ダイワスカーレットが17歳の時です。
うちの世界線ではダイワスカーレットがシンボリルドルフ世代の次の代の生徒会役員です。
1
ダイワスカーレット(17)はタクシーのシートに背中を預けながら外の景色を眺めていた。タクシーの中は暖房が効いているのでコートは畳んで膝の上に置いてある。
シートベルト。斜め。その胸は豊満であった。
車はちょうど街中を走っている。歳の暮れということもあって、どこもかしこも年末セールらしい。途中、いくつか気になった店を見つけたが、彼女を乗せたタクシーは躊躇いなく通り過ぎていった。
前から気になっていたブランドのある商品が安くなっていることを目敏く見つけ、思わず窓越しに反応してしまったダイワスカーレット(17)だったが、運転手は気づいているのかいないのか、粛々と車を走らせるだけだった。
折悪しくも店が視界から逸れる前に信号で止まってしまい、ダイワスカーレットは発進するまでの束の間、「(ふぬぬぬぬ……!)」と欲望を断ち切ることに苦労するのだった。
信号が青になり、店が離れていく。
ダイワスカーレット(17)は欲望を忘れるようにため息をつくと、窓に近づけていた顔を離し、再びシートにもたれかかった。豊満。窓は吐息によって曇っていた。
タクシーは走る。今日は曇りだ。年末の曇天が空を覆っていた。道は混んでいるが渋滞というほどでもない。この分ならあと2時間もせずに実家へ着くだろう。
彼女は年末年始の帰省途中であった。
ダイワスカーレット(17)が車窓から外を眺めていると、白髪の運転手が声をかけてきた。
「そうそう、ダイワスカーレットさん、確認なんですがね、お迎えは1月4日でお間違えないですか」
迎えの日付の確認だった。彼はトレセン学園と提携している会社のドライバーであり、公共交通機関では何かと絡まれやすい人気ウマ娘たちの運搬役をしている。
運転席からはダイワスカーレット(17)の横顔が見える。
迎えの日付は1月5日でも良かったが、生徒会副会長としてやるべきことがあったのだ。
「そうです。それでお願いします」
「はいこちらこそ。時間の指定も、特になければ14時に迎えにあがりますから、変更する際は前日までにご連絡くださいね」
「ええ、分かりました」
これまでも何度かこの送迎サービスを利用したことがあったのでダイワスカーレット(17)の対応は落ち着いている。
車は有料道路に差し掛かった。道路からは街全体が見渡せる。この景色を見ると、実家が近づいてきたな、という実感が湧く。
「(今の所、13時半には、着く予定です、と)」
ダイワスカーレット(17)は、家族に到着予定時間を連絡するとスマホをカバンにしまい、膝に畳んで乗せていたコートを毛布がわりにして上体を包んだ。
それから少しもぞもぞとして一番安定する体勢を探し終えると、彼女は母親譲りの整った顔をアイマスクで隠し、目を閉じて休み始めた。
窓に預けた頭が冷たく感じられたがタクシーの暖房で暖まった分だけちょうど良い。
しばらくすると、車内には日頃の疲れを表すかのような豪快な寝息が聞こえてきた。ウオッカが聞いていれば「寝息も一番(うるさい)とかキマってんな」と揶揄ったであろう。
運転手は、ダイワスカーレット(17)のあまりにも豪快な寝息に苦笑いしつつもミラー越しに「お疲れ様です」と小さく労うと、郊外に向けてできる限り静かに車を走らせた。
2
「お客さん、着きましたよ。ダイワスカーレットさん」
「スカーレットー、起きるんだよー。ママだぞー」
「んがががが……?」
「疲れてたんでしょう、起きませんねえ」
「すいません娘が、お手数おかけします。あ、これ丁度です」
「はい丁度いただきました。領収書は要りますか?」
「いえ、無しで」
「そうですか、では丁度」
ダイワスカーレット(17)は誰かの話し声で意識を取り戻した。アイマスクをつけといて何だが、ここまで深く眠るつもりはなかったのだ。寝ぼけた頭に、父親と母親の声が聞こえてきた。
えっ? と思った次の瞬間にはアイマスクが誰かの手によって退けられ、開いたドアから後部座席に身を乗り出した母親(アグネスタキオン)と目があった。「ママ?」「おはようスカーレット」いつの間にか実家に着いていたのだ。
母親は寝起きの娘に微笑ましげな様子だ。ダイワスカーレット(17)は母親に力強く抱き付いた。「ただいま! ママ!」「おかえりスカーレット。ほら、降りようか?」
