ニールセンに向かって大きく踏み込んだ。それと同時に愛刀の石切兼光に、空間跳躍の光の玉を纏わせる。
「逸刀流・胡蝶乱舞!!」
凛子が叫ぶとニールセンの周りに光の玉が発生し、その中から石切兼光の斬撃が飛んでくる。胡蝶乱舞という技は、凛子の逸刀流の技と空間跳躍の術を複合した、敵を四方八方から切り刻む、防御も回避もほぼ不可能な必殺技だ。
「…………」
バラバラバラバラ…
フュルストから力を貰い、ヴィネアからサポートを受けていたニールセンは、剣士としての誇りある自我が戻らない魔人の状態で、断末魔も上げる暇も無く、切り刻まれて死亡した。
「ハァハァ…ウッ!?『ガタッ…』」
ニールセンが崩壊するのを見届けた凛子は、全身の力が抜けたように膝を着く。
(…あ、危なかった。しかし、まだ大元であるフュルストが残っているうえに、里の応援が来るまでまだ時間がかかる。ゆきかぜや鬼崎、将造がいない今、私が率先して相手をせねば…)
精神も体力もギリギリの凛子が、フュルストの方を向くとフュルストは、怒りのあまりワナワナと震えていた。
「おのれ…ヴィネアに続き、ニールセンまでも。貴様らぁ!」
普段の丁寧な言葉使いが、怒りのあまりに元の性格から滲み出る乱暴な言葉になっている。さらにその怒りに拍車をかけたのが、気絶したヴィネアを豪速球から庇おうとした故に、怪生物の召喚を中断してしまい、その間に極道と対魔忍達は、怪生物の波を押し返したことである。
そして、フュルストが何も仕掛けない今がチャンスと言わんばかりに、対魔忍部隊の小隊長が、大声で他の対魔忍達に命令する。
「よし、今だ!すべての残った火力を集中して、フュルストごと殲滅するぞ!」
「「「「「了解!」」」」」
そして、極道達も温存していた重火器を取り出す。
「こっちも殺るぞォォォ!!!」
「「「「「「よっしゃあああああ!!!!」」」」」」
対魔忍達は火遁や水遁、風遁といった忍法を、組員達は虎の子として残していたロケットランチャーやRPGなどの重火器を、残存している怪生物とフュルストに集中砲火した。
「「「「「うォォォォォッッッッ!!!!!!」」」」
ズドォォォォォォォッッッッッッン!!!!!!!
忍法と重火器のW攻撃による大爆発が起こった。それにより、辺りに濃い爆煙が発生しフュルストを包み込む。
「やったか…」
「凛子姉…」
いつの間にか達郎の近くに寄っていた凛子が、彼に肩を貸す。そして、二人は、煙から目を離さずに、お互いを支え合いながら立ち上がった。
「「「「「………………………………」」」」」
対魔忍と極道達、そして、ビルの竹志とヒロミツも、何も喋らず真剣な面持ちで煙が晴れるのを待っつ。
しかし、その時だった…
「なかなか晴れないな。誰か! 風遁で煙を…『シュルルルル』うわぁ!」
いきなり、爆煙の中から一本の触手が飛び出して、声を出した対魔忍の足に絡みついた。
「「「「「「!?」」」」」」
それを見た対魔忍と極道に緊張が走る。
「な、何だ!」
触手に絡みつかれた対魔忍は、すぐに解こうするが…
『バキバキバキバキッ!!!!!』
「ぎゃあああああああああ!!!!!!!」
周囲に聞こえるほどの、触手が足の骨を粉砕する音が響いた。
「いけないっ!? ハァッ!」
ザシュッ!
凛子は、空間跳躍の術を使って離れたところから、すぐさま触手を切り落とす。すると元の触手は、煙の中に引っ込み、足に絡みついた方は、すぐ力が抜けたように地面に落ち、数回ミミズのようにうねると動かなくなった。
(まずいっ! 煙の中に何かいる!)
それを見た達郎は、なけなしの対魔粒子を使い、急ぎ風遁で煙を吹き飛ばす。
ビュオオオオオオ!!!!!!!
