新世代アグネスママオン   作:かなわ

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統合しました。
内容に変更はありません。

親子世界線ではありません。



外典ダイワスカーレット 上

1 

 

 

 

 

 

 

 その日、ダイワスカーレットは朝から死ぬほど不機嫌な顔をしていた。ベッドの上、上体を起こした態勢のまま、口はへの字に曲がり、眉間には深い皺を刻んでいる。

 ウオッカにムカついてる訳ではない(ムカついてないわけでもない)。

 単純に調子が悪かったのだ。

 昨夜、同室のウオッカがいつまで経っても大きい音量で音楽を聴くのをやめなかった事にキレ散らかしたこと以外は寝る時間もいつも通り。夜食を食べたわけでもなければ、寝る前のストレッチを欠かしたわけでもなかった。昨夜のどこを切り取ってもいつも通り。にもかかわらず、今朝はすこぶる絶不調だった。

 寝ている間に見た不思議な夢の、その内容が原因だった。

 

 

 珍しく自分より明らかに遅く起床したスカーレットの、一見してめちゃくちゃ不機嫌な様子を見たウオッカはその理由が昨晩の自分の態度にあるのではと察した。

 

 

「なあスカーレット。昨日のは俺が悪かったって。だからそんな顔してねーで朝練に行こーぜ。早く着替えないと遅れちまうって」

「……別に、アンタの所為じゃないわよ。ただ……少し夢見が悪かっただけ。気にしないでいいわ」

「でもよー」

「気にしないでって言ってるでしょ。先に行ってて。……それから、少し遅れるって伝えてちょうだい」

 

 

 ここに至ってウオッカは相手が怒っているわけではないことに気づいた。むしろ調子が悪そうだ。何かを堪えているようにも見える。

 

 

「おい大丈夫かスカーレット。調子悪いなら無理しないで休めよ」

「ふん、無理なんてしてないわ……。大丈夫、後から行くから」

「そうかよ。ま、あんま無理すんなよ」

 

 

 先行ってっかんなー、と言う言葉を残してウオッカは去っていった。

 

 

 完全に扉が閉まったのを確認してから、ダイワスカーレットは一人大きくため息をついた。調子が悪いとはいえ、心配してくれたウオッカに少しキツく当たってしまったかもしれない。反省しなきゃ。

 なんであんな夢見たのかしら。もしかしてホームシック? いやいや、一週間に何回連絡取ってると思ってんのよ。

 

 

 ダイワスカーレットは夢の内容を反芻していた。

 家族と一緒にいる夢だったのだが、色々とおかしい。

 自分が娘なのはいい。かなり幼い頃の姿だったが、別に問題ない。だがそれ以外がおかしいのだ。まず弟がいる。アタシは一人っ子よ。次に父親が違う。見たことのない男性だ。そして肝心の母親がアグネスタキオン先輩だったのだ。……いやいや、いくら先輩がいい人だからって母性を求めるのは違うでしょアタシの脳みそ何考えてんの。ママ大好きー(ぎゅっ)、とか昔はやってたかもしんないけどさ、相手が違うでしょ相手が。

 

 

 夢の中の家族は仲が良かった。小さくて幼い自分は凄く幸せだった。母親(アグネスタキオン先輩)に抱いてもらったり、父親と一緒にテレビを見たり、弟をあやしたり、レースに出たり。いや、自分だけじゃない。家族みんな幸せそうだった。

 これが本当の母親、父親だったら「自覚ないけどもしかしたらホームシック? 土日に一回帰ろうかしら」で済んだかもしれない。

 

 

 だが、ダイワスカーレットが苦しんでいるのは、この胸の内を占める謎の寂寥感。夢の中の光景は決して現実にはならないこと、あの光景の中に今の自分は絶対に居ないという事実。ただそれだけのことが何故か無性に悲しかった。

 

 

 ウオッカが素直に部屋を出ていってくれてよかった。

 堪えているようにも見えた、と言うウオッカの直感は正しかった。

 ダイワスカーレットの不機嫌そうな顔は鍵か、そうでなければ栓の役目をしていたのだろう。無理に力むことをやめて元の愛らしい顔つきに戻ると、すぐに涙が溢れてきた。

 

 

 ウオッカにこんな顔を見られないでよかった。

 悲しくて寂しい。

 いや、悲しくないし寂しくもない。何よ、たかが夢、たかが夢で泣くなんてアタシらしくもない。この涙は多分一時的なもので何かの間違いに決まってるわ。たまにはこんな日もあるってことね。涙って確か、処理を超えた化学物質を流してるのよね。だったら無理に止めずに出し尽くせば勝手に止まるわ。それで早く朝練に行かないと。

 

 

 思ったより涙が止まらなかったのでダイワスカーレットはそのまま着替えることにした。この悲しみはまやかしだから涙程度にいちいちかまってらんない、と態度で示していた。

 だが、着替えながら何度も何度も目元を拭う羽目になった。先にジャージの上から着替えたのは正解ね。髪と尻尾に櫛を通して両腕が塞がっているときは肩口で拭った。夢の中ではママにやってもらってたっけ。現実味のある夢の記憶がリフレインする。

