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どうしてこうなったのか。鈴子は学校からの帰路、心の中で大きく叫んでいた。頭がくらりと搖れる。今にも気を失ってしまいそうだ。心臓はバクバクと鼓動し、顔は熱気を発するが如く火照っている。手足はカチンコチンに固まり、出来損ないのブリキの玩具のようだ。顔も固定され、前しか向けない。
(──ッ)
しかし、意識だけは真横に集中していた。自分の物とは違う、足音が聞こえる。鈴子はチラリと目を動かした。盗み見るように、さり気ない仕草で横を見る。そこには一人の少年の姿があった。鈴子と同じ高校の制服を着た少年。彼は、彼女が痴態を見せた少年其の人であった。
少年は鈴子の歩幅に合わせて、ゆっくりと隣を歩いている。何処となく緊張した面立ちでそこに居るのだ。
鈴子には、どうにもそれが現実だと信じられなかった。しかし、太腿の近くを思い切り抓ってみせても、舌を少しだけ嚙んでも、此処が現実だという根拠しか得られない。鈴子は更に混乱を深めた。
(わたしの、隣を)
どうして良いか分からず、ただただ緊張感だけが深まっていった。
この状況の説明をするには少し、時間を遡る必要がある。
それは、保健室を出て教室へと向かおうとしていたとき。既に授業の終りを告げる鐘が鳴り終り、時間は放課後となっていた。鈴子は特定の部活動に入っていない為、教室に置いていた鞄を取りに行き、すぐに自宅へと帰ろうと考えていた。
最初、鈴子は一人で教室に向かおうと思っていた。しかし、隣のクラス同士。彼も目的地が同じだった為、図らずとも一緒に行くこととなった。
マスクは既に着けていたが、それでも鈴子の中で申し訳なさが先立った。だから、少しでも迷惑を掛けないよう人の通りが少ないルートを選択し、彼女は教室へと向かった。
遠回りをして、少しでも時間を伸びそうという気持がなかったと言えば、噓になるのだが。
保健室では、多くの時間無言状態であった。しかし、此処での会話はある程度続いた。そう言っても、鈴子の会話能力は雀の涙程で、殆ど質疑応答のような雰囲気を醸し出していたが。彼女が家族以外と会話をするのは久し振りだった為、仕方がなかったのかも知れない。
彼女は必死になりながらも、彼の言葉に返答をした。その中で彼は一つの返答に引っ掛かりを覚えたように、こう呟いた。
『もしかして、途中まで帰り道同じじゃない?』
そんな言葉が、鈴子に投げ掛けられたのだ。そこで確かめて合ってみると、鈴子たちの通う高校から電車の乗換駅まで通学路が同じであった。下校路が同じで、帰るタイミングも同じ。少年は少し思案する素振りを見せた。
どうしたのだろうと、鈴子が呆けている内に、何故だか少年の手によって済し崩し的に一緒に帰ることとなったのだ。鈴子の啞然とした感情は、より一層強くなった。
(結局、どうして私と一緒に居てくれるのか、真意が摑めない……)
長々と回想した鈴子だったが
「今まで道中で見かけたことなかったから、通学路違うのかと思ってたよ」
突然の彼の声に、鈴子の思考は引き戻された。今は彼の真意を考えている暇はないと、彼女は結論を出す。どのような考えがあろうと、それを受けないという選択肢は鈴子にはないのだ。彼女は、先程までの思考を抛棄して考える。
「た、多分ウチのクラス、HRが長くて。その……有名だから」
鈴子は吃りながらも、そう答える。ホームルームが長い、すなわち下校時間が遅くなること。そうなると、普通の時間に終るクラスと比べて時間がズレるのは必至だ。鈴子は続ける。
「……えと。それで登校時は、八時二十分ぐらいに学校の最寄り駅に着いて。その、だいぶ遅いから」
