新世代アグネスママオン   作:かなわ

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誰かナリタタイシンの一家を書いて。


新世代アグネスママオン 年末帰省編 下 記憶の中のN

5

 

「これももう着ないかしら、これも……、これもサイズが合わないわね」

 

 

 翌日、ダイワスカーレット(17)は部屋の片付けをしていた。

 帰省したばかりで散らかっているはずがない。クローゼットや押し入れの中にある着なくなった服や使わなかくなった物の整理をしているのだ。 

 

 

 その日は早朝から雪が降っていた。

 ダイワスカーレットが起床した時はすでに積もっておりランニングは断念せざるを得なかった。

 近くのジムも年末年始で休業である。

 遅めの朝食を食べたダイワスカーレット(17)は、特にやることもないのでなんとなく弟に絡んだり、論文を読んでる母親に抱きついたり、テレビを見たり、母親にくっつきながらコタツにもぐって動画サイトで過去のレースを見たりしていた。それも集中力が切れたので今は漫画を読んでいる。弟から徴収したものだ。

 

 

 こたつ自体も大きいのだが、ダイワスカーレット(17)に体を潜り込ませてその中身を占領し、首から上を出した状態で漫画を読んでいる。忍殺の刃という漫画だ。

「ねえアンタ、これの続きってないの?」

「……有るけど上にある」

「取ってきてー」

「……やだよ面倒臭い」

「いいから取ってきなさいよ、お姉ちゃん今こたつから出れないの」

「知らんし。ていうか俺もこたつ入りたいんだけど」

「入ればいいじゃない」

「じゃあちょっとどいてよ……このケツでか」

「はあ? なんか言った?」

「なんも言ってませーん」

 

 

 姉に鋭い目つきで睨まれた弟はこたつを諦めすごすごと退散した。別に部屋にエアコンあるし。無論、漫画を持ってくるつもりはない。読みたければ自分で取りに来ればいい。非暴力不服従。力で敵わない姉に対する精一杯の抵抗である。

 

 

 そうしてだらだらと時間の流れるままに過ごしていたところ、父親から部屋にある要らない物を処分したらどうかと言われた。

 今そんな気分じゃ無いし、と炬燵の中からぶーたれていたダイワスカーレット(17)だったが、午後ショッピングモールに行くとき好きなものを買ってあげると言われデカいケツ、もとい重い腰を上げたのだった。

 そうして今に至る。

 

 

「(これも今は趣味じゃないのよね。勿体無いけどあっても仕方ないし、捨てちゃいましょ)」

 

 

 主に気なくなった衣類を中心に片付けを進めていくとクローゼットの奥に段ボール箱を見つけた。

 中身は……思い出せない。何を入れたのだろうか。ガムテープの劣化具合から見て、ここ数年のものではなさそうだが。

 ダイワスカーレット(17)は中身を検めることにした。不要なら捨ててしまおう。

 段ボール箱を引っ張り出すと埃が舞った。「(マスクでもしてくれば良かったわね)」。箱はそれほど重くない。

 

 

 ダイワスカーレット(17)は箱の前にあぐらの姿勢で座り込むと、箱を留めていたガムテープを剥がした。経年劣化により粘着力は無くなっていたので大して力も使わずに開ける事ができた。

 そうした開いた箱の中には、小学生くらいの女の子が好きそうな人形やぬいぐるみが敷き詰められていた。

 一番手前にあったうさぎのぬいぐるみをてに取って記憶を探る。すぐに思い出した。引っ越しの時に詰め込んだのだ。

 

 

 ダイワスカーレットは人形やぬいぐるみにまつわるを記憶を可能な限り思い出しながら、丁寧な手つきで埃を払い、思い出を愛しむようにカーペットの上へ並べた。割と多い。

 これは誕生日に買ってもらったお人形。これは家族で旅行に行った時買ってもらったもの。これはーー。

 

 

「だいぶボロボロね……」

 

 

