新世代アグネスママオン   作:かなわ

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あとは下ー2を投下して終わりです。


外典ダイワスカーレット 下ー1

 焦りの感情は競技者にどう影響するか。

 もしあなたがトレセン学園のトレーナーで、ウマ娘を一人担当受け持っていたとする。

 あなたの担当ウマ娘は周囲のレベルに置いていかれまいとするあまり一人で夜トレーニングをしていたとする。明らかなオーバーワークだ。あなたの目から見て、遠からず体を壊すことが予想される。

 そんな担当を見たら、あなたはきっとメンタルケアとトレーニングメニューの見直しを検討しながら「焦るな。休む時は休め」と声をかけるのではないだろうか。

 

 

 あるいは、レース中にあなたの担当ウマ娘がかかってしまったとき、あなたは内心「焦るな」と思ったりしないだろうか。

 

 

 ダイワスカーレットは公道を走っていた。

 

 

 走るのに適さない靴は、地面からの衝撃を疲労に変える。そして思うように速度が出なくなる。速度がでなければ時間がかかる。そして彼女が抱えている問題は時間制限付きだった。

 大体の場合焦りは碌な結果を齎さない。

 すなわち、一瞬の浮遊感。衝撃。

 縁石を跨いだつもりだったが、思ったより疲労があったのか距離感を誤ってしまった。足が上がらなかったのかもしれない。ともかく、その結果コンクリートの歩道に投げ出される。せめてもの幸はあまりスピードを出していなかったことだが、それでも並の人間より速い。転がって受け身をとったものの、擦りむいた両手から血が出ていた。今は気付いていないが、他にも怪我を負っている。膝にも、顔にも。

 

 

 

 打撲の衝撃に身動きが取れなくなったダイワスカーレットだったが、転んだ拍子に外れてアスファルトの地面を転がったティアラが目に入った瞬間、機敏に動き、回収した。

 大切な宝物。忙しいママが入学祝いに買ってくれたティアラ。

 傷がないか確かめる。少しだけ削れてしまっている。宝物が。視界が滲む。

 反射的にダイワスカーレットは思った。なんで。

 なんでアタシはこんなことしてんの。馬鹿な理由で走って転んで、ママにもらった大切な物まで傷つけて。

 青い宝石に問いかけた。返答は? 母に誓った誇りのため。

 

 

 しばしの沈黙。

 ダイワスカーレットは強引に涙を拭って立ち上がると、ティアラをいつもの位置にセットして再び駆け出した。

「あーもうっ!!」 泣いてばっかりだ!

 

 

 アタシは言った! ママに約束した! 一番になる! レースだけじゃなくて、何時でも何処でもそう! だから、転んだ程度じゃめげないのよ!

 ダイワスカーレットは走った。すると、さっき転んだ時についた傷が痛み流血を訴え始めた。

 それがどうした!!

 傷だらけの手のひらに、彼女はあえて爪を立てて硬く握りしめた。赤い血に流れる誇りを逃さぬように。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 だがいくら努力しても限界は訪れる。

 先ほど転倒した折に携帯電話は壊れてしまっていた。もともと調子が悪く、次の土日で買い替えようと思っていたものが、ここにきて逝ってしまったらしい。最悪のタイミング。

 だからダイワスカーレットは最後に見た地図と住所が書かれたメモ紙を頼りに移動してきたのだが、そのせいで余計な体力と時間を使い精神的にも消耗していた。

 残り時間はあと1時間を切った。

 今ならまだ間に合う。そう、今なら。今見つけて連れて帰れば間に合う。だが、いない。

 挫けてはいない。だが、疲労は確実に彼女を蝕んでいた。

 時間もない。住所にたどり着けていない。仮に住所にたどり着けたところで居るかも分からない。

 居たとしても、本人が来るかどうかさえダイワスカーレットには分からないのだ。

 根拠なんてただの夢でしかない。自分は今まで、吹けば飛ぶようなものに縋って動いてきた。頭がどうかしている。

 

 

 疲労は心と体を蝕む。息は完全に上がってしまっている。足は疲労により震えている。走った距離は適正距離のレース何本分だろうか。スタミナは底を突いていた。

 

 