すると、煙はすぐに散り、触手の全貌が現れた。
「何だあれ!?」
「気持ち悪っ!?」
「ば、バケモンだぁ!?」
煙の中から現れた物に対魔忍と極道達は、驚愕した。そこには、爆散したフュルストの死体ではなく、全長10mを超える粘液を滴らした、見る者全てに嫌悪感を与えるイソギンチャクのような触手だらけの生物がいたのだ。
周囲の者達が、息を飲むなか、その生物からフュルストの声が聞こえてくる。
「ホホホホホホ! よくもやってくれましたね。対魔忍と極道共、しかしこれでおしまいです。」
その醜悪な生物の正体は、魔術書と合体したフュルストだった。
「こ、この野郎っ!」
極道の一人が、変身したフュルストに向かって、まだ残っているロケットランチャーを飛ばす。
ドカァァァァァァァァァ!!!!!
ロケットは直撃し、フュルストの体は三分の一程吹き飛んだ。
しかし…
グジュグジュグジュグジュ…
「ヒッ…」
ロケットを発射した組員の顔が恐怖に歪んだ。吹き飛ばした肉片が消えていき、さらに千切れた個所が、即座に再生してしまったからだ。いつの間にか、凛子が切り落とした触手も消えている。肉体変異、転送、再生、それが魔術書と合体したフュルストの能力だ。
「実力差が解りましたか? だったらさっさと……死になさい!」
ビュビュビュビュビュ!!!!
フュルストが叫んだ途端、数え切れない程の触手が、対魔忍と極道達に飛んで来た。
「「「「「「「うわぁァァァ!?」」」」」」」
対魔粒子と弾丸をほぼ使い果たした彼らは、次々と触手の餌食となる。
「下がっていろ! 達郎!」
「凛子姉!」
凛子は、迫りくる触手を斬り伏せながら、達郎に叫ぶ。
「このハゲタコ野郎! かかってこいやァァァ!!!」
「馬鹿たれ! 竹志! 一旦、ビルの中に逃げるんじゃ!」
憤る竹志を、ヒロミツは仕込みバットの刃で触手を斬り伏せながら、無理矢理引っ張って、ビルの中へ避難する。
「ぎゃあァァァァァァ!!!!」
「骨がぁァァァ!!!!」
「離せェェェェッ!!!」
臨海副都心のビル前は、阿鼻叫喚の地獄と化した。
その叫び声を聞き、フュルストは、ドンドン今までのストレスが解消され、気分が良くなっていく。
(すぐには殺しません。殺すのは、手足をバキバキにへし折ってからからです しかし、他の者に頼らずに、最初からこうしてれば良かったですね。まぁ、ニールセンを失ったのは痛手ですが、ヴィネアだけでも取り込んで助かったので良しとしますか。)
対魔忍と極道が、なけなしの忍法や僅かに残存していた弾丸をフュルストに放っても、即座に再生され、強靭な触手に捕まえられて次々と餌食になっていく。
『斬撃の対魔忍』と恐れられている凛子も、対魔粒子を使い果たして動けないでいる達郎を庇うので精一杯である。
竹志とヒロミツも、迫る触手から逃げまわるのみで反撃ができない。
「ホホホホホホホホ…」
大声で笑うフュルストと対照的に対魔忍と極道達の間に絶望が広がっていった。
………それ故にその場で起こっている不可解な現象に凛子が気付いたのは、その十数秒後だった。
凛子は、達郎と他の対魔忍を守るために、連続して空間跳躍の術を使って剣戟を飛ばしていた時、おかしな感覚に襲われた。
(な、何だ? あの触手から幻覚作用がある毒でも出ているのか? 周りの景色が段々と歪んでいるような…)
それは、錯覚では無かった。
「な、何だお前の顔、曲がってるぞ?」
「お、お前もだ?」
凛子が異常に気づいてさらに十秒後、その場にいるすべての者が解るほど、触手の化け物と化したフュルストの中心から、グニャリと空間が曲がり始めたのだ。
(な、何だ? 一体何が起こっている! これは、斬鬼の対魔忍の空遁の術に似ているが、奴が忍法を発動した様子はない!? しかし、痛くも痒くもない…)
ようやくフュルストも空間の異常に気付き、触手で締め上げている者達を思わず離してしまう。