 ダイワスカーレットは段ボールからぬいぐるみを一つ取り出した。耳と尻尾のある、衣装を着た、おそらくウマ娘のぬいぐるみ。だいぶ傷んでいる。糸がほつれているし、わたも均等で無い。縫い目も粗い。なんとなく、自分で縫い直したような記憶があるが、すんなり思い出せたのはそれだけだ。

 

 「(なんのやつだったかしら……)」

 

ダイワスカーレット(17)は豊満な胸を押さえるように腕組を組み、眉間に思いっきり皺を寄せて何の縁の品か思い出そうと努めた。だが思い出せない。

 思い出そうとする意思につられて耳が力み尻尾が揺れる。

 この人形の存在を今まで思い出さず過ごしてきたなら、おそらく今ここで何も思い出さぬまま捨ててしまってもいいのだろうと思う。だが、何故かそれを良しとはできなかった。捨てるにしても、せめてこのぬいぐるみに関する記憶を思い出してからだ。

 とりあえず、一人で思い出せないなら仕方ない。誰かに聞こう。

 両親なら何か覚えているかもしれない。

 

 

 ダイワスカーレットはぬいぐるみを抱えて立ち上がるとリビングへ降りていった。

 リビングには父しかいなかった。

 また空腹を誘う甘い匂いが漂っていて、父がクッキーを焼いているのだとすぐ分かった。

 オーブンの横には、冷ましているのだろう、出来立てのクッキーが一枚ずつ並べられていた。

 ダイワスカーレット(17)はキッチンで作業している父の下まで近づくと、「パパー、ちょっと頂戴」と言ってからクッキーを何枚か取って食べた。「まだ熱いからね」「はーい」。出来立てのあつあつクッキー。バターとバニラの香りが口に広がる。相変わらず形は適当だが、味は最高だ。

 ダイワスカーレット(17)は手に持った分を食べ終わると本題を切り出した。

 

 

「ねえ、パパ。このぬいぐるみ見た事ない?」

「ん? ん〜……?」

 

 

 父は作業を止めずに顔だけ振り向いてぬいぐるみを見た。どうだろうか。

 

 

「ボロボロだな……。でも多分……いや、タキオンのぬいぐるみだ。ホラ、この部分。あいつが現役の時に出されたグッズで……。どこで見つけたんだ?」

「掃除中に見つけたの。どこで買ったのか貰ったのか思い出せないんだけど……、何か覚えてない?」

「んん〜〜〜、ここまで出かかってるんだけど、ちょっと思い出せんなぁ……。ママにも聞いてみてくれ」

 

 

 成績を残し、また人気のあったウマ娘はグッズ展開される。常識だ。

 とりあえずこのぬいぐるみがそれに該当すると分かった。結局いつ、何処で手に入れたかは分からず仕舞いだったが、手がかりが入っただけでもよしとする。時間が経てば何か思い出すかもしれないし、そうで無ければ母に聞いてみよう。

 

 

「そうする。ありがとパパ」

「どういたしまして、それと、ハイこれ」

 

 

 父に渡されたのはクッキーの入ったバスケットと紅茶の入った水筒だった。

 

 

「え! なに、全部食べていいの!? やった!」

 多くのウマ娘の例に漏れず甘いもの好きなダイワスカーレット(17)は思わぬプレゼントに喜んだ。

 

「違いまーす。ママに持っていってくれ。今“離れ“にいるから」

 

 違った。プレゼントでは無かった。ただのお使いだった。

 露骨にテンションの下がった娘に父は苦笑した。「雪降ってるのに……」「スカーレットの分も焼いておくから、頼んだよ」「はあ〜い」

 

 

 

6

 

 

 

 “離れ“。

 自宅に併設されたアグネスタキオンの実験室兼私室だ。

 企業によって用意された施設は私物化しすぎて注意されてしまったため、より個人的な研究や人目につくとまずい研究の類はこちらで行っている。

 家庭が抱えるにしては莫大な施設費と維持費については、狂気的にアグネスタキオンをサポートするモルモット兼夫の金策によって賄われている。もちろん借金や弱みに漬け込まれる心配は無い。モルモットの鏡である。