 疲労は心と体を蝕む。希望がない。何を支えに走ればいいのか。

 もう良いだろう。もう頑張った。“母“も、きっと認めてくれるに違いない。ダイワスカーレットは最大限努力した。それこそ血が滲むほどに。だが、ああ、時間は無情だ。こうして突っ立っている間にもどんどん期限は迫ってくる。せめてあと1日あれば、あと1日あれば私はきっと夢で見たあの男を見つけ出し、どんな手を使ってでも説得し、アグネスタキオン先輩の退学を止めることができただろう。誓ってもいい。だが、知るのが遅すぎた。心の中で別れを告げる。

 さようなら、タキオン先輩。さようなら、ママ。太陽は落ちていっている。

 

 

 完全に意気消沈したダイワスカーレットは、自分が失敗したことをシンボリルドルフに伝えようと携帯電話を取り出した。画面は割れて真っ暗だ。あ、壊れてたんだっけ……。仕方がないので公衆電話を探して歩き出した。

 その時だった。

 

 

「…………居たっ」

 黒いウマ娘が駆け寄ってくる。名前は知っている。アグネスタキオンとよく一緒にいる姿を見かけていた。彼女はマンハッタンカフェという。

 

 

「こっち……です……!」

 マンハッタンカフェは有無を言わさぬ強い力でダイワスカーレットの腕を掴み上げると、強引に引っ張り走り出した。

 急な登場にダイワスカーレットは驚きを隠せなかった。カフェ先輩が、なぜ。

 

 

「はあ? ちょっ、ちょっとなんですか!?」

「話はあと……、あなたを連れて行来ます……、あなたのお友達に……、頼まれたので……」

「何処に!? お友達って!? それに私は今用事が」

 

 

 マンハッタンカフェは急に止まった。ダイワスカーレットは転びそうになる。

 文句を言おうとしたが、思わず息を呑む。マンハッタンカフェの静かな意思の籠った瞳とかち合う。

 

 

 

「行くべきところへ」

 

 

 

 ダイワスカーレットは、なんとなくマンハッタンカフェが自分に不利益を齎すために来たのではないと気づいた。

 それからゴールドシップに言われたことを思い出す。一人の力には限界がある

 

 

「場所、知ってるんですか」

「知ってます……、案内……、してもらってるから……」

「……手、放してください。自分で走れますから」

「分かり……、ました……」

 

 

 ダイワスカーレットの手を離すや否や、マンハッタンカフェは振り返りもせず駆けていく。公道で出していいスピードじゃない。ダイワスカーレットは体に鞭打って追走した。

 

 

 要領は分からないがとにかく場所を知っているらしい。

 ダイワスカーレットはここに至って流れに身を任せてみることにした。

 捨て鉢になったともいう。

 ダイワスカーレットは少しばかりしか回復していないスタミナで必死にマンハッタンカフェの跡を追う。脚も、肺も、心臓も休みを欲している。だがその足は止まらない。尽きたスタミナの代わりに足を動かすものの正体は希望という名前だった。

 ああ、旅は道連れ世は情けか。

 征け、ダイワスカーレット! 緋色の太陽はまだ沈んじゃいない!

 

 

 

 ホラー系不思議ちゃんことマンハッタンカフェの案内は意外にもすぐ終わった。

 探していた住所は大通りを挟んだ反対側だった。今まで見つからなかったのは片側ばかり探していたせいだ。

 こんな近くにあったなんて。

 ダイワスカーレットは己の迂闊さを悔やんだが、反省は後だ。

 すぐそこにーー頭痛ーー初めて見るのに見覚えのある2階建ての一軒家が見えてきた。確かアタシはーー頭痛ーー引っ越す前はここに住んでいた。

 マンハッタンカフェの案内が終わる前に目的地を確信した。

 

 

 マンハッタンカフェは敷地の手前で止まった。

「すいません……、私は……ここまでみたいです……」

 居なくなりはしないみたいだが何か事情があるようだ。決してドアまで近寄ろうとしない。だが、それならそれでいい。案内してもらったらあとは自分の務めだ。何より、何より元々は自分が勝手に始めたことだ。

 

 

 意を決し、敷地に入った。扉の前に立ち、インターホンを押す。またしても既視感、そして頭痛。インターホンの位置にしてもそうだが、違和感がないのが逆に違和感がある。

 人物は出てこない。もう一度インターホンを押す。反応はない。もう一度インターホンを押す。反応はない。インターホンを連打する。反応はない。

 

 

 一瞬にしてダイワスカーレットの顔から血の気が引く。そんなまさか、ここまで、ここまで来たのに?

