神が山を作り出す。   作:干からび

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プロローグ

「勧誘ッ! トレーナーになる気はないか!?」

「トレー、ナー?」

 

 私の名前はシンザン。ここ、トレセン学園の生徒だったウマ娘である。昨日のレースを機に引退を宣言し、今は卒業を待つだけの身である。

 そんな時、理事長から突如このような勧誘を受ける。トレーナーというのは、その名が示す通りトゥインクルシリーズで活躍するウマ娘たちを担当し、管理育成する職業である。

 勿論私にも担当がついた。そのトレーナーとも、昨日でお別れとなってしまったのだが。

 

「でも、ウマ娘がトレーナーなんて」

「杞憂ッ! 今や『シンザンを越えろ』なんてスローガンも掲げられている時代ッ! 自分を越える新たなウマ娘を探すというのも、悪くはない話じゃないかッ!?」

「……」

 

 皐月賞と日本ダービー、そして菊花賞を勝ち取りクラシック三冠を達成し、その後続け様に天皇賞・秋と有馬記念を制した私は五冠馬と呼ばれ、いつしか『神馬』と呼ばれるようになった。

 その勇士はこのウマ娘界隈はもちろん、果てには世界中に渡る事となり、今となってはその名を知らぬ者はいないだろうとまで評される事態となった。あくまで私はそんな事望んでなどいなかったのだが。

 その業績を越える者等、到底現れる事などないだろうという想いから人々は声たかだかに『シンザンを越えろ』という想いを掲げるようになった。いつしかその言葉は、多くのウマ娘の目標へと成り上がっていった。

 

「ウマ娘がトレーナー。確かに前代未聞だろう。だが、その初の試みを、是非君にやってほしいのだ!」

「……で、でも。さすがにここまで有名になってしまっては、混乱が起こってしまうのでは?」

「正論ッ! ……うむ、ならばここは一つ、偽名を装う事を推奨しよう!」

 

 理事長は意地でも私をトレーナーとして起用したいらしい。そんなに私は貴重な人材なのだろうか? トレーナーの職務なんて全然知らないというのに。

 精々担当するウマ娘たちの練習予定を立てたり、走った記録を整理したり……ぐらいしか思い浮かばないのだが。

 

『トレーナー、今日は何やるの? コース1周?』

『馬鹿、昨日は休んだからな。かなり走るぞ』

『そんな―ッ!』

 

 悩んでいる私の背にある扉の奥から、楽し気に会話する二人の声が響く。思えば私とトレーナーも、こんな感じに笑ってたのを想起する。

 小柄で当時はあまり期待されていなかった私に対して、あのトレーナーは真摯に向き合ってくれた。そのおかげで、今の私がいると言っても過言ではない。

 『シンザンなんて勝てないだろ』と蔑んでいた他のウマ娘やトレーナー、観客に対してトレーナーは『今に見てろ』と言い返してくれた時は、嬉しさの余り泣きついてしまった。恥ずかしい限りだが。

 しかしその時の安心感というものは、常軌を逸したものであった。それほど、トレーナーとウマ娘の関係というのは、硬くそして素晴らしいパスなのだ。

 

 もし私が、そのトレーナーの立場に立てる権利があるのなら。もし私に、それを許してくれるのなら。

 少しだけ、挑戦してみたい気持ちが沸き上がってくる。私が担当したウマ娘が、果たしてどれ程の高見へと至れるのか。

 

「……分かりました。そういうことでしたら、是非やらせてください」

「歓迎ッ! 素晴らしい返答だ。では早速契約へと移ろう!」

 

 理事長室の横にある応接席へと案内され、一枚の紙を渡される。『トレーナー契約書』、これに記入する事で、晴れて私はトレーナーとして職に就く事はできる。

 こういっては何だが、実は引退後の進路というのは、未だ決まっていなかったのだ。ウマ娘が就ける職というのは、かなり限られていたからなのかもしれない。配達業とかが主な案として浮上する程に。

 だからこういう形で、職に就けたというのは、ある意味ラッキーだったのかもしれない。

 

「……名前」

「長考。好きに決めるといいぞ!」

 

 偽名を使うとは言ったが、咄嗟には思いつかなかった。安直な名前にすれば、すぐに身バレしてしまう。あ、身バレといえば、トレーナーやっている間は耳と尻尾も隠さなければならない。やれやれ、やる事が多くて困る。

 それでも私は、一度やると決めた事はとことんやる主義だ。ここで潔く諦めるわけにはいかない。担当するウマ娘が、同じような性格になってしまったらどうしようと、少しばかり苦笑する。

 

「……松橋(まつばし)神楽(かぐら)……?」

「驚愕ッ! 何か由来でもあるのか!?」

「いや、特には。小さいころお世話になってた場所が、松橋ってところなだけです。神楽は適当……」

「承知ッ! 適当というのは実に君らしい!」

「馬鹿にしてますよね」

 

 理事長は白を切る。くっ、昔から理事長の扱いは苦手だ。すぐにこうやって言い逃れをする。でも君らしいというのは正直反論が出来ないのでこちらもスルーしておく事にする。昔から何もかも適当なのだ、自分は。

 

 ――こうして、シンザンは。

 いや、松橋 神楽は、トレーナーとしての新たな人生に、一歩踏み出したのだ。




名前の由来は、出身の牧場である松橋牧場からですね。
神楽は適当w
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