 

 

 うっすらと積もった雪にサンダル跡をつけながらすぐ横の“離れ“までやってきた。

 ダイワスカーレットはぬいぐるみと、父親から渡された雪よけの布が掛かったバスケットと水筒を片腕に抱え、離れの扉をノックした。うー寒ぶ寒ぶ。

 間を置かず、ロックの解除される音とともに扉が開き、白衣を着た母親が顔を出した。

 

「おや、どうしたんだいスカーレット」

「ママお疲れ様。おやつとお茶持ってきたわよ。今日はクッキーだって」

 バスケットと紅茶の入った魔法瓶を渡す。

 

「ありがとうねぇ」アグネスタキオンは受け取った両手でそのまま軽く抱きしめた。

 

「ねえママ、このぬいぐるみ見た事ない? パパにも聞いたんだけど、どこで手に入れたか忘れちゃったのよね」

「フゥン、ぬいぐるみのようだが……。ああ、思い出したよ」

「ホント!?」

「ママは嘘つかないよ。ほら、寒いだろうから入りたまえ。それが本題だったのだろう?」

 

 

 アグネスタキオンが嘘をつかないかどうかは諸説あるとして、母親は娘に付いた細かい雪を払ってやりつつ、私室に迎え入れた。

 デスクの上に散らかった書類を肘でどかして僅かな空白を作ると、そこにバスケットを置き、水筒の蓋を開けた。

 娘には水筒のコップ、自分は……使いっぱなしのマグを用意して紅茶を注ぐ。白い湯気がもうもうと立ち込めた。

 一番手前の椅子を弾いて娘に渡してやると、自分はデスクに軽く寄りかかった。

 

 

 ダイワスカーレットは礼を言ってから紅茶を口に含んだ。冷えた体に丁度良い。

 アグネスタキオンは娘が一息ついたのを見計らって口火を切った。

 

 

「そのぬいぐるみは……、スカーレットが5歳の時だったかな。〇〇遊園地のUFOキャッチャーでーー」

 

 

7

 

 

 ある日、一家は都内に在るテーマパークに来ていた。

 海外出張で両親ともに不在。夫の実家に預けられて寂しい思いをしていたダイワスカーレット(5歳)の穴埋めのためだ。

 最初はむくれていたダイワスカーレット(5歳)であったが、徐々に機嫌をなしていった。それはアトラクションの効果ではなく、両親と一緒にいる時間がそうさせたのだろう。

 

 

 ひとしきり遊びベンチで一休みしていたところ、ダイワスカーレット(5歳)はたまたま目についたゲームセンターに興味を示した。

 今日は娘の好きにさせると決めていた両親は、ベンチの横で買ったジュースを飲み干し娘と手を繋いでゲームセンターへ足を運んだ。

 ゲームセンター自体は他のアトラクションに比べて小規模であり、型の古いシューティングやレースの筐体、UFOキャッチャーがメインであったが娘はそんなことを気にしておらず、初めて訪れたゲームセンターというものに興味津々の様子だ。

 

 

 アグネスタキオンが、手を離して走り出そうとする娘を抱き上げて施設内を歩いていると、ダイワスカーレット(5歳)は端の方に在るUFOキャッチャーをやりたがった。どうやら景品が気になるらしい。

 

 

「ねえママ! このおにんぎょうママよね!」

 真っ先に反応した父親が景品を見ると、確かに妻の人形、というかぬいぐるみだった。

 妻が引退してから数年が経過している。おそらく、この筐体自体がこうして売れ残った景品を集めておくためのものなのだろう。ゲームセンター自体も小規模だから入れ替えも少ない。そのため、こうして旬が過ぎても残っていたのだ。妻はいつでも旬だ。夫は内心で文句を言った。

 

 

「スカーレットはこのぬいぐるみが欲しいのかな?」

「うん!」

「よーし、じゃあパパがとってあげるーー」

「じぶんでやるから、パパはあっちいってて!!」

「あっはい」

「ママおろしてー」

 