 もう形振り構っていられなかった。扉を叩きながら呼びつける。

「すいません!! 誰か居ませんか!? すいません!! トレセン学園の者ですけど!! いたら返事をして下さい!!」

 ドンドン! 反応はない。

 それからも何度か問いかけを繰り返した。奇異の目で見られることも気にせず。

 だがそれからも反応はなかった。

 ダイワスカーレットは立って居られなくなり、扉の前でへたり込んだ。

 そんな彼女に横から声をかける男がいた。

 

 

「うちに何か用かい? 凄い声がしたけど、何か困りごと?」

「っ!」

 

 

 力なく振り向くと、ダイワスカーレットは途端に飛び上がった。次いで目の前の男性をまじまじと見る。不思議と安心感が湧いてきた。

 探してたトレーナー、夢の中で父親だった男。

 ダイワスカーレットは居住まいを直した。とにかく事情を説明しなくては。

 

 

 

「あの! 私トレセン学園の生徒で、中等部のダイワスカーレットって言います。申し訳ないんですが、今からトレセン学園まで来ていただけないでしょうか!」

「……何か急ぎっぽいけど、私は今日はこのあと結構大事な用事があってね。学園からは何も連絡が来てないし、もし君の個人的な要件なら日を改めてもいいかい?」

「だめ! じゃなくて、お願いです。来てください」

「何かあったのかな」

「アグネスタキオン先輩が退学になっちゃうんです。でも今日の18時までにトレーナーがつけば退学にならなくて済むんです。お願いです。あなたしか居ないんです!」

 頭を下げる。

 

 

「……君はもしかして、私が彼女をスカウトしてた所見ていたのかな、断られたところも」

「あ、いえ、そうじゃないんですが……」

「ふむ、まあいいか。それで彼女はスカウトを受けると?」

「え、あ、えっと、見てから、決めると」

「つまりはっきりしてないんだね」

「はい……」

「……どうしたものか。よりによって今日か……」

 

 

 お願い、動いて。

 願いとは裏腹に、沈黙が漂った。今は暇がない。考えている時間すら惜しいというのに。何をのんびりしている。時間がない。

 一体何を迷っているのか。焦るあまり、ダイワスカーレットは相手の事情を何も知らないが、ブチギレた。

 

 

「うっさいわね……」

「え?」

「うるさいって言ったの! いいからはっきりしなさいよ! 来るの!? 来ないの!? 言っとくけど、ここで逃したらあんた一生タキオン先輩と会えないのよ!? 分かってる!?」

「ええ……?」

 

 

 一生会えないかどうかはわからないが、多分そんな気がする。だから今日しかない。

 急に怒鳴られた男性はかなり驚いているようだ。だがダイワスカーレットは止まらない。この家に着いた時点で、止まる段階はとっくに過ぎた。

 まただ、夢の記憶がリフレインする。まるで現実のような質量を帯びてフラッシュバックしてくる。

 ああ、私はおかしくなってしまった。 自分が自分で抑えられない。今までこんなことはなかったのに。

 理性は止まれと叫んでいるのに、心は進めと叫んでいる。どっちが正しい? どちらが私なの? 私は何なの? 答えは知っている。私はダイワスカーレット! 父と母の子供、ダイワスカーレットよ! ヤバレカバレ!

 

 

 この人が、子供の私に伝えた言葉が蘇る。子供の頃に、パパから聞いた言葉が蘇る。

 

 

『いいかいスカーレット、人生にはーー』

「何を迷ってるのか知らないけど、自分で言ったことくらい守りなさいよ!」

 

『人生には指針がある。困難に突き当たった時は困難の中に、自分にとって大事なものがないか良く確かめてーー』

「人生には指針があるんでしょ!? 難しくても大事なものがある時は勇気を出して頑張れって、そっちを選べって」

 

『もし有ったら、ちょっとだけ勇気を出して頑張りなさい』

「あんたにとってタキオン先輩は大事じゃないの!!? 根性出しなさいよ!!!」

 

 

 

 言い切った。またしても沈黙が漂う。

 言い切ってからダイワスカーレットは己の失策に気づいた。大事な方を選べって、この人が用事を選んだら、タキオン先輩を切り捨てたらその時点で終わりじゃないか。何やってんのよ、アタシ。

 もうやだ……。なんで、今日はこんなに失敗してばっかり……。

 

 

 だがダイワスカーレットの心配は杞憂に終わった。

 

 

「よし行こう。……あ、ちょっと待っててくれ。車の鍵と上着をとってくる。トレセンバッチをつけたままなんだ。あれがないと不審者扱いされてしまうからね」

「え?」

 今度はダイワスカーレットが驚く番だった。聞き間違いじゃなければ今なんと?

