勿体無いのでサブタイトルのサブタイトルを「おっかないおばさん編」にします。
「さあいよいよ始まります小学生低学年の部、通称「ちびっこダービー」芝600m。本日は良バ場の発表となりました」
「良い天気ですね。みんな気合い十分、良好な走りが期待できそうですよ」
「各ウマ娘ゲートイン完了態勢整いました……おや? どうやらゲートで泣き出してしまった子がいますね。狭いですからね、怖かったのでしょうか。釣られて他の子も泣き出しました。無事スタートできるか怪しくなってきましたよ」
「ここで観客席から保護者たちが一斉にスタート。ゲートへと向かっていきます」
「これも御馴染みの光景ですね。おおっと……ここで誰かがゲート前へ。保護者ではなさそうですがどなたでしょうか」
「アグネスデジタル記者ですね。好調な出だしで無駄なく子供達の泣顔を撮っていきます」
「子供達にとっては泣きっ面に蜂といった所でしょうか」
母親と離れ離れになったあと、父親及びビワコスモスと一緒に準備運動をウォーミングアップを済ませたダイワスカーレットはゲートの中でガチガチに緊張していた。
外から見た時よりも、ゲートの中が暗くて狭くて怖かったからである。
観客席から保護者たちが〜、の件が聞こえた時は母親が迎えに来てくれるを期待していたのだが、いざゲートの下から覗いてみれば母親は観客席から微動だにしていない。
他の子は来てるのに……。
そのせいで余計心細くなってしまった。
なお、保護者が迎えに来て回収されて行ったのはパニックを起こした子供達である。
具体的には、うずくまって亀になってしまったり、ギャン泣して動けなくなってしまったり、ゲートから逃走してしまったりである。
泣くのが移った程度では回収されない。今のダイワスカーレット(7歳)のように心細くて泣きそう程度ではほとんどノータッチだった。
せいぜいがスタッフから「大丈夫ですか〜? 辛くなったら教えてくださいね〜? いいこいいこしてあげますよ〜」と言われた程度だ。
ダイワスカーレット(7歳)は現実逃避気味に一つの疑問を抱いた。
なんでゲートなんてあるの?
お友達と走る時や小学校の授業で走った時はこんなものなかった。せいぜい土に足で引いた線、石灰、街路樹、何かのひも程度しか経験してないダイワスカーレット(7歳)にとって、狭くて暗い(身長が低くてゲートの上に顔を出せないため)ゲートの中は異世界そのものだった。
さらに困ったことに、仲良くなったばかりのビワコスモは違うゲートの中に入ってしまったのだ。
当たり前のことだが一人一ゲートの原則を知らないダイワスカーレット(7歳)にとってこれは重大な裏切り行為だった。
一緒に頑張ろうね、といってくれた友人に裏切られ、緊張は限界に達しようとしていた。
すでにパニックを起こしている同年代に比べればマシどころか上々でさえあったが、ダイワスカーレット(7歳)はそんなこと知る由もない。
観客席から聞こえてくる喧騒が徐々に静かになっていくことから、ダイワスカーレット(7歳)は出走のタイミングが近づいていることを感じ取っていた。
「みんな〜、今から始まりますよ〜。深呼吸、深呼吸〜」
ゲートの後ろからスタッフの声がかかる。もう間も無くの開始とのことだ。
その知らせを受けて緊張はいよいよ限界まで達した。
ダイワスカーレットは緊張で意識が飛びそうな気がしていた。心臓が今までに体験したことがない速さで脈打っている。
辺りが静かになる。いよいよだ。
……………………バタン!
「始まりました“ちびっ子ダービー“、全バ、なんとか一斉に駆けていきます!」
「今回はだいぶ残りましたね」
ダイワスカーレット(7歳)は頭が真っ白になりながらも無我夢中で駆け出した。
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生まれついての性格か、両親の教育の賜物か、走り出してから300mほど過ぎた地点でダイワスカーレット(7歳)は冷静さ(というか意識)を取り戻した。
周囲を見渡すと他の娘たちに囲まれている。意識を失っていた割には意外なことに、先行集団の中にいた。
そして一度冷静さを取り戻してしまえばあとはウマ娘特有の本能、“走って勝つ“ことへの欲求が鎌首をもたげてきた。幼い闘争心に火が灯る。
ダイワスカーレットは前を見る。
先頭を走っているのは名前も知らない8歳のウマ娘だ。緊張によって体力は大きく削られていたが、まだ余力はある。足が残っていることをダイワスカーレット(7歳)は感覚的に理解していた。
ダイワスカーレット(7歳)は先頭を睨みつけ、そして本能に従って一気に加速する。
全ては勝利のため、一番をプレゼントするという約束を果たすために!