 あ、やば……。流石に今度はティッシュで拭った。

 

 

 朝練に合流したのはそれから少し経ってからだった。

 泣き止んでから顔を洗ったのだが、チームのみんなに目元が腫れていることを指摘されてしまった。特にウオッカがしつこく追求してきたので「エグい花粉症よ」とゴリ押し、何とか誤魔化した。こんなとき単純なやつで助かるのよね、とダイワスカーレットは思った。

 

 

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2

 

 

 

 

 

 ダイワスカーレットは珍しく一人で朝食を食べていた。

 いつもであれば、朝練が終わったあとはチームメンバーと一緒朝食を摂っている。しかしながら今日は日直であったため、1人早めに抜けてきたのだ。

 そのせいで朝練はひどく中途半端になってしまった。

 ダイワスカーレットは不完全燃焼した気持ちを食事にぶつけていた。

 

 

「(なんていうか、今日は朝から微妙な日ね)」

 

 

 変な夢を見る、朝練に遅れる、そのうえ日直で十分にトレーニングできない。変な夢を見たのも朝練に遅れたのも自分に原因が有るのはわかっている。分かってるからなんだというのか。

 もし友人がこの場にいれば愚痴を溢していただろう。優等生を演じているので実際にはしないが、そのくらいの気持ちだった。

 そんなモヤモヤしているダイワスカーレットの下に人影が近づいていった。その手元の盆には幾つかの食事が載っている。

 

 

「やあスカーレット君。同席していいかな?」

「!? ちょっとびっくりさせないでよね……。タキオン先輩! おはようございます。もちろんです」

 声は後ろからかかった。ダイワスカーレットは急に話しかけられた驚きで飛び上がりそうになり、注意しようと思って振り向いた。

 そこにいたのはアグネスタキオンだった。先輩で、学園内でも1、2を争ういい人(と思っているのは彼女だけ)である彼女に対し、注意できようはずもない。

 それに色々思うところもある。ダイワスカーレットは喜色を含んだ声で同席を促した。

 

 

 ダイワスカーレットはアグネスタキオンに色々とよくしてもらっている自覚がある。主にサプリメント系(と本人は思っている)を融通してもらっており、その回数は1度や2度ではない。しかもアグネスタキオンからもらうサプリメントは全部本人の手作りで非売品だ。全てにおいて良い効果を実感しており、ダイワスカーレットは何故彼女が自分にそこまでよくしてくれるのか非常に気になっていた。聞く機会は有ってもはぐらかされることが多かった

 だが、今日こうして食事を一緒に取るならば、今まで聞けなかったことも色々聞ける。はぐらかそうにも食べてる間は着席だ。機会はいくらでもある。よし。

 ダイワスカーレットは、“なんだ、良いこともあるじゃない“と思った。

 とはいえ、いきなり踏み込むのは失礼だ。物事には順番がある。まずは雑談のジャブからよ。

 

 

 ダイワスカーレットは、今思ったことから話題を広げて行こうとした。

「珍しいですね」

「何がだい?」

「先輩が食堂にいるところを見たことがなかったので。あ、いえ。単純にご一緒できて嬉しいなと」

「そうかい。そう言ってくれると嬉しいねえ。知欲を満たすため最後に無駄なことをしてみたが……意外に悪くない。キミのおかげかな」

「恐縮です。でもありがとうございます」

 

 

 ついスルーしてしまったが、雑談と切り捨てるには聞き捨てならない言葉が飛び出してきた。最後とはなんだ?

 

 

「そういえば今朝変な夢を見て……あの、……今の、最後ってどういう意味ですか? これからも食べたらいいじゃないですか、食堂で」

「クックック、いやなに、そのままの意味さ。私がトレセン学園で食べる最後の食事という意味だよ」

「え、あ、ちょ、はあ!? ……すいませんどういうことですか? どこか悪いんですか?」

 あまりの突拍子音なさに思わず地が出てしまったダイワスカーレットだったが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 思わず何かが悪い体で聞き返してしまったが、ダイワスカーレットから見てアグネスタキオンは超天才だ。もしかしたら飛び級で大学にでも行くのかも、と考え直した。きっとそうよね。もしそうだったら応援しなくちゃ。寂しいけど、おめでたい事だし仕方ないわね。

 いなくなってしまう予感に今朝の夢がチラつく。結局あれはなんだったのか。

 

 

「悪いというなら悪いとも。もっともそれには“学園のあり方に対する私の存在が“と付くがね」

 だがその予想は思ってもみない方向に覆された。

 

 

「……それ、私が詳しく聞いてもいい話ですか」

「勿論さ。と言っても、詳しく語るほど内容があるわけじゃないが」

 

 

 

 

 

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