「でも用事があるんじゃ……」

 

 

 

 男、トレーナーはさも可笑しそうに、

「君がそれを言う? 全く不思議な娘だなあ、僕の父と似たようなことを言ったかと思えば、次はこれだ。大丈夫、女の子を助けるためだったって言うさ。きっと納得してくれる」

 その口調はとても優しかった。

 ダイワスカーレットは「ありがとうございます!」と言って頭を下げた。

 

 

 男は速やかに上着と車の鍵を取ってきた。

 帰りが車なら幾分か余裕ができるはずだ。

 男が車のロックを外すとダイワスカーレットに目線で合図した。それを受けてダイワスカーレットは車内に乗り込む。いつの間にかマンハッタンカフェもいる。

 

 

「ていうか君怪我してるじゃないか。ちょっと待ってて、救急キットがあるから」

「私のことはいいです、ホントにいいですから、その代わり急いでもらえませんか?」

「分かった……あ、ごめんスカーレット」

 男は車のエンジンをかけると何かに気づいたようだ。

 ダイワスカーレットはちょっと嫌な予感がした。なんだ、まだ何かあるのか。

 

 

「実は車がガス欠で……マジで全然無くて、そういえば今日入れようと思ってたんだけど、多分学園までもたない」

 ダイワスカーレットはキレそうになった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 車が使えない状況で、結局どうしたかというと。

 

「次はどっち!?」

「2個目の交差点を右! ふぐッ!」

 

 

 ダイワスカーレットとマンハッタンカフェの二人でトレーナーを担いで行くことにしたのだ。

 人一人ぶんの重量を担いで早く走ることはできないが、二人なら、というやつだ。

 だがそのせいで担がれてるトレーナーの胴体にはかなりの負荷がかかっており、だいぶ辛そうだ。だが辛いのはみんな同じだ。ダイワスカーレットは鬼になった。

 

 

 一応タクシーを使おうという案も出たが。

「スカーレット、たんま、タクシーを使おう、ぷりーず」

「みんなお金ないんだから仕方ないでしょ! あんたがお金降ろすったってそんな時間もないのよ! 我慢しなさい! あとこっちの方が速い! で次はどっち!?」

「ふげッ!?」

 

 

 最初に会った時の丁寧さはどこに行ったのか。ダイワスカーレットはトレーナーに対し一切の遠慮を失っていた。父親に対しては大体こんな感じだ。

 

「うるさい! 危ないからじっとしてて! あと道案内にも集中しなさい!」

「無茶言うなっ! ん危な!? そこ真っ直ぐ!」

 

 この男は重いし、カフェ先輩と二人も担いで走るのは大変だったけど、ダイワスカーレットは何だか元気になっていった。

 多分、一人じゃないからだと思う。

 

 

 こうして担がれる男という新たな都市伝説が生まれた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 人を担いで走るという、トレーニングでもやらない状況下だったので誰も気づいていないがダイワスカーレットの眼は緋色に輝いていた。

 

 これは……表現的な比喩ではない!本当に輝いている!

 この光こそ別の世界の未来において、かの大賢アグネスタキオン博士が今後50年誤差±10年以内に彼女の夫とともに発見し立証する新世代のレース理論の土台となるもの。

 一部のウマ娘だけが辿り着く境地であり、特殊な瞳を持たぬ物には目撃すら叶わない。

 ウマソウルの力を引き出したウマ娘にのみ発現する特殊発光現象であった。

 ウマ娘によってはこれが稲妻のようなオーラであったり白い景色であったりする。

 観測手段の乏しい現代においてはごく一部の限られた才能を持った者にしか見ることができていない。

 

 

 

 知見深い諸兄においては何を当たり前のことを、と思うかもしれないがあえて説明しよう。

 三国志における巨星英傑の代名詞たるウマ娘セキトバは、その類稀なる武芸の冴えにて大陸中に名を轟かした。そんな彼女は幾つかの文献中にて“戦に及んでは山火事のような赤肌となり“、とも、“眼光は夜を昼に変えた“などと記されている。

