この話、後でちょっとだけ修正するかも。自分で書いた直後だと、修正点が見えないんですよね。
雨笠鈴子は、長椅子に腰を掛けて座っていた。自身の両足をぴったりとくっつけて、腕を身体へと縮こませるようにして。
鈴子の隣には、少年の姿が確認出来る。
──マズい状況になった。
彼女は目を回して狼狽する。分かり易いほど、感情が表に出てしまう。
横を見ると、少年がビニール袋からサンドイッチを取り出そうとしているのが見えた。包裝が中々剝がせないのか、少し手間取っているようだ。
少年に連れて来られた場所は、グラウンドから少し離れたベンチであった。ポツンと置かれたベンチは、何処か現実味がなく妙に場違いだと思った。テニス部の部室が近くにあったので、彼らが設置したのだろうか。
──いや、今はどうだっていい。
鈴子は頭を振った。場所のことよりも、重要なことがあるのだ。
二人きりの状況。それも、鈴子が非常に意識をしている相手だ。心臓が有り得ないほど鼓動する。彼が、鈴子を此処に連れて来た理由は推測出来る。この場所に就いて説明する為だ。しかし、理解は出来ても、納得は出来なかった。
それならばどうして、並んで食事を摂ろうとしているのか。彼は此処に着いたあと、自然な動作で椅子を指し示すと、鈴子を椅子に座らせた。
そのとき、特に理由は語られなかった。良かったら一緒に食べないか、と言われたぐらいだ。鈴子はそれに従う他なかった。
──たぶん、間違ってない。
鈴子は水筒を手に取り、一口水分を喉に流し込む。
この選択は、間違いじゃないはずだ。理性がそう告げる。下手に追求をして、この状況がなくなるのが最悪のことだ。
考え得る限り、これが最良の選択のはずだ。そう思いながらも、鈴子は未だに考え続けた。
──そもそも。誰かと食事をするのは、何時ぶりだろう。
思考を続けていると、唐突にそのようなことを考えてしまった。
中学校の昼食以来だろうか。彼女は、静かに過去の記憶を想起した。家族を含めればその限りでない。しかし、それを除けば給食が最後であったはずだ。
あのときは、一体どうしてたか。鈴子は、昔の感情を思い出そうとした。意味をなさない行動だ。
話すのが苦手であった。今も苦手であるが、あの頃はもっと分かり易く苦手であった。
まるで、海上生物が陸地で呼吸をするような。怪物が人間の真似をするような、そんな息苦しさがあった。
教師に指名をされても答えらず、提出物の回収を頼まれても呼び掛けられない。何か、話す為の免罪符を以てしても、言葉を出すことが出来なかった。ただ、辛い感情に包まれているだけであった。
それでは、もっと古い記憶ではどうだろうか。そう考え、彼女は記憶を辿っていく。
しかし、モヤが掛かったようにして、これ以上思い出せなかった。何か、記憶を封じ込めたような痕跡が見つかるだけ。
──幼い頃の、小さなトラウマ。
鈴子はそれを悟って、記憶を掘り返すのを止めた。わざわざ傷付きに行くのは馬鹿らしい。ただ、あの頃はまだ純粋だったのだけは理解出来た。
弁当箱に目を落とす。袋に包まれた儘の弁当箱。それに手を掛け、括られた紐を解いてみせた。
隣を見ると、彼がサンドイッチを頰張っているのが見えた。彼は少しの間、咀嚼をすると嚥下した。そのあと、紙パックを手に取ると、ストローから野菜ジュースを一口飲んだ。
正直に言うと、鈴子は沈默が好きであった。静かで、静謐で。何にも囚われないような、自然な空間。鈴子は、そういう空気を好んでいた。しかし、誰かが隣に居るときは、その限りではないらしい。
鈴子は、どのように言葉を出せば良いのか考え続ける。言葉のピースを探しては、組み立てて修正していく。
それを何度か繰り返したあと、鈴子は漸く言葉を出した。