鈴子の答えを聞き、彼は納得した表情を見せる。
「ああ、そりゃあ会わないものだよ」
予想より遅い時間だったのか、驚きの感情も少し見える。
鈴子としては、早くに学校へ行ってもすることがないので、チャイムの鳴る直前にわ着くように合わせていた。それで特に不具合を感じたことはないし、遅刻もしたことはないので、彼女は好んでこの時間に登校していた。
「いぬ……乾井くんは、どのくらいの時間に、学校に来てるの」
鈴子は出来心でそう訊ねた。あはよくば、一緒に通いたいと思う気持がなかったとは言えない。勿論、聞いた所でその時間に合わせる勇気は持ち合わせていないのだが。彼は少しだけ考えてから答える。
「……駅には八時五分ぐらいに着いたはずだよ。だから学校には、二十五分くらいかな」
丁度人が多い時間帯だ。鈴子はそう思った。
人が多いとなると、そもそも時間を合わせることは出来そうにない。理由は単純に、多くの人混みから嫌悪の目で見られるのが耐えられないからだ。追い越す度に、嫌そうに目を逸らされるのは心に傷が付く。
今の時間でも鈴子は厭わしく思っているのに、それよりも人が多い時間など、とても考えられなかった。
(……時間、合わせられないか)
心の中で歎息する。どうせ、人が少ない時間でも合わせられない癖に、少し残念に思う。そう思っていると、彼は首を傾げて言った。
「……一本くらい遅い電車なら、合わせられるよ?」
声に出ていた。その事実に鈴子は慌てふためく。どれ程油断をしていたのだと、大いに焦る。何てことを呟いてしまったのか。鈴子は思わず否定をする。
「その、今のは間違って言ったことで」
鈴子からしても苦しい言葉に感じる言い訳。しかし、緊張で頭が回っていない今、これ以上の言葉は思い付かなかった。
「あー。いや、僕も先走ったみたいに」
彼はバツの悪そうな顔をした。何故彼がそんな顔をしているのだろうか。鈴子にはさっぱり分からなかった。
◇◇
「へへ……」
鈴子は一人、机に突っ伏してニヤけていた。喜びの気持を抑えないで悦に入っている。幸せそうに声を出す。そして、数刻後、感窮まったように足をバタバタと動かして悶える。息は少しだけ荒くなり、何かしていないと落ち着かないように感じる。
意味もなくお腹を搖らしている。手は何かを探るように、グーパーしており口はもごもごと動いている。
「ふへへ」
ニヤけた声だけが、その部屋に木霊していた。
彼女が家に帰ってきてから、ずっとこの調子である。普段したことのないような喜色が、顔一面に顯となっている。自力で表情を動かせない状態だ。数分後には身体の疼きが限界になり、鈴子はベッドに飛び込み顔を枕に
(やさし……かったなあ)
そんなことを思いながら、足をバタつかせる。呻き声のようなものが、彼女の口から漏れる。そして、枕を抱き締めるようにしてジタバタとした。
鈴子は少しだけ目を開いて、右手を見つめた。小さくて、艶のついた柔らかそうな手。それは、お世辞にも美しい手とは呼べないような手であった。しかし、今の彼女にとってはそんなことどうでも良かった。
この手を見ているだけで、彼が握ってくれた手の感覚を思い出せるようだ。恍惚とした感情が芽生える。
話は余り続かなかった。鈴子自身会話経験が少なく、どのような会話を続ければ良いか分からなかったのだ。しかし、それだけでも嬉しく感じた。何処まで人に飢えているんだ……と鈴子は自分でツッコミを入れようともしたが、恐らく彼だからだろうと留まった。
不愉快に思われているかも知れない。しかし、それを上回る程近くに居たいという感情があった。身体から何かが湧き上がる感覚がして歯痒くなる。
鈴子はこの感情を何と表せば良いのか、見当が付かなかった。
(こ……恋、とか)