 これは、彼女が戦場においてウマソウルの力を引き出していたこと、また非常に深い水準の覚醒であったことが伺える。

 

 

 ダイワスカーレットは確かに限界を超えていた。

 なぜか体にあった疲労が回復している。それはいったい如何なる作用の結果なのか。

 マンハッタンカフェは不気味な沈黙を保っている。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 二人と荷物一人がトレセン学園に着く頃には、回復した体力も消耗していた。

 ゼエゼエ、はあはあと洗い呼吸。険しい顔。今のダイワスカーレットはツインターボも泣きながら裸足で逃げ出すような形相をしていた。無論、逆噴射である。

 疲れていても足は止まらない。担がれていたトレーナーは気絶している。色々とあたりどころが悪かったのだ。

 

 

「止まりましょう……」

 

 

 マンハッタンカフェの声かけによってダイワスカーレットはやっと止まった。門の手前でどさりとへたり込む。トレーナーもついでに落ち、呻き声を上げた。どうやら衝撃で目が覚めたらしい。

 

 

 マンハッタンカフェは門の前で立ち止まると、表情のない顔で沈んでいく太陽を眺めながらダイワスカーレットに告げた。

「……スカーレットさん……、私の手助けは、どうやらここまでのようです……。あとは貴女の意思と力が導くでしょう……。ダメそうなら私を探して下さい……」

「はあはあ……。カフェ先輩……?」

 

 

「あなたなら、きっと大丈夫。私の“友達“を、よろしくお願いします……」

 ダイワスカーレットはへたり込んだまま声のする方向を見たが、まるで最初からいなかったかのように誰もいなかった。

 周囲を見渡してもこれから出かけようとするトレセン学園のウマ娘しか見当たらない。彼女たちはダイワスカーレットの方を見ながらヒソヒソと小声で話している。

 

 呆然としていると、トレーナーが頭をさすりながら寄ってきた。彼は担がれているとき街路樹に頭をぶつけているのだ。

「いててて……。安全運転でって言ったじゃないかスカーレット……。あれ? 黒い子は?」

 いつの間にかトレーナーはダイワスカーレットのことを“スカーレット“と呼ぶようになっていた。

 だが、気にする点はそこではない。

 

 

「カフェ先輩のこと……?」

「ああ、そうそう。カフェっていうのかい、あの子」

「先輩は……、どっか行っちゃったわ」

「そっか。今度あったらお礼言わないとね」

「そうね……」

 

 カフェ先輩はどこへ消えたのだろうか。お礼。言えるのだろうか。

 ダイワスカーレットは呼吸を整えながら、先ほどマンハッタンカフェから言われた言葉を思い出していた。

 “私の友達をよろしくお願いします“

 託された。多分、託すためにここまで手伝ってくれたのだ。なぜだかそう思った。影の様にいなくなってしまった事にも疑問を抱かなかった。

 

 

「それで、トレセン学園に着いたけどこれからどうするんだい?」

 

 

 未だ呆然としていたダイワスカーレットは、トレーナーの言葉で我に返った。

 そういえば、ダイワスカーレットは細かい説明を一切していなかった。

 要点だけ伝える。

 18時までに申請用紙を出し、アグネスタキオンに専属トレーナーがつかなければ彼女は退学になってしまうこと。

 

 

「なるほどね……。あと…約25分か。ギリギリだ。しかもアグネスタキオンが俺のことを認めなければそもそもの前提が成り立たないときてる。彼女がどこに居るかも分からないのに。ふふ、ひりつくなあ……、こういうの……」

 トレーナーは笑っていた。静かだが、どこかタガの外れた瞳。

「彼女の居場所、あてはあるのかい?」

「ないわ、だから、これから探すの」

「そうか……」

 呼吸はだいぶ整ったが、ダイワスカーレットの顔は相変わらず険しいままだ。現実が見えているのだろう。

 再び焦り始めたダイワスカーレットに反してトレーナーは黙考していた。

「化学室……機材の撤去……グラウンド……ターフ……生徒会……呼び出し……応じるか……寮……最終的なゴール……タキオン……」

 ダイワスカーレットは思う。さまざまな可能性があっても、自分はこの人物に賭けるしか無いのだ。やがて考えがまとまったのか、トレーナーはダイワスカーレットに切り出した。