「……いつも、ここで食べているの?」
その言葉に、少年はこちらを見た。そして、柔らかな笑顔を鈴子に向ける。当たり障りのないよう、十分に気をつけて放った言葉だ。変なことは言っていないはず。鈴子は、何度もそんなことを考える。
「うん、大体はここで食べているよ。雨笠さんは普段、どこで食べてるの?」
「……た、体育館の近くで、す」
「
彼の口から、感心したような声が聞こえる。大丈夫、スムーズに話せている。鈴子は自分に言い聞かせる。
「今度、そこで食べてみようかな。雨笠さんも構わない?」
彼は許可を求めるように、少しだけ首を傾げた。何に構うのか。鈴子は疑問に思った。
素直に言葉を受け取るのならば、鈴子が体育館裏で食事を取っているときに一緒に居ても構わないか、というのを問うているのだろう。
──たぶん、その考えで間違いないはず。
鈴子は答える。
「だ、大丈夫です。……ぜんぜん、問題ないよ」
そもそも、鈴子の所有地ではないから、許可など必要ない。彼女はそう思いながらも、彼にそう言った。
「良かった。それじゃあ、明日とかでも問題ない」
鈴子の口から、短い声が漏れた。明日のお昼を一緒に食べる約束。聞き間違いでなければ、その約束が取り付けられたようである。
「あし……明日の金曜。体育館裏でしょくじ」
彼女は、うわ言のように呟く。隣に居る彼にも聞こえないぐらいの、とても小さな声であった。彼は鈴子の表情を少し見てから、確認の声を出す。
「……大丈夫かな?」
「は、はい」
それに、鈴子は気力を振り絞って答えた。狼狽が酷く、答えられる状況になかったが、昨日の通学時間の提案を断ってしまったことを思い出し、何とか答えた。
接点が全くない以上、この提案を逃す訳にはいかない。その一心で鈴子はそう肯定をしたのだ。
──どうして、そこまで私に近づくのか。
その言葉が、喉に付いて離れない。張り付くような、絡み付くような。手を喉に突っ込んで、直接疑問を剝がし取りたい衝動に駆られる。
無論、喉に手を突っ込んだとしても何の解決にもならない。彼に尋ねなければ解消しない問題だ。そして、その問いを彼女が尋ねることはない。
鈴子は、その感情を呑み込んで話す。
「何か。趣味とかある、の」
か細い、掠れたような声が彼女の口から発せられる。少なくとも、少年に届くだけの声量は存在していた。彼に疑問を尋ねる、代わりの質問だ。
何か話そうとしても、そもそも彼のことは殆ど知らない。それならば当然、このような質問から入るしかない。
「ゲームとか好きだよ。あと、小説なんかも。SF系の話とか」
「……ゲーム?」
「最近は専ら、昔のゲームしかしてないけど」
そう言って、彼は鈴子にスマホの画面を見せる。
最近スマホに移植された、大昔のゲームだ。棒人間が物を運ぶ、コンピュータのスペックが低かった時代特有の、単調なゲーム。
「むかし遊んだ記憶が、ある」
遠い昔のことだ。こういう単調なゲームは、現実を忘れて熱中出来ると、鈴子もよく手を出している。
「ゲームは結構好きだから。その」
「知ってるんだ。僕も昔やっててね」
少年は少しだけ、機嫌の良さそうな表情をする。取り敢えず、鈴子にはそう見えた。少年は続ける。
「雨笠さんの趣味は何なの」
「わたしの、趣味?」
私の趣味は何だろうか。鈴子は全く思い浮かばなかった。ゲームは好きだ。しかし、それは現実逃避としての手段としての話。勉強をするのと、さほど変わりがない。
本も音楽もよく楽しむが、その行為を勉強に置き換えても、何ら問題なく楽しめる。詰まる所、鈴子に趣味というものは存在しなかった。
「わたしも、ゲームや本が好きだよ」
だから、鈴子はそう答えた。
少年は現時点において、美醜逆転に気づいてないです。何で気づかないのか、これが分からない。