そして、触手の攻撃が止んだその時、一人のしわがれた男の声がその場に響いた。
「皆の衆! はようビルん中へ逃げ込めぇ!」
フュルスト、対魔忍、極道、ビル前のすべての者達が声の方向に注目する。
声の出処は、竹志とヒロミツが居た階から、さらに十階ほど上の階。その階の窓から、幾人もの男達が双眼鏡で階下の様子を探っており、さらに中央の窓からは、パラボラアンテナのような物がフュルストに向いて飛び出している。その中で声を荒げて避難を促しているのは、顔の上半分をサイボーグ化している老人だった。そして、老人の後ろから、他の男の声も聞こえてくる。
「目標S15座標9.043、固定完了!細胞具の伯父貴! 亜空間固定装置のセット完了しましたぜ!」
サイボーグの叔父貴と呼ばれた老人が後ろに向かって叫ぶ。
「でかした、クズ松! 番太は、ワープポイント読み上げい!」
「了解!」
フュルストと対魔忍が呆気に取られるなか、窓から飛び出ているアンテナを見たすべての極道達は、顔色が真っ青に変わり慌て始めた。
「やべぇ!? あ、あれは、細胞具の伯父貴の新兵器じゃあ!はよう、ビルん中へ逃げ込めぇ!」
そう一人の極道が叫んだ途端、他の極道達は、動けない者や状況を飲み込めない対魔忍達を無理矢理引っ張って、ビルの中へ逃げ込み始めた。
(な、何です!? この極道達の慌てようは!? 嫌な予感がする! 早くあのアンテナを壊さなければ!)
フュルストは、周りの極道達の反応を見て、危機感を感じ急いで触手をアンテナに伸ばす。
しかし、細胞具の伯父貴が
「ワープポイント98、99、100! 亜空間固定スタート! 『暗黒刧洞』発射じゃあっ!」
と叫んだ瞬間…
ポッ…
フュルストの体の中心に、いきなり直径20cm程の穴が空いた。
「え? 何だあれ?」
その小さい穴を見た、ビルの中に避難した対魔忍達は、極道達の大騒ぎに比べて、目の前で起こった現象に拍子抜けする。
しかし…
「ぐぎゃああああああああ!!!!!!!!」
どんなに斬られ、爆破されても平気であったフュルストが、すべての触手を我武者羅に動かしながら凄まじい悲鳴を上げた。
「凛子姉っ! あ、あれ見て!」
「どうなってるんだ!?あれは!?」
他の極道達とビルの中に逃げた達郎と凛子は、フュルストの様子を見て目を疑った。
ズォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!!
悲鳴を上げているフュルストの体が、まるで超強力な掃除機をかけられているように、その20cmの穴に吸い込まれているのだ。
「あれが細胞具の伯父貴の新兵器『暗黒劫洞』っす。」
「「暗黒劫洞?」」
驚いた顔のままの達郎と凛子に、近くの極道が説明し始めた。
「元々、凛子ちゃんの忍法や敵のワープする黒渦を見て、若がわしらもワープしたいって言い始めたのがきっかけなんすよ。そうしたら、関東異次元一家にノマドに頭を半分、吹き飛ばされて、自ら頭をサイボーグ化させた細胞具の伯父貴っていう武器を作る研究者がいて、その人に頼んでできたのがあの兵器っす!」
その話を聞いていた達郎が不思議そうな顔をする。
「え…今の話の流れだと移動するための道具ができたはずじゃ…」
達郎の言葉に極道は、恥ずかしそうに頭を掻き始めた。
「まぁ、実はなかなか製作に難儀して、一応は物体をどこかに送ることには成功したんすよ。けど…送った先で、ぐちゃぐちゃになっちまって…そしたら、その研究結果を聞いた若が、これを人に使用したら大変なことになるのおって言って…」
今度は凛子が呆れた顔になる。
「その言葉は、本来人に使用するのを禁ずる言葉だろうに、逆に敵に向ける兵器転用するとは…将造らしいな。では、あの穴は一体どこに? まさか…」
「恐らく宇宙空間でしょうね…」
「「…………」」
達郎達が話している間にも、フュルストの体が、穴に吸われてどんどん減少していく。
ズォォォォォォォォッッッッッッッ!!!!!!!