 

 

「……俺はこのまま理事長室に行こう。生徒会室に寄って、放送アグネスタキオン宛の放送を入れてもらってから。放送を聞ける場所にいるとも、聞いたからといって来るとも限らないが、やらないよりかはマシだ。それから理事長室に、この時間なら確実にまだいる。理事長もTZNさんも。申請用紙は理事長室にもある。最悪時間までに来なかったら直談判だ。土下座でもして時間を稼ぐよ。大丈夫、きっとどうにかなる」

 

 

 どうにかなる、というのは多分に希望的観測が含まれていた。それでもトレーナーは大丈夫と言った。目の前の、険しい顔の奥で今にも泣きそうなっているダイワスカーレットのために言った。間に合わなければ土下座でもなんでもするつもりだった。それ以外にも、手段を問わずになんでもやる覚悟を決めていた。なんなら例の企業との話を、切り札を切っても構わない

 アグネスタキオンはそこまでやるに値するのか? もちろんそうさ。 トレーナーは直感を信じることにした。

 大丈夫と言ったトレーナーの眼差しは、子供をあやすような優しいものだった。

 

 

「スカーレット、君は寮……寮長には僕から連絡を入れるから、それ以外に彼女がいそうな場所を探してくれ。場所は任せるよ。できるかい?」

「はんっ……あんた、誰に言ってんのよ。これは私が始めたことよ。学園中探してでも必ず見つけるわ。あんたはタキオン先輩を口説く文句でも考えてなさい」

 ダイワスカーレットは強がってみせた。はったりだが、腹は据わっていた。二人の様はどこか似ていた。

 二人は、少しだけ視線を合わせた後、弾けたように別々に走り出した。

 今やダイワスカーレットの胸に不安は微塵も無い。頼もしい仲間が不安を背負ってくれた。

 

 あるのは目的遂行の意思と誇りのみであった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 夕日は今にも沈もうとしている。

 運命的なことに、トレセン学園のある座標において今日の日没は1800iだった。つまり制限時間は太陽が沈むまで。

 ダイワスカーレットはその事実を知らないが、沈む太陽とだんだん暗くなっていく風景は視覚的に彼女を追い詰めていた。

 だが、やめられない、止まらない、諦めない。

 屋外は探した。いつも居る場所は限られている。あとは屋内だ。どこだ、体育館か? いや、きっと化学室だ。何よりも実験を優先するアグネスタキオンならそこにいる可能性が高い。居なければ? この足で探すのみだ。

 

 

 時間がない。ダイワスカーレットは決断的に行動した。化学室へ矢の如くひた走る。

 遠くから、見える! 人影が一つ!

 廊下につくダメージなど無視でダイワスカーレットはさらに加速した。廊下にいるウマ娘たちは実際障害物のようであった。だが、ダイワスカーレットは高速で動く視界の中、決定的な進路を見出し巧みに重心移動とステップ! 

 追い抜かれたウマ娘はまるでダイワスカーレットが自身をすり抜けてた行ったように感じた。それはまさしくウオッカの走りであった!

 そして到着! ドアを力の限りスライド! ドア破壊重点!

 

 

「タキオン先輩っ!!」息も絶え絶えに叫ぶ!

 だが、そこに居たのは門の前で別れたはずのマンハッタンカフェであった。スカーレットの絶叫に振り向くと、黒い髪が絹のように夕日を反射し輝いた。

 

「カフェ先輩!? どうしてここに!? あの、タキオン先輩がどこにいるか知りませんか! ああ、違う、そうじゃなくて、あの、さっきは手伝ってくれてありがとございます。それで、アタシ今もタキオン先輩を探してるんです! 知ってたら教えてください! タキオンさんは何処にいますか!?」

 

「あなたは……、そう、そういうことなんですね……。大丈夫です。話は聞いています……」

 

 マンハッタンカフェの応対は今日出会った時のように要領を得ない物であった。

 

 

「知ってるんですか!? 知らないんですか!?」

 余裕の無いダイワスカーレットの剣幕にややビビりながらも、マンハッタンカフェは道を示した。

 

「その……、分かりませんが、分かります。彼女は、バクシンオーさんに追いかけられて、いるので。ホラ、聞こえてきました」

 

 聞こえてきた、というマンハッタンカフェの言葉に合わせて耳を澄ませると何やら騒ぎが聞こえてきた。

 バクシンバクシーン! トリャー! アッハッハッハツカマッテシマッタネェ! モウニガシマセンヨアグネスタキオンサン! オトナシクオナワニツイテクダサイ!