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1着はそのまま先頭を走っていた8歳のウマ娘、2着はビワコスモス、ダイワスカーレットは3着だった。
8歳のウマ娘は経験と1歳年上の身体能力によって。ビワコスモスは生来の性格から一切緊張しておらず、無駄な体力消耗がなかったことが勝因だ。
ダイワスカーレットはゴールからおよそ250m手前で加速し、一度は先頭に躍り出たのだが体力がもたなかったのだ。そのままズルズルと落ち込んでいき、なんとか3着をキープした形になる。
7歳と8歳という身体能力に差があるものたちが入り混じるレースでこの順位は快挙と言っても良かったのだが、本人は不満だった。
約束の内容は1番をプレゼントするという内容だったからである。
約束を破った事実が、ダイワスカーレット(7歳)に重くのしかかっていた。
受難はまだ終わらない。
表彰を終えとぼとぼと観客席に戻っていったダイワスカーレットだったがなんと恐ろしいことに、レース前に突っかかってきたあのおっきくておっかないおばさん(ナリタブライアン 現役レーサー)が待ち構えていたのである。
そのおっきくておっかないおばさん(ナリタブライアン 2X歳)は母親に先んじて姪っ子を迎えに来ただけで、立ちはだかっている自覚など全くないのだが、ダイワスカーレット(7歳)にはそんなことは分からない。分かるのは、このおっきくておっかないおばさん(ナリタブライアン 2X歳 未婚)を乗り越えねば母親の元にたどり着けないということだった。
レース後で気が立っていたダイワスカーレットはおばさんを思いっきり睨みつけた。ナリタブライアンの気性の荒さは知れたことである。すわ睨み逢いに発展するかと思いきや、意外にもナリタブライアンが端に避けた。姪っ子が(ブライアンを避けるため)通路の端っこを歩いてきたためである。
ダイワスカーレット(7歳)が安心して通路を通ろうとした時だった。おっかないおばさんから声がかかる。
「おい」
「っ! ……なによ」
おっかないおばさんが絡んできた!
ダイワスカーレットはレース以上に緊張した。だが、表面上は努めて冷静に返す。それだけの胆力をレースを通して一皮剥けたダイワスカーレット(7歳)は得ていた。
「いい走りだった。母親を侮辱したこと、悪かった」
「……」
おっかないおばさんからの思いもよらぬ発言を受け、ただでさえ今日はいっぱいいっぱいなダイワスカーレットはついに泣き出してしまった。
タイミングよく母親の姿を見つける。ダイワスカーレット(7歳)はその胸に走って飛び込んでいった。
「ゔえええええええええん!!」
「よしよし、よく頑張ったねえスカーレット」
大好きな母親の体温に安心して、堪えていたものが一気に吹き出したダイワスカーレット(7歳)はその後も泣き続けた。母親に抱かれているダイワスカーレット(7歳)を、父親が外からまとめて大きく抱きしめた。
もう怖いものは何もない。ママとパパの腕の中は無敵だ。
ダイワスカーレット(7歳)は疲れて眠ってしまうまで泣き続けた。
ダイワスカーレットに言い過ぎたことを謝るようにと、姉貴から言い含められていたことを達成したおっかないおばさんことナリタブライアンは、呑気に姪っ子を待ち構えていた。
そんなナリタブライアンに対し、マイペースで気性難の姪っ子ことビワコスモスは無言で脛を蹴り上げた。
「……」
「痛アッ!」
ビワコスモスの頭の中に彼女の両親が組み立てた勝利の方程式は微塵も入っていないが、正義の心は入っている。
ビワコスモスには勝利の方程式がわからぬ。父親と母親のよく分からない難しい話は聞き流し、友達と走って遊んできた。だが、正義に関しては人一倍敏感であった。その正義の心は、ダイワスカーレットを泣かしたのは他ならぬ自分の叔母であると確信していた。ダイワスカーレットは友達である。一度一緒に走ったら友達なのは当たり前の常識である。
友達を泣かせる奴は例え叔母であっても許さない。ビワコスモスはウマキュアからそのように学んでいた。
子供といえどウマ娘の脚力は侮れない。
「ふ、この歳で素晴らしいローキックだ。やはり天才か……」
割と痛いキックを受けたナリタブライアンは、姪っ子の前で情けない姿を見せられないと脛の痛みを痩せ我慢していたが、そもそもビワコスモスはさっさと歩いていたので見ていなかった。
ダイワスカーレット(7歳)のレースデビューはこのように幕を閉じた。
この作品では親世代になったウマ娘が子供たちから不当な暴力を受けることを推奨しています。
具体的には腹タックルや脛蹴り、うざがり等です。
パパオンはママオンの横で待ち構えていたのですが、スカーレットは迷わず母親に突撃しました。
パパハヤヒデはママハヤヒデに合流してます。