「グアァァァァァァッッッッッ!!!!!????」
フュルストは、何度も体をよじって逃げようとするが、体の中心に穴が発生しているため逃げられない。さらに千切れた体を治すため、転移と再生を繰り返しているが、宇宙に吸い込まれる容量の方が遥かに多いため徐々に体が萎んでいく。
(な、何という危険な兵器を使う連中だ! く、くそ、ヴィネアはもう吸い込まれて頼れない! こうなったら…)
細胞具の伯父貴は、そんな悲惨な状態になっているフュルストを見て、半笑いを浮かべている。
「クククッ極道が殺す時に選ばせる定番は、山か海なんじゃが、貴様は特別に宇宙に葬って…ん?」
周囲の者が注目するなか、フュルストは、震える一本の触手を体の中にねじ込み、人間態の時に使っていた魔術書を取り出した。
「いけないっ!」
それを見た凛子は、顔色を変えて空間跳躍の術を使おうとするが、仲間を守るために術を使い過ぎて対魔粒子が足りない。
「「「「「!?」」」」」
他の対魔忍達も術を展開しようとするが、吸い込まれる穴のせいで近付けない。
(ま、魔術書に魂を移して…今だっ!)
そのままフュルストは、体の外側に一瞬だけ、瘴気の渦を発生させて、その中に魔術書を放り込んだ。渦はすぐに閉じたが、残った体は再生と転移が止まり、全てが宇宙に繋がる穴に吸い込まれて消えていった。
それを見た細胞具の伯父貴は、悔しそうに呟く。
「ちッ…サブ、全回路を遮断せぇ…」
「了解…」
細胞具の伯父貴の指示の数秒後、宇宙に繋がる穴は徐々に小さくなり、完全に消滅した。同時に辺りの空間の歪みも収まり、正常な風景に戻った。その場には、爆発の跡や瓦礫の破片が散乱し、凄まじい戦闘を物語っているが、もう動くものは何も無く静寂が支配する。
しかし、その静かな様子を見た対魔忍と極道は、敵の親玉が逃亡したことを確信した。
「ウォォォォッッッッ!!! わしらの勝利じゃあ!!!」
『ウワァァァァッッッッ!!!!!!』
その場の静けさを破るように一人の極道が、大声で叫ぶ。そして、それを皮切りに対魔忍、極道関係なく大声を上げ、互いに体を抱き合ったり、ジャンプしたり、胴上げをしたりと大騒ぎをし始めた。
「凛子姉…終わったのか?」
「ああ、結果としては、フュルストは逃亡し怪我人は大勢でたが、ノマドの大幹部相手に戦って、死者が出なかったのは奇跡だな。」
達郎と凛子は、大騒ぎする仲間達を見て表情が和らぐ。
「甲子園なんぞよりも面白いもんが開園したのぉ。 ヒロミツ!」
「ああ竹志…わしらには、やはりこれが一番じゃのぉ! とりあえず、次はノマド相手に素振りの練習じゃあ!」
竹志とヒロミツも疲れているが、笑顔で騒ぐ仲間達を眺めている。
「馬鹿たれっ! 大騒ぎは後じゃ!早く怪我人を治療室に連れて行かんかい!」
しかし、階下に降りてきた細胞具の伯父貴が、一喝すると喜んでいた者達は、騒ぐのを止めて怪我人をビル内の治療室に運び始める。そして、比較的怪我が少ない凛子と達郎、竹志とヒロミツもそれを手伝った。
「サブ、他の奴らに連絡じゃ!」
「ヘイ、伯父貴!」
細胞具の伯父貴は、近くにいる異次元一家の組員に指示を出す。そして、安全となったその場を眺め、安堵の溜息をついた。
(危なかったが、ギリギリ、ここは何とかなったわい。後は頼んだで、将造、源ニ、爆烈、左素利!)
今作に登場している竹志とヒロミツは、『怪物伝』という作品の主人公コンビです。戦闘力は、石川作品でも珍しい一般人レベルなのですが、ストーリーが好きなので登場させてしまいました。
作中の『暗黒劫洞』は、名称だけは『虚無戦記』の『猿羅神』の自爆技と『伊賀淫花忍法帖』の『山神御目子』の女性器で敵を吸い込んで、宇宙に送り込む技ですが、兵器自体は『5001年ヤクザ・ウォーズ』で細胞具の伯父貴が、源ニを敵組織の組長の所へワープさせるネタです。余談ですが、あの作品でも生体ワープは、無傷では済まない危険な技術で、作中の源ニは、60時間以上の手術を要するほどの重傷を負いました。
二話続いて主人公がいませんが、次の話ではしっかりと登場するので、ご期待下さい。