醜い私に。   作:ミ゙ヅヅヅ

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美醜逆転世界の女の子視点、純愛モノです。……需要ある?

主人公、雨笠鈴子。高校二年生



プロローグ

 

──春の終わり頃。

 

 

 晩春とでも言うべきこの季節に、少女、雨笠鈴子は一人昼食を食べていた。場所は体育館裏の小さな木陰。壁際にいくつか設置されている階段の段上だ。

 

 

 真昼の体育館裏はとても静かで、耳を(そばた)てると疎らに小鳥のさえずる声が聞こえる。日は燦々と地面を照り付け、日向に出ると非常に眩しく感じるほどだ。

 

 校舎から遠く離れたこの場所は、人が余り訪れることのない空間であった。まるで(はさみ)か何かで、周囲から切り離されているかのような静寂さを持っていた。

 

 

 彼女が腰掛けている階段はちょうど大木の陰となっており、日を遮るのに適していた。

 

 

「…………」

 

 

──箸を動かし、口へと運ぶ。

 

 

 幾度かその動作を繰り返す。機械的に繰り返されるそれは、あっという間にそう大きくない弁当箱を空にした。

 時間にして、十分も掛からなかっただろうか。そんなことを考えながら、少女は水筒を口へと傾けた。

 

 

 そうして、そそくさと弁当を食べ終えると、少女は側に置いていた小さな鞄からスマートフォンを取り出した。彼女は、慣れた手付きでロック画面を解除する。

 スマホの液晶には、壁紙機能の使っていない簡素なホーム画面が映し出された。

 

 

 装飾が何もなく面白みのない画面を尻目に、少女はスマホの表面を一度だけスワイプさせる。そして、いくつか並んだアプリアイコンの中から目当てのアイコンを探し出す。

 

 

 親指で画面をタップさせると、一つのアプリが起動した。数年前に流行った、ゲームアプリだ。

 目立った配色に、可愛らしげなアイコン。今なおアップデートの続いているそれは、彼女のお気に入りのゲームアプリの一つであった。

 

 起動して数秒すると、軽快な音楽と共に可愛らしいキャラクターが画面上に映し出される。ゲームのスタート画面だ。

 『画面をタップしてスタート』という文字が画面中央に表示される。その白い文字は濃くなったり薄くなったりと、見ている人の注意を引く。

 

 しかし、それ以上にスマホから鳴るゲームの電子音に気を取られた。

 

 

──少女の肩は、ビクリと震える。

 

 

 決して大きな音でなかったが、静寂な空間に鳴ったそれはひどく目立って聞こえた。鈴子は肩を搖らす。

 彼女は慌てたようにスマホを持ち直すと、すぐに音量ボタンに手を掛け音量をゼロにした。陽気な背景音楽は聞こえなくなった。

 

 

 周りに人が居ないため、音を出しても構わなかったのだが、普段の癖より音を消すことにした。──その方が安心できる。

 

 彼女は安堵するように一息吐くと、気を取り直してゲーム画面を見つめた。

 

 

 そこには、オーク(・・・)に似たキャラクターが映し出される。このゲームの看板キャラクターだ。

 

 

──肥えた身体に、歪んだ顏立ち。豚と猪を混ぜた容貌(それ)は、近年よく見かけるタイプのデフォルメされたオークだ。

 

 

 鈴子はその愛くるしさに笑みを浮かべつつ、スタートボタンを押す。画面は一瞬硬直すると、すぐに暗転して真っ暗になった。

 

 now loading。ゲームのローディング画面だ。彼女の双眸に真っ暗になっているスマホの液晶画面が映った。

 

 

 決して、気を抜いていたわけではなかった。しかし、予想よりも長いあいだ暗転するスマホの液晶に、一人の少女の姿が反射して見えた。

 

 

 

 濡羽を思わせるようなサラリとした黒髮。パチリと(つぶ)らで判然とした大きな瞳。鼻はよく筋が通っていて高く、唇は桜の花びらを描いているように見える。

 そして、顔は異様なまでに小さく、整っていて──。

 

 

「──っ」

 

 

 数秒、少女は息が堰き止められたように感じた。ギュッと、喉の奥が引き押される感覚である。彼女は(むせ)るように咳込んだ。

 

 

 先ほどのオークの姿から、対称的だ。

 

 

 得体の知れぬ感情が、心中を支配する。慘めな気持が押し寄せてきて、鼻孔がヒクヒクと動く。ゲームの世界から、急激に現実世界へと引き戻された心情だ。

 

 

──気持が悪い。

 

 