彼女は自分でそう考えて、すぐに悶え出した。気恥ずかしさから、顔を赤らめてしまう。呻き声は先程のとは、比にならない程大きくなる。寝台の先にあるヘッドボードを摑む。
少しだけ、恨みがましく彼のことを思い浮かべた。果たして、自分は彼のことが好きなのだろうかと。しかし、そう考えるも思考に雑念が入り上手く考えられない。心の奥底で、嫌われているのではないかと、疑念が残っているからだ。
鈴子は顔をベッドから出して、床を見つめる。頭だけ垂直抗力を失い、気分が少し悪くなる。
「……一本早い電車か」
不意に下校中の会話が思い出された。
あの時、何も考えずに彼の提案に
その電車ならば、人も比較的少なく乗ることに抵抗はない。精々、学校に居る時間が少し伸びる程度の欠点しかない。
彼との接点は、殆どなくなった。そもそも、下校時まで一緒に居られたことが奇蹟なのだ。強いて繫がりを挙げるならば、同じ学年ということぐらいだろうか。
連絡先は勇気を出せず、聞くことが出来なかった。友達になる申し入れなんかも出来ていない。彼と会う口実は、何一つ存在しないのだ。
「……」
鈴子は小さな声で何かを呟いた。
翌日の朝、鈴子は寝台の上で目を覚ました。時計は七時前を示している。彼女はベッドから降りると、すぐさま洗面所へと向かった。
鈴子の自室は家の二階にある為、階段を降りる。朝は苦手であった。学校に行かなくてはならないから……というのもあるのだが、一番の理由は洗面所だ。あそこには、鏡が設置されているのだ。自身の顔を見ることになってしまう。これがとても辛いのだ。
鈴子は恐る恐る洗面所の鏡を覗いた。すると、なぜだか、昨日より平気な気がした。相も変わらず、表情に笑顔は見られないが、少なくとも陰鬱そうには見えなかった。
(そうは言っても、すぐに目は逸しちゃうけどね)
別に陰鬱でなかろうが、見て居て良い気分にはならないものだ。自分の顔をまじまじ見ても、何の意味もなさない。鈴子はそう思うと、すぐに顔を洗った。今日はゆっくりしている余裕はないのだ。
(あの時間に、電車に乗るとしたら)
鈴子は念入りに時間を計算を始める。何をしているのかと言うと、彼女は何時もの時間より早く電車に乗ろうと画策していた。彼が合わせられると言っていた時間の電車に。
約束などしていない。この時間に駅に行っても、彼が居ることはない。しかし、分かっていても少しでも、彼と近い時間に学校に行きたかったのだ。
「何となく、早い時間に学校に来たくなった……」
鈴子は誰かに聞かれた訳でもないのに、自然と言い訳染みた言葉が出した。とても、不自然な言い訳であった。
彼女はそんな言葉を出しながら、食卓へと向かった。両親は仕事が早いので、大体は一人で朝食を食べている。弟も居るのだが、彼は家から中学まで近いのを良いことに朝寝坊をしている。鈴子としては、いつもより早い時間に食事をしていることを突っ込まれず、都合が良かった。
「熱っ」
電子レンジから食品用ラップで包まれた朝食を取り出す。
鈴子はそれを服の袖で覆い、直接触れないように食卓へ持って行くと、すぐに食べ終えた。普段から食事を終えるスピードは速いのだが、今日はいつもの比ではなかった。彼女はその儘の勢いで歯を磨くと、自室に戻り制服に着替える。
鞄に教科書を詰めるなど学校に行く準備を整えると、すぐに家を出た。
彼が居るのではないかと僅かな期待とともに、鈴子は乗換駅まで電車に乗って行った。しかし、当然のことだが彼の姿はそこになく、鈴子は肩を落とすこととなった。
乾井くんは、普段鈴子が乗る時間の電車に合わせようと行動した状態。
鈴子が駅に居ないのを確認して、もしかして時間を合わせてくれようとした……と気づいて、はしゃいでると思う。