荷物は全て下ろされている。料金の支払いも父親が済ませたらしい。「ただいまパパ」「スカーレット!!」父親は力強く抱きしめた。
ダイワスカーレット(17)は父親にもハグをして挨拶をした。
仕事を終えたタクシーは去っていくと木枯らしがびゅうと吹いた。
父親は、「うー、さむさむ」と娘の荷物を担ぎ上げ家の中へ戻っていった。後にアグネスタキオンとダイワスカーレット(17)が続く。
家の中はしっかりと暖房が効いており暖かい。
家のレイアウトは前回の帰省からあまり変わっていないようだった。ダイワスカーレットが母親に買って送ったバランスボールもそのままだ。ぱっと見埃を被ってはいないようなので、どうやら使われているらしいことに安心した。主に母親の運動不足について。
ダイワスカーレット(17)が手を洗っている時だった。アグネスタキオンは旦那との会話を切り上げ、おもむろに娘に近づいた。
「そういえばスカーレット、お昼は済ませたのかい?」
母親にそう言われるとダイワスカーレットは自分が空腹であることに気づいた。出発前に軽く済ませたが、やはりウマ娘の燃費ではお腹が空くのも速い。
「軽く食べたけど、お腹がすいちゃったわね。ねえパパ、何か余ってる?」
「そうだなあ、せっかくだからどこか食べにーー」
「丁度いいことにスカーレット、実はねえ、私の特性スープがあるんだよ」
「ママの手作り?」
「そうだとも」
「……や、やったあ、もちろん頂くわ!」
満足そうに話すアグネスタキオンとは裏腹に、ダイワスカーレット(17)は特性スープという言葉にビクッと反応した。
母親、特性と名前がつくなんちゃら、何も起きないはずがなく…。
ダイワスカーレットは母親に抱きつきつつ父にアイコンタクトを取った。
応答は……サムズアップ。父は荷物を持っていない方の手で答えを返した。どうやら味や成分的に問題はないらしい。ただ、父の顔には若干の苦労が見て取れた。つまり、例年通りのドタバタがあったのだろう。
ここにきてダイワスカーレットは弟の姿が見えないことに気づいた。
「そういえばバカ弟は?」
「あの子なら友達と遊びに行ってるよ」
「(あのバカ逃げたわね……)」
ダイワスカーレットの実家では父が料理を担当している。より正確にいえば母親以外だ。
父に言わせるとこれでも学生の時に比べたら改善されているらしいのだが、娘の自分から見ても母親の生活能力は結構ポンコツだ。特に料理は。普段作り慣れてないくせに実験と称して独創料理を作ったり、何でもかんでもミキサーにかけるのは勘弁してもらいたい。
だから、平時は絶対に母親をキッチンに立たせないようにしているのだ。
とはいえ、絶対に料理を作らせないのでは母親もフラストレーションが溜まる。そこで、アグネスタキオンに甘々な父がキッチンに立つことを許した数少ない機会が年末年始なのだ。なぜ年末年始なのか。要は、家族みんなで被害を分散しようとか、そういうことだった。
アグネスタキオンも基本的に生活能力がないので、数回ほど家族に料理を振る舞えば満足するのだ。そこを我慢すれば父の美味しい料理が待っている。
そういう家庭事情があるので、ダイワスカーレットの料理は父親譲りだったりする。
「ママの手料理なんて久しぶりね」
「ふふ、温めおくから着替えておいで」
「うん、ママ」
ダイワスカーレット(17)は手を洗い終えると、カバンと土産の入った袋を持って久方ぶりの自分の部屋へ入っていった。
部屋に入って荷物を置き、コートをハンガーにかけるとそのままベッドに倒れ込んだ。綺麗にベッドメイクされていた布団がダイワスカーレット(17)の体重を受けてくしゃくしゃになった。埃っぽい感じもないので定期的に掃除してくれているのだろうことが伺えた。
彼女はそのまま、何ともなしに天井を見上げ深呼吸をした。実家の匂いが胸一杯に広がると、ああ、帰ってきたな、という感じがする。
変わってない自分の部屋。パパもママも元気そうで安心した。というか全然変わってない。
ダイワスカーレット(17)はトレセン学園では生徒会として日夜を問わず責任を抱えており、またその一挙手一投足を見られている。慣れているとはいえ気が張っていたのだ。それが一気に抜けた。
両親に会って安心したのだろう。着替えるまもなくダイワスカーレットはまた眠ってしまった。
ダイワスカーレット「ママとパパが元気で嬉しい!」
父がいて、母がいて、淡々とした日常が幸せだったと気付くまでに。