 自然と心中に言葉が湧き上がった。突如として湧き出た鬱屈として感情に、目が少し(うる)う。目に留まった水滴は、仄かに(ぬる)くて気持が悪い。

 スマホの画面は、とっくにローディングが終り次の画面へと移っているが、少女の目にはまだ液晶に映った一人の少女の姿が残っていた。

 

 

 頭の中にノイズが走る。恨み言のような何かだ。

 

 

 髪の毛の手入れをして、(くす)ませようとした。鼻を低くする為に、ローラーを使って押さえつけた。細い身体を太くしようと、食事バランスを考えた。

 しかし、結果はこの通り。見目の悪い容貌(かたち)のままで、何も変わることはなかった。マイナスの感情に蝕まれる。

 彼女は強張ったように、少しだけ身体を搖らした。

 

 

 この見目による嫌な思い出は、当然のように多い。

 小学生の頃は、露骨に嫌がらせをされることがあった。軽い嫌がらせが多かったが、小学生特有の遠慮のなさがあった。

 

 中学・高校生にもなるとそれも少なくなったのだが、それは直接的な嫌がらせが、陰口や無視に代わったというだけ。状況は今でも変っていない。

 蛇蝎(だかつ)のような扱いを受けているのが、肌で感じ取れた。

 

 

「……」

 

 

 目が少し痛む。水滴が溜まる許容量を超えたのだ。許容量を超えた水滴は、重力に従い地面に落ちる。大きな雫は地面に溜まりを作っていった。

 息を吸おうとして鼻を啜ってしまい、汚い音が鳴った。それを誤魔化す為に、口で呼吸をしようとするも、嘔吐(えづ)いてしまい上手く出来ない。

 

 

 (しまい)には、決潰したダムのごとく涙が止まらなくなった。泣くのを止めようとするも、どうにもならないのだ。

 

 

 

──一種のストレス発散のようなものだ。

 

 

 彼女がこのように、泣き出してしまうのは稀にある。この時間にこの場所に来て、決まって一人でお昼を食べ、そしてある時ストッパーが壊れたように泣き出してしまう。

 否、壊れたようにという表現は誤りで、既に壊れ切っていた。

 

 傷ついた心を癒さんがため、大粒の涙を溢して心の平静を保とうとするのだ。言葉にならないような感情が、心中に居座る。

 

 それは、日常を過ごす上での必要な行程であった。

 

 

 

◇◇

 

 

 鈴子の気持が落ち着いてきたのは、昼休みも残り少しになったころである。そろそろ動かないと不味いと判断した彼女は、持ち物の確認をしてその場を後にした。

 

 

 腫れていた目もあらかた治まり、元通りとは言えずとも少しはマシになった。休み時間が残り僅かということもあり、校舎までの道程に人影は殆ど見られなかった。

 およそ二、三分ほど歩くと大きな校舎が見えてきた。外壁はとても綺麗で、如何にも新しい建物であると感じられる校舎は、鈴子にとって近寄りがたいものであった。

 

 

 彼女は校舎を一瞥すると、すぐに視線を戻した。校舎に入り下駄箱を通り抜ける。下駄箱を抜けてすぐの廊下はやけに閑散としていた。

 

 鈴子は疑問に思い、──授業まであと何分だ、とスマートフォンをポケットより取り出だす。スリープ状態のスマホに手を掛けると、画面が仄かに明るくなる。

 

 

──時間は、まだ過ぎてない。

 

 

 彼女はそう判断する。しかし、それほど余裕がある訳でもない。鈴子はスマホをポケットに入れ直すと、気持足早に廊下を進もうとする。

 

 彼女が自教室へ向かって歩き出そうとしたその時、後ろから声が聞こえた。

 

 

「──あ、あの。すみません」

 

 

 男子生徒の声だ。

 鈴子は、自分とは関係ないだろうと、われ関せず廊下を進もうとする。しかし、そこで自分以外に、周囲に人が居ないと気が付いた。

 

 彼女は、びくりと身体を震わせると、目線をキョロキョロと左右させた後、(おもむろ)に顏を後ろに向かわせた。勿論、視線は地面に固定させるように、俯かせてではあるが。

 

 

──知らない顏だ。

 

 

 最初に抱いたのは、そんな感想だった。

 

 チラリと見えた男子生徒の顏は、鈴子にとって見覚えのないものだった。記憶力に自信はない鈴子であったが、同じクラスの人間の顏ぐらいは朧げながら覚えていた。

 

 

 見覚えがないということは別のクラスの人だろうか、と彼女は思考を巡らす。

 