 

 自分でやると言い、床に下ろしてもらったダイワスカーレット(5歳)だったが、やはりというか身長が届かない。 

 アグネスタキオンは娘をおろすと少し離れた椅子に座ってしまった。如何にウマ娘の体力でも子供の元気さには叶わないのだ。

 ダイワスカーレット(5歳)は台の様子が見えないので再び母親に抱っこしてもらおうとしたが、いないので父親に頼んだ。

 

 

「パパはやくだっこして!」

「はいはい」

 

 

 その後、父親はクレーンアームの動きに合わせて娘を抱えたまま、中腰の体制で右へ左へ移動。

 ダイワスカーレットが目当ての景品、アグネスタキオンの人形を獲るより先に腰に限界が来た。

 まだ20代だが、このまま娘に任せていると腰を痛めると確信した父親は、自分のために手助けを申し出た。

 

 

「いてて。……スカーレット、パパにもちょっただけやらせてもらっても良いかな?」

「…ちょっとだけだからね? ぜったいちょっとだけだからね?」

「勿論」

 

 

 ダイワスカーレット(5歳)も中々獲れない状況にヤキモキしていたのだろう。父親に手伝いを受け入れることにした。

 雑多な景品が集められた筐体の多くは取りやすく設定されているのだが、まだ難しかったようだ。

 腰が辛い父親の手伝いは思いのほか上手くいった。いや上手くいってしまった。一発で獲れてしまったのだ。

 

 

「あ……」「やべ」

「……じぶんやるってゆったのにーー! パパのばかーー! あ“あ“ーー!!」

「ほ、ほらスカーレット、ぬいぐるみとれたぞー?」

「スカーレットがどりだがっだのーー! あ“あ“ーーー!!」

 

 父親は失敗した。娘は泣き出し、機嫌を損ねてしまった。

 そんな父娘の様子を見てアグネスタキオンは声をあげて笑っていた。やがて娘をあやすためにベンチから立ち上がるのだった。

 

 

 結局、父親は腰を痛めた。

 娘の機嫌を取るために、埋め合わせで他のUFOキャッチャーを梯子したのだ。勿論、中腰の姿勢で右へ左への大活躍である。

 

 

 疲れてベンチで休んでいる父親に大量の景品を預け、母娘はゲームセンターの外を歩いていた。別にゲームセンター内の散歩でも良かったのだが、ダイワスカーレット(5歳)の気分転換のためゲームセンターから離れた。

 そこに声がかかる。

 

 

「あれ、アンタもしかしてタキオン?」

「ふむ? そういう君は……タイシン君じゃないか。久しぶりだねえ」

「久しぶり。卒業以来だっけ?」

 

 

 ナリタタイシンであった。腕には幼い栗毛の子供を抱いている。耳と尻尾、ウマ娘のようだ。子供は母親の首元に顔を埋めていた。

 

 

「その子は君の娘かい?」

「そうそう。うちの、ガーネットって言うんだけど……。ほらガーネット、隠れてないで母さんの友達にご挨拶しな」

「……こんにちは!!!!」

 子供、ガーネットは一瞬だけ顔を出して大声で挨拶した後、再び顔を隠してしまった。人見知りなのか元気なのか分からない子だ。

 

 

「うるさ……」ナリタタイシンは突然の大声に耳を絞っていた。

「はっはっは、なかなか元気な子だねえ。こんにちは、ガーネット君」

「こんにちは!!!!」

「あんまり大声出すとだっこやめるよ!」

「やだー!!」

 ナリタタイシンの娘、ガーネットはアグネスタキオンからの挨拶で警戒を説いたのか、常時顔を見せるようになった。ナリタタイシンは再日の大声に耳が痛そうな表情をしている。

 

 

「こんにちは。顔だちは君そっくりだねえ、タイシン君」

「顔はね。中身はもう旦那そっくり。コピーかってくらいでさ、家でも外でもしつこいし声でかいし暴れるしで大変! 寝相まで旦那と一緒だからアタシの遺伝子どこ行ったって感じ。アンタんとこの娘は何て名前なの」