 

 今、間違いなく「アグネスタキオン」と聞こえて!

 しかも、ここからそう遠くはない!

 

「見つかった、ようですね……」

「はい! 失礼します!」

 

 ダイワスカーレットは軽く頭を下げ感謝すると勢いよく駆け出していった。

 

 誰もいなくなった化学室でマンハッタンカフェの独白が響く。

「これが、私がこの部屋にいた意味ですか。これで、良かったんですね……?」

「……」

「そうですか、それなら、よかった。でも、もう、帰るんですか?」

 

 彼女の独白は明らかに誰かと会話しているようなものだったが、化学室には彼女一人だけだ。

 だが気づいただろうか。夕日が照らす影は一つではないことに。

 

「……」

「きっと、大丈夫、ですよ。……タキオンさんは……」

 

 マンハッタンカフェが耳を澄ますと「やっと見つけた! タキオンさん!」という声が聞こえてきた。マンハッタンカフェは、ダイワスカーレットを待つ間に冷めてぬるくなったコーヒーを啜った。

「……ほらね」

 

 




没案


 ダイワスカーレットの眼が緋色に輝く。これは……表現的な比喩ではない!本当に輝いている!
 この光こそ別の世界の未来において、かの大賢アグネスタキオン博士が今後50年誤差±10年以内に彼女の夫とともに発見し立証する新世代のレース理論の土台となるもの。
 一部のウマ娘だけが辿り着く境地であり、特殊な瞳を持たぬ物には目撃すら叶わぬ奇跡。
 ウマソウルの力を引き出したウマ娘にのみ発現する特殊発光現象であった。
 ウマ娘によってはこれが黒いオーラであったり白い景色であったりする。
 もっとも観測手段の乏しい現代においてはごく一部の限られた人間にしか見ることができないが。


 この世界で発見があるかどうかは、今のダイワスカーレットにかかっている。


 知見深い諸兄においては何を当たり前のことを、と思うかもしれないがあえて説明しよう。
 三国志における巨星英傑の代名詞たるウマ娘セキトバは、その類稀なる武芸の冴えにて大陸中に名を轟かした。そんな彼女は幾つかの文献中にて“戦に及んでは山火事のような赤肌となり“、とも、“眼光は夜を昼に変えた“などと記されている。
 これは、彼女が戦場においてウマソウルの力を引き出していたこと、また非常に深い水準の覚醒であったことが伺える。

 なお現代のセキトバとも称されるシンボリルドルフであるが、実は彼女はウマソウルの力を引き出したことがない。
 しかし、このことは却って彼女の強さを引き立てている。


 ダイワスカーレットは走った。相変わらず肺は軋み、両足は重く意図した通りに前に進まないが、明らかに普段の自分より調子がいい。
 これなら行ける!


 ダイワスカーレットはトップアスリートと同じようにウマソウルの力を引き出した。いや、同等以上に引き出したと言ってもいい。
 なぜなら彼女がこの時走った距離は約6キロメートル。エネルギー効率最悪の革靴で成人男性を抱えたまま、ステイヤーですら悲鳴をあげる超長距離の全力疾走を果たした。だが、それは明らかに限界を超えた力であった。
 ただでさえ低血糖状態にあった肉体は、筋肉を分解しながらエネルギーを取り出し体を動かしていた。そこにこの全力疾走である。
 調子がいいと感じたのは体力の前借りをしていたからだ。
 だから借りた分を使い切った後は、容赦のない取り立てが待っていた。



 ダイワスカーレットはトレセン学園の門を潜った瞬間崩れ落ちた。抱えていた男性も投げ出される。大きな怪我を負っていないのはスピードが落ちていたからだ。
 受け身を取ったトレーナーは痛みに顔を顰めながらも、すぐに復帰してダイワスカーレットに駆け寄る。
 自分のことよりも、何よりもウマ娘を優先する男だった。それ故にダイワスカーレットの異常はすぐに気づいた。
 彼女の顔面は赤を通り越して土気色になっていた。著しい酸欠だ。運動量に反比例して汗が少ない。痙攣もある。そして指先は冷たい。視線は小刻みに動いている。
 限界を超えた運動の代償だった。
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