 如何にも普通そうな顏立ちをした少年だ。しいて特徴を挙げるならば、身長が少し高いぐらいだろうか。彼の姿に心当たりはない。一体、何の用事があるのだろうか。鈴子は疑問に思った。

 

 

──彼女の疑問も(もつと)もだ。

 

 

 そもそも、この学校において彼女に話し掛ける人など皆無に等しかった。もしあったとしても、クラスの連絡ぐらいだ。

 しかし、同じクラスの生徒でないとすると、その線は消える。その上、異性ともなると、どのような(よし)があるか、皆目見当がつかない。鈴子は緊張を深める。

 

 

「ぁ、えと、何で……しょうか」

 

 

 消え入りそうな声で呟く。普段、声を出さないからか呟きには吃りが見えた。彼女の桜色をした唇は、わなわなと震える。

 鈴子はそう言って暫く返答を待っていたが、返事は中々返ってこない。彼女は不思議に思い、少しだけ顏を少し上げる。

 

 

 そこで、男子生徒が何処かに強い視線を向けているのに気がついた。その表情は、何か呆気に取られたようであった。

 

 

 鈴子は、視線の先は何処だろうかと思考しようとした所で、ハッと息をのんだ。

 

 

 

──マスク、着けるの忘れて、る……?

 

 

 いつも着けているマスクが、鈴子の顏にないのだ。息を吸うのを忘れるほど動搖する。鈴子は、ぺたりと口の上側辺りを手で触り、マスクを本当に着けていないのか無意識の内に探した。

 しかし、そこに鈴子が期待したものは着けられていなかった。

 

 

 心臓がどくりと鼓動する。

 

 日常生活において、少女は殆どの時間をマスクを着けて過ごしていた。勿論、用途は風邪などではない。顏を見えなくする為のものだ。

 

 直接、顏を隠せと言われたことはないが、外に出るときは常にそれを着用していた。素顏を晒して外に出る勇気がないからだ。

 

 

 その為、鈴子はいつもマスクを着けて学校に来ているのだが、今現在そのマスクは存在していない。

 先ほどまで、精神的に不安定だったことが原因だろうか。気が回らず、マスクを着け忘れていたのだ。素顏が完全に(あらは)になっている。

 

 

 その事実に、またもや息が詰まる。眼尻に水滴が溜まって行くのがよく感じられる。彼女は咄嗟に手を顔に宛てがった。パシンと音が鳴る。

 

 

 

「ご……、ごめんなさい。こんな、づもりぢゃ」

 

 

 舌が絡まって、上手く声が出せない。

 ひどく掠れたような声だ。嗚咽混じりの声。顏を覆っている手に、水滴がいくつも付く。喉は震え、(まなこ)は制御が効かなくなる。

 早く、この場から立ち去らなければと思い、話し掛けてきた彼とすれ違う形で校舎から出ようとする。

 

 

「えっ、ま、待って」

 

 

 しかし、その行動は男子生徒によって止められてしまった。手を摑まれた訳ではないが、その静止の声に彼女の足がピシリと止まる。殆ど反射的なものだった。

 

 

 

「え、あの……傷つけるつもりはなかったんだけど、その」

 

 

 少年は慌てたようにそう口走る。非常に焦っていたのか、とても早口になっている。彼は弁明しながらも右手を掲げると、一帖の手帖を見せる。

 

 

「これ、落としたみたいだから」

 

 

 朱のカバーに校章が施されている手帖。この学校の生徒手帖だ。普段から無造作にポケットに入れられていた為、落としてしまったのであろう。

 しかし、混乱している彼女に、その言葉は届かなかった。ただただ、この場から離れなければならない、という義務感のみがそこにあった。

 

 

「ご、ごめ……すぐに離れ」

 

 

 頭が真っ白になりながら、そう応える。衝動が堪えきれない。今すぐにでも、感情を曝け出して泣きじゃくりたい。鈴子はそんなことを考える。

 

 

「……」

 

 

 そんな彼女の前で、少年は何かに悩む仕草を見せた。声を出さずに口を数度動かすと、数秒して何か決心をしたような顏を上げる。

 

 

 

「……その。取り敢えずこっちに来て」

 

 

 と、彼は口を開いた。少年は右手を伸ばすと、鈴子の手を引くようにして、前方へ歩き出そうとした。鈴子は何が起きたか分からないままだった。





少年

最近になって、美醜逆転世界の自分と入れ替わる形で迷い込んだ人。おかしいと思いながらも、コミュ障で周囲との関わりがない為、美醜逆転世界に気づいていない。
テレビや雑誌を殆ど見ないのも、気づくのに遅れている要因。
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