「苦労してるみたいだねえ……。ほら、スカーレットもご挨拶しようか?」

 ダイワスカーレット(5歳)は初めて会った人を警戒して母親の影に隠れていた。母親に促されて前にでる。片手は母親と繋いだままだ。

 おずおずと出てきたダイワスカーレットに対し、ナリタタイシンはしゃがんで目線を合わせる。

 

 

「……はじめまして。ダイワスカーレットです。5さいです」

「んんー!! よくできたねえ! えらいねえ! 完璧なご挨拶だよ! 天才かな?」

「え……めっちゃ良い子じゃん。こんにちはスカーレットちゃん。アタシはナリタタイシンっていうんだ。こっちは娘のガーネット。よろしくね」

「よろしくおねがいします」

 ナリタタイシンはダイワスカーレット(5歳)の緊張をほぐすために会話を続けた。

「スカーレットちゃんは何か得意なこととかある?」

「ダンス……」

「踊れるの? 凄いじゃん!」

「あのね、かけっこのあとにおどるやつできるの」

「そうなんだ、ダンス好き?」

「うん」「そうなんだよ、スカーレットはダンスが得意でねえ。すぐ覚えてしまったんだよ。誰に似て天才なんだろうねえ。将来は学者か総理大臣かな?」

 

「ガーネットもこのくらい落ち着きがあればな……。ガーネット、いい加減降りな」「やだーー!!」「はあ……、よいしょっと」

 アグネスタキオンは屈んでわしゃわしゃと娘の頭を撫でながらベタ褒めしていたが、ナリタタイシンに合わせて立ち上がった。ついでに娘を抱き上げた。

 

 

「てか意外。アンタ親バカだったんだ」

「私も意外さ。でも可愛いから仕方ないねえ」

「ママ。おやバカってなあに?」

「大好きってことさ」

「じゃあスカーレットおやばか! ママのことだいすき!」

「世界1可愛いねえ」

 

 

 ナリタタイシンは言葉を飲み込んだ。現役の時のアグネスタキオンは到底誰かの親になれるような人物には見えなかった。他人を都合の良い実験対象にしか思っていないと。仮に親になったとしても子育てせずに放置するだろうと。実際それは間違いではなかった。ただ、変わったのだ。

 

 

「ま、良いことじゃん……」

 呟きは小声だったため、目の前で娘と戯れているアグネスタキオンの耳には届かなかった。

 それはともかくとしてナリタタイシンは腕が疲れてきていた。そのタイミングで都合よくトイレから出てきた人物を発見した。

 

 

「ガーネット、母さん腕疲れてきたんだけど……」

「やーだ!」

「はあ……、あ? タイセイ! ちょっと来て!」

「タイセイ?」

「ああ、旦那の名前。タイセイって言うんだ」

 

 

 ナリタタイシンに呼ばれ、夫だと言う人物は駆け寄ってきた。

「どうしたタイシン!」

「ガーネットひっぺがして。んで適当にどっか連れてって。疲れた」

「任せろ! ん? もしかしてアグネスタキオンさん!?」

「おや、私のことを知ってるのかい?」

「知ってるもなにも、俺たちの代で光速の貴公子を知らない人はいないさ」

「そうかいそうかい」

「タイセイ〜?」

 

 

 任せろ! と言っておきながら何もしなかったためナリタタイシンに睨まれた彼女の夫は、慌てて娘のガーネットをひっぺがし「すいません! 挨拶はまた今度!」と言って二人の下を離れていった。離れつつも「あっちいきたい!」「任せろ!」という元気な声が届いてきた。

 ナリタタイシンは肩をほぐすようにぐるぐる回す。声に出さずともやっと解放された、という気持ちが伝わってくる。

 

 

「ふう……」

「お疲れのようだねえ」

「四六時中抱えてたらそりゃあね。…ねえ、こんど他の母親連中、というかハヤヒデ達だけど、誘ってご飯でも食べない? 子供は旦那に預けてさ」

「ふむ……」

 

 

 今後はアグネスタキオンが意外に思う番だった。というのも、アグネスタキオンが知っているナリタタイシンというウマ娘は積極的に他人と関わるタイプではなかったからだ。

 彼女もまた、時とともに変わっていったのだろう。アグネスタキオンはその変化に興味を抱いた。

 

 

「せっかくだが私は研究が忙しくてね。いつ行けるか分からないよ」

「ああ、アンタはそういう奴だったわ。まあいいよ、都合のいい時で」

「それならーー「おかーさーん!! こっちきてーー!! はやくーー!!」

 

 

 意外にも乗り気で、「こちらから連絡するよ」と言いかけたアグネスタキオンだったがガーネットの声にかき消された。元気な声に思わず苦笑する。

 

「はあ、ごめん、あたしも行くわ。また今度ね」苦笑。

「ああ。また今度」

「ばいばい」

 

 

 ダイワスカーレット(5歳)が手を振ると、ナリタタイシンも微笑みながら手を振り返した。彼女達はそれで別れた。同じテーマパーク内に居るはずなのだが、その日は2度とすれ違いさえしなかった。

 

 

「それじゃスカーレット、私達もパパのところに戻ろうか」

「うーん……」

「ママはあのままやってればスカーレットだけで取れたって分かってるよ」

「!? でしょ!! そうでしょ!! やっぱりママはわかってるのね!!」

 

 

 その後何やかんやで父親は娘と一緒にゴーカートに乗ったのだが、調子に乗っていいところを見せようと体重移動で無理やりドリフトした結果、娘が手に持っていた妻のぬいぐるみが吹っ飛んでいってしまい他のゴーカートに轢かれるという事態を起こした。

「ああ! ごめんスカーレット!!」

「パパのばかー! きらいーー! あ“あ“ーー!!」

 

 

 

8

 

 

 

 

「その後も落下傘から落としたり柱にぶつけたりしてねえ。ジュースも溢してたから家に帰ってパパが洗濯したんだけど、見事にほつれてしまったんだよ。衣装も破けるし縮むしでねえ。スカーレットはパパにしばらく口を利かなかったんだよ? まったく、あれは笑えたよ」

 

 

 ケラケラと笑う母親に自分の昔話を聞かされて、ダイワスカーレット(17)は顔を赤くして恥ずかしがっていた。

 しかも、続くところによると自分は母親が出張で家を空ける度にそのぬいぐるみを抱えていたらしい。どこへ行くにも。それで更に傷んでしまたのだと。傷んだ所も、父親に触らせなかったので自分で直していたらしいのだ。5歳児の修繕など高が知れている。それでどんどんボロボロになって行ったらしい。

 

 

 ダイワスカーレット(17)は午後になって父親と買い物に行く際、車の中で再びぬいぐるみの話を振ってみた。

 どうやら父親も完全に思い出したらしく、母が語った内容と同じものを今度は父親の目線から聞く羽目になったのだ。その後の買い物では恥ずかしさを誤魔化すように色々買ってもらったのはいうまでも無い。

 勿論、父親は荷物を担いで右へ左への大活躍だった。あの時のように。

 

 

 家に戻り、夕食を終えてからダイワスカーレット(17)は自室のベットで仰向けになりながら、手に持ったアグネスタキオンのぬいぐるみを見上げていた。

 どれくらいそうしていたのか。

 しばらくしてベッドから起き上がると、父親に糸と針と布、それから詰め物が家にあるか聞きに行ったのだった。

 

 

 

9

 

 

 

 帰省の最終日。ダイワスカーレット(17)は両親に見送られながら出発した。

 その手には十数年ぶりに手ずから直した母親のぬいぐるみが抱えられていた。

 もう少しだけ見守っていてね、という意味だった。

 

 




ダイワスカーレットに年の離れた妹ができるまであと……
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